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雪解けの出立
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翌朝、妾たちはレイキャン湖の別荘を発ち、王都へと向かった。
ヘデス王家の方々に帰還の挨拶をしに行ったのじゃ。
王城の謁見の間には、無骨な玉座に腰かけたヘデス王と、ジョーの両親が揃っていた。
「バーミリオン姫、我が国での滞在はどうだった?」
ヘデス王に訊ねられ、妾は前と同じく背筋を伸ばして立ったまま答えた。
「ウエストウッド家で何不自由なく過ごさせていただきました。皆さんの暖かい歓迎、心より感謝しております」
「・・・・・・レイキャン湖では大変だったそうだが?」
「そうですね。わたしの従姉妹は思っていたよりおっちょこちょいのようです。さすがに肝が冷えました。ですが、わたしたちには白竜の加護があったようです」
妾はにっこり微笑んだ。
わざと「わたしたち」と言った含みにヘデス王は気づいたようだが否定はしなかった。
「そうか。二人が無事で何よりだった。報せをもらった時は、さしものおれもすぐにレイキャン湖に向かおうとしたぐらいだ」
まあ、確かに妾がヘデス王国で死んだりなんかしたらとんでもないことになるからの。
安堵する気持ちもわかる。
ヘデス王は玉座から立ち上がると、段を下りて妾の前に跪いた。
「バーミリオン姫、この度は姪のジュリアを助けてくれたこと深く感謝する」
頭を下げられて、妾は白竜の血を思わせるヘデス王の真っ白な髪を見下ろした。
それからスッと自分も腰を落とす。
二人してしゃがみ込むと、相手が顔を上げたので、目と目が合った。
薄灰色の瞳は母上とそっくりだった。
睫毛まで白いのじゃ。
まじまじと見つめながら答える。
「ジョーは従姉妹である前に大切な友だちじゃ。一緒にいると楽しいし、妾が助けられることもある。助かって本当によかったのじゃ」
ヘデス王ではなく、ジョーの伯父に対しての返答だった。
気さくな妾に、ヘデス王は一瞬、目を瞬かせてから静かに微笑んだ。
その後、簡単な別れの挨拶を済ませて、妾たちは謁見の間を出た。
妾が寝込んでいたせいもあって、帰還のスケジュールが押している。
冬の休暇は二週間あるため少し延長したところで学園の方は大丈夫じゃが、シェン君も妾も立場上はずせない用事がある。
妾は宮に戻って王宮で行われる新年会に出なければならないし、兄姉たちと約束もしている。
それに、帰り道に一番重要な用件が残っている。
慌ただしく王城を出て行く妾たちに、ジョーも付いてきた。
ジョーはもう少しここに残ってもいいのじゃが、共に帝国に戻ると言うので、また同じ馬車で帰ることになっていた。
「ちょっと待ってちょうだい」
そんな妾たちに後ろから追いかけてきた者がいた。
ジョーの両親じゃ。
ウエストウッド伯爵とエーデル夫人は馬車に乗り込もうとした妾たちに早足で近づいてくる。
「ジュリア、本当にこのまま学園に戻るのかい?」
父親のウエストウッド伯爵が言うと、ジョーは「ええ、二人と一緒に戻るわ」とあっさり返した。
「もう一日くらい残れないのかな? まだ皆さんにお礼もしていないのに」
「そうよ。こんなに急がなくても」
両親はジョーに言いながらも妾の方をちらちら見ている。
「無理よ。二人とも用事があるって言ってたもの。それにわたしだけ後から戻ると別に馬車代がかかるでしょ」
ジョーの貴族らしからぬ発言に二人が顔をしかめる。
しかし、妾もシェン君もすっかり帰り支度を整えていたし、周りの侍女や従者、騎士も準備万端となると、ウエストウッド伯爵は渋々諦めた。
「わかったよ。気をつけて行って来るんだよ」
ジョーから離れて伯爵が妾とシェン君の方へやって来る。
「バーミリオン、シェン君、大したおもてなしができなくて済まなかったね。これに懲りずにまた来てくれると嬉しいんだが・・・・・・」
伯爵がシェン君に手を差し出す。
それを握り返し、シェン君が「こちらこそお世話になりました」と丁寧に答えるのを見ていた妾は、妙な視線に気づいた。
伯爵の後ろに立つ夫人が、妾をじとっと見つめていた。
なんと言うか、ねばっこい視線じゃ。
な、何・・・・・・?
何か文句でも言いたいんじゃろうか?
それとなく目を逸らしてあらぬ方を見ていると、伯爵が今度は妾に挨拶しようと手を差し出してきた。
「バーミリオン、君には何度お礼を言っても足りないが、ジュリアを助けてくれてありがとう」
「い、いえ・・・・・・どうってことないです、はい」
手を握り返そうと伸ばした直後、伯爵を押しのけて夫人が目の前に現れた。
「ふぇっ!?」
妾の伸ばしたままの手を夫人がガシッと鷲掴む。
「な、ななな・・・・・・」
何ですか? と訊ねる前に、夫人がギュウギュウ手を握りしめながら言った。
「・・・・・・」
いや、確かに言ったんだけど聞こえなかった。
めちゃくちゃ声小さいんだもん。
何?
待っていると、再び繰り返したらしく小声でボソボソ言われる。
「・・・・・・するわ」
「へ?」
耳の遠いお年寄りみたいにしか反応できない妾に焦れたのか、夫人は急に声を張り上げた。
「だから! ジュリアのこと! 感謝するわって言ってるの!!」
どう見ても感謝している顔ではなく、キレ散らかしてる顔で言われた。
色白な顔が茹で蛸みたいに赤くなっている。
「それは・・・・・・どうも」
あっけに取られている妾の手を掴んだまま夫人は「ふん」と鼻息荒く、そっぽを向いた。
「今度来たときはマシロの手紙を持ってきてちょうだい」
「あ、はい」
また来てもいいらしい。
夫人はようやく手を離し、一通の手紙を取り出した。
「これをマシロに渡してちょうだい」
白い封筒にウエストウッドの家紋の入った薄灰色の封蝋が押されてある。
妾は夫人を見返した。
まだ赤い顔で、夫人は横を向いている。
なんだか可愛らしい人じゃな。
ずっと怖い人だと思っておったが、家族のことを想う気持ちが強いせいだとわかった。
家族を心配する気持ちは妾にもわかる。
けれど、それぞれの宮に暮らしてたまにしか会わない妾の家族と、ヘデス家の人たちの家族への深い愛情には差があるように感じた。
手紙を受け取り、妾は必ず直接手渡すと夫人に約束した。
馬車に乗り込むと、隣のヤンヤンが妾の膝に厚手のブランケットをかけてくれた。
ヤンヤンは妾の家族ではない。
ではないが、妾はヤンヤンにもたれて目を閉じた。
「ひめ様、眠いのですか?」
「うむ。寒いのは苦手じゃ」
馬車の小窓からジョーが両親に手を振るのを見ずに、妾は温かいヤンヤンの肩を感じながらヘデス王国を後にした。
ヘデス王家の方々に帰還の挨拶をしに行ったのじゃ。
王城の謁見の間には、無骨な玉座に腰かけたヘデス王と、ジョーの両親が揃っていた。
「バーミリオン姫、我が国での滞在はどうだった?」
ヘデス王に訊ねられ、妾は前と同じく背筋を伸ばして立ったまま答えた。
「ウエストウッド家で何不自由なく過ごさせていただきました。皆さんの暖かい歓迎、心より感謝しております」
「・・・・・・レイキャン湖では大変だったそうだが?」
「そうですね。わたしの従姉妹は思っていたよりおっちょこちょいのようです。さすがに肝が冷えました。ですが、わたしたちには白竜の加護があったようです」
妾はにっこり微笑んだ。
わざと「わたしたち」と言った含みにヘデス王は気づいたようだが否定はしなかった。
「そうか。二人が無事で何よりだった。報せをもらった時は、さしものおれもすぐにレイキャン湖に向かおうとしたぐらいだ」
まあ、確かに妾がヘデス王国で死んだりなんかしたらとんでもないことになるからの。
安堵する気持ちもわかる。
ヘデス王は玉座から立ち上がると、段を下りて妾の前に跪いた。
「バーミリオン姫、この度は姪のジュリアを助けてくれたこと深く感謝する」
頭を下げられて、妾は白竜の血を思わせるヘデス王の真っ白な髪を見下ろした。
それからスッと自分も腰を落とす。
二人してしゃがみ込むと、相手が顔を上げたので、目と目が合った。
薄灰色の瞳は母上とそっくりだった。
睫毛まで白いのじゃ。
まじまじと見つめながら答える。
「ジョーは従姉妹である前に大切な友だちじゃ。一緒にいると楽しいし、妾が助けられることもある。助かって本当によかったのじゃ」
ヘデス王ではなく、ジョーの伯父に対しての返答だった。
気さくな妾に、ヘデス王は一瞬、目を瞬かせてから静かに微笑んだ。
その後、簡単な別れの挨拶を済ませて、妾たちは謁見の間を出た。
妾が寝込んでいたせいもあって、帰還のスケジュールが押している。
冬の休暇は二週間あるため少し延長したところで学園の方は大丈夫じゃが、シェン君も妾も立場上はずせない用事がある。
妾は宮に戻って王宮で行われる新年会に出なければならないし、兄姉たちと約束もしている。
それに、帰り道に一番重要な用件が残っている。
慌ただしく王城を出て行く妾たちに、ジョーも付いてきた。
ジョーはもう少しここに残ってもいいのじゃが、共に帝国に戻ると言うので、また同じ馬車で帰ることになっていた。
「ちょっと待ってちょうだい」
そんな妾たちに後ろから追いかけてきた者がいた。
ジョーの両親じゃ。
ウエストウッド伯爵とエーデル夫人は馬車に乗り込もうとした妾たちに早足で近づいてくる。
「ジュリア、本当にこのまま学園に戻るのかい?」
父親のウエストウッド伯爵が言うと、ジョーは「ええ、二人と一緒に戻るわ」とあっさり返した。
「もう一日くらい残れないのかな? まだ皆さんにお礼もしていないのに」
「そうよ。こんなに急がなくても」
両親はジョーに言いながらも妾の方をちらちら見ている。
「無理よ。二人とも用事があるって言ってたもの。それにわたしだけ後から戻ると別に馬車代がかかるでしょ」
ジョーの貴族らしからぬ発言に二人が顔をしかめる。
しかし、妾もシェン君もすっかり帰り支度を整えていたし、周りの侍女や従者、騎士も準備万端となると、ウエストウッド伯爵は渋々諦めた。
「わかったよ。気をつけて行って来るんだよ」
ジョーから離れて伯爵が妾とシェン君の方へやって来る。
「バーミリオン、シェン君、大したおもてなしができなくて済まなかったね。これに懲りずにまた来てくれると嬉しいんだが・・・・・・」
伯爵がシェン君に手を差し出す。
それを握り返し、シェン君が「こちらこそお世話になりました」と丁寧に答えるのを見ていた妾は、妙な視線に気づいた。
伯爵の後ろに立つ夫人が、妾をじとっと見つめていた。
なんと言うか、ねばっこい視線じゃ。
な、何・・・・・・?
何か文句でも言いたいんじゃろうか?
それとなく目を逸らしてあらぬ方を見ていると、伯爵が今度は妾に挨拶しようと手を差し出してきた。
「バーミリオン、君には何度お礼を言っても足りないが、ジュリアを助けてくれてありがとう」
「い、いえ・・・・・・どうってことないです、はい」
手を握り返そうと伸ばした直後、伯爵を押しのけて夫人が目の前に現れた。
「ふぇっ!?」
妾の伸ばしたままの手を夫人がガシッと鷲掴む。
「な、ななな・・・・・・」
何ですか? と訊ねる前に、夫人がギュウギュウ手を握りしめながら言った。
「・・・・・・」
いや、確かに言ったんだけど聞こえなかった。
めちゃくちゃ声小さいんだもん。
何?
待っていると、再び繰り返したらしく小声でボソボソ言われる。
「・・・・・・するわ」
「へ?」
耳の遠いお年寄りみたいにしか反応できない妾に焦れたのか、夫人は急に声を張り上げた。
「だから! ジュリアのこと! 感謝するわって言ってるの!!」
どう見ても感謝している顔ではなく、キレ散らかしてる顔で言われた。
色白な顔が茹で蛸みたいに赤くなっている。
「それは・・・・・・どうも」
あっけに取られている妾の手を掴んだまま夫人は「ふん」と鼻息荒く、そっぽを向いた。
「今度来たときはマシロの手紙を持ってきてちょうだい」
「あ、はい」
また来てもいいらしい。
夫人はようやく手を離し、一通の手紙を取り出した。
「これをマシロに渡してちょうだい」
白い封筒にウエストウッドの家紋の入った薄灰色の封蝋が押されてある。
妾は夫人を見返した。
まだ赤い顔で、夫人は横を向いている。
なんだか可愛らしい人じゃな。
ずっと怖い人だと思っておったが、家族のことを想う気持ちが強いせいだとわかった。
家族を心配する気持ちは妾にもわかる。
けれど、それぞれの宮に暮らしてたまにしか会わない妾の家族と、ヘデス家の人たちの家族への深い愛情には差があるように感じた。
手紙を受け取り、妾は必ず直接手渡すと夫人に約束した。
馬車に乗り込むと、隣のヤンヤンが妾の膝に厚手のブランケットをかけてくれた。
ヤンヤンは妾の家族ではない。
ではないが、妾はヤンヤンにもたれて目を閉じた。
「ひめ様、眠いのですか?」
「うむ。寒いのは苦手じゃ」
馬車の小窓からジョーが両親に手を振るのを見ずに、妾は温かいヤンヤンの肩を感じながらヘデス王国を後にした。
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