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奴隷編

人ーヒュームー 1

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「誰だ……?!」

 部屋にいる誰かが、そう声を上げた。
 しかし、部屋にいる者の中で、その言葉に反応するものはいなかった。

『……突然で申し訳ありません。ですが、どうかわたしの話を聞いてほしいのです』

 いまだ聞こえる謎の声。
 部屋にいた何人かが、気味が悪いと騒ぎだす。
 
「おい、静かにしろ……外の連中に聞かれでもしたら……」

 それを、先程青年に全てを諦めろと語った男が諌める。
 しかし、それは杞憂である。

『心配いりませんよ。どれだけ大声を出しても、外には聞こえませんから。試しに……』

 天馬は手頃な壁を、ドンドンと叩いて大きな音を出す。

 すると、部屋にいた面々は急に顔を青ざめさせ、頭を抱えたり、扉から離れて一気に部屋の奥まで逃げようとしたり。
 扉から盗賊が怒鳴り声を上げて部屋に入ってくるのを警戒する。

 しかし、一向に部屋に盗賊が乱入してくる気配はない。

 普段、あれほどの音を立てれば、数人の盗賊が中に入ってきて、手頃な者を暴行して、全員を静かにさせる。

 だが、今回は誰も部屋に入ってくる様子がない。

『分かりましたか? この部屋は今、外に音が漏れない状態となっています。……あまり長時間は、こうしていられないですけどね……』
「「………………(ほっ)」」

 人《ヒューム》達は声の主に警戒心を抱きながらも、どうやら自分達を害しようという気がないことに、薄々気づき始める。
 表情を強張らせながらも、何とか興奮を落ち着けた様子だ。

 しかし、

「お前は誰だ? どこから声を出している?」

 部屋の人を諫めた先程の男性が、周囲を見渡す。
 しかし、天馬は空気を操作し、声を部屋に拡散させているため、出所が分からない。

 実は、ずっと扉の前で話しているのだ。

『わたしは……そうですね……まぁ、神様の御使《みつか》い、とでも思っていただければ、それでいいですよ……』
「「は……?」」

 天馬の言葉に、全員の目が半開きになり、何言ってんだコイツ、という空気が漂う。

「(はぁ、そういう反応になるよなぁ)」

 天馬は苦笑を浮かべ、ポリポリと頬をかく

 とはいえ、ここには人としてではなく、女神としてきている。
 今しがた口にしたことは、あながち間違いというわけでもない。

 しかし、今の発言で、天馬に対する警戒心はかなり強くなあった印象がある。

「(しかも、相手の姿が見えないんだから、余計に、かな……)」

 だが、天馬がここで姿を見せないことにも、もちろん理由がある。

 考えてもみて欲しい。

 所々肌が覗いたボロを纏い、二十代の女性がいきなり、わたしが皆さんを救います、と言って、誰が信用してくれるだろうか。
 それなら、姿を見せないことで警戒心を持たれ、皆から怪しまれても、越常の存在が救いに来たと思ってくれた方が、希望があるというものだ。

『突然で驚いたことと思います。また、不信感を持つ皆さんの気持ちも、少なからず理解できます。ですが、この場でわたしは、あなた方の味方です。ですから――』
「少し待て。本当にいきなり出てきて味方だと言われて、誰が信用できる? 少なくとも、姿を隠して接触して来ている時点で、全く信用など出来ないというのに」

 先程から天馬と言葉を交わす男性は、鋭い眼光で空《くう》を睨み付ける。
 偶然かはたまた確信があるのか、男は天馬がいる位置を睨んでいるように思える。

『……失礼ですが、あなたは?』
「アレクだ。元は傭兵をしていた」
『元?』
「ふん。外の連中に足の腱を切られてな……もう戦うことは出来ん。故に、元、だ。……まぁ、それでも身体が動けばいいのか、こうして他の連中と一緒に売られに行く最中だ」
『…………』

 男の自虐的な言葉に、天馬は思わず顔を顰めてしまった。
 
「それで、あんたこそ何者だ? 先程は神の御使いだとか言っていたが、何を根拠にそれを信じればいい?」

 彼の言葉に倣うように、部屋の全員が頷く気配がした。

 とはいえ、ここでバカ正直に姿を見せても、はたして天馬を信用してくれるかどうかは分からない。
 せめてまともな格好をしていれば、まだ説得力もあっただろうが、今の天馬の姿は、部屋にいる者達に負けず劣らずの痛々しさだ。
 到底自分たちを救い出せるような人物には見えないだろう。

 ましてや女である。
 屈強な盗賊を相手にするというのに、華奢な女性一人に何ができると思われるのが関の山だ。

『(姿を見せることに意味はない。なら、どうやって信用を勝ち取る?)』

 あまり迷っている時間はない。

 姿を消しているのにも、部屋を防音仕様にしておくのも、今の天馬ではそう長く持たせられないのだ。

『(仕方ない。少し無茶苦茶だけど、どうにかゴリ押すしかないか……)』

 天馬はひとつ腹を括ると、一段と落ち着いた声音で語り始めた。

『名前を教えろといことでしたら、わたしは【アマギ】と申します。それとその場にわたしの姿がないのは当然です。そこにわたしは「いない」のですから』
「何?」

 天馬は、自分はここにいないのだと、嘘を吐いた。
 本当は目の前にいるので、若干冷や汗を掻きながらも、この設定でいこうと話しを進める。

「はい。わたしは現在、別の場所……あなた方にとっては天上の世界にいます。そこに届いているのは私の声のみ……どうか、無礼を許して下さい……わたしも、むやみに下界に降りることができない身ですので……」
「「…………」」

 無言。それが天馬の腹に重くのし掛かる。

 それと自分で今の設定を口にしていて、相当無理があると思っていた。
 どう考えても、子供だましにもなっていないのではと、背中から嫌な汗が吹き出てくる。

 それと、部屋の中が薄暗く、皆の表情が思ったよりも暗く見えることも、天馬の不安を増長した。

『……こ、この部屋は少し暗いですね。灯りをつけましょうか!』
「「っ――?!」」

 ちょっと慌てた様子で、天馬は部屋の四隅に、5センチほどの火の玉を発生させる。
 燃えるのに必要な酸素は必要以上に供給せず、時間が経てば消える仕組みのものだ。

 故に天馬の制御がなくとも、勝手に燃える為、そこまで負担はかからない。

 しかし、部屋が薄っすらと照らされた途端、皆の息を呑む姿が目に入った。

『あ、触ったらダメですよ? 本物の火ですから、火傷してしまいますよ』

 急に火が出てきてびっくりしたのかな? と思い、天馬はそんなことを口にする。

 だが、この行動が、結果的に皆の心を動かす切っ掛けになったようだ。

「え? もしかして、本当に、神様の御使い?」
「信じられない……でも、これは……それにさっきも、部屋の壁を叩いても、誰も入ってこなかったし……」
「……空中に、火が浮いてる…………なんだか、安心する感じ……」
「温かい。これ、本当に燃えてるんだ……火種もないのに、どうやって……」

 口々に驚愕の声を上げる面々。
 そして遂には、

「まさか、本物、だと……? いやしかし、現にこうして、姿も見せず、不可思議な現象が起きていることは事実……」

 アレクまでもが、天馬の言葉に信憑性を見出し始めていた。
 天馬はすかさず、その反応に便乗することにした。

『信じていただけましたか? わたしは、確かに神の御使いとして、皆さんと接触しています。ですからどうか、わたしの話に耳を傾けてください。わたしは、皆さんを救いたいのです』

 その言葉を皮切りに、皆の姿勢が正され、なぜか窓の外に揃って向き直る。

 どうやら天上の世界=お空の上、ということらしい。

 そして窓は扉の正面。つまり、まるっきり天馬に背を向けた格好になっていた。

「アマギ様、先程は失礼な発言の数々、誠に申し訳ありません。私の本名は、アレクサンドロと申します」

 恭しく頭を下げるアレク改め、アレクサンドロ。
 そして、口々に全員が自分の名前を明かし始めた。

「私は、キアラ、と申します……この船に乗っている船乗りの妻です」
「俺はジュールといいます。ここに来る前は、村で農夫をしていました」
「……私はアリーチェ、です。商団で働いて、いました……」
「そして、改めて紹介させていただきます。私はアレクサンドロ。元は、商団を護衛する傭兵でした。それではアマギ様、どうぞ、お言葉をお聞かせください」

 先程、天馬が部屋に入ってきたときに、起きて会話していた者達の自己紹介も終わる。
 しかし、まさか全員分の自己紹介を聞く羽目になるとは思っていなかっただけに、少し天馬は焦った。

『(ちょ、時間ないのに!)』

 が、こんなことを声に出して言えるわけもなく。
 結局、天馬は焦りを隠しつつ、平静を装った。

『はい、ありがとうございます。それでは、単刀直入にお話しましょう……』

 時間もあまりないことから、天馬は早々に話を切り出した。

『わたしは、船に乗っている全員を救いたい。そのためには、皆さんと、獣人、森精霊エルフ土精霊ドワーフ……全員の協力が必要なのです』
「全員の?」
『はい。そうです』

 船の内部を探った際に、把握できた盗賊達の数は、およそ30人。
 こちらの人数の方が多いとはいえ、戦闘ができる者は少ない。
 そうなると、多人数で協力して盗賊達に対抗するより他にない。
 幸い、押し込められている者達の人数は、盗賊達の3倍はいる。
 つまり、単純計算ではあるが、1人に対して3人で掛かれば、相手と渡り合える可能性はあるのだ。

 ただし、こちらもそれなりに準備は必要だが……

「……お言葉ですが、我々があの『人外』達と協力するのですか?」

 しかし、天馬がそう切り出した途端、部屋の雰囲気が変わる。
 今の言葉を誰が口にしたのかは分からないが、あきらかな嫌悪が混じっていたを感じ取る。

『……あの、どういう意味ですか? 人外って……彼らも、あなた方と同じ、人族では……』
「「…………」」

 話の雲行きがいきなり怪しくなったことに、天馬は眉根を寄せた。
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