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幕間 動き出す権力

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 ユーマ達が【クラン協会】から姿を消して、およそ数時間後。

【クラン・マーテル】の立ち上げに関わった、獣人の受付嬢――サリーは血相を変えて、ラクスの街を奔走していた。

 彼女だけではなく、他の職員の姿もある。

 現在【クラン協会・ラクス支部】は、上へ下への大騒ぎ状態だ。


 原因は、先程【協会】で【クラン】を立ち上げた二人組……ユーマとアイリのせいである。


 サリーは【クラン】新設の為に提出された住民票の情報と、国から提供されている【天賦】の情報を照らし合わせていた。

 住民票には、本人が署名しなければいけない空欄があり、そこが記入されていないものは、正式な身分証としての効力を持たないのだ。

 そしてその署名には、特殊なインクが用いられ、記入者の魔力が、文字に溶ける仕組みとなっていた。

 その魔力を、国から提供された国民の【天賦】情報と照らし合わせて、より正確な情報を【クラン協会】は管理することになっている。

 犯罪者集団が【クラン】を立ち上げることも珍しくないため、このように情報を管理する規則ができたのだ。

 そして、いつものように魔力がこもった筆跡から、個人の【天賦】を割り出したサリーは、思わず作業の手を止めて、何度も確認作業を繰り返してしまう。

 しかし、とある少女の【天賦】は、揺るがない文字でしっかりと、こう書かれていた。

 ――【勇者】と。

 これにはサリーも驚愕し、続けて確認したユーマの【天賦】も明らかなると、もう頭がおかしくなる一歩手前の状態であった。

 混乱状態の彼女は、すぐに支部長室へと駆け込んだ。

 そこから、【クラン協会】は本来の業務を急遽切り上げ、受付は締め切られた。

 事実確認の作業に、職員全員が取り掛かる羽目になった為である。

 各地域の【教会】へ、少女の【天賦】が間違いなく【勇者】なのか、問い合わせる。

 そして支部長は、この事を【クラン協会・本部】と、土地の管理者である領主へ報告。

 さすがに、これだけの人物の情報を、【クラン協会】の一支部が抱えることはできないと判断したのだ。

 そして、事実確認のために【教会】へと問い合わせ、戻ってきた回答は、

 ――「間違いない」

 というものであった。

 その回答に、【クラン協会】は更なる混乱に包まれることに。

 まだ街にいるかもしれないと、ユーマたちを呼び戻そうと職員達は駆け回ったが、見つけることはできず……

【クラン協会・ラクス支部】は、自分達の地域で作られた規格外の【クラン】を、どう扱ったものかと、頭を悩ませる羽目になったのであった。

 
 ・・・・・・


「――以上が、【クラン協会・ラクス支部】からもたらされた情報になります」
「……なるほど、まさか【勇者】が、辺境の村に身を潜ませていたとは……これは、なかなか見つからなかったわけだ」

 ヴェルプリア王国からこのクロウ地区の管理を任されている貴族……【エレン伯爵】は、部下から報告書を受け取り、目で文字を追う。
 
 そこには、一枚の住民票の写しが添付されており、それとは別に、白黒で撮影された若い女性の写真も一緒に添えられていた。

 金の長髪を後ろで束ねたエレンは、緑の瞳で写真の女性を見つめ、目を細める。
 
 報告書を持参した男、【マルコ】はそんな主の様子を、静かに見守っていた。

「まだ若いな……いや、先日【天啓の儀】を終えたばかりなのだから、それも当然か。それにしても、まさか【勇者】が女性とは……一応国から報告は受けていたが、それにしても予想外だな」

 エレンは写真と住民票とに視線を交互させ、「アイリ、というのか。この娘は」と呟いた

「しかし、わたしはいまだに信じられません。かの大戦時でさえ姿を見せなった【勇者】が、今になって現れるなんて……」
「私も実を言えば眉唾物だったのだがね。しかしながら、【天賦】を偽ることは重罪であり、今回この世界に【勇者】が出現したという情報源が【教会】だというのであれば、それはまごうことなき事実ということだ」

 とはいえ、彼女の所在がどこなのかまでは情報がなかった。
【教会】が世間に流す個人の【天賦】情報は、顔とその者の名前、あとは【天賦】の名称だけである。

 住所などに関しては一切の情報が開示されない。

 これは、王国にとって都合が悪い【天賦】持ちを、国や領が独自解釈で拘束、または処断しないようにするために、【教会】があえてそうしているからだ。

 それとは逆に、有用な【天賦】持ちを内に抱えすぎることを抑止する意味合いでも、情報は規制されて届けられる。

 それゆえに、個人が持つ【天賦】の名称こそ伝わってくるが、それがどんな能力を有しているのかまでは分からない。まぁ、それでも長年【天賦】と共に生きてきた人類である。伝えられなくとも、だいたいの能力把握はできる。よほど新発見の【天賦】でもないかぎりは、だが。

 しかしそれはそれとして、先に挙げたように【教会】は【天賦】の種別で、ひとが不当に断罪されないように、また権力者が力を持ちすぎないように、情報は規制させれて送られてくる。

 つまり、

「【勇者】が出現したという情報は、世界中に流れています。我々でだけではなく、王家だってその存在を血眼になってさがしている状況です。各領地にも、見つけ次第に王家へと報告するように、との王命も出ておりますが……どうされるのですか、エレン様?」
「むろん、報告の義務は果たすさ……これを怠れば、爵位を剥奪されかねないからな……」
「でしょうね。普段であれば軽い罰則程度で済みそうですが、【勇者】が関わっているともなれば、厳しい処罰が下ることになるかと……なにせ、かの者を抱えた国は、『長き繁栄と安寧が約束されている』、と言っても過言ではないでしょうからね」
「ああ、その通りだマルコよ。むしろ、勇者を見つけ出した俺は、その功績を称えられて、爵位が上がる可能性もあるだろうな」

 いや、確実に上がるだろう。
 
【勇者】とは、その存在そのものが強力な抑止力なのだ。

 それはただ、力という側面だけの話でない。

 現在、周辺諸国は先の大戦により大きく国力を失っている状態にある。
 小国ほど、その状態は顕著に現れており、略奪戦争がいまだに続いているのが現状だ。

 しかし、大国とはいえ油断できる状況ではない。

 お隣の帝国とは大戦以前から折り合いが悪く、ことあるごとに小規模な小競り合いが続いていた。

 そんな中で大戦が起き、王国は【冥界】側について、帝国は【天上界】側につく。
 これにより、お互いが壮絶なまでの殺し合いを繰り広げたのは、自明の断りと言えるだろう。

 しかし国土がいくつも焦土に変わるだけで、決着はなかなか着かず、最終的には【六英傑】によって各陣営の主要な戦力をそぎ落とされ、戦争は互いに継続不可能と判断。一応の和解を果たしたのである。

 とはいえ、失ったものがあまりにも多すぎた。

 今はまだ仮初めの安寧を得ている王国だが、物資はいまだに足りておらず、国内だけでまかなうには足りていないのが現状だ。

 そしてそれは、帝国とて同じこと……

 このままいけば、いずれまた大規模な戦争が起こることは確実であった。


 ――だが、ここに【勇者】という存在が出てくれば、話は大きく変わってくる。


 そもそも【勇者】は大抵の場合は【教会】の庇護下にあるというのが常識だ。少なくとも、歴史上ではそうなっている。

 それはつまり、勇者という規格外な戦力と、絶対的な【教会】の影響力は、常にセットであるという意味を持っている。

【マグナ・マーテル教会】は、世界中に支部を持つ一大宗教だ。

 その影響力は計り知れず、王国や帝国でさえ手が出せない。

 神という存在は実在し、人々はそんな神を真摯に崇めている。
 これを犯せば、間違いなく周辺諸国はもちろん、大陸全土から責められるのは必定。

 そして勇者という存在自体が、個にして万の軍隊に匹敵する最高戦力なのだ。

 そんな絶大な力を、国が抱えればどうなるか……言うまでもない。

 大陸の勢力図が、一気に塗り替えられる。

【勇者】の力、【教会】の庇護……

 これらを突破できる国はこの世に存在しない。

 つまり、絶対的な強者の位置に、国は君臨することが可能なのである。

 そんな【勇者】を内側に抱える手助けをしたとなれば、爵位が上がるのは当然であろう。

「しかしだなマルコよ。俺という人間は大いに欲が深い……お前も知っていいるだろ?」
「ええ。存じております。これでも長年あなた様にお仕えしてきたのです。その強欲ゆえに、王家はもとより、他の貴族達からも煙たがれていることもね」
「率直な物言いだな、マルコ。さすがは私の親友というべきか。いやはや、他の者が同じようなことを口にすれば、その首を撥ねてやるところなのだがな」

 くつくつと酷薄な笑みを浮かべるエレン。

 マルコと呼ばれた従者は、そんな己の主を静かに見つめていた。

「さて、それはともくだ。俺は【勇者】の事を国に報告する義務はあるが、『いつ、どのような形』で報告するかまでは、特に命じられてはいなかったな?」
「そのとおりでございます…………エレン様、何をお考えなのですか?」

 悪い笑みを浮かべているエレンに、マルコは訝しげな視線を送る。

 これまでも主の無謀は目にしてきたが、今回は何を考えているのか……マルコは己が主人の思惑を聞きだそうと問い掛けた。

「ああ、実はな……王家の連中に【勇者】の居所を教える前に、俺のほうで【勇者】をと考えている」
「っ?! ……それは」
「このまま王に【勇者】の居所を報告しようが、侯爵の位を与えられて終わりだろう」
「それでも中々の出世だと思いますが?」
「そうかもしれんが、俺としてはもっと上を目指してもいんじゃないかと思っている……例えば、『大公』とかな……」
「?!」

 大公……大公と言ったのか、このひとは。
 
 正気だとは思えない。

 侯爵だって十分な大貴族だというのに、そのさらに上……王に等しい権力を時として持つことができる地位に、この男は就こうというか。

 あまりにも大それた発言である。

「確かに普段であればこのようなことは怖くて口にもできないが……仮に私が【勇者】を手に入れてしまえば、どうなると思う……」
「……まさか」
「ふふ……やはりお前は頭が回るな、マルコ」

 大公ともなれば強大な権力を有した存在だ。その変の貴族がおいそれとなれるものではない。
 伯爵であるエレンとてそれは同じこと。

 しかし、もしもエレンが【勇者】を妻として向かえればどうなるか。

 仮にも貴族が、平民と結婚することは問題であろうが、【勇者】は別だ。

 おそらく誰もがその者と関係を結びたいと考える。

 なにせ個人の能力はもちろんのこと、【教会】の庇護というおいしすぎる特典までついてくるのだ。

 誰だって懐に抱えたいと思うのは当然だ。
 
 そして、もし王家の者より先に、【勇者】である者と結婚……血縁関係を結べたのなら……

 王は是が非でも【勇者】が欲しい。しかし略奪をすれば世間的にも悪評が広まる。
 しかも今回の【勇者】は女性だ。
 奪う、という意味合いに含まれる言葉の嫌悪感は半端ではないだろう。
 明らかに国民から不評を買うことは間違いない。

 そうなりたくないならどうするか。

 それはもう、【勇者】の伴侶を身近に置くしかない。
 それには相応の称号も与えねばならず、大公という地位も決して夢物語ではく、現実味を帯びてくる。

 そして、仮に【勇者】を妻にしていたことを糾弾されようとも、『王命が直接下される前から、婚姻は交わしていた』といってしまえば、動かぬ証拠でも出ない限りは、突っぱねられる。

【勇者】は平民の出だというが、そんな彼女と結婚をしてはいけないというのは、世間体や世襲などの貴族特有のものであって、法的に問題のある行為ではない。

 まぁ、決して褒められたことではないが。

「さて、そうなると問題は一つだな、マルコ」
「ええ。その思惑を成就させる最低条件……【勇者】の娘をエレン様のものにすること……これが果たせなければ、貴方様の思惑はただの夢物語……妄想となって終わりです。しかも、報告を怠った貴方に待っているのは最悪……爵位の剥奪です」
「そうだな。時間もあまりないと見ていいだろう。ではマルコ、至急このアイリという娘を、我が屋敷まで招待する準備を進めてくれ。お前が村まで直接赴いて、彼女を連れて来るんだ。いいな」
「畏まりました。エレン様……」

 恭しく頭を下げる従者。

 マルコは退室しようと足を動うごかしたが……

「ああ、それと一つ、注意しておいてもらいたいことがある」
「はい、なんでしょうか?」

 扉近くで振り返ったマルコを、エレンは手招きした。 

「もう少しこちらにこい。あまり大声で話せる内容ではないんでな……実は、この娘の義父……名をユーマというそうだが、この男……私の記憶が確かなら………………」

 と、小声で話される内容をエレンから聞いたマルコは目を見開き、その情報を脳内に刻み込む。

「承りました。この男に関して、細心の注意を払います」
「ああ。では頼んだぞ、マルコよ」
「はっ!」

 そこでようやくマルコは部屋から退室し、大きな廊下を歩きながら、先ほどエレンからもたらされた話を脳内で反芻させた。

「これは、一筋縄ではいかないかもしれないな……」

 そんな思いを胸に抱きながら、マルコは主のために、【勇者】の住む村へ出発するための準備を始めたのだった。
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