お父さんですけど、頭に『義理の』って付くんだから別に恋しても結婚しても許されるもんねっ!

昼行灯

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勇者の娘と今後の方針

 ち~ん……

「うぅ……やりすぎちゃった……」
「あらあら、ふふふ」

 アイリに首を絞められて、俺はぐったりとソファにもたれ掛かっていた。
 体はビクビクと痙攣し、泡を吹いている。

 隣ではアイリがしゅんと俯き、対面するソファには、レシエルが翼を『消して』、ゆったりと腰掛けていた。

 というか、そもそもの原因が優雅に微笑んでいることに、俺は納得ができんのだが……

「アイリさんは、なかなかに嫉妬深い性格をお持ちのようですね」
「う……」
「ふふ……ですが、今は急ぎお話しせねばならないことがありますので、お父様にも起きていただきましょうか」

 そう言って、レシエルと名乗った天使のような女は、指をパチンと鳴らした。

 すると、

「はっ?!」

 俺はふわふわとした微睡から急速に浮上し、ソファの上でピンと背筋が伸びた。
 どうやら回復魔法を使われたようである。
 しかし、彼女の魔法には詠唱もなく、かつ魔力を練る時間もほんの僅か……

 この女、本当に何なんだ……?
 見た目は天族に似ているが、あいつらとは全く気配が違う。

「あの、お父さん……」

 と、レシエルをじっと見据えていた俺に、アイリがおそるおそるといった様子で頭を下げてくる。

「ごめんなさい! 私、つい取り乱しちゃって……」
「ああ、いや、それは……まぁ、次は気をつけてくれればいいから。あまり気にするな」
「…………次?」

 と、俺の言葉に、アイリがドスの利いた声を出す。

 え、なにこれこわっ?!

「次なんてありません……浮気は、絶対に許しませんから……」
「う、浮気って……そもそも俺たちは、父親と娘で……付き合ってるわけでもない……」
「次なんて、絶対に、ありません、よね……?」
「はい……」

 娘に勝てない父親って……しくしく。

「ふふ、楽しいお話はそれくらいにしていただいてもよろしいですか?」
「「っ!」」
「そろそろ日も暮れますし……こちらのお話をいたしましょうか。アイリさんの持つ【天賦】について……そして、あなた方の身の振り方について……色々と……」

 と、レシエルはそう口にした。

 俺は再び警戒心を剥き出しにして、彼女と対峙する。

「…………」
「ふふ……」

 にこやかに笑みを浮かべてはいるが、どうにも張り付いているだけの能面のように見えて、えらく不気味だ。

「アイリ、俺の傍から離れないように……」
「は、はい……」

 アイリは俺の袖を小さく掴み、きゅっと握ってくる。

「そんなに警戒されると、私だって少しは傷付くんですが……まぁ、いいでしょう。さて、アイリさん」
「は、はい!」
「ふふ……アイリさんは、【勇者】という【天賦】を、どれほど知っているのかしら?」
「す、すみません。全然知りません」
「あら、そうなのですね。では、お父様は?」
「……少しなら知っている」
「少し、ですか……ふむ……いえ、そこをつついても話は進みませんね……では、アイリさんのために、まずは【勇者】についてご説明しましょうか」


 そうして、とつとつと語られる、【勇者】という存在の内容……


【勇者】とは、

【英雄】、【救世主】、【導師】、【賢者】、【王】と並び称される、【神級天賦】の一つである。

 そしてその力は、他の【神級天賦】と比べても頭一つ抜きんでており、筆頭といわれている。

 世に姿を現せば、歴史を大きく動かすほどの力を秘めた存在。

 俗世に悪が蔓延はびこれば、これをことごとく駆逐し、世に戦乱が起きれば、それを瞬く間に終結へと導く。

 そして、世界に破滅をもたらす存在が現れれば、かの者はその全てから人々を護り、邪悪を打ち砕く。

 ……そう伝えられているのだ。


「――ここまでは、一般の方でも知っている知識です……そしてこれからお話しする内容は、ごく一部の限られた者しか知らないお話……」
「「……」」

 俺とアイリは黙ったまま、レシエルが先を話すのを待つ。

「【勇者】とは――そもそも『この世界』の人間ではございません」
「っ?!」
「……」

 アイリは驚愕に目を見開き、俺は黙してレシエルを睨み付けた。

「そんな、嘘、ですよね……? 私が、この世界の人間じゃない……それなら、私はどこから来たんですか?!」
「それは私達にも分かりません。ただ、異世界、と。そう呼ばれる何処か別の世界から、アイリさんは来た。分かっているのは、それだけです」
「それじゃ、私は人間じゃないかもしれないってことですか?」
「いいえ、それは違います。貴女は間違いなく人間です。それは保障しましょう」
「そ、そうなんですね。はぁ~、よかった~……」

 心底ほっとしたように、アイリは胸に手を当てて、深く息を吐き出した。

「そもそも【勇者】の素質を持つ者が現れる時……それは、世界が混乱し、破滅へと向かっている時なのです。ですが……」

 途端、レシエルは視線を彷徨わせて、最後に俺の方を見つめてきた。 

「アイリさんもご存知とは思いますが、この世界は、先の【天魔大戦】により、大きな被害を被りました」

 天族と魔族が、この世界の支配権を争い起きた戦争……戦いは苛烈を極め、人間はもちろん、多くの種族を巻き込んだこの大戦は、世界を滅ぼす一歩手前まで、その規模を拡大させた。

「はい。そして戦争を終結させたのが、【六英傑ろくえいけつ】と呼ばれる人達の存在ですよね」

【六英傑】

 戦争を終結させた6人の英雄を、そう呼ぶ。
【神級天賦】を持つ存在が全体の半数を占め、残りのメンバーも皆、【上級天賦】を持つ傑物けつぶつばかり。
 彼等の活躍があり、戦争は終結。
 今の世の中があるわけである。

「本当なら、【勇者】がこの戦争を終わらせるはずでしたが、【六英傑】により、自力で世界は救われ、【勇者】の出番はありませんでした。ですからてっきり、もうしばらくこの世界に、【勇者】は現れないと思っていたのです。それが……」
「平和な世の中になった今になって……私が現れた」
「その通りです……私達にも初めてのことで、先程はかなり驚きました。アイリさんが言うとおり、今の世界はとても平和です。戦争の爪痕はまだ多いものの、世界は確実に安寧へと向かっています。ですから、【勇者】という存在は不要なはずなのです。それ故に、貴女がこの世界にいる意味もないのですが……」
「っ」

 レシエルの言葉に、アイリが小さく俯く。

「それって、私はこの世界には不要ってことですか?」
「え、あ、いえ、決してそういった意味では」
「…………」

 悲しそうな表情を浮かべるアイリの姿に、俺は眉を寄せ、今まで黙っていた口を開いた。

「レシエル……確かに【勇者】という存在は、今の世の中では不要かもしれない。……だが! 俺の愛する娘が、この世界にいる意味ならある! 俺が、ここにいてほしいと……幸せになってほしいと願っている! それが全てだ! この子は決して不要などではない! 滅多ことを言わないでもらうか……殺すぞ」

 俺は、レシエルの言葉も、アイリに言葉も否定した。
 アイリは……俺の娘は、この世界で生きているというだけで、大きな意味を持っている。
 それは、父親である俺が一番実感しているのだ。
 他の誰かに、アイリの存在をとやかく言われるのは、不愉快極まりない。

 そんな俺の剣幕に、目の前の女は何を感じ取ったのだろうか……レシエルはじっとこちらを見据え、次いでそっと頭を下げる。

「……失礼いたしました。別に私は、アイリさんの存在を否定したいわけではありません。今のは、私の言葉の選び方が不適切でしたね。ごめんなさい、アイリさん」
「い、いえ、私は気にしてませんから。それよりも……」

 と、アイリは先程とは打って変わって、花が咲いたような満面の笑みを浮かべると、ぎゅと俺の腕にしがみ付いてきた。

「ふふ、私、お父さんにすっごく愛されてて、すっごく幸せです……この世界の住人じゃないって聞いたときは、お父さんの『赤ちゃん』を産めないのかな、って心配になったけど、それも問題ないみたいだし!」
「…………」

 俺は、レシエルに啖呵を切った姿勢のまま固まり、体から滝のような汗を流していた。

「ふふ……やっぱりお父さんは、私の事が大好きで、いっぱいいっぱい愛してくれているのね……嬉しい」

 いや、待ってくれアイリ。
 確かに俺はお前のことが大好きだし、愛してもいる。
 だがそれは、決して男女間の好きや愛ではなく、家族に対して向けているものである。

 しかも、お前、今なんて言った? 俺の何を、どうするって?
 俺のナニがお前と結ばれてナニした末にあれができちゃって○※△×□~~~!!

「コホン。ええと、そちらの個人的なお付き合いについては置いておいて」
「置いておくな! 我が家の一大事だぞ!」
「そうよねぇ。子供ができるのって一大事よねぇ」
「よ~しちょっと黙ろうか我が娘よ!」

 あれ、おかしいぞ。
 真面目な話を俺達はしてたはずだよな?
 ちょっとシリアスな場面だったよなぁ? 決してこんな漫才みたいな空気じゃなったよなぁ?!

「さて、そちらがナニして合体する話はひとまずいいとして」
「よくねぇよ!」

 ナニして合体って、生々しいわ!

「えへへ……」

 というか我が娘よ、ナニを想像しているのか知らんが、体をくねくねさせるのやめようか!

「アイリさんが【勇者】であるという情報は、おそらく数日中にも、世界中へと拡散することでしょう」
「っ」
「え? それって、どうしてですか?」
「ああ、アイリ、それはな……」

 俺はレシエルに代わって、その辺りのことを説明した。

【天啓の儀】によって判明した【天賦】は、国に報告する義務があるのだ。
 それを怠ったり、隠したりすれば、厳罰に処されることになる。
 危険な【天賦】を持つ者を監視、管理をするためにも、国は民の【天賦】を把握しておかねばならないのだ。

 それ故に、隠すなど言語道断。

 もしこれに背けば、投獄されるか、最悪の場合は処刑されることだってある。

「だから、アイリの【天賦】は確実に国に知られてしまうというわけだ」
「そうなんだ。でも、知られたからって、別にどうってことないんじゃないの?」
「……お前、今までの話を聞いてたか?」
「?」

 こてんと首を傾げてしまう娘。可愛い……じゃなくて!

「いいか! お前の【天賦】はかなり特殊なものなんだ! それそこ世界情勢をひっくり返しかねないほどのな!」
「そんな大げさなぁ」

 またまたぁ、と手を振るアイリに、俺は首を全力で横に振った。

「いやいやいや、甘い! アイリ、今のお前は例え意識していなくても、世界を動かしてしまう存在になってるんだぞ! 有力者共は血眼になってお前を……お前の『血』を内部に取り込もうと躍起になるだろう。そうなれば、領主や他国の豪族が、お前に見合いを迫ってくることになる……果ては、王族からも接触があるはずだ。もし奴らが本気になれば、お前はあっという間に王家に取り込まれることになるんだぞ!」 

 俺の言葉に、アイリの顔面が蒼白になり、咄嗟に詰め寄ってきた。

「そ、そんな……! 私、お父さん以外と結婚するなんて……そんなの絶対にイヤ!」
「いや、まぁ、そもそも俺とも結婚はできないんだが……と、それはさておき、俺だってお前が権力者達にいいように使われるなんてのはまっぴらゴメンだ!」
「で、でも、どうしよう? どうしたらいいんだろう?! お父さん!」
「それは……」

 そうなると、もう逃げるという選択肢しかない。
 明日、明後日にでも荷物をまとめて、どこか人の少ない地域へ逃避行する以外、俺には思い浮かばない。
 だが、突然慣れ親しんだ土地を離れて、見知らぬ地で生活するのは並大抵ではない。

 アイリはまだ15歳だ。

 いくら成人したとはいえ、まだまだ幼い。
 隠れて逃げるという生活に、はたして娘の精神が耐えられるだろうか。

「それでした、私に少し考えがあります」
「何?」

 と、レシエルが口を挟んできた。

「考え?」
「ええ。と言っても、そこまで難しいことでもありません」

 彼女はにこやかな表情を崩すこともなく、俺たち親娘おやこを見つめてきた。

「組織というものに、取り込まれるのがイヤならば、『ご自身で組織を作ってしまえばいい』。そして王家に取り込まれたくないのであれば、『それと同等か、それ以上の力を持った者の庇護下に入ってしまえばいい』……そうは思いませんか?」
「つまり?」
「ふふ、ユーマさん、そしてアイリさん……私と一緒に――【クラン】を立ち上げてはいかがでしょうか?」
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