お伽の夢想曲

月島鏡

文字の大きさ
上 下
56 / 138
第三章 深海の星空

第二十五話 星空の真実

しおりを挟む
 約束を交わしてから一年が経った。
 リーベとも会わず、城から抜け出さず、ひたすらライゼにしごかれ続けて、我ながらよくやったと、そう思う。
 私服に着替えて部屋の扉を開けると、扉の前にライゼが立っていた。

「もう行くのかい?」

「当たり前の様に扉の前で待ち構えるのはやめろと言った筈だが?」

「何故?」

「お前がいきなり視界に入ると心臓が悪い」

 いきなりでなくとも、心臓どころか全臓器に負担がかかると思っているが、言わないでおいた。
 言ってもどうせ堪えないだろうし、今はこいつに構ってる暇など無いからだ。
 今日は、待ちに待った約束の日だ。

「じゃあな、行ってくる」

「おや? 花束の一つも持たずに恋人の所に行っていいのかな?」

「恋人じゃなくて友達じゃ」

「あれ? そうだっけ? 舞踏会で最初に踊った相手なんだろう?」

「ぐぶっ‼」

 ニヤつきながら言うライゼの言葉を聞いて、思わず噴き出す。
 リーベはおまじないで儂が誰かと結ばれ、儂がリーベの事を忘れてしまうのを防ぐ事に必死で、儂と最初に踊った事の意味をよく分かってなかったようだが

「ま、落ち込む事はないよ。彼女が君の事を好きなのは確かだから」

「心を読むな‼」

 ったく、こいつと絡んでると調子が狂う、って、しまった‼ もう行かねば間に合わぬ‼
 ライゼなんかの相手をしとるんじゃなかった‼
 儂はライゼの横を抜けて、急いで走り出す。走りながらライゼの方を振り向いて

「おいライゼ‼ 今日まで修行、ありがとな‼ 不本意ではあるが、ちゃんとした礼は今度する‼ またな‼」

 それだけ言って、儂は扉を開けて、飛び出すように城を出て行った。
 その姿を見送りながら、ライゼは小さく笑って

「礼か。そんな事する必要無いのに。でも、折角だし無茶難題を出して困らせるのも面白いかな」

 楽しそうにそう言った。





 今日の空は鬱陶しい位の快晴だった。
 雲一つない完全な青空。蝉時雨が五月蠅く鳴り響き、日差しが照り付ける。
 目で、耳で、肌で夏を感じながら、ルドルフは約束の場所へ向かう。
 約束の時間通り『リトス海岸』に辿り着くと、沢山の人がいた。
 一体リーベはどこにいるのかとルドルフが辺りを見渡してると、うなじに何か冷たい物を当てられた。

「んひゃん‼」

 突然の事に思わず変な声を出す。
 一体何事かと後ろを見て、ルドルフは目を見開いた。
 そこにいたのが約束の少女だったから。
 その少女の姿は、少しだけ背と髪が伸びたという点を除けば何も変わっていなかった。
 瑠璃色の髪と瞳、白い肌、明るい笑顔、そこにいたのは間違いなく約束の少女、リーベ=メールだった。

「久しぶり、ルドルフっ♪」

「リーベ・・・」

 自身の名を呼び笑いかけてきたリーベに、ルドルフは一歩近付きその手を伸ばして、額を指で弾いた。

「あいたぁ‼」

 突然デコピンされて、リーベは涙目でルドルフを睨みつける。

「いきなり何するのぉ´;Д;`‼ 久しぶりに会ったのに酷いよぉ´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`‼」

「酷いのはどっちじゃアホォ‼ いきなり冷たいもんを首に当ててきおって‼」

「サプライズだよ、サプライズ♛‼ 折角ルドルフが好きなベリージュース買ってきたのに~☹、むう-.-;」

 両手に一本ずつ持ったベリージュースの瓶をルドルフに見せながら、リーベは頬を膨らませる。
 それを見てルドルフは、なんじゃと!? と不機嫌な表情を一気に明るいものに変えて、リーベの手からベリージュースを取ろうとするが、リーベはベリージュースを高く上げて、ルドルフは転びそうになる。

「あげないよーだっ✔️ べーっ☻‼」

「んな‼ よこせっ‼」

「やーだよーだっ☻‼」

 そうして少しの間じゃれ合ってから、二人は疲れて休憩し、リーベはルドルフにベリージュースを渡して二人でベリージュースを飲み干した。
 ベリー特有の酸味が上手く活かされているいいジュースだなどと、評論家気取りの事を考えてから、ルドルフはリーベを見る。

「しかし、お前金持ってたんだな。てっきり一文無しかと」

「ここに来る前にペトロニーラがお小遣い💲 をくれたの。久しぶりに遊びに行くんなら思い切り楽しんできなぁって」

「あの魔女、一体どうゆう風の吹き回しだ? 話だけ聞いてると完全に保護者なんじゃが」

 リーベにお小遣いを渡し『思い切り楽しんできなぁ』などと、まるで母親のような事を言ってリーベを送り出したペトロニーラが、自身の持つ実験が大好きな不気味な魔女というイメージと一致せず、ルドルフは混乱するが、今ここにいない魔女のイメージ像についての思考は、目の前にいるリーベを見てすぐにどうでもよくなった。

「ねぇ、ルドルフ、今日はどこで遊ぶ?」

「そうじゃなぁ。今日はどこにするか」

 ポケットから手帳を取り出し、パラパラとページをめくりながらルドルフはそう言う。
 ページを進めたり戻したりを繰り返し、少ししてルドルフは手帳を閉じて溜息を吐く。

「駄目じゃ、行きたい所がありすぎて決まらん」

「そんなにあるの?」

「当然じゃろ? お前に見せたいもの、お前と行きたい場所、この一年よく考えた。いや、この一年でなんとか整理できたというべきか。とにかく、行きたい場所がたくさんあるんじゃ。今日はどこに行くかのぉ。ん~」

 いつになく難しい顔で腕を組みながら考えるルドルフを見て、リーベはくすりと笑う。
 それから、じゃあと言ってルドルフの手から手帳を取って、何も考えず手帳をめくり、開いたページをルドルフに見せる。

「今日はこのページだったから、このページの一番上の行に書いてある場所に行こ→」

「えっと、虫取り、か」

「あ、道具無いね↓」

 リーベが気まずそうな表情を浮かべると、ルドルフはふっ、と笑みを浮かべてから魔法陣を展開し二人分の虫取り網とかごを召喚する。

「これで問題ない。じゃ、行くぞ‼」

「うん☺︎‼」

 それから、ルドルフとリーベは毎日遊んだ。
 これまで会ってなかった分、いっぱい遊んだ。
 虫取りでルドルフがクワガタやらカブトに襲われ、海に行って泳ぎで何度も勝負してその度にリーベが圧勝して、劇場で劇を見て笑ったり泣いたり、公園のアスレチックで遊んだり、ボートで川を渡ったり、とにかくたくさんの事をした。
その度に思い出が増えていった。
 どれもこれも輝きに満ち溢れた素敵なものばかりで、その輝きは夏の太陽にさえ負けはしないと、リーベはそう思っていた。









 それから五年が経ったある日の昼、リーベは王城の前でルドルフを待っていた。
 城の前に咲いていたアカネを眺めたり、回ったりしていると、やがてルドルフが現れた。
 ルドルフが来るのに気付き、リーベが小走りで駆け寄ると、ルドルフが申し訳なさそうに笑った。

「呼んでおいてすまん。準備に時間が掛かった」

「ううん、大丈夫。さっき来たばかりだから➕」

 本当は約束の一時間前から来ていたが、言わないでおく。
 五年が経ちルドルフはかなり背が伸びて、気付けばリーベより大きくなっていた。
 声もほんの僅かだが低くなり、男の子から少年に成長した事がうかがえた。

「まぁ、ここにいてもなんじゃ。とりあえずどこかに行くか」

「うん」

 そうして、あても無く二人は歩き出した。
 何年経ってもこの国の夏は変わらない。暑さも、匂いも、風の音も、空の色も、何も変わらない。
 ルドルフとリーベが出会った夏から、何も変わらない。
 そんな事をリーベが思っていると、ルドルフが、なぁと口を開く。

「今日、な。予定が決まってないんじゃ」

「そうなの? じゃあ、また行き当たりばったりでどこか行く?」

「あ、いや、言い方が悪かった。夜だけ予定が決まってて、それ以外は何も決まってないんじゃ」

「え~、夜だけ予定が決まってる~? ルドルフのエッチ~♡」

「ばっ‼ 違う‼ そうゆう意味じゃない‼ とにかく、夜だけ予定は決まってるから‼ それまで適当にその辺プラプラするぞ‼」

 早口で言うルドルフに、リーベは笑いながらはーいと言って、夜まで遊んだ。






 夜になって、ルドルフとリーベは『イラソル山』の近くにあるひまわり畑にやってきた。
 辺りは暗くひまわりはよく見えない。
 一体ルドルフはどうして自分を連れてきたのか、リーベがそう思いながらルドルフの後ろを歩いていると、ルドルフは突然立ち止まり、リーベの方を向いた。

「なぁ、リーベ、聞いて欲しい話が、あるんじゃ」

「ん、なーに?」

「儂とお前は友達、だよな?」

「うん、そうだよ。どうしたの急に?」

「そうだよな、友達だよな、うん」

 確かめる様に言うルドルフを見て、どうしたのかとリーベが思っていると、ルドルフは一度目を閉じながら深呼吸をしてから、ゆっくりとリーベと目を合わせる。

「友達以上に、なりたい、そう言ったらどうする?」

「友達以上? 親友?」

「違う。いや違わないが、この場合は違う、その、なんというか、だな、あれだあれ、えっと」

 しどろもどろで歯切れの悪いルドルフに、リーベは首を傾ける。
 ルドルフが何を言いたいのかよく分からなくて、リーベがそう思っている事をルドルフも分かっていたから、ルドルフは、自分の気持ちを包み隠さず正直に言う事にした。

「一度しか言わないから、ちゃんと聞いておけよ」

「うん」

「――好きだ、リーベ。儂の、恋人になってくれ」

「え?」

 真剣な表情で告げられた言葉に、リーベは驚きが隠せなかった。
 目の前の少年が今、自分に向かって言った言葉の意味が、リーベには理解できなくて

「ずっと、ずっと、儂はお前の事が好きだった。お前の事が大好きだった」

 だから、理解できるまで、届くまで、ルドルフは自分の想いをリーベに伝える。

「お前の明るい所が好きだ。いつも笑顔で、どんな事でも全力で楽しんでる所が好きだ。お前の優しい所が好きだ。遊園地で星のストラップをくれた時は本当に嬉しかった。人間の国に来たばかりで、右も左も分からないのに、それでもマロンの飼い主を探そうとしてくれたことだって、儂はすごく嬉しかった」

「ルドルフ・・・」

「リーベ、儂はお前が大好きじゃ。お前の全部が大好きじゃ。どんなお前も大好きじゃ。笑ってる顔も、怒ってる顔も、泣いてる顔も、どんなお前も大好きじゃ。でも、一番好きなのは、笑ってる時のお前じゃ。お前には、笑顔が一番似合う。お前にはずっと笑顔でいて欲しい。だから」

 その時、ひまわり畑が輝きだした。
ひまわり畑は段々と輝きを増していき、やがて、いくつもの小さな星がひまわり畑から飛び出し、暗闇を照らす。

「儂がお前の笑顔を守る。もう二度とあんな悲しい顔はさせない、もう二度と不安になんかさせない。これからはずっと、儂が傍でお前を守る。その誓いの証に」

 そう言って、ルドルフは手の中で光り輝く大輪のひまわりの花束を作り出し、リーベと花束を差し出す。

「綺麗・・・」

「この花に、お前に誓う。儂は必ずお前を守る。守り続ける。その為の最強に、必ずなってみせる。だから、儂の恋人になってくれ」

 伝説を超える為じゃない、大切なものを守る為に最強になると決めたから。
 ずっと、傍で守りたいから。
 ただ、純粋に好きだから、恋人になって欲しい。
 そんなルドルフの想いに、リーベは

「本当に守ってくれるの?」

「あぁ」

「本当に傍にいてくれる?」

「あぁ」

「本当に、ずっと笑顔でいさせてくれる?」

「あぁ。必ず約束する」

 そう、じゃあ


「ずっと、私の傍にいてね」


 花束を受け取り、涙を流しながら、笑顔でそう答えた。
 ルドルフが、自分を想ってくれている事が嬉しくて、瑠璃色の瞳が涙で潤む。
涙を流すリーベを、ルドルフはそっと抱きしめる。種族を越えて結ばれた二人を、ひまわり畑に浮かぶ小さな星達が優しく照らしていた。






「ルドルフ、さっきひまわり畑を照らした光ってなんだったの?」

「ん? あれか、あれは蛍じゃ」

 蛍? とリーベがおうむ返しで問うと、ルドルフは首を縦に振る。

「ヨルヒマワリと呼ばれるひまわりに集まる習性がある蛍じゃ。どうせ告白するならロマンチックな方が」

 と、説明している内にルドルフが顔を赤くする。
 赤くなるルドルフを見て、リーベもまた顔を赤くしてルドルフから目を逸らし、俯きながら、ねぇ、と

「ルドルフと私は、もう恋人同士なんだよね」

「ん、あ、あぁ、儂とお前は、もう恋人じゃ」

「そうだよね、恋人なんだよね。えへへ」

 嬉しそうに言うリーベを見て、ルドルフが顔をさらに赤くすると、リーベがルドルフの肩を叩く。
 ルドルフがリーベの方を向くと、次の瞬間、唇に柔らかいものが当たった。

「――――っ‼︎」

 目の前にリーベの顔があるのが見えて、唇に柔らかい感触がして、ルドルフは自分がリーベにキスされてるのだと分かった。
 互いの唇が触れ、鼓動が高鳴り、ルドルフはリーベ以外見えなくなる。
 数秒から十数秒、唇と唇を合わせてから、リーベはルドルフから唇を離し、ルドルフの前に出て笑いかける。

「これが、私の気持ち」

「――――っ」

「大好き‼︎」







「これが、私とあの人、ルドルフとの全て。私達はこうして結ばれた」

 そう、胸に手を当てながらリーベは穏やかな表情で言う。
 遥か昔、百年以上前の思い出を語り終え、微笑を浮かべるリーベにステラは、ねぇ、と

「良い話ではあったけど、それがどうしてあんたが人の魔法を宝石に変えようって話につながる訳?」

「あー、ごめんごめん、それを言ってなかったね。私達が恋人になってから数か月後、ある事件が起きたの」

「ある事件?」

「ルドルフがいなくなったの」

「いなくなった?」

「うん。告白されて、恋人になって、それから数か月後、『ベスティア帝国』に訪問に行ったきり、帰ってこなかった。それからしばらく経った頃、『グリム王国』の船が『ベスティア帝国』の近海で沈んだって、そう聞いた」

 それって、と言おうとして、ステラは口を閉じる。
 言わずとも分かる最悪の結末を、わざわざ言う必要など無いし、それを口にするには、あまりに残酷な事に思われたから

「帰ってこないのは、きっと――」

 しかし、リーベは自らその結末を言おうとして

「私がどこにいるか分からないからなんだよね」

 次の瞬間、ステラも、アルジェントにも予想出来なかった言葉が飛び出してきた。困惑する二人に構わず、リーベは続ける。

「ルドルフがいなくなってから数年後、ルドルフのパパの弟さんが王様になって、王城が新しい場所に建て替えられた。ルドルフがいなくなってから、国にはどんどん新しいものが増えて、街の景色や道も変わった。これじゃあ、もしもルドルフが帰ってきても、どこに行けば分からないもんね、だから」

「ちょっと待って」

「んー?」

「今日まで帰ってこなかったんでしょ?  『ベスティア帝国』の近海で船が沈んだって、それって、あまり言いたくないけど、ルドルフは死ん」

「ぷぷぷ―――‼ 面白ーい‼」

 ステラの言葉を遮ってリーベが突然笑いだす。
 唖然とするステラにリーベは人差し指を立てて、いい? と

「ルドルフは死んでないの。ルドルフは今も生きてる。」

「いや、だって」

「根拠はちゃんとあるよ。別れる前ちゃんと約束したから」






 ルドルフが『ベスティア帝国』に訪問に行く前日、リーベはルドルフに呼び出されて、王城の前にやって来ていた。

「『ベスティア帝国』への訪問?」

「あぁ、父上がベスティアの皇帝に話さなければならない事があるんだと。恐らく一か月以上は帰ってこれん」

「そうなんだ・・・本当に行っちゃうの?」

「あぁ、行く。父上が決めた事じゃから仕方なかろう」

「そっか・・・・」

 ルドルフの答えにリーベが悲しそうな顔をすると、ルドルフがリーベの額を指で弾いた。

「いたぁ‼ なんで!?」

「泣きそうな顔してたからいじめたくなったんじゃ。儂はお前の泣き顔が大好きじゃからな」

「ひどい‼ ルドルフの意地悪‼」

 ルドルフはリーベが頬を膨らませるのを見て、かかか‼ と大きな声で笑い、リーベはそっぽを向く。

「ルドルフなんてもう知らない‼︎」

「あぁ、悪かった、悪かった。だが、仕方なかろう、お前はどんな顔も可愛いんじゃから、泣き顔を好きになるのも当然じゃろう」

 ルドルフがそう言うと、少女は顔を一気に赤くしてルドルフをぽかぽかと叩く。

「馬鹿馬鹿馬鹿‼︎ またそうやってからかってーー‼︎」

「からかってなどおらぬ。本当じゃ」

 ルドルフはリーベの手を掴むと、歯を見せて笑って

「儂は、どんなお前も大好きだからな」

 と、そう言って、小指を立てる。

「じゃあ、約束しよう。儂は必ず帰ってくる。お前の傍にいたいから。だから、少しだけ待っていてくれるか?」

「・・・うん。絶対だよ。」

「あぁ、絶対じゃ」

 六年前の舞踏会の日以来に指切りを交わして、ルドルフとリーベは互いに指を離してから笑い合う。

「クソ親父って、言わなくなったんだね」

「いや、普段はクソ親父じゃ。でも、ちゃんとした場所でクソ親父ってのは外聞にさわるからな。必死に堪えとるじゃよ」

 だって

「いずれ世界最強の魔導士になる男が、粗暴で凶暴な奴だと思われるのは嫌じゃからのぉ」

 と笑っていた。だから――







「ルドルフは絶対帰ってくるよ」

 だって、言ってたもん。

「指切りは絶対守らなきゃいけない約束だって。ルドルフは必ず約束を守る。一番最初の指切りは、絶対に会いに行くって約束は守ってくれたもん。だから、ルドルフはいつか絶対帰ってくるんだ。その時、私がここにいるって目印になる様に、私がこの海を照らす、この海に星空を作るの。そうすればきっと、光は地上にも届いて、ルドルフだってきっと光に気付く。そうすれば、ルドルフは帰って来てくれるから」

「――――っ、そうゆう、事ね」

 リーベの言葉を聞いて、ステラは全て理解した。
 リーベが人の魔法を宝石に変えていたのは、ルドルフの為だった。
 リーベはルドルフがまだ生きていると、心の底からそう信じ、ルドルフが帰ってこないのは自分がどこにいるのか分からないからだと、本気でそう思っている。
 ならば、どうすると、リーベは考えに考えた結果が目印、人々から奪った魔法を宝石に変え、その宝石で星空を作り、地上にまで続く光を放つ事だったのだ。
それは、あまりに悲しい事の様にステラには思われた。
 愛する人がいなくなった現実を認められず、もう一度会いたいと願って、その結果で大勢を傷付けてしまった。
 抱いた願いは間違っていなかったのに、在り方を間違ってしまうなんて、そんなの

「そんなの、報われないじゃない・・・‼︎」

「何て言われても構わないよ。私はもう一度ルドルフに会う。その為ならなんだってする」

 たとえ

「人殺しでも、ね」

 そう言って、リーベはステラと、その傍らに倒れるアルジェントに向かって水の波動を放ち、二人は岩壁を突き破り大きく吹き飛ばされた。









 爆発にも近い波動に吹き飛ばされ、ステラは海底に横たわる。
 身体が一切動かせないのに、意識は冴えている。
 顔を動かして、近くにアルジェントがいるかどうかを確認するが、アルジェントはどこにも見当たらなかった。波動の衝撃で別の場所に飛ばされてしまったのだろう。
 波動を食らう前の時点で動ける状態じゃなかったというのに、このまま放っておいてはアルジェントが死んでしまう。 早く行かなければと必死に起き上がろうとしていると、視界の端で青いボールの様なものが浮かんでるのが見えた。
よく見るとそれには黒くつぶらな目と、ヒレの様なものが付いていた。
浮かんでいたのは、神殿の地下にあった白い水晶に吸収された筈のブルーハワイだった。

「ブルー、ハワイ?」

 一体何故ここにいるのか、そう思っているとブルーハワイが赤く輝きだした。
 輝きは段々強さを増していき、ステラは思わず目をつぶる。
 少ししてステラがゆっくりと目を開けると、海底に転がるブルーハワイの後ろに、そこにいなかった筈の一人の少年が立っていた。
 外見年齢はステラより一つか二つ程下の、鮮やかな赤髪と緑色の瞳が特徴的な、赤いマントを羽織り、立派な服装に身を包んだ少年。その少年はステラと目を合わせると、露骨に大きな溜息を吐く。

「はぁ、ったく、あいつをどうにか出来ると期待してたのに、なんじゃそのザマは。情けないのぉ」

「あんた、一体」

「『魔神の庭』、前々から評判を聞いていたからいつかこの海に来ないかと期待して、ようやく来たと思ったらどいつもこいつもあいつに好き勝手されおって。ライゼの奴はライゼの奴で先代の団長とやり合っててこっちに来る気配は全くないし、メンバーはどいつもこいつもあいつにされるままだし、ちゃんと仕事せんか、全く」

 ステラの問いかけが聞こえず、赤髪の少年は文句を垂れ続ける。
 その少年の様子にステラは少し苛立って、小さく息を吸い

「あんたは、誰・・・・‼」

 現状で出せる一番大きな声でそう言うと、赤髪の少年はステラと目を合わせて不敵に笑い

「儂の名はルドルフ=グリム、いずれ世界最強の魔導士になる予定だった男じゃ」

 マントを翻しながらそう言った。








「ルドルフ君と再会する、それが彼女の目的だって?」

 ライゼの問いかけに、シェルは重々しく頷く。
 その瞳には哀しみの色が映っていて

「あいつは、未だにグリムの王子の幻影に囚われている。いつか自分の元に帰って来てくれると、そう思っている。何年、何十年、百年経った今でも・・・‼」

 トライデントを握り締め、悲痛に叫ぶシェルを見て、ライゼはそうゆう事か、と何かを納得する様に呟く。

「やっと分かったよ。人間の事が好きだった君が、人間を襲うようになった理由が」

「なに?」

「『グリム王国』の船を沈めたのは、ベスティアの艦隊だ。彼らの所為でリーベちゃんの大切な人が命を落とした。リーベちゃんの大切な人がルドルフ君である事を誰かから聞いた君は、この事件を聞いて激怒した。そして、その怒りの矛先を特定の誰かではなく『人間』に向ける事を選んだ」

 何故なら

「もう我慢の限界だったから。君には昔人間の恋人がいた。しかし、その恋人は悪意ある人間の手で命を落とした。その時君は人間そのものを滅ぼそうとした。でも、君はギリギリの所で踏みとどまったんだ。それが何故だか、はっきりした理由は分からない。だけど、君はその時は踏みとどまる事が出来た。なのに、君が人間を襲うようになってしまったのは、今度は娘の大切なものが奪われてしまったから、違うかい?」

 シェルが人間を襲うようになった理由の推理を述べるライゼを聞いて、シェルは小さく溜息を吐いてから、そうだ、とライゼを睨みつける。

「あいつらは俺の大切なものを奪い、それだけに飽き足らず俺の娘の大切なものを奪ったんだ。一匹残さず殺してやらなきゃ気が済まん・・・‼」

「その割には最近は能動的に動いてないみたいだけど?」

「殺すのは近くに来た魔導士だけにしろと、リーベに釘を刺されてしまったからな。それ以外は役に立たないからと」

「おかしいなー。魔導士以外も結構殺されてたけど」

「父親だって娘に内緒にしてる事はいくつかある。逆も然りだ」

 きっぱりと言い切ったシェルにライゼが苦笑を浮かべると、シェルはトライデントの矛先をライゼに向ける。

「無駄話は終いだ。もうお前に用は無い、魔法だけ残して死ね」

「えー、どうしようかなー。人に何か頼むなら相応の態度を」

 ライゼが何かを言い切る前に、次の瞬間シェルがトライデントの突きでライゼを吹き飛ばした。
 遥か先まで吹き飛び、海底に倒れるライゼにシェルはトライデントを振り下ろす。
 岩の破片が飛び散り、砂埃が舞う。
 防御する暇さえ与えず押しつぶした。いくらライゼといえど無傷では――

「ごあっ!?」

 腹部に強烈な衝撃を加えられ、シェルは上方に吹き飛ばされる。
 何が起きたのかと海底を見ると、拳を突き上げた体勢のライゼが立っていた。

「くっ‼」

 反撃に転じねばとシェルが考えた瞬間、ライゼの姿が消え、視界が真っ赤に染まる。
 いきなり視界が赤くなり、何が起きてるのか一瞬理解出来ず、遅れてシェルは理解する。
 視界に映った赤は、自分の血であると。それは、自分の胴体から噴き出したもので、胴体から血が出たのは胴を切り裂かれたから。胴を切り裂いたのは、背後で短剣を振りぬいた姿勢でいるライゼである、と。

「ぐ――っ‼」

 胴の痛みを無視して、シェルはトライデントを薙いでライゼに反撃しようとする。
 ライゼはそれを後ろに下がって躱し、短剣をシェルに投げつける。
 投げつけられた短剣を、シェルはトライデントを回して弾き、ライゼに突進しようとするが、鼻っ柱を思い切り殴り飛ばされ仰け反る。
 怯んだシェルの首を掴んで、ライゼは凶笑を浮かべ

「僕の勝ちだ」

 シェルに拳撃を叩きこみ、シェルは海底が抉れる程の勢いで吹き飛び、意識を失った。







 シェルが目を覚ますと、鎖に縛られ海底に固定されていた。
 近くには深海に浮かぶ宝石を見上げるライゼがいて

「何を、している?」

 シェルが声を掛けると、ライゼはシェルが目覚めたのに気付き笑顔で小さく手を振る。
 シェルが怒りの色を込めた瞳でライゼを睨みつけるが、ライゼはそんな事気にせず伸びをする。

「おはよぉ、目覚めはどうだい?」

「最悪だ。胴体を斬られて殴り飛ばされたんだぞ」

「ごめんごめん、痛かった?」

「敵の心配か、ふざけた奴め。一体何で縛ってる?」

「鎖鎌だよ。忍術で口寄せした、ニンニン」

 忍者の様に手を組み、おどけながら言うライゼを無視して、シェルは無数に浮かぶ宝石を見上げ、それから娘の顔を思い浮かべる。

「本当は少しは後悔してるんじゃないかい?」

「何をだ」

「リーベちゃんが、人の魔法を宝石に変えるようになってしまった事、その為に魔導士を殺すようになってしまった事」

「後悔などしていない。俺は人間が大嫌いだ。人間に味方する奴も大嫌いだ。人間がいくら死んだ所で心など痛みはしない」

 それに

「娘の為ならなんだってするのが父親というものだ。リーベがそうしたいと願った事に俺は全力で手を貸す。それだけだ」

「そう? 娘が間違った道に進んだら、嫌われてでも止めるっていうのも父親としての役割だと思うけどなぁ」

「知ったような口を、お前に何が」

「知ってるよ。僕は知ってる。君の事も、リーベちゃんの事も、そして、ルドルフ君の事も」

「――っ、何故、お前がグリムの王子の名を!?」

 目を見開いて驚くシェルに、さぁ? と言ってライゼはもう一度深海に浮かぶ宝石を眺める。

 ――リーベちゃんの魔力が強まった。という事は、もう始まったって事か。

 遠く離れた仲間達の戦況を推測し、ライゼが難しい顔をしていると、シェルがおいとライゼに声を掛ける。

「行かなくていいのか?」

「どこに?」

「仲間達の元にだ。俺なんかに構ってなどいては」

「君だって敵の心配してるじゃないか」

 舌を出しながらライゼがそう言うと、シェルは大きく舌打ちする。

「ごめん冗談だよ。君は強い。もしも今皆の所に行かれたら皆が困る。そうならないように君を見張ってなきゃね」

「死に損ないを見張る必要があるとは思えんが」

「『七煌の騎士』はこの程度で死にはしないだろう?」

 それに

「僕には、リーベちゃんを止める資格は無いからね」

 ルドルフがロドルフと共に『ベスティア帝国』に訪問に行った日、ライゼは王城の警備を行っていた。
 もしも、ライゼがルドルフ達と共に船に乗っていれば、『ベスティア帝国』の艦隊を退ける事ができたかもしれない。  そうしていれば、ルドルフは死なず、今もリーベと共に幸せに暮らしていたかもしれない。種族を超えた少年と少女の愛が壊される事は無かったかもしれない。
それなのに、ライゼはそこにいなかった。
 教え子の危機を、救う事が出来なかった。そんな自分に、リーベが道を間違えてしまったきっかけを作ってしまった自分に、リーベを止める資格は無いと、ライゼはそう思っている。同時に、『魔神の庭』がリーベに負ける筈が無いとも、そう思っている。

「皆なら大丈夫だよ。たった七人で王都を襲った悪者を追い払って、王都を救ったんだ。リーベちゃんにだって負けやしない」

「どうだか。リーベは強いぞ。お前の仲間が勝てるとは思えん」

「それはやってみなきゃ分からないし、もう直分かるさ。僕の予想ではあと少しで戦いは決着する。泣いても笑ってもね」

 ――シェル君は倒した。残る敵はおそらくリーベちゃんだけだろう。
 『魔神の庭』が滅びるか、海鳴騎士団が倒れるか、それとも別の結末になるか。どうなるかは分からないけど、皆が勝つにしろ、ただ倒して勝って終わり、なんて結末にはなって欲しくないなぁ。誰かがリーベちゃんの間違いに気付かせてあげられたら・・・・

「なんて、やっぱり難しいかな?」

 ――それができそうなのは、ステラちゃんかな。理由は無いけどなんとなくそんな気がする。ルージュに似てるからか、リーベちゃんと同じ『幻夢楽曲』の所有者だからか、どうしてかは分からないけど、そう思う。

「頼んだよステラちゃん、皆」

 ――絶対に無事でいてくれ。














しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...