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♯2
意図せぬ悪意
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そうこうしているうちに、スレイプニルは海斗たちの目の前にまで迫って来ていた。
「あ、まずい!」
慌てて立ち上がったイズナは、車体に向けて右手を上げる。
するとスレイプニルは、本当に海斗たちの目の前で停車した。
先頭車両の窓が開くと、そこから一人の男が顔を出して、こちらを見下ろしてきた。
まだ若い。二十代前半くらいだろうか、男の海斗から見ても、イケメンと称して、まず間違いない容姿をしている。
しかし、その瞳は、随分と冷たい印象を受けた。
「二人で。あそこの町までお願い……これ、あたしのライセンス」
イズナが胸元のポケットから取り出したのは、一枚の掌に収まるほどのガードだった。
男はそれを確認するなり――、
「ちっ、ハンターか……」
あろうことか、露骨に顔をしかめ、イズナに舌打ちしたのである。
そればかりか、無言のまま控えている海斗に気づくと、まるでゴミでも見るような視線を向けてきた。
「ふんっ、そこの彼も一緒に、とうことかい?」
「そう、同乗させて。お金はあたしがまとめて払うから」
それを聞いて、男は隠そうともせずにさらに顔を歪めた。
とても、客を相手に接する態度ではない。
おまけに、
「まさか、とは思うが、そいつ――どっからか攫って来た……ってことはないよな、便利屋」
「――っ!」
イズナの身体がピクリと震える。
「おいおい、勘弁してくれよ。まさか本当に攫って来たのかよ?」
「ちっ、違っ――」
「さすがは、薄汚いハンター様だな。お前みたいな卑しい奴に目をつけられて、そこの小僧には同情する」
そう言うわりには、先ほどの視線に同情の欠片もなかった気がするが。
「本来なら、お前らみたいな連中を乗せるのはひどく遺憾なのだが……良識のある身として、たとえ最底辺の者であっても利用させてやるよ。俺が寛大で幸運だったな、便利屋」
男の言葉に、イズナの両の拳が握られる。
「ありがたく思えよ――ハンター風情が」
言いたい放題の男は、吐き捨てるようにイズナを罵った。
イズナはそれに耐えるように、下唇を噛み、拳を震わせていた。
露骨なまでに相手を見下す男に――しかし、彼女は、
「……はい、ありがとうございます」
淡々と、しかし顔を俯けながら感謝の言葉を口にしたのだ。
「はっ、お前ここまで言われてなにも言い返せないのかっ? やはりハンターなんてやってるくらいだ、ヒトとて最低限のプライドも持ってないんだな!」
声を張り上げて、さらにイズナを罵倒する男。
「………………」
それでも、イズナはなにも答えない。
「ちっ、なんだよ、面白くねぇ女だな」
そんな彼女の反応に冷めたのか、男は再び舌打ちした。
「……まぁいい、早く乗れ、時間が惜しい。あと言っておくが、座席は汚すなよ。お前らが使った席を俺が清掃するなんて、冗談じゃないからな」
「ええ、わかりました……ありがとう」
一連のやりとりを終えたイズナの表情は、非常に硬い。
口にした礼の言葉にも、強い悔しさが滲んでいるような気がした。
「…………」
チラッと、海斗はイズナに向けていた視線を、列車の男に向けた。
「? なんだ? 小僧」
「……いや、別に」
「ふん、用がないなら、さっさと乗れ」
それを最後に、男はもう一度だけ鼻を鳴らし、窓の中に消えていった。
――胸糞悪い。
一方的すぎるその態度に、海斗は冷たい苛立ちを覚えた。
彼女がなにを見せたのかまではわからない。
だが、どうしてそこまで露骨な態度を取られたのかは、なんとなくだが想像がつく。
海斗に対しては言わずもがな。この出で立ちを見て、不快感を抱いたのだろう。
そして、彼女に対してはおそらく職業、ないし、身分のようなものが関係しているのだろうと予想できた。
森で、イズナは自分の職業を、まるで揶揄するかのような態度を見せていた。
どこの世界でも、偏見的な差別思考というやつは変わらないみたいだ。
生きる人生観によって植えつけられる感性、価値観、倫理観、それらは――意図せずとも――相手と自分とを比べ、優劣をつけたがる。
自分の思考を一切捨てた、思い込み。
意識などしない。連中はまるで呼吸でもするようにそういう思考に行き着く。
自分の立場と相手の立場を天秤にかけて、見下みくだし、優越感を得る。
――結局、世界が変わっても、ヒトというものは変わらないのだと、海斗はつくづく思い知らされた。
しかし、海斗は列車の中に消えた男に、不快感を抱くと同時に、思ってしまった。
……自分は、どの面下げて、あいつを嫌悪できる、と。
たしかに、窓の奥に消えた男はイズナという少女を見下した。
だが、海斗もまた、この心優しいケモノ耳の少女を利用しようと、先ほど考えたのではなかったか。
結局のところ『同じ穴の狢』である。故に、最低という意味なら、両者とも同じではないのだろうか。
「……くそっ、胸糞悪い」
誰にも聞き取れないような、小さな声。
海斗は、苛立ち混じりの呟きを漏らした。
「あ、まずい!」
慌てて立ち上がったイズナは、車体に向けて右手を上げる。
するとスレイプニルは、本当に海斗たちの目の前で停車した。
先頭車両の窓が開くと、そこから一人の男が顔を出して、こちらを見下ろしてきた。
まだ若い。二十代前半くらいだろうか、男の海斗から見ても、イケメンと称して、まず間違いない容姿をしている。
しかし、その瞳は、随分と冷たい印象を受けた。
「二人で。あそこの町までお願い……これ、あたしのライセンス」
イズナが胸元のポケットから取り出したのは、一枚の掌に収まるほどのガードだった。
男はそれを確認するなり――、
「ちっ、ハンターか……」
あろうことか、露骨に顔をしかめ、イズナに舌打ちしたのである。
そればかりか、無言のまま控えている海斗に気づくと、まるでゴミでも見るような視線を向けてきた。
「ふんっ、そこの彼も一緒に、とうことかい?」
「そう、同乗させて。お金はあたしがまとめて払うから」
それを聞いて、男は隠そうともせずにさらに顔を歪めた。
とても、客を相手に接する態度ではない。
おまけに、
「まさか、とは思うが、そいつ――どっからか攫って来た……ってことはないよな、便利屋」
「――っ!」
イズナの身体がピクリと震える。
「おいおい、勘弁してくれよ。まさか本当に攫って来たのかよ?」
「ちっ、違っ――」
「さすがは、薄汚いハンター様だな。お前みたいな卑しい奴に目をつけられて、そこの小僧には同情する」
そう言うわりには、先ほどの視線に同情の欠片もなかった気がするが。
「本来なら、お前らみたいな連中を乗せるのはひどく遺憾なのだが……良識のある身として、たとえ最底辺の者であっても利用させてやるよ。俺が寛大で幸運だったな、便利屋」
男の言葉に、イズナの両の拳が握られる。
「ありがたく思えよ――ハンター風情が」
言いたい放題の男は、吐き捨てるようにイズナを罵った。
イズナはそれに耐えるように、下唇を噛み、拳を震わせていた。
露骨なまでに相手を見下す男に――しかし、彼女は、
「……はい、ありがとうございます」
淡々と、しかし顔を俯けながら感謝の言葉を口にしたのだ。
「はっ、お前ここまで言われてなにも言い返せないのかっ? やはりハンターなんてやってるくらいだ、ヒトとて最低限のプライドも持ってないんだな!」
声を張り上げて、さらにイズナを罵倒する男。
「………………」
それでも、イズナはなにも答えない。
「ちっ、なんだよ、面白くねぇ女だな」
そんな彼女の反応に冷めたのか、男は再び舌打ちした。
「……まぁいい、早く乗れ、時間が惜しい。あと言っておくが、座席は汚すなよ。お前らが使った席を俺が清掃するなんて、冗談じゃないからな」
「ええ、わかりました……ありがとう」
一連のやりとりを終えたイズナの表情は、非常に硬い。
口にした礼の言葉にも、強い悔しさが滲んでいるような気がした。
「…………」
チラッと、海斗はイズナに向けていた視線を、列車の男に向けた。
「? なんだ? 小僧」
「……いや、別に」
「ふん、用がないなら、さっさと乗れ」
それを最後に、男はもう一度だけ鼻を鳴らし、窓の中に消えていった。
――胸糞悪い。
一方的すぎるその態度に、海斗は冷たい苛立ちを覚えた。
彼女がなにを見せたのかまではわからない。
だが、どうしてそこまで露骨な態度を取られたのかは、なんとなくだが想像がつく。
海斗に対しては言わずもがな。この出で立ちを見て、不快感を抱いたのだろう。
そして、彼女に対してはおそらく職業、ないし、身分のようなものが関係しているのだろうと予想できた。
森で、イズナは自分の職業を、まるで揶揄するかのような態度を見せていた。
どこの世界でも、偏見的な差別思考というやつは変わらないみたいだ。
生きる人生観によって植えつけられる感性、価値観、倫理観、それらは――意図せずとも――相手と自分とを比べ、優劣をつけたがる。
自分の思考を一切捨てた、思い込み。
意識などしない。連中はまるで呼吸でもするようにそういう思考に行き着く。
自分の立場と相手の立場を天秤にかけて、見下みくだし、優越感を得る。
――結局、世界が変わっても、ヒトというものは変わらないのだと、海斗はつくづく思い知らされた。
しかし、海斗は列車の中に消えた男に、不快感を抱くと同時に、思ってしまった。
……自分は、どの面下げて、あいつを嫌悪できる、と。
たしかに、窓の奥に消えた男はイズナという少女を見下した。
だが、海斗もまた、この心優しいケモノ耳の少女を利用しようと、先ほど考えたのではなかったか。
結局のところ『同じ穴の狢』である。故に、最低という意味なら、両者とも同じではないのだろうか。
「……くそっ、胸糞悪い」
誰にも聞き取れないような、小さな声。
海斗は、苛立ち混じりの呟きを漏らした。
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