【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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最終章トリフェの街編

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 冒険者の仕事というのは、依頼があって初めて成り立つものである。温暖な気候のおかげで一年中依頼で溢れているトリフェ支部は、依頼の奪い合いという事態が起きることは滅多にない。
 たまに割りのいい依頼を巡って冒険者同士が喧嘩をするが、ギルド職員がすぐ仲介するので大きな問題になることもない。

 しかし、何事にも例外というものは存在する。

「えっ?なんで朝からギルド酒場が混んでるの?」
「反対に受付は暇そうだな」
 さっそくエイダンさんに事情を聞くと、どうやら近隣の学院が生徒の実習のために低級の討伐依頼をすべて受けたらしい。
 本日だけの限定的なもので、明日以降は通常通りに戻るようだ。ただし、低級の魔物はしばらく数が減るかもしれないとエイダンさんは心配していた。
 トリフェの街は凶悪な魔物が少ないので、銀級の討伐依頼も他の冒険者達が全て受けたあとだった。

 仕方ないので借家に帰ろうとして、ふと思い出した。これは面倒くさくて放置していた作業を終わらせるいい機会だ。
 でも兄さんをただ待たせるのも申し訳ない。そう思った僕は、だめもとで酒場の料理長にテーブルで書き物をしていいか聞いてみたところ、あっさり了承された。

 料理長の許可を得たのでさっそく作業を始める。すごく面倒くさいが未来の自分のために頑張らないといけない。

「何を書いているんだ?」
「薬師ギルドからの指名依頼があまりにも多いから腹が立ってきて。登録したての冒険者でもわかるように、薬草採取のやり方を一枚の紙にまとめておこうと思って」
「文章だけでわかるものなのか?」
「それは難しいと思うよ。今から絵を描いてわかりやすくするつもり。ほら、お手本の薬草もらってきた」
 僕がそう言うと兄さんの表情が硬まった。

「ルカだー!」
「ミゲル依頼は?」
「競争に負けちゃって……さっきまで『銀色の風』で手合わせしてたっす」
「お疲れ様。僕は薬草採取のやり方をわかりやすくまとめてるとこ」
「ルカ、薬草の絵が上手っすねー!すぐわかったっす」
 ミゲルは褒め上手だよな。裏表のない笑顔で言ってくるから素直に受け止められる。

「絵を褒められたの初めてだから嬉しい」
「こんなに上手なのに?試しに、かわいい犬の絵を描いてみてほしいっす!」
「実物がないと難しいな……できた!」
 僕の絵を見てミゲルの表情が硬まった。けっこう頑張って描いたから、その反応は悲しい。

「なにこれゴブリン?」
「は?どう見ても犬でしょ。舌を出してる、かわいい感じの。ほら」
「そこが口?舌がゴブリンの棍棒に見えたっす」
 まずそこから説明が必要なのか。そもそも犬を描いてと言われて、ゴブリンを描くわけないのにミゲルは失礼だと思う。

 ミゲルは僕の描いた絵を見ながら、困惑した顔をしている。
「この前見せてくれた動く絵は超普通って感じだったのに、どういうことっすか?」
「あれは俺が描いた」
「納得したっす」
 なんで兄さんとミゲルは真剣な顔で頷き合ってるんだ。こんな時だけ仲がいいのずるい。

「何やってんの?」
 僕達がいるテーブルにダリオがやってきた。ミゲルの感性に問題がある可能性に賭けて、先ほど描いた作品を見せることにした。
「お疲れ。これ僕が描いた絵。何に見える?」
「薬草と……トロール?」
「これ犬っす」
「はぁ?ミゲル、もっとましな嘘つけよ。さすがにルカが可哀想だろ」
「…………」
「え?まじ?」
 少し間をおいてダリオが爆笑した。笑いすぎて呼吸が辛そうだ。かわいそうになぁ。

 ダリオが爆笑しているところに、嫌そうな表情を浮かべたトールがやってきた。
「ダリオ、うるさい。さすがに、迷惑」
「ああ、腹痛い……そうだ!ルカ、トール描いてみろよ。美形だから描きやすいだろ」
「ならダリオも誰か描いてよ」
「え、別にいいけど。俺は下手じゃないし。見て描くの禁止な」
 その後なぜか話の流れで、僕がトール、ダリオが兄さん、兄さんが僕を描くことになった。

 見て描くことは普通にできるのに、それを禁止されたのが痛い。
 トールか。とりあえず輪郭がシュッとしてて、目と鼻と口があって、眉毛は一部前髪に隠れてて、髪は前髪重ための茶髪だった……はずだ。人の顔に興味がないから細部まで思い出せないな。

 これが兄さんだったら二重のくっきりした感じとか、キリッとした形のいい眉毛とか、スッと通った鼻筋とか、兄さんの雰囲気にとてもよく合ってる茶色味の混じった落ち着いた金髪とかすぐに出てくるのに。

「じゃあ俺から見せるわ」
 ダリオが描いた兄さんの絵は普通によく出来ていた。実際の兄さんはもっとかっこいいと思うけど、素人の作品だしそこは仕方ない。
「すごい!そっくりっすね!ダリオって意外と人物画の才能があったんすね」
「似てる、上手」
「我ながら上手く描けたわ」
 え?そうなの?納得いかないが、口を挟むのも違う気がしたので黙っておくことにした。

 兄さんはまだ真剣な顔で僕を描いているので、先に見せることにする。
「どう?あんまり自信ないけど、下手ではないでしょ」
 とりあえず誰が見てもトールだとわかる絵にはなったはずだ。そう思っていたのに、微妙な反応をされた。
「すげーな。何一つ似てねえ。下手くそ」
「ダリオの言う通りっす。似てるところは髪型くらいっすね」
「逆に、面白い。ルカの中で、俺、こんななのか」
 予想よりもひどい感想をもらった。僕の画力は人並みだと思うのだが、この世界では違うのか?

 そんなことを思っていると、皆と別行動をしていたカミラが声をかけてきた。
「どうしたの?何か盛り上がってるみたいだけど」
「ルカが描いた犬とトールを見たらわかるっす」
「あー……ルカ、落ち込むことないわ。誰にでも苦手なことはあるから」
「まさに今の反応で落ち込んだよ」
 慌ててカミラが謝ってきたので、話題を変えることにした。
「今までどこいたの?」
「二階の資料室で調べ物をしていたの。休憩しようと思って酒場を見たら、みんな楽しそうにしてたから混ざりに来たの」
「なるほどね。まあ座りなよ」

 カミラが混ざってから程なくして兄さんの絵が完成した。
「できたぞ。自信作だ。ルカそのものだろ?」
 兄さんが絵をテーブルに載せる。そこには、たしかに僕ではあるけど、それをギリギリ保ちつつ全体的に美化されている僕の姿が描かれていた。しかもクオリティがやけに高い。
「うわぁ……絶妙に美化されてるのに、ルカじゃないって否定できない感じが。これをルカそのものって言うあたり、かなり重症……」
 ダリオの顔が引き攣っている。他の皆も似たような顔になっていた。

「アイザックさん、俺の顔を見ないで描いて下さいっす」
「なんでお前の顔をわざわざ」
「いいから。お願いしますっす」
 ミゲルの気迫に負けて、兄さんが渋々描き始めた。あきらかにスピードが違う。結局兄さんは僕を描いた時の半分以下の時間でミゲルの顔を描き終えた。

「ほら、こんなもんだろ」
 兄さんが描いたミゲルの絵は、本当にミゲルそのものとしか言えない完成度だった。
「……露骨すぎてやばいっすね」
「これは、引く」
 トールが遠慮なしにはっきり言ってきた。いつものポーカーフェイスが嘘みたいに崩れている。
「他の人もルカの絵みたいに描けてたら、アイザックさんは宮廷画家になれたかもしれないわね。お見合い用の肖像画専門の」
 カミラがフォローとも言えない微妙な褒め言葉を口にした。

 なんとも言えない空気が流れる。この場にいる全員の視線が僕に集中していた。僕は気まずくなって、強引に話を変えることにした。
「とりあえず飲もう!」
 唐突に始まった宴会は、真昼間から夜遅くまで続いた。絵のことには一切触れず、皆で他愛のない話を延々として盛り上がった。


 そんなことがあった翌日、僕はリビングで椅子に座って絵を眺めていた。
「やっぱり不思議だなぁ」
「なにが不思議なんだ?」
 音もなく近寄ってきた兄さんが、横から声をかけてきた。そのまま椅子を引いて僕の横に座る。
「気配消すのやめて!心臓に悪いよ」
「すまない。つい気になってしまって。この間の絵か?」

 兄さんが寄りかかってきた。椅子だからバランスが取りづらくて、姿勢を保つのが大変だ。
 この借家はリビングが狭くてソファが置けないからこんな時不便だなと思う。

「うん。ダリオが描いた兄さんの絵。みんなには、兄さんがこんな風に見えてるんだって不思議でさ」
「ルカには俺がどんな風に見えているんだ?」
「この絵の何倍もかっこいい」
「それは……変わってるな。そこまで言うほどではないと思うが」

 兄さんがさらに寄りかかってきた。重いけど、我慢できるくらいの重みだったので話しを続ける。

「そうかな?兄さん以上にかっこいい人見たことないけど。そもそも兄さん以外をかっこいいと思ったことがない」
「ウォーロックは?シアンは?トールは?リアムは?初めて顔を合わせた時どう思った?」
「特に何も。エルフは髪が青くて目が緑だなってくらい?てか兄さんの中では、その四人がかっこいい部類なの?」
「世間一般的にそいつらの方が俺よりも容姿が整ってると認識されていると思うぞ」
「そうなんだ?変なの」

 込み上げてくる笑いが抑えられず、口元を手で覆うと声に出して笑ってしまった。どうにか笑いがおさまったので、兄さんの顔をじっと見て口を開く。

「兄さんが一番なのにね?」

 兄さんは目を閉じて長く息を吐くと、僕に勢いよく抱きついて頬擦りした。
「俺の恋人が今日も可愛い。世界一可愛い」
「どうしたの?くすぐったいよ」
 しばらく戯れあっていたら、椅子から落ちそうになった。慌てて兄さんに注意する。

「落ちそうだからやめて」
「なら安定したとこにいくか」
 兄さんが僕の手を引いて立ち上がらせた。
「まだ昼だけど?」
「時間は関係ないだろ。ルカは嫌か?」

 その聞き方はずるいと思う。まだ明るい時間なのが恥ずかしいだけで、別に嫌なわけではないし。それもこれもこの家にソファがないせいだ。
 心の中でそんな言い訳をしつつ、大人しく寝室まで手を引かれた。
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