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はじまる冬

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「デート申請を出したいんですが!」

 カウンターに居るテッドさんに向かって僕がそう言ったのは、今回が初めてだった。
 テッドさんは少し目を細くしてから、磨いていたグラスを棚に置くと向き直る。

「それはいつだ?」
「あ、明日あたりにシュニップの出荷が一度終わるので、その次の日に!」
「てことは明後日か。いいぞ」
「理由は二人で山に出る白キツネを見てみたいなって思ってって、良いんですかー!?」
「声がでかい」
「あ、すみません。もっとちゃんとした申請が必要なのかと思って」
「特に理由も聞かんよ。そんなもん野暮だろう」
「そ、そういうもんなんですかね……?」
「そういうもんさ」
 それだけ言うとテッドさんはまた次のグラスを拭き始め、あっさりと許可が取れてしまった。

「ね? すぐに取れるよって言ったでしょ?」
 近くで聞いていたらしいオードちゃんがあっさりとそういうと、僕の手を取る。
「で、でもまさかこんなにあっさりとれるだなんて……」
「今は冬だから、昼間は特に寒くて出入りが少ないから。お休みも簡単に取れるよって、私言ったよ?」
「はい、聞きました……」
 でもそういう問題じゃなくて、デートに関することへの許可がダメだ、とか言われるかと思ったんですって。
「じゃあ明後日、久しぶりのデートだね! 白キツネは山の麓で見れるから、それを観察しつつ温泉に行ってー」
 そう言って僕の手の指をいじりながらデートプランをペラペラと話し始めるオードちゃん。
 すみません、ここテッドさんの前なんですが。せめていちゃつくのは移動してからにしませんか、嬉しいけど。

「オード」
「ん? なに、お父さん」
「山に行くなら防寒はきちんとするようにな」
「うん、わかったよ」
「あとノルズくんが落ち着かないようだから移動して話しなさい」
「え? あ、ごめんごめん。じゃあいつものところに移動しようか」
 オードちゃんもテッドさんも気にした様子もなく、そのまま席へと移動する。
 仲がいいのはわかるんだけど、これでいいものなんだろうか……?


 さて、時間は流れてデートの日。
 朝のいつもの温泉卵デートを終えて、そのままオードちゃんは僕の家へ。
 寒いから中で待っているように言ってから、僕は搾乳やブラシ掛けを終わらせるとデートの始まりだ。

「ノルズくんとのきちんとしたデート、久しぶりで嬉しいな」
 ご機嫌な僕の彼女はもこもこのコートを着て、嬉しそうに繋いだ手を上下に振ってゆったりと歩く。
 その速度に合わせて僕も歩くんだけれども、改めて言われると僕も嬉しくなって、一緒に手を上下に振って歩いた。

「あ、あの子達だよ!」
 山の麓にいくと、白い狐の親子が見えて、少し離れた場所から僕らはそれを見守る。
「白い狐、僕初めて見たや」
「ここら辺にしか住んでないんだってー。だから一回でも良いからノルズくんに見せてあげたかったんだよね」
 そう言ってにこにこと笑うオードちゃん。今日もうちの彼女は可愛い。
「あ、もう一匹来たよ? 家族なのかな? 仲が良くてかわいー!」
 オードちゃんの言うように、いつの間にか子狐の隣に二匹の白い狐が立っている。
「家族かー。狐でも家族って居るんだね」
「ねっ」
 そう言って嬉しそうにオードちゃんはその家族をじっと見つめ、微笑んでいる。

「そう言えば、ノルズくんって家族に手紙とか出さないの? もしくは年越しあたりに帰省するとか」
「うーん、特には考えてないかな。うちって家族仲が良くないし」
「え」
 聞いてはいけなかったという顔をしたオードちゃんがこちらを振り向くから、それが面白くて思わず微笑んでしまう。
「ご、ごめん。聞いちゃいけないことだったね……」
「オードちゃんに聞かれて困ることはなにもないよ。それに家族仲が良くないってだけで、別に家族がいないわけでもないし……多分僕のことなんかいなくても気にしてないってだけ」
「え……」
「オードちゃんにこそごめんね。お母さんの事思い出して辛くならない?」
「ならないよ。うちの場合はお母さんが定期的に私に手紙をくれるから」
「そうなんだ? じゃあ、よかった」
 家族関係でトラウマがあるのは僕よりオードちゃんの方のはずなので、その返答に僕はほっと息を吐く。こちらこそ聞いちゃいけないことだったかと思ってドキドキしちゃったよ。
「あ、巣穴に入っちゃう」
「寒いもんね。巣穴でぬくぬくしてねー」
 そうやって、僕らの狐鑑賞は終わりを告げたのだった。

「さて、じゃあ次は温泉の方に行くんだっけ? でも温泉卵は朝作っちゃったし、もっと作るの?」
「…………」
「オードちゃん?」
 黙り込んでしまったオードちゃんに向けて首を傾げれば、ハッとした顔で我に返る。
 それを不思議に思っていると、オードちゃんは繋いだ手にギュッと力を入れて、僕に言うのだった。
「……デートのプラン、変更しても良い?」
「もちろん良いけど……どうしたの?」
「ノルズくんに聞きたいことがあります」
「僕に? いいけれど。じゃあ寒いし家に戻ろうか」
 そうして僕らはデートのプランを変更し、僕の家に帰ることになったのだった。
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