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はじまりの夏
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オードちゃんが歩いてきた道の先には山がある。
山の中腹には温泉が湧いていて、そこには温泉卵を作れる場所がるのだとグロウから聞いたことがあった。
だから多分、オードちゃんはそこに行って温泉卵を作っていたのだと思うんだ。
多分きっと、そうなんだ。
そう自分に言い聞かせながらの帰り道。
なんとなしに真っ直ぐ帰る気がしなくって、海へと向かう。
海は酒場を出てすぐの道を真っ直ぐに行った広場のそのまた先にある場所。
ここに僕が辿り着いてから、初めて足をおろした場所でもあった。
ザザーン、ザザーンと響く波の音。
地平線の向こうまで見える、青い海。
桟橋があって、そこに腰掛けてぼんやりと海を見やる。
多分僕は、聞いてはならないことを聞いた気がしたんだ。
それでも僕は、どうしても聞きたかったんだ。
オードちゃん。
前世でやっていたゲームでは全く深く掘り下げられることもなかった、メインヒロインの友達。
グロウが本人に聞けといったなにかがそこにあるのだろうとは思うのだけれども、それは多分難しいことじゃないんだと思う。
だってグロウもここに来て半年くらいだって言っていた。それでも知っていることなんだから、きっとここに住んでいれば聞けるような話なんだろう。
「あっれー? ノルズじゃん! ここで何してるの? サボり?」
そんな風に黄昏れていた僕に空気を読まずに声をかけてきたのはキョウだった。
手にはかごを持ち、今日も貝殻を採集するつもりなのだろう。
「ノルズ、暇なの? 暇なんだよね。じゃあ貝殻集めるの手伝ってよ!」
「え、いや……僕は……」
「そんな顔してるよりは、きっとずっと気が楽になるよ。波の音を聞きながら、自分の踏みしめる砂の音を聞きながら、自然と一体になって貝やサンゴを集めるの。そうするとね、悩んでることはすっかり消えちゃったりするんだ」
今日はポンポンっと軽く僕の肩を叩くと、自分の貝殻を探しにさっさと座り込んでしまう。
少し考えてからそれに習って僕もお座りこんで、貝殻を探し出す。
「こういうの?」
平らで白い小さな貝殻を見せる。
「そうそう! でもどんなんでもいいよ! 気分で拾って、気分で!」
「気分……」
また難しいことを言うと苦笑しつつも、砂をかき分けて貝殻を探す。
たまに見つけるサンゴ礁の欠片や、大きくて広い貝殻も自分が持っていたかごに入れて敷き詰めていく。
「……私、バカだなーって思う?」
「うん?」
「あ、うんって言った! やっぱりそう思ってたんだ!」
「え、違う違う。急になんの話かなって思って」
「もう、ノルズはそういうところよくないよ! まあ、主語が抜けた私も悪いんだけどね」
キョウは手を止めると、足を放り出して砂浜にお尻をつく。
「雑貨屋の娘が、なにアーティストぶってるんだろう、とか思わないの?」
「え、いや。そういうのは特に。だって、好きなんでしょ?」
「え」
「え、違うの? じゃあなんでやってるの?」
「なんでって……好き、だから」
「じゃあ、いいんじゃないかな。誰になにを言われたって、キョウちゃんはキョウちゃんなんだし」
「…………」
僕のその言葉を聞くと、キョウは立ち上がって海の向こう側のずっと遠くの方を見つめだした。
「ちょっとだけ、語っていい?」
「うん」
僕のその言葉を合図に、キョウは口を開く。
「私、この町が好きなんだ。大好きなんだ。だから、この町はこんなに素敵なところなんですよーってなにかで表現したくって。表現できるのがこれだった。だからやってるんだけど……この海の向こう側でね、私の絵を評価してくれた人がいるんだって。その人がこっちに来ないかって誘ってくれてるの。でも、わたしはこの町が好きで、大好きでこれをやってる。だから……」
「いかない?」
「うん。笑う人もいると思おう。実際、うちの両親も趣味でやってるなら店の手伝いをしろって言うし。早く結婚しろってうるさいし。それでもそんな言葉無視して、自分のしたいことをしちゃってもいいのかなって、ここでいっつも悩んでる」
「うん」
「ノルズは、どう思う? こんな私のこと、笑う?」
そう言って振り向いたキョウの顔は、いつもと違って憂いに満ちていて。
元気印で世話焼きで、ちょっと自分勝手なこの人が僕に答えを求めてる。
だったら。
「笑わないよ。むしろ、応援する。頑張れって。負けるなって、応援したいな。……僕の力なんて微力だけどね」
そう言って頭をかきながら笑えば、キョウは驚いた顔をした後に満面の笑みになって。
「ノルズは、良いやつだ!」
「うわ!」
そう言って抱きついてきたので、どうにか支えて砂浜にふたりで転げ落ちることはなかったけれども。
「えい!」
何を思ったのかそうして支えた足をキョウは払って、僕は体重を支えきれなくなって結局そのまま砂浜に転がった。
そうしてそのままキョウはきゅっと抱きついてきて、耳元で。
「ありがとね」
それだけを言って、さっさと起き上がって去っていってしまう。
砂だらけになりながら、僕は天を仰いで一言だけ。
「何だったんだの、今の……」
その声に、答えてくれる人は誰もいなかった。
山の中腹には温泉が湧いていて、そこには温泉卵を作れる場所がるのだとグロウから聞いたことがあった。
だから多分、オードちゃんはそこに行って温泉卵を作っていたのだと思うんだ。
多分きっと、そうなんだ。
そう自分に言い聞かせながらの帰り道。
なんとなしに真っ直ぐ帰る気がしなくって、海へと向かう。
海は酒場を出てすぐの道を真っ直ぐに行った広場のそのまた先にある場所。
ここに僕が辿り着いてから、初めて足をおろした場所でもあった。
ザザーン、ザザーンと響く波の音。
地平線の向こうまで見える、青い海。
桟橋があって、そこに腰掛けてぼんやりと海を見やる。
多分僕は、聞いてはならないことを聞いた気がしたんだ。
それでも僕は、どうしても聞きたかったんだ。
オードちゃん。
前世でやっていたゲームでは全く深く掘り下げられることもなかった、メインヒロインの友達。
グロウが本人に聞けといったなにかがそこにあるのだろうとは思うのだけれども、それは多分難しいことじゃないんだと思う。
だってグロウもここに来て半年くらいだって言っていた。それでも知っていることなんだから、きっとここに住んでいれば聞けるような話なんだろう。
「あっれー? ノルズじゃん! ここで何してるの? サボり?」
そんな風に黄昏れていた僕に空気を読まずに声をかけてきたのはキョウだった。
手にはかごを持ち、今日も貝殻を採集するつもりなのだろう。
「ノルズ、暇なの? 暇なんだよね。じゃあ貝殻集めるの手伝ってよ!」
「え、いや……僕は……」
「そんな顔してるよりは、きっとずっと気が楽になるよ。波の音を聞きながら、自分の踏みしめる砂の音を聞きながら、自然と一体になって貝やサンゴを集めるの。そうするとね、悩んでることはすっかり消えちゃったりするんだ」
今日はポンポンっと軽く僕の肩を叩くと、自分の貝殻を探しにさっさと座り込んでしまう。
少し考えてからそれに習って僕もお座りこんで、貝殻を探し出す。
「こういうの?」
平らで白い小さな貝殻を見せる。
「そうそう! でもどんなんでもいいよ! 気分で拾って、気分で!」
「気分……」
また難しいことを言うと苦笑しつつも、砂をかき分けて貝殻を探す。
たまに見つけるサンゴ礁の欠片や、大きくて広い貝殻も自分が持っていたかごに入れて敷き詰めていく。
「……私、バカだなーって思う?」
「うん?」
「あ、うんって言った! やっぱりそう思ってたんだ!」
「え、違う違う。急になんの話かなって思って」
「もう、ノルズはそういうところよくないよ! まあ、主語が抜けた私も悪いんだけどね」
キョウは手を止めると、足を放り出して砂浜にお尻をつく。
「雑貨屋の娘が、なにアーティストぶってるんだろう、とか思わないの?」
「え、いや。そういうのは特に。だって、好きなんでしょ?」
「え」
「え、違うの? じゃあなんでやってるの?」
「なんでって……好き、だから」
「じゃあ、いいんじゃないかな。誰になにを言われたって、キョウちゃんはキョウちゃんなんだし」
「…………」
僕のその言葉を聞くと、キョウは立ち上がって海の向こう側のずっと遠くの方を見つめだした。
「ちょっとだけ、語っていい?」
「うん」
僕のその言葉を合図に、キョウは口を開く。
「私、この町が好きなんだ。大好きなんだ。だから、この町はこんなに素敵なところなんですよーってなにかで表現したくって。表現できるのがこれだった。だからやってるんだけど……この海の向こう側でね、私の絵を評価してくれた人がいるんだって。その人がこっちに来ないかって誘ってくれてるの。でも、わたしはこの町が好きで、大好きでこれをやってる。だから……」
「いかない?」
「うん。笑う人もいると思おう。実際、うちの両親も趣味でやってるなら店の手伝いをしろって言うし。早く結婚しろってうるさいし。それでもそんな言葉無視して、自分のしたいことをしちゃってもいいのかなって、ここでいっつも悩んでる」
「うん」
「ノルズは、どう思う? こんな私のこと、笑う?」
そう言って振り向いたキョウの顔は、いつもと違って憂いに満ちていて。
元気印で世話焼きで、ちょっと自分勝手なこの人が僕に答えを求めてる。
だったら。
「笑わないよ。むしろ、応援する。頑張れって。負けるなって、応援したいな。……僕の力なんて微力だけどね」
そう言って頭をかきながら笑えば、キョウは驚いた顔をした後に満面の笑みになって。
「ノルズは、良いやつだ!」
「うわ!」
そう言って抱きついてきたので、どうにか支えて砂浜にふたりで転げ落ちることはなかったけれども。
「えい!」
何を思ったのかそうして支えた足をキョウは払って、僕は体重を支えきれなくなって結局そのまま砂浜に転がった。
そうしてそのままキョウはきゅっと抱きついてきて、耳元で。
「ありがとね」
それだけを言って、さっさと起き上がって去っていってしまう。
砂だらけになりながら、僕は天を仰いで一言だけ。
「何だったんだの、今の……」
その声に、答えてくれる人は誰もいなかった。
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