お父さんですけど、頭に『義理の』って付くんだから別に恋しても結婚しても許されるもんねっ!

昼行灯

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不貞

「なぁ、こんなとこで一人でいたってつまんねぇだろ? それならさ、俺達と街を歩いたほうが、時間的に有意義だと思わね?」

 入れ替わり立ち代り、私に声を掛けてくる三人組。
 言葉のニュアンスこそバラバラだけど、言っていることは皆一緒。

『俺達と一緒に遊びに行こう』

 その一言である。

 それに彼等を観察していくうちに、見れば見るほど軽薄そうな雰囲気が漂ってくる。
 露骨に私の体をジロジロと見てくるし、優しげな言葉の奥に見え隠れする黒い下心が透けているようだ。

 正直に言って、気持ちが悪い。

 ねぶるような視線に晒されて、全身にぶわっと鳥肌が立つ。
 今すぐにでもここから立ち去りたい。
 でも、ここでお父さんを待っていなくては。急にいなくなっては、きっと心配させてしまう。

「あの、私……ここで人を待っていますので、ご一緒させていただくことはできません。ですから、その、お断りさせて下さい」
「え? つれがいんの? じゃあさ、そっちには俺から君を預かってるって伝言しててあげっから。それならいいっしょ?」
「いえ、困ります。私とお父さん、今日は大事な用があってここに来てますので、勝手に動くわけには……」
「お父さん? なに、君のつれって親父なわけ? それなら余計にいいじゃん。彼氏だったら俺達もちょこっとは遠慮したけど、相手が親だったら気ぃ遣う必要なしじゃん。やりぃ」

 ああ言えばこう言う。こちらは断りたいと話をしているのに、まるで会話が成立していないようにすら感じる。
 しかも、同伴者が父親だったら私を連れ出しも問題ないとは、いったいどんな思考回路をしているのか、理解に苦しむ。

 さすがに私も、声に苛立ちが乗り始めてしまう。

「いい加減にして下さいっ、私とお父さんは、これから大事な用事があると言っているではありませんかっ」
「ちっ……」

 すると、ナンパ男のうち一人があからさまな舌打ちをした。

「なぁ、お前あんま自分が可愛いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 途端、態度が一遍。今まで猫撫で声が嘘のように、ドスの利いた言葉が漏れ出る。
 目も完全に据わっており、威圧感を撒き散らし始めた。

「なんなの? さっきから俺らが優しくしてれば付け上がりやがって。だっせぇ田舎娘感を丸出しにしてるお前みたいな女によ、わざわざ俺達が声を掛けてやってんだぜ?」

 余計なお世話です。
 こちらは、最初から声を掛けて欲しいなどとは露ほども思っていない。
 勝手に誘いの声を掛けてきておいて、断られたからと怒りを覚えるのは筋違いというものでしょうに。

 しかし、この人達には、そんな理性のある行動ができる知性があるとは思えない。

「ま、いいや。とりあえず無理やりにでも連れてくから。ああ、それと変な真似はすんなよ……さもねぇと」
「――?!」

 ちゃり、という小さな音を立てて、男の一人が懐からナイフを取り出した。
 それを私の目の前にチラつかせて、威嚇してくる。

「その綺麗な肌が、真っ赤に染まっちまうぜ……?」

 瞬間、私の全身の産毛が逆立ち、ぞくりと背中に薄ら寒いものが駆け抜けた。

「てなわけで、一名様ごあんな~い」
「ちょ?! やめてくださっ――」

 急に腕を捕まれて、私は咄嗟に声を立てる。

 しかし、

「おい、騒ぐなって言ってんじゃん。あんま俺らを怒らせんなって、なぁ?」

 抵抗しようとした私の首筋に、男の持つナイフが突きつけられる。
 咄嗟に、私は周囲を見渡した。
 目の前には、こちらの様子に気付きつつも、我関せずと言わんばかりに、そそくさと立ち去る者たちばかり。
 誰も助けてくれないばかりか、助けを呼んでくれる気配さえない。

「へへ。周りの連中を見たってダメダメ。俺らってさ、ここらじゃ少しばかり名前が知れてるんだわ。だから、変にちょっかいを掛けてくるような奴はいないの。お分かり?」
「つっても、あんまり騒いで巡回中の兵士にでも見つかっと面倒なわけで。だから、大人しくしててな。なに、俺らが楽しんだら、適当に開放してあげっからさ」
「ひひ、そん時は、ボロ雑巾みてぇになってかもしれねけけどな……へへ」
「あ、あなた達ってひとは……」

 周囲の人々の薄情さにも腹が立つが、やはりなによりも彼等の下卑た表情が、私の神経を逆撫でする。

 こうなったら、いっそ一思いに叩きのめして……

 そう思った瞬間、私の脳裏に、先日お父さんから言いつけられた言葉が甦ってくる。

『いいか、アイリ。今のお前が持っている力は、とても強大で、制御が難しいものだ。もし、お前が人を相手にして戦った場合、その相手は、確実に、比喩ではなく、木っ端微塵になるだろう。だから、約束してくれ。お前がその力を制御できるようになるまで、絶対に人に向けて、力を振るわないと』

 そうだ。私はお父さんと約束した。
 今はまだ、【勇者】の力を人に向けて使わないと。
 私を人殺しにしたくないお父さんが、私のために交わしてくれた約束。

 それを、破るわけにはいかない。

「おら、こい! あんまし面倒をかけっと、気持ちいいことじゃなくて、痛い思いをすることになるぜ」
「っ――」

 でも、それじゃこのまま連れて行かれちゃう。
 
 こんな、どこの誰とも知らない人達に、私の純潔を捧げるなんて、絶対に嫌!

「嫌っ、離して……!」
「ちっ、このアマ、やっぱ少し痛い目見ねぇとわからねぇ――」
「すまんアイリ、少し遅くなった。思いのほか混んでてな……うん?」

 男の人が、私を引っ張っていこうとした、まさにその瞬間。
 これでもかという絶妙な場面で、救いの声が響き渡った。


 ・・・・・・


「お父さん!」

 銀行で金を引き落として、いざ外に出てみると、なんだか妙な状況になっていた。

「あ、これが君の親父? うわ、ふっつう。というか、ただのくたびれたおっさんじゃん」
「っ、お父さんを侮辱しないで下さい!」

 見れば、三人組のどこかで見た顔の集団が、俺の愛する娘の腕を掴んで、その顔に鈍く光る何かを押し当てているように見える。

 それだけで、俺は娘の置かれている現状を理解した。

 ……ああ、俺の娘は可愛いからなぁ。こういった連中が俺の愛娘《アイリ》にちょっかいを掛けてくることも、まぁ、ありえるわな。

 なんて、思いのほか冷静に現状を受け止められ………………るわけがあるか、ボケぇえええええええええええええええ――っっ!!!!!!

 はぁ?! このクソガキどもは、俺の娘になにしてやがんだ?!
 ナンパか? ナンパだよな? ナンパしてやがんのか、ああん?!
 しかも、ただ声を掛けてただけって雰囲気じゃないよな? 何してやがった? 俺の可愛いアイリに、何してくれやがってたっ、このガキ共!!

 今にも泣きそうな娘の表情に、その綺麗な肌に触れそうになっているナイフ……

 ああ、やばい。これは、かなりやばい。

 だが落ち着け。ここで爆発するのはマズイ……取り合えず、最初は静かに……静かに……ピキピキっ……

「君たち、何をしているんだ? それは私の娘だ。何の用がある」
「ああ? ちっ、めんどくせぇな……あんたには関係ねぇ話だ。引っ込んでな」
「関係ない。それは聞き捨てならないな」
「ああ? 何ぐだぐだ言ってんだおっさん。死ねよ」

 ピキっ……

 聞くだけで耳が腐りそうなゲスの声だが、それでも俺は、ギリギリ一歩手前で踏みとどまる。
 さすがに、周りに人が多すぎる。下手に騒ぎを大きくしては、あとあと面倒だ。
 
「君は今、俺がこの状況に関係がないと言ったな?」
「おいおい、会話通じてんのかおっさん? もっかい言うぞ。あんたには関係ねぇ話だっ、すっこんでろよ!」
「そいうわけにはいかんな。俺はそこにいる娘の家族だ。父親だ。妙なチンピラに絡まれている状況を放っておけるわけがないだろう」
「へぇ……じゃあなに? 俺らとやろうっての? 死ぬぜ? いやもう死んだわあんた。滅多刺しだわ。ひき肉だわ。明日のこの街の新聞の一面だわ」

 俺の態度に、連中は醜く口端を持ち上げ、ギラギラと脂ぎった瞳で見つめてくる。

「場所変えようぜおっさん。そこで、娘の前でぶっころしてやるよ。……いや、それよりもてめぇを痛めつけて、動けなくしてから可愛い可愛い娘さんの乱交パーティーを拝ませてやる」

 ぶちっ……

 あ、キレタ……ナニカガ、オトヲタテテ、ブッチント、キレタ……

「そうか、では、案内してもらおうか。その、パーティーの舞台とやらに」


 ・・・・・・


 銀行から、歩いておよそ10分ほどか。
 街の裏路地を右に左にとぐねぐね移動を続けると、周囲を建物に囲まれた、薄暗い広場に到着した。
 移動の最中、連中の一人が先頭に立って歩き、もう一人がアイリを拘束、更に逃走を防ぐ目的か、俺の後ろにもう一人の男が陣取っていた。

 そんなことしなくても、逃げるわけがないだがな。

「と~ちゃ~く!」

 先頭に立っていた男が、そんな声を発した。
 耳障りで仕方ない。

「こ・こ・が、あんたの処刑場ってわけ。自分の娘が俺達にマワされる屈辱を味わいながら、じわじわとぶっ殺してやるよ、おっさん」
「能書きはいい……誰から来る? ああ、別に全員で一緒に襲ってきても、一向に構わないぞ。むしろ、そのほうが手っ取り早い」

 俺は目を細めて、口角をくいっと持ち上げて見せる。

「お、お父さん……」

 声を震わせて、俺を見つめてくるアイリ。
 それに俺は、視線だけで「大丈夫」と訴える。
 できるだけ穏やかに笑って見せようと思ったが、アイリの表情は強張ったままだ。

 ……ああ、こういう俺を晒すのは珍しいからな。
 もしかしたら、怯えているのかもしれん。

 だが、すぐに終わるから、我慢しててくれ。

「はぁ? ……あんた、マジで状況分かってんの? もしかしてそれなりに戦えんのかもしれねぇけど、俺達、ここらじゃちょっとした有名人でさぁ、結構お強いわけなのよ、これが」
「ほぉ、では賭けでもしようか。一人につき1分……三人で合計3分間……誰でもいいから一人でも立っていられれば、多少痛めつけるだけで見逃してやる」

 ん? 賭けになっていないか? まぁいいか。どちらにしろ、こいつらが五体満足でいられるはずはないのだから……

「……やべ、俺マジで今、怒髪天いったわ。そのすまし顔、マジでぐちゃぐちゃにしてやるよ……」
「何度も言わせるな。能書きはいいから、さっさとこい。ドブネズミにも劣る畜生共……」
「ああっ?! もうゆるさねぇ! その顔滅茶苦茶にして、あんたの娘もぐちゃぐちゃのどろどろにした後で、売春婦にして売り飛ばしてやる!」

 三人のうち一人。俺の背後を取っていたチンピラが、無様に地を蹴って迫ってきた。

「……まだレオのほうが、10倍以上もマシな動きをするな」
「何ぺちゃくちゃ喋ってんだクソオヤジ! 死ねやぁ!」

 俺は顔だけ振り向き、その場に棒立ちになる。
 男の手に握られたナイフが、俺の背中に振り下ろされるにが見えた。

「お父さんっ、危ない!」

 何もせずに立っているだけの俺に、アイリの切羽詰まった声が届く。 

 だが、

【武技《アーツ》】――【硬化《ハードネス》】

 ガキン!

 ナイフは、俺の服を切り裂いただけで、皮膚には傷一つ付けることが出来なかった。

「は……?」

 何が起きたのかまるで分からないといった感じで、呆けた顔を晒すチンピラその1。

 しかも、その手に持っていたナイフは、根本からポッキリと折れてしまった。

「……これで正当防衛成立だ。では、パーティーを始めようか」

 そうして俺は、最初の一撃をお見舞いした。
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