ガチ・女神転生――顔だけ強面な男が女神に転生。堕女神に異世界の管理を押し付けられました!

昼行灯

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奴隷編

怒りと哀しみ

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 ヒューム達の部屋で、異変が起きる少し前。

 部屋から抜け出した天馬は、通路に繋がっている扉の前にぴったりと張り付き、外の様子を窺っていた。

 先程、【女神デバイス】で習得したスキル――【視力強化】を使い、壁の向こう側を透かし見る。

「(見張りが……二人……いや、三人か……)」

 この扉のすぐ近くに一人。少し離れた向かいの扉に二人。
 魔力の気配や、見た目、雰囲気から察するに、外にいるのは全員が盗賊で間違いないだろう。

 しかも、漏れ聞こえてくる彼等の会話は、とても虫酸が走るような内容で、それだけで連中がろくでもない奴らだと理解できる。

『にしても、他の奴等は「お楽しみ」だってのに、俺達はこんなところで寂しく見張りかよ』
『仕方ねぇだろ。頭からの指示だ』
『つったってよぉ……今日の女は、俺的に好みだったから、徹底的にブチ込んでやりたかったのに、それが何で、お前らみてぇな汚ねぇ野郎の面を拝む羽目になるんだよぉ……』
『てめぇにだけは言われたくねぇよ……俺だってこんな場所で見張りなんかしてねぇで、あっちで楽しみたかったぜ……でもよ、頭の指示に逆らったら、マジで船の外に放り出されるぜ?』
『うっ、それは確かに……頭はあれで、やるときは徹底的にやるしなぁ……』
『そうそう。今日は我慢して、明日の女に今日の鬱憤をぶちまけてやれよ。殺したり壊したりさえしなけりゃ、ある程度は自由に犯して構わねぇって言う話だからな。明日は存分に憂さ晴らしをさせてもらおうぜ』
『だな』

「(…………くっ、やっぱり俺が感じた、さっきの魔力の反応は……)」

 ゲラゲラと下卑た笑い声を上げる盗賊達に、天馬の怒りが再燃する。
 女性をまるで道具のように扱う彼らの発言に、天馬は思わず飛び出しそうになるのを、ぐっと堪えた。

 しかし次の瞬間、ふいに出てきた盗賊達の話題に、天馬は耳を疑ってしまう。

『そういや、なんで腹にガキが入ってるメス犬なんか捕まえたんだよ? あんな奴、まともな労働力になんかならねぇぜ?』
『いいんだよ、あれは……どうせ向こうに着いたら、まっさきに変態貴族共のおもちゃにされんだろうからな』
「っ――?!」

 お腹に子供がいるメス犬。どう考えてもヨルであろうことは確実だ。
 天馬は、思わず声が漏れてしまいそうになった口を押さえて、呼吸を落ち着ける。

 そんな天馬のことなどお構いなしに、盗賊達の話は、徐々にその醜悪さを増していった。

『はぁ?! あんな犬畜生とヤルってのか?! おぇ、考えただけで寒気がするぜ……』
『いやいや、いくらなんでも直接は犯さねぇって。見世物だよ、見世物』
『見世物? なんだそりゃ?』
『ああ、お前はまだ俺達んとこに来てから日も浅いし知らねぇか。貴族共はな、魔物を飼ってる連中がいんだよ。で、その魔物と奴隷を戦わせてみたり、メスなら犯させてみたり、生きたまま餌にされる瞬間を見て楽しむんだとよ』
『うげ、気持ち悪……』
『だよな? 俺もそう思うぜ……でもよ、世の中には色んな奴がいんだよ。それこそ、そんな見世物を心から楽しむ変態がな。で、さっきのおめぇの質問に答えんなら、あの腹のでかい獣人は間違いなくそっち方面で使う為に捕まえたんだろうよ。しかも孕んでるとなりゃ、魔物どももいい感じで喰らい付くだろうからな……徹底的に犯されて壊れるか、はたまた腹の中にいるガキと一緒に生きながら喰われるか……おお、おぞましい、おぞましい』

「~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」

 天馬は、盗賊達の会話に歯を食い縛り、飛び出していきたい衝動をギリギリのところで押し留めていた。

「(ヨルさんを、そんなことのために……!)」

 夫を無残に殺され、それでも妹のことを思い、無理をして空元気を振りまいていたヨル。
 そして先日、天馬のことを案じて、ずっとそばにいてくれた、心優しい女性。
 そんな彼女を、彼等はさらに凄惨な目に遭わせようとしている。
 直接的には彼等が手を出すわけではない。
 だが、ヨルを奴隷として売るということは、結果的にそうなるように彼等が仕向けるもどうぜんなのだ。

「(なんて、下衆な……!!)」

 思わず天馬は、自分がこの世界の女神であることも忘れて、男達に殺意を抱く。
 魔法を使えば、おそらく外にいる連中くらいなら難なく殺せる。
 魔法という、いまだこの世界では未知の力に、外にいる者達はまともに対処できず、一方的な殺戮の末に、三人とも絶命するだろう。

 しかし天馬は、何とか土壇場で湧き上がる黒い感情を飲み下し、荒れる呼吸を落ち着ける。

「(ダメだ、それはダメだ……俺が、あいつらと同じになっちゃ、絶対にダメだ……俺は、俺は……!!)」

 天馬は、捕らわれた者達を救いたいのであって、決して盗賊達を殺したいわけではない。

 穏便にことが済むのであれば、それに越したことはないのだ。
 仮に戦いになっても、天馬は盗賊達を殺すつもりはなかった。
 それがここにきて、殺意という今まで抱いたことのない真っ黒な泥が、体に入ってくる。

 だが、天馬は胸を押さえて、強引にその感情を外へと追い出そうとした。

「(落ち着け……落ち着け……俺が皆を助けられれば、何も問題はないんだ……ひとの命を必要以上に殺めて、何になる)」

 その場に限れば、心が慰められるかもしれない。
 だが、長い目で見れば、他者の命を殺める行為は、いつしか必ず自身の重荷になる。

 こびり付いた血は、どれだけ洗ったって落ちはしない。

「(そうだ、ここで俺が頑張れば、全員が奴隷になるようなこともなくて、ヨルさんだって、元気な赤ちゃんを産めるんだ)」

 既に父となる者はいないが、妹のサヨだっている。
 きっと二人で、子供を立派に育てるに違いない。

 ならば、天馬のやるべきことは、殺戮ではなく、もっと別の……

 と、天馬が感情をコントロールしている時だ。

『ああ、そいうやさ、頭が言ってたんだが、どうやら今回の奴隷達は、全員用が済んだらバラすんだとよ』
『そりゃそうだろ。戦争捕虜や犯罪者を奴隷にしてるならともかく、違法に俺達から買い付けた奴隷だぜ? 開放なんかして、もし国に訴えられでもしたら、流石に終わりだろうからな』
『てことは、この船の船頭や船員、その家族も……』
『全部終わったら皆殺しだよ。ったく、面倒なことだぜ……』
『全員か? おいおい中々にいい女も二,三人いただろうが。そいつらを連れてって、拠点で性奴隷にしたっていいじゃねぇかよぉ……』
『その意見は頭に直接言え。まぁ、あのひとは相当に慎重だから、多分聞き入れてはもらえねぇだろうがな』
『はぁ……そうなると、船にいるうちに、めちゃくちゃハメておかねぇとな。ぶっ壊れるまでよ』
『ふん、好きにしな。ただし、奴隷を間違えて壊すんじゃねぇぞ』
『へいへい』

「…………………………………………」

 盗賊達の度重なる異常な発言に、天馬の堪忍袋はその臨界点を超えて、逆に絶対零度の領域にまで差し掛かる。

「(……殺さなければ、多少は痛い目に遭ってもらっても、いいよな……?)」

 悪いことをすれば、お仕置きを受ける。
 多少の悪事なら言い含めるだけでもいいかもしれないが、度が過ぎた行いをすれば、尻を叩かれなくてはならない。

 天馬は、抑制した殺意の代わりに、行き過ぎて冷たくなった怒りを放出していた。

「(少しの間、眠っててもらおうか……)」

 天馬は手の中に魔力を集めると、男達の周囲をぐるりと360度囲むように、薄い空気の膜を形成。
 外部の空気が一切入ってこない、密閉状態を作り出す。

「(このまま、囲みの中の酸素濃度を、徐々に下げて……)」

 すると、外にいた盗賊達に、異変が生じる。

『……おい、なんだか、さっきから、少し息苦しく……かはっ』
『な、なんだ、これ、なんで……息が……ぁぁ』
『っ、苦しい……あが、意識……が、あ、ぁぁ……』

 空気中に存在する酸素の濃度。これが低下することで、酸素欠乏症に陥る。運動機能も短時間で低下する為、気付いてから囲みの外に移動しようとしても時既に遅し。
 結果、盗賊達の意識は、天馬の手によって強制的に刈り取られることとなった。

「(……落ちたか)」

 扉の向こうで、盗賊達が倒れたのを確認した天馬は、すぐさま外の酸素濃度を元に戻す。

「……もしかしたら、脳に障害が出てるかもしれないが、行き過ぎた略奪行為の罰と思って、受け入れてくれよ」

 扉を開けて、静かに倒れた盗賊達を見下ろした。
 その瞳はどこか悲しそうで、まるで彼らを哀れんでいるかのようでもあった。

「なんで、そんな簡単に他のひとを酷い目に遭わせられるんですか……なんで、そんなに残酷になれんるんですか……何が、あなたたちをそうまで追い込むんですか」

 己の手で盗賊達を気絶させた天馬は、先程まで感じていた怒りが霧散し、何故、この者達がここまで非人道的な行いをするに至ったのか、それを考えた。

 誰もが、幼き頃は無垢なもの。

 それが年月を経て大人になり、分別を学び、他者を慈しむ心を養っていく。道徳を、覚えていくはずなのだ。

 だというのに、彼等はなんの違和感も持たず、他者を苦しめる。
 その理由が、天馬には分からなかった。

「…………っ」

 天馬の瞳から、ひとつの雫が線となって、頬を流れ落ちた。

 盗賊とは、ただ犯罪者がなるだけではない。
 貧困にあえぎ、やむを得ず奪う事に走った者だっているだろう。
 中世という時代は、ひとの生き死にが現代よりも過酷だ。今の日本はかなり裕福で、多少の我慢を覚えれば、モノを食べられなくなることはほとんどない。

 そんな世界で育ち、飢えを知らない天馬には、彼等の心境を正しく認識するのは難しいだろう。

「(でも、それでも、略奪なんて行いは、正当化されるべきじゃない……)」

 綺麗事かもしれない。生きるか死ぬかという瀬戸際で、手段を選べない者だっている。ぐずぐずしている内に、死んでしまうかもしれないのだから。故に、仕方ないと言うひともいるだろう。

 しかし天馬は、盗賊達の行い自体を、許すことはできそうもなかった。

「……いこう」

 倒れた盗賊達は、そのまま放置した。
 下手に動かすと、彼等が起きたときに、より一層異常や違和感を感じてしまうからだ。
 その場で目が覚めれば、最悪、眠りこけていたと思わせることが出来る。

「あまりのんびりしてられないな。急がないと……」
 
 三人を気絶させたとはいえ、油断は出来ない。
 盗賊の仲間が様子を見に来て異常に気付かれたり、気絶させた三人が目覚めてはまずい。

「とりあえず……灯りは消しておこうか」

 通路を照らしているのは、数本の蝋燭だ。
 それを全て吹き消してしまえば、あっという間に部屋は通路は真っ暗になる。

「それと、この部屋全体に、風魔法を使ってと」

 今日はずっと活躍しっぱなしの風魔法である。

 今度は人が捕まっている部屋を、内側から包むように空気で囲む。
 実はこの空気、完全に固定されているのだ。
 空気の圧が変化しない為、外に音が一切漏れない仕組みになっている。

 ただし、そうなると天馬も部屋に入れなくなる為、入り口を空けたら、そこだけ空気を元に戻し、中に入る。

 あとは扉ごと空気を再度固定。

 これで、音もなく入ることができるわけである。

「(よし、魔力の運用も、効率が上がってる気がする。前より疲れない)」

 とはいえ、姿を消しままの魔法は流石に長くは持たない。
 おそらく、長くても15分ほどであろう。

 と、天馬が部屋に入ると、数人の男女が、暗い表情で会話しているのが確認できた。

 窓の外から差し込む月明かりの中、各々の表情はとても重く、皆、下を向いている。

 そんな中、目元まで髪が延びた青年が、まだ希望は残っているんじゃないか? と、声を出す。

 しかし、残りの男性一人と、二人の女性は、全てを諦めたり、怯えて体を震わせたりと、青年の言葉をまともに受け取ってはいない様子だ。

 しかも、男性は青年に、全てを諦めて、なすがままにされていた方が、まだ希望はあると言い出した。

「諦めろ……下手な希望などもつな。現実から目を逸らさず、受け入れろ。どれだけ辛くとも、アタシ達にはもうそれ以外に道はないのだから」

 男性の言葉は、確かに現状では正しく聞こえるかもしれないが、その先に待っいる結果を、天馬は知っている。

 全てを諦めてしまえば、彼等に明日などない。

 待っているのは、皆殺しという終わりのみ。

 それに、全てをこんな場所で投げ出されては困るのだ。
 この船から全員で脱出するには、彼等の強力が必要不可欠なのだから。
 自らを救うという意味でも、絶望されるわけにはいかない。

 故に、天馬は声を上げる。
 力強く、そして、皆の心を奮い立たせる為に。

 声を、張る。

「――いいえ! まだ、諦めるには早すぎます!!」

 そうだ、まだ何も、諦める時じゃない! まだ、終わってない!

「たとえ、どれだけ現状が厳しいものであろうと、そこで諦めれば、あなた方に待っている未来は『破滅』でしかありません! どうか、ここで奴らに屈せずに、わたし達と戦って下さい! 皆さんの自由な未来と、明日を勝ち取る為に!!」

 全てを救うのだ! 必ず!
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