【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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ラウリア王国編

兄弟(アイザック視点)

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「ルカ16歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう兄さん」
「もう成人か。早いな」
「これで僕も今日から大人だ!というわけで乾杯!」
「乾杯」
 ルカが嬉しそうにエールを飲んでいる。16になったらふたりで酒を飲もうという、あの日の約束を果たせたことがとても嬉しい。

「エールって、もっと苦いかと思ってた。けっこう飲みやすいね」
「そうだな。あまりペースを上げないように。すぐ酔うぞ」
「気をつけるね。でも兄さんお酒強いから弟の僕も弱くはないと思うけど」
「顔はまだ赤くないから弱いわけではなさそうだな」
「でしょ!次はワインを飲んでみようかな」
 ルカは酒を飲めるようになったことが嬉しいのだろう。普段から笑顔が多いが、今日は特に楽しそうだ。
 机の上にはルカ特製のつまみが並んでいる。俺も手伝いたかったが、料理はひたすら焼くか煮るかくらいしか出来ないので全て任せてしまった。

 話が弾むと酒が進む。俺と酒を飲むのが楽しみだったとはしゃぐルカが可愛らしくて、注意を怠ってしまった。ルカの飲むペースが上がった事に全く気づかなかった。
 俺のペースに合わせたせいだろう。ルカは酒に弱いわけではないが、強くもないみたいだ。
 頬に赤みがさしていて酔っていることが一目でわかる。眠くなってきたのだろう。ルカは机に頬杖をついて、頭をゆっくり左右に揺らしている。

「そういえばさぁ、ちょっと前に兄さんが面白くて笑いを堪えるの大変だった」
「俺が?」
「カレーを完成させた日だよ」
「面白いことを言った覚えがないな」
「完食した後兄さんさ、毎日僕のカレーが食べたいって。ふふっ、最初プロポーズされたかと思った」
「は?」
「その後すぐ誤解だってわかったけど」
「すまない。そんなつもりはなくてだな」
「わかってるよ。でもね、一瞬だけ想像した。冒険者を辞めて家を買って、毎日兄さんのために料理を作って、ふたりでそれを食べて穏やかに1日が終わるのを繰り返す生活」
 今も想像しているのだろう。ルカが思いを馳せるように微笑んでいた。
「……」
「僕はね、素敵だなって思った。もちろん今の生活が好きだけどね」
 それだけ言うとルカの頭がズルズルと落ちていき、テーブルに乗った。完全に寝てしまったようだ。
 早くベッドに運んでやりたいのに、しばらく呆然とルカの頭を眺めていた。

 あまりにも綺麗な笑みに心を奪われた。この世の美しいものが全て凝縮されたような、一種の芸術品だと思った。
 だからつい見惚れてしまった。勝手に速くなった動悸がやかましい。そんなはずないのに、その音でルカが起きてしまうのではないかと心配になった。

 ずっとルカを眺めていたいが、このまま放置するのはさすがに可哀想だ。覚悟を決めて飲みかけのワインを一気に飲み干す。そのままの勢いで立ち上がり、ルカを抱えて寝室を目指した。

 寝室に到着したら、すかさずルカをベッドに寝かせる。息苦しくならないようにシャツの首元の紐を緩めると、普段は髪や服に隠れていたルカの首筋が露わになる。
 その眩しいくらいの白さが鮮やかに脳裏に焼き付き、目が離せなくなってしまった。

 心の中に灯った欲望に混乱する。どうやら頭に酒が回ったようだ。水を飲もうと身体を反転させた瞬間、ルカが身じろぎする音が聞こえてきた。
 すぐに振り向いて様子を確認するが、ルカはぐっすり眠っている。しばらく起きることはないだろう。

「兄さん……食べすぎ」
 思わず声を上げそうになった。どうやら寝言のようだ。
「その顔、すき」
 ルカの言葉と表情に、無理やり抑え込んだ欲望が胸の奥から湧き上がり我を失った。

 気がついたらルカの首筋に顔を埋めていた。噛みつきたくなる衝動を唇を噛み締めてなんとか抑える。それでも堪えきれず、首筋に強く吸い付いた。
「んっ……」
 慌てて顔を離すが、ルカは穏やかな顔で眠り続けている。
 ルカの首筋にある痕から目が離せない。真白の肌に咲く赤。充足感に満たされて、痕の周辺を確かめるようにゆっくりとなぞる。

 しばらくして我に返ると、逃げるように寝室から去った。これ以上あそこにいるのはまずい気がする。
 こんな時は酒を飲んで酔い潰れよう。再びリビングに戻り飲み直すことにした。空いたグラスにワインを注ぎすぐに飲み干す。

 だいぶ飲んでしまったようだ。頭がボーッとしてきた。よせばいいのに、酔った頭で考えることはひとつ。

 なぜ俺はルカにあんなことを

 延々と浮かぶ思考を消し去りたくて目線を動かす。するとバーナデットから預かった水晶が目に入った。
 バーナデット……あの胸糞野郎。本当に不快な男だ。
 俺は指名依頼の契約を交わした後、あいつとふたりで話した時のことを思い返した。


「お前達の関係は興味深いな。まるで主人と犬だ」
「何が言いたい」
「やはり否定しないか。俺もお前と同じだアイザック。お前が心底羨ましいよ。いい主人を持ててさぞ幸福だろう」
 バーナデットが皮肉な笑みを浮かべていた。けれど冗談を言っている訳ではないとその声音からわかった。
「お前は俺のようになるなよ。主人を失っても、犬は主人に寄り添い続けるしかないんだから」
「……」
 悲痛な面持ちで語るバーナデットに何も言う気が起きなかった。
「これをお前に託す。俺にとっては大切なものだから捨てるなよ。主人との思い出の品なんだ。祭りの日はよろしくな。ルカにもすまなかった、よろしくと伝えてくれ」
「話はそれだけか。失礼する」
「ああ、ありがとう」


 今思い返してもあいつが何を言いたいのか意味がわからない。考え方が理解不能すぎてイライラする。
 俺だったらルカとの思い出の品を絶対人に託さない。死ぬ間際もし誰かに奪われそうになったら、誰にも奪えないように思い出の品を飲み込んでから心中する。飲み込むことが難しいなら、腹掻っ捌いて臓物に埋め込んでやる。
 俺とあいつでは何が違うのだろう。なぜこんなにも考えが合わないのだろう。

 俺だけを見て欲しいと思う独占欲は、ルカが誰かと笑い合うたびに嫉妬で気が狂いそうになるのは、ルカを想うと湧き上がるこの激情は——

 一体どこから来ているのだろうか。
 この感情は何という名前なのだろう。

 酔った頭で自問自答を繰り返していると、ひとつの結論に辿り着いた。辿り着いてしまった。

 ああ、そういうことか。
 俺はルカを愛してる。家族としてではない、ひとりの男として。

 全てを失って絶望した俺を救ってくれた。生きる意味を見失った俺に希望を与えてくれた。ずっと一緒だと何の躊躇もなく約束してくれた。いつも穏やかな笑顔でそばにいてくれた。生まれてきてくれてありがとうと言ってくれた。俺にだけは嫌われたくないと言われた時歓喜に震えた。綺麗だと伝えると不機嫌そうな声で反論したのに、嬉しそうに口元を緩める姿が可愛らしいと思った。ふと見せる美しい表情に心奪われた。兄さんと呼ばれる度に気持ちが弾んだ。俺からの贈り物を宝物だと大事そうに手に握っていた。銀と紫の組み合わせに自然と目が行くようになった。毎年誕生日を迎える度に増えていく宝物に胸がいっぱいになった。それでも俺にとって一番の宝物はルカだ。

 俺達は兄弟なのに、気づいてしまったらこの気持ちを抑えることができない。でも伝えたらきっとルカを傷つけてしまう。
 だめだ。あの子を傷つけることだけは絶対にだめだ。俺の気持ちなんてどうでもいい。ルカ以上に大事なものなんてこの世にない。

 酔いはすっかり覚めていた。今夜は寝室に行けそうにない。俺は苦い気持ちを抱えたまま、本日二度目となった飲み直しを始めた。
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