お父さんですけど、頭に『義理の』って付くんだから別に恋しても結婚しても許されるもんねっ!

昼行灯

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うちの娘は規格外 2

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  私は、普段どおり。お父さんに教えてもらった魔力制御を、『いつものように』やったつもりだった。

 でも、

「――行きます!」

 この日は、いつも通りではなかった。

「ふっ!」

 私はお父さんの動きを真似て、地面に靴底が軽くめり込むほどに足へ力を込める。脚全体に最も魔力が浸透し、全身にも身体を強化するための魔力が漲るのを感じた。
 
 肉体を強化する魔力制御は戦う上での基礎だと、お父さんからみっちり教え込まれた。
 魔力を暴走させた結果、手足の筋肉が断線するなんてこともある。私も慣れないうちは、よく魔力を流し込みすぎて、筋肉痛になったのは苦い記憶だ。
 その度に、お父さんは甲斐甲斐しく私を看病してくれたのを覚えている。

 ただ、治癒魔法を使って筋肉痛を和らげてくれることはなかった。
 魔力を流し込まれて負荷の掛かった身体を自然治癒させ、魔力へ順応させるためだと言っていたが、私にはよく分からない。

 でも、お父さんが私のためにしてくれていることなら、間違ったことではないだろうと、深く考えたことはなかった。

 そうして訓練を重ねていく過程で、私自身も魔力に関する制御はそこそこに上達したと思う。

 お父さんからも、一般的な兵士程度の実力は身に付いたな、とお墨付きを貰った。
 
 それでも、お父さんが【クラン】のモンスター討伐に私を参加させたことはなく、今日が初めてである。

 嬉しかった。お父さんの役に立てるかもしれない、千載一遇のチャンスだ。これを逃してはならない。
 でも、だからって張り切りすぎてお父さんに呆れられたくもない。
 だから、心に充実した活力はそのままに、頭は冷静に、訓練で培った魔力制御と肉体強化を使い、私は、戦いへの、最初の一歩を、踏み出した。

 それが、

 バカン!

「え?」

 どうして、こうなってしまったんだろう……?


 ・・・・・・


 地面を高く捲り上げ、ロックボアとの数十mという距離を、アイリはほぼ一呼吸で埋めてしまう。

「アイリ?!」

 あまりにも加速がつき過ぎた娘の踏み込み。
 見れば、アイリ自身も何が起きたのか分からないといった様子である。
 
 全身に漲る異様な量の魔力はそのままに、アイリはロックボアの側面に肉薄。
 突如真横に出現した少女の存在に、ロックボアも意表を突かれたように硬直する。
 しかし相手は野生の獣。すぐ近くに現れた存在が自分に害をなすものであることにいち早く気付く。
 身体をアイリと水平にしたまま身を引き、横っ腹での体当たりを試みる。

「アイリっ、離れろ!」
「えっ?! きゃあ!」

 唖然としてしまっていた娘は、ロックボアの動きに対して反応が遅れてしまう。
 その結果、アイリは咄嗟に剣を前に出して防御するも、盛大に吹っ飛ばされてしまった。
 もし身体を魔力で強化していなければ、全身の骨が砕けていても不思議ではないほどの一撃だ。
 
「アイリ!!」

 俺は一も二もなく駆け出した。

 距離はほんの5m程度。距離を詰めるだけなら1秒もいらない。
 俺は沸騰した頭のまま、手に持った剣を振るう。

 しかしそのコンマ秒の間にロックボアは走り出す。そのせいで、俺の剣は奴の硬い皮膚を切り裂いたものの、致命傷には至らない。むろん俺との距離も離れてしまう。

 そうして奴が向かう先には、尻餅を突いているアイリが。

「いったた~……え?」

 アイリが気付いた時はもう、ロックボアはその凶悪な眼と身体を少女へと向けていた。
 俺が奴との距離を詰めるよりも、ロックボアがアイリと接触するほうが僅かばかり早い。

「アイリ、逃げろ!」

『ぶぎぃぃぃぃぃ!!』

 俺の声に合わせる様に、ロックボアがいた。
 
 その巨体を小さな獲物にぶち当てることで、相手の骨を砕き、内臓を破裂させ、命を奪う。
 岩の皮膚という凶器を全身に纏った狂想のけだものは、その瞳をぎらぎらと輝かせて、アイリに迫った。

「――っ!」

 一瞬、息が詰まる。
 後悔が胸中を満たす。
 己の脇の甘さに、自分自身への殺意を抱く。
 このままでは、いくら魔力で強化されたアイリの肉体でも、大怪我を免れない。

 最悪、『死ぬ』ことも……

「~~~~~~~~~~~~っっ!!!」

 俺の中に、アイリの死のイメージが浮ぶ。
 手足が異様な方向へと折れ曲がり、内臓を潰されて喀血《かっけつ》する娘の姿……

「させるか……」

 瞬間。俺の思考はカチリと音を立てるように切り替わり、『殺すべき対象』にのみ意識が吸い込まれる。
 愛すべき娘という存在すら視界の外に追い出し、俺の目には忌々しいモンスターの後ろ姿しか映らない。

「――――」

 俺は僅かに腰を落とし、街道の地面が悲鳴を上げるほどに踏みしめる。
 すると、俺の靴底に小さな幾何学模様《きかがくもよう》が浮び上がった。

 意識が切り替わり、行動を起こすまでの間、1秒未満。

 ロックボアとの間にある空間と距離を、俺の頭は瞬時にゼロと認識する。
 
 途端、体内で厳重に鍵を掛けていた魔力の貯蔵庫が、『10年ぶり』に口を開く。

「――――――」

 俺は呼吸を一時忘れて、荒れ狂う魔力の制御を行う。
 あと数秒もすれば、ロックボアはアイリを跳ね飛ばす。
 だがその前に、俺の剣が奴の四肢を切り飛ばすだろう。
 
 イメージは一瞬で固まる。

 あとは、行使するのみ……


 かつて、俺が世界を相手に振るった、【天賦】の力を――

 
 しかし、

「――?!」

 力を発動する直前、俺の視界に映るロックボアが、両断された。
 血飛沫を盛大に撒き散らし、胴を頭から尻尾にかけて、縦に真っ二つになったのだ。

 途端、俺の体を循環していた魔力は霧散し、大気に溶けていく。

 もう、力を使う必要がないからだ。

 俺は意識を再び拡散させて、状況を把握する。

 見れば、身体から可視化できるほどに高濃度の魔力を放出するアイリが、剣を振り下ろした体制で立っていた。
 肩で息をして、ロックボアから浴びたと思われる鮮血に身を染められて、アイリは呆然としているようであった。

「ア、アイリ……?」

 そんな娘の規格外な魔力量を前に、俺の身体は硬直し、数秒もの間、その場から動くことができなくなった。


 ・・・・・・


「あ、……」

 死ぬ。
 間違いなく、私はここで死ぬ。
 そう、心が直感した。

 ……ああ。神様って、結構冷たいんだ。

 魔力による身体の強化は切れてはいないけれど、あの巨体にまともにぶつかってこられたなら、きっと助からない。

 まだ、お父さんと一緒にちゃんとお風呂に入ってない。
 まだ、ご飯をあ~んして食べさせていない、食べさせてもらっていない。
 まだ、大人になってから一緒のベッドで寝ていない。
 まだ、お父さんに愛してもらっていない、エッチなこと、何もされていない。
 まだ、お父さんの子供を、産んでない……

 まだ、まだ、まだ……

 一杯、まだ、がある。

 なのに、ここで死ぬの?

 嫌だ。

 絶対に嫌だ!

 ――助けて、お父さん!

 全ての動きがゆっくり流れていく錯覚。

 そんな中、私の目に、お父さんの姿が映る。

 まるで死人のごとく光の消えた瞳、表情というものが完全に排除された顔。

「あ……」

 助かる。

 私は助かる。

 あの虚ろな瞳をしたお父さんなら、この絶望的な距離を物ともせず、迫る危機を排除して、私を助けてくれる。

 それだけの力を、あの人が持っていることを、私は知っている。

 思い出した。
 否。
 覚えている。
 
 10年前……

 お父さんは、今と同じ顔をした時がある。
 私とお父さんの仲が、決定的に、劇的に変化した事件。
 私が罪を犯し、同時に、あの人を心から愛した瞬間。
 
 でも、私は二度と、お父さんにあんな顔をさせないと誓った。
 誓ったはずだった。

 だって、あの事件のせいで、お父さんは……

 なのに、この体たらくはどうだろう。
 
 私は自分の中に渦巻く奇妙で強すぎる力に翻弄され、己の身を危機に晒し、あげく大好きな人にあんな顔をさせてしまっている。

 嫌だ。

 こんな私は嫌だ。

 お父さんと並んで歩くために、訓練したんでしょ?

 好きな人に意識して欲しくて、家事も頑張った。綺麗になる努力もした。

 それが、こんなところで無駄に終わるのは、嫌だ。

 このままでは、私はまた遠ざけられてしまう。

 安全な場所でただ保護され、大事にされる『だけ』の存在になる。

 嫌……

 嫌だ嫌だ嫌だ……

 嫌だ!!



『――ならば、剣を振りなさい』



「っ?!」

 声が、聞こえた。

『その手に持っている力は、ただの飾りですか?』

 声が語りかけてくる。

『その手に持つ剣が本物なら、振るいなさい』

 声は叱責する。そして、最後に……

『頑張れ! 恋する乙女!』

 なんて激励まで送られてしまった。

「っ~~~!!」

 私は、内側で激流のように渦巻く魔力を全身に漲らせ、立ち上がる。
 ほぼノーモーション。
 肉体が悲鳴を上げる。
 それでも、立てた。
 
 ロックボアとの距離は5mもない。激突されるまでに掛かる時間は、おそらく1秒か2秒……

 でも、『それだけあれば』、剣を構え、振り下ろすのには十分。
 相手は文字通り猪突猛進になって、一直線に私へ向かってくる。
 当てるのは容易。タイミングさえ誤らなければ、ほぼ必中と言えるだろう。

 ……【武芸アーツ】――【魔刃まじん

 私は心の中で瞬時に唱える。

 すると魔力はすかさず剣にもう一つの刃を形成、元の剣よりも長く、名剣と見まごうばかりの長剣へと姿を変える。

 ……【武芸】――【振刃しんじん

 青く発光する魔力の刃が振動し、切り伏せるべき得物を待ち構える。

「――――」

 思考と肉体は加速したまま、流れる情景はスローモーションに。

 私は向かってくる脅威に対し、剣を縦一文字に――振り下ろす!!

「っ――――!!」

 ただそれだけ。動作は刹那。

 瞬間、私に激突するはずだったロックボアは、縦にぱっくりと切り裂かれ、分裂したまま両横を通り過ぎる。

 すると、

 ばしゃ!

「っ……」

 私の顔に、身体に、何かが掛かった。
 赤黒くて、鉄臭い。
 それが血だと気付くのに、数秒掛かった。

 私は剣を振り下ろした体制のまま、荒い呼吸を繰り返す。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 気が付くと、魔力のよって形成されていた青い刃は消えていた。
 更に、鈍く光を反射していたはずの剣には、血糊がべったりと張り付いていて、中々落ちない。
 足元は赤い絨毯でも広げたかのように、真っ赤に染まっていた。

 むせ返る様な血臭に、私は全身を晒しながら、しかし……

「やった……」

 手の中に残る硬くて柔らかいものを切った感触に、体が震える。

「勝てた……あはは、っ……あ」

 でも、私の膝は折れて、またしてもぺたんと地面に座り込んでしまう。

「腰、抜けちゃった……」

 情けないなぁ、なんて思いながら、私は、大好きな人の方を向く。

「ああ……」

 見れば、お父さんは顔を真っ青にして、走ってくる。

 先程のロックボアの走りなんて、まるで児戯だと思えるほどに、鬼気迫る勢いで駆けて来るお父さん。

「アイリ~~~~~っっ!!」

 無事だよ、と手を振りたいが、剣から手が離れないばかりか、腕を上げることもできない。
 そんな私を心配したお父さんが、遂に私のいる所までやってくる。
 ズボンに血がつくのも構わず、お父さんは地面に膝を付いて、私の顔を覗き込んできた。
 
 それだけで、私の体温が少しだけ上昇する。

「アイリ、無事か?! 怪我は?!」
「もう、お父さん、大げさ。ただ、腰が抜けちゃっただけなのに……」
「本当か? 嘘吐いてないな? もし無理して隠したりしたら、お父さん、本気で怒るぞ?」
「私、お父さんに嘘は吐かないよ。だって、愛しい私の旦那さまだもの」
「っ?! お、お前な、こんな場所で、何を……」
「ふふ、赤くなったお父さん、可愛い……」
「こ、こらっ、父親をからかうんじゃない!」
「えへへ……」

 ああ、いいなぁ……

 やっぱり、私はお父さんが大好きだ。愛している。私の全てはお父さんのもの。

 そして、お父さんの全ても、私のものだ。

 さて、それなら――

「お父さん、早く他のロックボアも倒して、家に帰ろう。私、お風呂に入りたい」
「そ、そうだな。そんな状態じゃ、気持ち悪いもんな」
「はい。それでね……お父さんに、お願いがあるの」
「うん? なんだ?」

 私は、血に塗れた顔でお父さんに笑い掛け、お願いする。

「頑張ったご褒美に、私と一緒に、お風呂に入って欲しいな……」
「なっ?!」
「髪の毛も体も、全身が血でびっしょりだから、私だけじゃ洗い流せないよ。だからお父さん、お願い」
「し、しかしだな。いくらなんでもこの歳になって娘と風呂は……」
「ダメ……?」
「う……」

 ダメ押しとばかりに、私は下からお父さんを見上げる。こうすると、お父さんは大抵の場合、私のお願いを聞いてくれる。

 さて、今回はどうだろうか……

「くっ…………今回、だけだからな」
「っ! ありがとうっ、お父さん!」
「ちょ、こら!」

 私はお父さんに抱きついた。
 さっきまで動かなかった身体は、お父さんの言葉を受けて再始動。
 目前にぶらさがった欲望……もといご褒美に、私は即座に立ち上がる。

「それじゃ、行こっ、お父さん! 急いで全部倒して、お父さんとお風呂に入るんだから!」

 やる気という名の活力が全身を包み込む。
 どこか諦めた様子のお父さんを引っ張って、私達は再び戦場へと戻る。
 
 それからの私たち親娘おやこの活躍は目覚ましく、合計で10体のロックボアを倒すことができた。
 唖然とする【クラン・ソル】の人たちを脇目に、私とお父さんは、縦横無尽に戦場を駆ける。
 まだまだ出力が強すぎる魔力には慣れないが、それでもなんとか暴走させることなく、最後まで戦い抜けたのは、お父さんの訓練の賜物と、命の危機を乗り越えたことによる、精神的成長のおかげだと思う。
 
 でも、本音を言えば、お父さんと一緒にお風呂、というご褒美が、何よりも私を突き動かしたのは、間違いようのない事実でだった。


 ・・・・・・
 

 ……その後、私はあの不思議な声の事も忘れてしまい、その事を思い出したのは、まだしばらく先の事で……
 
 声の主が誰であるかを知ったのは、更に更に、ずっとずっと未来さきのことである。
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