異世界の都合と俺の都合  ―ケモノミミ少女と歩む異世界冒険譚―

昼行灯

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♯2

彼というヒト……

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 イズナは、腰に巻かれたポシェットを外し、テーブルに置くとソファに腰かけた。

 窓の外は既に夜の帳が下りている。
 闇色になった町では、次々と明かりが灯り始めていた。

「さてと、それじゃ、今日の報告書を整理して、あたしもお風呂に入ろうかな」

 イズナは上着を脱ぐと、それをソファの背もたれに掛けた。
 そしてポシェットの内の一つから、森で使っていたのとは別の魔機を取り出す。

 それは、薄い一枚の金属板で、マップマネージャーよりも一回り大きく、表面はツルリとした光沢を放っていた。

「――起動」

 その声に反応するように、金属板はイズナの手を離れ、彼女の目の高さに合わせて空中で静止した。
 そして、中央に光の線が走ったかと思うと、二つに分かれたのだ。
 二枚の板は、さらに空中でそれぞれ四枚に分裂し、二組の長方形を形作る。
 二組の長方形は、イズナの視線の先と膝元で、膜を張るようにして、画面と鍵盤を展開した。

 イズナが起動したこれは、簡易的なワープロ型の魔機である。
 常に利用する書式は全てこの魔機に纏めており、報告書の製作も、毎度この魔機を使っていた。

「さて」と口にすると、イズナは滑るような動作で、鍵盤を操作していく。

 画面を見ながら、今日あった出来事を詳細に書き込んでいった。

 森で遭遇したヴァイスリザードの一件はもちろん、その他にも、イズナが海斗に出会う前から調べていた危険区域内部の状況も漏らさずに記入する。

 だが――、

「カイトのことは、書かないほうがいいよね……」

 イズナは、ギルドからハンターとしての依頼を受け、あの森で、ある調査をしていた。 
 いわく『最近、危険区域内部でのクリーチャーの生息域に変化が見られる』という話から始まった。
 ここ数ヶ月、人の生活区域付近に、たびたびその出現が確認されたとういのだ。

 おまけに、外壁や、世界線の近くにまで、その存在が目撃された、という話もある。

 ようするに、クリーチャーたちの生活圏が変わった原因を調べるというのが、今回イズナが受けた依頼である。

 無論、そのようなことをせずとも、防壁はもちろん、スレイプニルも、クリーチャーからの被害を受けることは、まずないはずである。

 だが、何事にも万が一ということがある。

 問題なのは、防衛の要である町の防壁や結界の近くにまで、その姿が目撃されたことだ。
 そのせいで、町の住人たちは不安を抱いているという。
 壁を越えてくることはまず無いだろうし、世界線にしても、過去にクリーチャーの被害を受けたことがあるのは非常に稀なケースである。

 しかし、可能性はゼロではないのだ。

 であれば、原因究明のために人が遣わされたのは、必然といえるだろう。

 だが、危険区域内の調査ともなると、広大で、かつ文字通りの危険が伴う。
 そこで町の政府は、この調査をギルドに委託し、ギルドはこの仕事を依頼として張り出したのだ。

 報酬額も決して悪くはない。少なくとも、通常の生活であれば、その依頼ひとつで二、三ヶ月は遊んで暮らせる額が提示されていた。もちろん、それだけのリスクを犯す必要があるためだが。

 しかし、広大な危険区域をすべて調査するとなれば人手がいる。
 なのに、今回の依頼に、大規模な集団で請けてくれる者たちが現れなかったのだ。

 そのため、ギルドは調査区域を限定し、単独でも調査ができるように範囲を細かく細分化した。政府からの莫大な資金も、分割して個人の報酬とすることで、人を呼んだ。

 その甲斐あってか、イズナがこの依頼を受注したときには、すでに二十名以上のハンターやレンジャーが、調査に名乗り出てくれたそうだ。

 そして、今回イズナが請けたのが、第七九四番区域の調査依頼、というわけである。
 本来のクリーチャーたちの勢力圏を記録した図面を頼りに、イズナは森を調査した。

 だが、先の話にもあった生息域の変動すら見られなかった。
 結果として、海斗を拾った以外に、特筆して異常は確認できなかった訳である。

 それでも、仕事の関係上、なにも見つけられなかった、とギルドには報告しなくてはならない。

 イズナは胸に罪悪感を抱きつつも、海斗のことは伏せることにした。
 彼がクリーチャー出現の原因である可能性はもちろんある。だが、森で出会った少年は自身の状況も把握できておらず、この世界の常識すら持ち合わせてはいなかった。

「だから、カイトは……関係ないはず」

 そう思う一方で、今までの彼がすべて演技である可能性も捨てきれない。
 だが、イズナは心の中で、それはない、と思っていた。

 こちらを騙すにしても、海斗の行動は効率が悪すぎる。

 なによりも、森に入る最低限の装備すら持ち合わせていないのはおかしい。
 仮に、彼以外の共犯者なりいたとしてもだ。

 イズナは獣人である。周囲の状況も広く把握できるし、人がいれば多少の距離があっても察知できる。
 しかし、森には海斗を含めても、二人分の気配しか感じなかった。
 一人は、かの少年。そしてもう一人は、イズナ本人である。

 つまり、ゼロではないとしても、海斗が今回の一件に関与している確率は相当低い。

 だが、不自然な状態で彼に遭遇したのは、紛れも無い事実。
 そのため、ギルドに海斗のことを報告すれば、取調べを受けるのは必至だ。

 しかし、なにも情報を持っていない海斗を拘束したところで、得られるものは無い。
 だが、彼の素性を調べられれば、まず間違いなく疑惑は強くなってしまうだろう。

 それは、調べたところで、彼のことは『なに一つとして出てこない』からだ。

「……カイト、か」

 彼は、おそらくだが『渡界人』で間違いない。
 少なくとも、イズナはそう思っている。

 しかし、文献にある渡界人と、海斗は当てはまらないことが多すぎる。

 その最たるものが、自身の状況をまったく把握していないことである。

 渡界人とは本来、この世界の誰かに異界から召喚された者を指す呼び名なのだ。
 であれば、近くには召喚者がいるはずだが、実際は誰もいなかった。

 もしかしたら気配を消して付近に潜んでいた可能性もあるが、なんのために?

 そもそも、その召喚ができるものは、決して多くはない。
 人を一人、世界を跨いでこの地に呼び寄せるというのは並大抵のことではないのだ。
 それこそ大儀式と呼ばれる大規模な術式を展開する必要があるほどだ。

 さらには、膨大な量の魔素を必要とするという話もある。
 近くでそんな大規模な魔素の動きがあれば、イズナでなくても気づくだろう。

 それだけの苦労をして召喚する渡界人を、むざむざ放置するメリットはない。

 そして、召喚された渡界人は、本来であれば、この世界の情報を最低限、持っているはずなのだ。
 召喚される際、彼らは召喚者との間に齟齬ができないよう、必要な知識を得た状態で現れるのが常識とされている。

「でも、カイトはなにも知らないんだよね……」

 イズナが伝え聞いた話がそもそも間違っているのか。
 それとも、召喚になにか不具合が生じたのか。
 いずれにしろ、イズナには判断の付かないことだ。

 だが、誤ってあんな場所に呼びされてしまった、というのが、可能性としては一番濃厚だろう。

 それはさておき、少なくとも彼は、この世界で自身の身分を証明するものを、なに一つ持ち合わせてはいない。それだけは確かだ。

 そのため、この世界で過去の無い海斗を、いくら叩いたところで、ホコリ一つ出るはずもない。
 ゆえに、彼が不当な扱いを受けぬよう、この件は黙っているのが正解だと、イズナは判断した。

 指は途切れることなく動き続け、最後に森を出た時刻を記入して、報告書作成は終了。

「う~~~ん……」

 イズナは指を組むと、そのまま腕を頭上に伸ばした。

 開いたままの画面に再び視線を戻し、入力に誤りがないかを確認する。

「うん、問題なし」

 この手の報告書は書き慣れたものだった。

 常にハンターとしてギルドの依頼を受けていたイズナにしてみれば、今回の依頼はその危険度に対して割のいい仕事であった。

 幼くは見えるが、彼女はそれなりのキャリアを積んできているのだ。
 まぁ、今回はヴァイスリサードに追い掛け回されるという不測の事態に直面したが。
 それでも、イズナがその気になれば、あの場を無難にやり過ごすことは、わけのないことだった。

 しかし、なにも知らず呆然としていた少年を、放っておくことなどできなかった。

 イズナは結果として、危険に身を晒すことになってしまった。

 後悔などない。

 とてもギリギリの綱渡りみたいな逃走劇だったが、こうして二人とも無事だったのだから、まぁ、上々である。

「今日はホント、色々あったなぁ……」

 イズナは目を閉じ、一日の出来事を一つ一つ振り返ってみた。

 そうして思い返してみと、よくあの状況で、生きて無事に森を出られたものだと感心してしまう。
 本来であれば、まず助からない極限状態だ。

 咄嗟に海斗が巨木を発見し、その影に隠れるという策を採った。
 だが、あれはヴァイスリザードが魔術を行使してくれたからこそ助かったようなものだ。
 もし仮に、ただの突進で攻めてこられたのでは、おそらく今頃、二人とも無事ではなかっただろう。
 あの時、イズナは背後を気にかけている余裕は無かった。ゆえに、あの咄嗟の判断を下した海斗は、素直に賞賛できた。

 普通なら、頭の中がパニックになって、まともな思考をすることすら難しい。そんな中で、彼は見事に活路を見出したのだ。並みの胆力ではない。
 それに加えて、冷静に周囲を観察する眼も持っている。その才能には、ただただ感心するばかりである。
 しかし、それと同時に、イズナはある種の不安を海斗に感じていた。

『俺をヤツに向かって投げつけろ』
『貴様一人なら、逃げ切れる確率が上がる』

 などといった、自分をあまりにも軽視する発言。
 あの言葉を聞いた瞬間、イズナは怒りの感情が沸き上がったのを覚えている。

 自分の命をなんだと思っているのか。

 イズナは、苛立ちを抑えられなかった。
 だからこそ、彼をここで死なせてはならないと、絶対に助けるという強い衝動を、イズナは抱いたのだ。

 あの場で、彼が見せた暗い表情を、イズナは忘れることができなかった。

「カイト……」

 とても、自分と年の近い少年が見せる顔ではない。

 達観し、諦観した、あの瞳。
 別に、彼は自殺願望があるわけではないだろう。
 現に、ここに来るまでに、海斗は自らの命を惜しむ場面も見受けられた。

 つまり、あの状況で彼があんな申し出をしたのは、おそらく、イズナを無事に逃がすため。

 自分と他者の命を天秤にかけたとき、海斗は、迷わず自身を秤から下ろした。
 己の存在を、簡単に投げ捨てることができるほどに――いや、できてしまうほどに、歪んでしまった少年。

 それを思うと、今までの海斗の皮肉な発言は、あえて人から嫌われようとしているものではないかとさえ思えてくる。

 そんなことを考えていたとき、ふと、ある結論が脳裏をよぎった。

「もしかして、……自分のことが嫌いなのかな……?」

 カイトの根っこは、きっと真っ直ぐで、誠実なのだと思っている。
 列車の中では、深く沈んだイズナを気遣い、駅のホームでも、海斗は塞ぎ込みかけた彼女の手を取って、その場を走り抜けた。

 そこには、たしかに相手を思い遣る彼の感情があったのだ。

「なら、あたしが頑張らないと……」

 出会ってまだ数時間程度の関係ではある。
 だが、それでもイズナは、強い使命感を胸に宿していた。
 彼を、無理やりにでも助けた責任もある。

 しかし、それよりも深く、イズナの心の奥にあったものは――、

「…………そういえば……他の誰かと一緒にいるなんて、いつ以来かしらね……ホント……久しぶり。でも、嬉しいな……」

 自分が今、一人だけではないという思い……、
 他の誰かと共にいられる、という思い……それはまるで、

 ――海斗への依存にも似た感情であった。
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