お父さんですけど、頭に『義理の』って付くんだから別に恋しても結婚しても許されるもんねっ!

昼行灯

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娘の決断と、再びの嫉妬

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「え? わ、私も?」

 自分のことを指差しながら、アイリは大きく目を見開く。
 それはそうだろう。
 今まで、俺の仕事にアイリを同行させることなんてなかったのだから。
 もっともな理由としては、俺が請けるクエストの大半が、モンスターの駆逐を目的としているクエストだからだ。
 命の危険とまではいかないまでも、怪我をする恐れは十分にある。
 そんな危険なところに、アイリを連れて行くことなどできるはずがない。

 今まではそうだった。

 しかし、今回は……

「そうだ。アイリ、お前は先日、【天啓の儀】で自分が【勇者】だと知ったな」
「え、ええ……でも、それと今回の話に、何の関係が?」
「お前が持つ【勇者】の【天賦】は、【神級天賦】と呼ばれるものだ。昨日も聞いたと思うが、その力はかなり強大だ。それこそ、世界をひっくり返すだけの潜在能力を秘めている」
「……」

 アイリは緊張からか、自分の腕をぎゅっと握り、表情を硬くする。

「今のままでは、お前はただ力に振り回されるだけの存在になる。だからこそ、今回の討伐クエストに俺たちと参加し、自分の持つ力をまずは自覚するんだ。それが、今回お前を討伐に連れて行く理由だ」
「私の、力……」

 アイリは思わず自分の掌を見つめる。
 しかし実感が湧かないのか、首を傾げて手をグーパーと開いたり閉じたりしていた。

「強大な力には責任が伴う。そして、否応なしに周囲を巻き込むことにもなるだろう」

 それは父である俺はもちろん……オズ、リゼさんに、その息子であるレオ、そして、村人全員……
 アイリの思惑や感情を無視して、力は周囲にいる者たちに、影響を及ぼす。
 ましてや、アイリの持つ力は【勇者】のものなのだ。

「ただの力は暴力にしかないらない。そこで、アイリには自分の力がどれほどの物なのかを自覚してもらい、制御するための訓練を詰んでいって貰うことになる。今回のロックボア討伐も、その一環だと思ってくれ」

 まるで脅すような俺の口ぶりに、アイリは戸惑ったような顔で俺とオズを交互に見やる。
 オズも、会話にこそ加わらないものの、その表情は俺同様に真剣で、いつもの少しふざけた気配が微塵もない。
 そのことはよりアイリを不安にさせたのかもしれない。
 アイリは、小さく俯いてしまった。

「怖いことを言ってすまない、アイリ。だが、その力は同時にお前に恩恵ももたらしてくれるはずだ。確かに訓練は大変かもしれないが、お前の将来を考えれば……」
「行く……」
「は?」
「だから、行く。お父さんと一緒に、そのロックボアの討伐、やります!」

 と、娘は俺の目をしっかりと見据えて、力強く答えた。

「ア、アイリ、俺が言うものなんだが、危険だぞ? 相手はあの凶暴なロックボアだ。死者だって出したことのあるモンスターだぞ? それでも、いいのか?」
「お父さん。私が【勇者】の力を使えたら、お父さん、助かる? 私、お父さんの役に立てるようになる?」
「え? あ、ああ。もちろんだとも」

 アイリの熱い眼差しを受けて、俺は少したじたじになるも、何とか娘の問いに答えた。

「なら私、行きます! お父さんの役に立ちたいから! この力を使って、それができるようになるなら、私っ、訓練、やります!」

 ずいっと、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるアイリ。
 頬も薄っすらと紅潮しており、若干興奮しているのが見て取れる。

「分かった。お前がそこまで乗り気なら、俺も全力で応援しよう。ただし、今までの実技訓練と比べて、より実戦形式になる。もちろん怪我だってするし、辛い目に遭うことだってかなり増える。その覚悟はしておくように」
「はい!」

 俺とアイリは、親と娘であると同時に、師弟関係となった。
 今まではただ漠然と生きるのに必要になるかもしれないと、簡単な戦闘技術を教えてきたが、今後はより本格的に、戦いというものを学ばせていく。
 
 ……ただ、本音を言ってしまえば、俺はアイリに、こんなことをさせたくはない。
 絶対にさせたくない……
 死んでもさせたくなどない!

 しかし、それではアイリを守ることにはならない。
 俺だって四六時中アイリの傍にいられるわけではない。
 もし娘が独りいる所を狙われた時、訓練を受けているかいないかで、その運命は確実に変わってくる。
 だから俺は、涙を飲んで、娘が一人前に戦えるよう、しっかり育てる義務があるのだ。

「それじゃお父さん、改めて、これからよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」

 俺達は、テーブルを挟んで握手を交わす。
 少しだけ前のめりになる格好だが、間に障害物があるので仕方ない。

 しかし俺達の話がいい雰囲気で終わりかけていたとき……

「ん? あれ、この匂い……」

 と、どうしたのだろうか?
 アイリが鼻をひくひくさせて、形のいい眉を歪めた。

「これ、お父さんから……? お父さん、ごめんね。ちょっとそこを動かないで」

 すると、アイリはテーブルを回り込み、俺の下へと駆け寄るなり、

「すんすん……すんすん……」
「こ、こらアイリ、やめなさい! お客さんもいるんだぞ!」

 俺の体の匂いを嗅ぎ始めたのだ。
 ここにはオズもいるし、むろん、俺は止めるのだが、

「ちょっと静かにしてて!!」
「はい、ごめんなさい」

 なぜか、注意した俺がアイリの一喝で逆に謝ってしまった。
 だって、仕方ないじゃん! 今のアイリ、なんだかすっごく怖いんだもん!

 俺の隣にいるオズは、何がなんだか分からずに、怪訝そうな顔を向けてくる。

「これ、女の人の匂い……でも、これどこかで……ううん、そんなことよりも……」

 何やらぶつぶつと呟くアイリの表情が、どんどん険悪になり、明らかに不機嫌になっていくのが分かる。

「お父さん……」

 途端、まるで胃が収縮するかのような底冷えする声を聞いた。
 その発生源を追えば、まず間違いなく、俺の娘からであることが分かる。
 アイリの普段は可愛らしい瞳から光が薄れ、顔の半分がその長い髪で隠れてしまい、かなり怖い……

「私、言いましたよね……浮気は、絶対に許さないって……」
「っ?!」

 俺は、先日の教会での出来事を思い出す。
 レシエルと名乗った得体の知れない存在と対峙した時も、娘はこうして嫉妬をしてきた。
 その際に、「浮気は絶対に許さない」と口にしたのだ。

 いやしかし!

 今回のこれは完全に濡れ衣である。

「相手は誰ですか? なんだかどこかで嗅いだ記憶があるような気もしますけど、どう考えてもオズおじ様の匂いじゃありませんよね? というか、男性でこんなにいい匂いのする人、この村にいませんよね? 誰ですか? ねぇ、お父さん……誰、ですか……?」

 待て、待て待て待て!

「誤解だ! 俺は浮気なんて……」
「嘘です!!」

 アイリからの思いがけない恫喝に、俺はもちろん、隣にいるオズまでもが萎縮してしまった。

 とうかそもそも、俺には浮気という言葉が当て嵌まる前提条件などない!
 どこの誰かと付き合ったことなど、俺はこれまでに一度だってないのだから。

 それにいくら娘に言い寄られていようが、俺は結婚などした覚えはないし、許すつもりもない。それはどう考えても、娘のためにならないと分かっているからだ。そこは完全にアイリ一人が暴走していることである。

 ……まぁ、そこをしっかりと娘に言い含めていない俺も、結構問題があるのは分かっているんだ……でもなぁ、どうやって言い聞かせればいいのか、よく分からんし。誰かに相談もできんだろ、こんなこと……
 
「お父さんは私というものがありながらっ、他所の女の人といちゃいちゃしてきたんです! お互いに触れるくらいの事をしなければ、ここまで匂いが付く筈がありません!」

 娘は地団太を踏む子供のように声を荒立て、俺の胸をポカポカと叩いてくる。
 正直、あまり痛くな……いや、前言撤回! 結構痛い!
 最初のポカポカという擬音が、次第にドカッドカッに変化していく。

 もうこれ、完全に殴られてます!

「お、おいユーマ、何がどうなってんだよ?」
「いや、それはだな……」

 言えない……娘が俺にマジで求婚してきて、他の女性……今回はおそらくリゼさんの匂いだろう……を付けて帰ってきた俺に嫉妬を暴走させているなど……

「う、うう……お父さんの嘘つき、唐変木、鈍感、浮気者、甲斐性なし、天然ジゴロ~……でも好きなの~」

 いや、もうなんか色々娘がダメになっていっている気がする。
 というか俺はどれだけ娘から罵倒されているんだ?
 思い切り怒っていたのかと思えば、今度はえぐえぐと涙やら鼻水らを大洪水にさせて、俺に批難の視線をぶつけてくる。

「ああ、なんだかよく分からんが、俺は先に現場にいってるわ。落ち着いたら追ってきてくれ」

 と、部屋を出て行こうとするオズを、俺はがしっと捕まえる。

「待て、逃げるな。俺を一人にするんじゃない」
「ははは、何を言ってるんだ。俺はただ家族水入らずの時間を邪魔しちゃ悪いと思ってだなぁ……」
「こんな水入らずいらんわ! というかせめて近くにいてくれ! 俺をこの状況で孤独にしなでくれ!」
「お前ちょっとマジで気持ち悪い! ええい放せ! お前らの痴話喧嘩……痴話喧嘩? まぁどっちでもいいが、巻き込まれるのはごめんだ!」
「お父さん! 私の話をちゃんと聞いてください~っ!」
「こら、服を引っ張るなユーマ! これリゼからの贈り物なんだぞ! 伸びるだろうが!」
「お父さ~ん!」

 ああ、もう……なんでこんなことになるんだよ……?!
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