【本編完結】役立たずと言われた「癒し」スキルで幸せになります!

ひなた

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番外編①楽しい新婚旅行

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 夢のような結婚式から四ヶ月後、僕たちは新婚旅行先のルーサミル島に行くため、フロンドル領を出発し、王都に到着した。本当は何ヶ国か巡る予定だったが、日程の関係でルーサミル島だけになってしまった。残念だけどすごく楽しみだ。

 本来なら王都の宿屋で一泊してから馬車で港へ向かうはずだったが、なぜか王都の関所で衛兵に止められ、王城へ強制的に連れられた。

「王弟殿下からのお呼び出しとのことですが、一体何があったのでしょうか?」
「さあ? あいつは自分の言動でどれだけ周囲を振り回しているか一回わからせる必要があるな」
 ジェラルド様の声は低く、顔には青筋が出ている。いきなり護身用のナイフを抜いた理由は聞かない方がよさそうだ。

 王弟殿下は結婚式当日、唐突に陛下の祝辞を持ってきて予定をめちゃくちゃにした前科があるからなぁ。せめて流血沙汰にならないように気をつけておこう。



 近衛兵の先導により、思いの外早く王城に到着した。案内された場所は王弟殿下が普段過ごしている離宮の庭で、いつもの応接室でないことに違和感を覚えた。
「ごめん! 本当にごめんなさい! まさか王都に来た理由が新婚旅行のためとは思わなくて!」
 衛兵から話を聞いたのか、王弟殿下はすかさず謝罪の言葉を口にする。
「謝罪はいい。とりあえず一発殴らせろ」
「無理無理無理! ノアくん助けて!」
「うーん……自業自得ですよね」
 離宮に入る前にナイフが没収されてよかった。本当に危なくなったら近衛兵が止めてくれるだろうし。ジェラルド様の威圧で近衛兵の姿勢が崩れているけど、たぶん大丈夫。

「まあまあ、フロンドル卿。とりあえず私の婚約者の話を聞いていただけませんか?」
 爽やかな笑顔の高貴そうな方が話に入ってきた。というか婚約者?
 疑問に思っていたら、おそらく貴族であろう男性が意味ありげな視線を王弟殿下に送った。
 突然現れた王弟殿下の婚約者兼キラキラした顔立ちの男性に驚いたのか、ジェラルド様は無言で拳を下ろした。



 庭の一角にあるガゼボで、僕とジェラルド様、そして王弟殿下と婚約者と名乗る男性が向かい合わせに座る。婚約者なのに間に僕が座れそうなくらい隙間があって、二人の距離感がなんとなく伝わった。
 静かなガゼボに風が吹き抜ける。さりげなく横にいるジェラルド様に身を寄せると、ジェラルド様も僕の方に寄ってきて隙間がなくなった。

「見せつけてくるねぇ」
 王弟殿下でからかうような笑顔で話しかけてきた。
「どういう意味ですか?」
「ああ、無意識なんだ」
 なぜか呆れた顔をされる。
「それはそうと、ご婚約おめでとうございます」
 僕が話題を変えると、王弟殿下は気まずそうな顔になった。横にいる男性の嬉しそうな笑顔とのギャップがすごい。

「俺は認めてない」
「こんな感じでガスパール様がなかなか受け入れてくれなくて。あ、申し遅れました。私はリヒャルト・フォン・グリアルフ。グリアルフ王国の第三王子です。ぜひリヒャルトとお呼びください」
 丁寧な挨拶に、ジェラルド様と僕も挨拶を返す。振る舞いから高貴なお方だと思っていたが、まさか王族だったとは。

「兄様が婚姻話にすごい食いついてさ。俺は乗り気じゃなかったから条件を出した」
「その条件とは?」
 ジェラルド様が王弟殿下に尋ねる。
「俺が知る中で一番強い槍の達人に勝てたら婚約を考えてもいいって」
「その達人ってまさか……」
 思わず口を挟んでしまった。ジェラルド様も嫌な予感がしたのか眉をひそめている。
 王弟殿下が口を開く前にリヒャルト殿下が立ち上がった。

「フロンドル卿、あなたに決闘を申し込みます」



 リヒャルト殿下とジェラルド様の決闘はスムーズに話が進み、現在二人は向かい合って正式な礼を交わしている。審判は設けず、どちらかが「降参」を宣告するまで終わらないルールのようだ。
 さすがに本物はまずいということで模造の槍が用意されたが、軽く突かれても痛みが走りそうなくらいには先が尖っている。

 僕と王弟殿下は離れたところに敷物を敷いて座り、決闘を見守ることになった。
「殿下はなぜ乗り気ではないのですか? 悪い話だとは思えないのですが」
「ノアくんもリヒャルトのスキル聞いたでしょ? 俺は、俺の魅了が効かない人がいいの」
 リヒャルト殿下が合図用に投げた模造剣が地面に落ちる。その瞬間、間合いを図り合う壮絶な睨み合いが始まった。遠くにいるのに、その緊張感が間近に迫ってくるような錯覚に陥る。

 リヒャルト殿下のスキルは先ほど本人から説明を受けた。何でもいきなり決闘を申し込んだのに説明をしないのは失礼だと言うことで、こちらが恐縮してしまうくらい詳細に話してくれた。
 彼のスキルは『槍術』と『効率化』だ。槍術は一般的な武芸スキルだが、効率化は初めて聞いた。自分のメリットになる事象を効率的に受け入れ、処理するスキルらしい。

 近衛兵がジェラルド様の威圧で動けない中、リヒャルト殿下が平然と話しかけることができたのは、僕の癒しを効率的に受け入れたからだろう。
 間違いなく強いスキルだ。王族は聞いているだけでワクワクするようなスキル所持者が大勢いて面白い。

「でも殿下が前に話してくれた理想とは微妙に違いますよね」
「ほぼ同じ意味だよ」

 先に動いたのはリヒャルト殿下だ。目にも止まらぬ速さで突きを放つ。捻りが加わった突きは急所に当たれば一溜りもないくらい強力な攻撃だ。
 しかしジェラルド様は冷静に間合いを取り、切先を払った。リヒャルト殿下の体勢が崩れたところを見計らい、ジェラルド様が顔を、正確には目玉に向かって突きを返す。
 リヒャルト殿下は慌てる様子を一切見せず、落ち着いて距離を取った。
 この打ち合いだけで二人の実力が拮抗していることがわかった。まだまだ時間がかかりそうだ。

「目を狙うのはさすがに卑怯じゃない?」
「フロンドル領では普通ですから。これで相手が萎縮したら儲けものって私兵団の団長は言ってました」
「騎士団が聞いたら怒り狂いそう」
 うちは主に魔物が相手だからなぁ。確かに人間相手だとえげつない戦法に思えてくる。

「リヒャルト殿下のことが心配ですか?」
「別に。ジェラルドが容赦ないからびっくりしただけ」
「僕はジェラルド様が心配ですけどね。見てくださいこの手汗」
「うわ、すごい……巻き込んで本当すみませんでした」
「ジェラルド様にも後でちゃんと謝ってくださいね」
「うん」
 王弟殿下はバツが悪そうに頷くと、自分の膝に顔を埋めた。

 決闘は突いて離れての繰り返しだ。二人とも動きが鋭く、一瞬も油断できない。
「やっぱり俺は、結婚するならお互いに意見をぶつけ合う関係がいい」
「殿下の理想の相手は自分を叱ってくれる人ですもんね」
「だから魅了されてたらだめなんだ。どれだけいいやつでも、それだけで理想から遠ざかる。従順すぎる伴侶なんてお互い不幸になるだけだ」
 殿下の声が一段と暗くなった。たぶん、王弟殿下はリヒャルト殿下のことを少なからず思っているのだろう。だからこそ将来の関係性まで考えてしまい、踏み出せないのだと思う。

「ガスパール様!」
 突然、リヒャルト殿下が叫び出した。紳士的な振る舞いとの差に皆が身体を強張らせる。
「私は、ガスパール様のことをお慕いしております! あなたが思うよりもずっと!」
 ジェラルド様が隙を見逃さず、槍の柄でリヒャルト殿下の足元を払う。リヒャルト殿下は動じないままひらりと後ろへ避けた。

「でも君は! 俺に魅了されているんだろう? そんなのただの錯覚だ!」
 王弟殿下が立ち上がりリヒャルト殿下へ思いをぶつける。そして僕にだけ聞こえる声で「最初はみんな、耳障りの良い言葉を口にするんだ」と呟いた。普段の姿からは想像できない沈んだ声は、彼の深い絶望と拒絶に溢れていた。

「そうです。私は全身全霊であなたに魅了されています」
 静かな、でもよく通る凛とした声だった。先ほどの情熱的な叫びと同じくらい気持ちが伝わってくる。
「七歳の時にあなたに恋をしてから二十三年。長きに渡る隣国との戦争を終わらせ、やっとあなたに婚約を申し込めました。私は絶対に諦めません」
 突きが主体の攻撃から一転、払う動きが多くなった。基本に忠実だった戦闘スタイルがどんどん崩れ、先鋭化していく。
 ジェラルド様は急速に変わる攻撃手段に、守りの姿勢で様子見をしている。

「でも、でも俺は……」
 王弟殿下が拳を握り締める。あと一歩だ。もう少しでリヒャルト殿下の告白が王弟殿下に届く予感がする。
「リヒャルト殿下、早くこの決闘を終わらせましょう」
 ジェラルド様がリヒャルト殿下に声をかける。
「そうだね。これが終わったら真っ先にやりたいこともあるし」
「やりたいこととは?」
 ジェラルド様の質問に、リヒャルト殿下が口角を上げた。

「ガスパール様」
「何?」
「決闘が終わったら、ご迷惑をかけたフロンドル夫夫に謝罪しましょう。私も一緒に謝りますから」
 人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。王弟殿下ってこんなにわかりやすい人だったのか。もう完全にリヒャルト殿下しか見えてない。夢見心地というか、頬が赤らみ目が潤んでキラキラしている。

 リヒャルト殿下が一気に間合いを詰め、槍を突いた。ジェラルド様が身体を捻り攻撃を避けるが、体勢が少し揺らぐ。
 するとリヒャルト殿下がさらに間合いを詰め、ジェラルド様の槍を足で踏みつけた。ジェラルド様は怪力スキルを持っているはずなのに槍を動かせず、リヒャルト殿下がジェラルド様の喉元に槍を突きつけた。

「降参だ」

 あの負けず嫌いのジェラルド様が穏やかな声で降参を宣言した。
「ジェラルド様! お怪我はありませんか?」
 僕が駆け寄ると、ジェラルド様は微笑みながら「問題ない」と返し、僕の頭を撫でた。

「リヒャルト! 怪我は?」
 王弟殿下も僕に続いてリヒャルト殿下に駆け寄る。その声音は心の底から婚約者を案じているように思えた。
「特に問題は……初めて名前を呼んでくれましたね」
「べ、別に深い意味は」
「私が勝手に感じ取っただけです。だからもっと気軽に名前を呼んでくれませんか?」
 完全に二人の世界だ。リヒャルト殿下はさりげなく王弟殿下の手を握っていて、思ったより積極的なタイプなのかもと思った。


 僕とジェラルド様は二人から少し距離を取ってから話を続ける。
「リヒャルト殿下、最後すごい攻撃的でしたね」
「それが本来のスタイルなのだろう。完全に騙された」
「まさかジェラルド様が力負けするとは」
「あれは殿下のスキルが原因だな。効率化の影響で踏みつける力が強くなったようだ」
「効率化のですか?」
「私も全部はわからないが、恐らく筋力や物が落ちる力など全ての事象を効率的に利用している。生半可な力では太刀打ちできない」
「なるほど。本当に強力なスキルですね」
「だがタネがわかれば対策もできる。次は負けない」
 勝つまで決闘を続けるつもりなのかな? ジェラルド様の子供っぽいところが可愛らしくて思わず笑ってしまう。

「笑いすぎだ」
「あ、ごめんなさい。ジェラルド様は、リヒャルト殿下が魅了されなかった原因がわかりますか?」
 魅了スキルの本質は、魅了された相手の欲望を引き出し依存させるというものだ。だから魅了されると自分本位の考えに陥ってしまい、相手を独占するための行動をしてしまう。
 リヒャルト殿下は真っ先にやりたいことに僕たちへの謝罪を挙げた。これは本来ならあり得ないことだ。もし魅了されていたら「自分を好きになってください」とかそういう回答になっていたはず。

「それも効率化が原因だろうな」
「それもですか?」
「魅了されるというのは相手を愛するということだろう? 欲望が過度に引き出されるだけで、愛という根本は変わらない」
「たしかに、そうですね」
「これは私の推測だが、リヒャルト殿下は効率的に魅了されたのだと思う」
「効率的?」
「深く魅了されたことで本来の愛と変わらなくなったというか……相手本位で愛するようになった。ガスパールにとってこれ以上ない理想の相手だな」
「それは……愛と言っていいんですかね?」
「問題ない。どんなきっかけでもお互いが愛と感じたならそれは本物だ。重要なのはその関係を続けられるかどうかだろう」
 言われてみたらそんな気がしてきた。

 王弟殿下に視線を送る。その表情はとても幸せそうで、僕はこの件に関して深く考えることをやめた。
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