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2、居候が3人
17、敏之side
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「お待ち下さい。ここは羽川ではありません。斎賀の屋敷で勝手なことをされては困ります!」
真人が広間を後にするのを、私はまるで背を押すような気持ちで見送った。あの背を追わせてはいけない。ここからは私が踏ん張る番だ。
広間の空気は張り詰めていた。
障子越しに差し込む光さえ冷たく感じる。
羽川――八津左からの使者たちは依然強気で、家臣の中にもその言い分に引きずられかけている者がちらほらいる。
この場を抑え込めなければ、真人も鉄も、そして重孝も……すべてを失う。胸の内でそう呟き、背筋を正した。
「羽川家の方々。少々お待ちいただきたい」
静かに、しかしよく通る声が響いた。
じい――野呂田寛斎である。
普段は好々爺を装い、私や二郎丸に小言を言いながら世話を焼いてくれる。
しかし本性は違う。
先代の右腕として斎賀を支え続けてきた老練の策士だ。
「そちらの言い分に少々引っ掛かりを覚えましてな」
「引っ掛かりとは?」
使者の顔に険が走る。じいは眉ひとつ動かさず、あくまで穏やかな声音で続けた。
「先ほどの勢いでつい頷きそうになり申したが……そもそも、田辺殿を罪人として引き渡す理由がどこにありので?」
「どう言う意味ですかな」
使者の顔に険が走る。じいは眉ひとつ動かさず、あくまで穏やかな声音で続けた。
「田辺殿になついており、儂等も予定外のことで客人扱いしていたので失念しておりましたが、重孝殿は本来は捕虜の身。戦時に敵を人質にとるのは常のこと。停戦中ならまだしも、この戦の最中に“連れ去り”などと申すのは筋違いではござらぬか」
その一言で、家臣たちの表情が変わった。今まで使者の言葉に流されかけていた者たちが、ざわざわと声を上げ始める。
「そうだ、戦では捕虜をとるのは常套だ!」
「田辺殿を罪人扱いするのはおかしい!」
「しかし捕虜ではなく罪人として囚われていたとはどういうことだ?」
「もっともらしいことを言いよってからに……」
「逃げようとする田辺殿を無理やり捕まえようとした態度、わざわざ罪人が逃げ出したからと南部鉄の引き取りの許可。何を考えている?」
広間の空気がひっくり返り始める。使者たちが苛立ったように視線を泳がせる中、一言も話さず静かに話を聞いていた男が口を開いた。
「八津左の狙いは、重孝殿の保護ではないのではないか?」
低く落ち着いた声。十兵衛だった。普段は寡黙だが、一度口を開けば場の空気を支配する。父上も目を細めて続きを促した。
「十兵衛、申してみよ」
「はっ。まず、大前提として重孝殿の保護は確かにあるでしょう。ですが、真の狙いは別です。田辺殿と南部殿の引き渡しを求めてきたことこそ、大きな意味を持ちます」
静寂。広間全体が、十兵衛の言葉を逃すまいと耳を傾けている。
「五千の兵を動員した大規模な戦。田辺殿を狙った拉致。そして撤退。そして今回の理不尽な要求。これらすべてに田辺殿が絡んでいるのです。八津左は田辺殿を手に入れることを第一の目的としている」
家臣たちのざわめきが再び広がる。使者の中でも、中央の男を除いた者たちが視線を泳がせた。十兵衛は畳みかける。
「証拠は八津左領の関所の撤廃。間者から田辺殿の知識を得て、領を豊かにしようとした。しかし対策を怠り逆効果となった。現当主が側室を増やし続けている現状を考えれば、民からの搾取を目論んだのでしょう。――そして、南部鉄。南部は忍びの一族。その名を罪人とし、捕縛を理由にこの城下に手を伸ばそうとしたのではないか」
言葉は鋭く、だが冷静に。次第に使者たちの顔色が変わっていく。
「……何を根拠に!」
中央の男が声を張り上げるが、十兵衛は微動だにせず睨み返した。その一瞬、広間の空気は完全にこちら側に傾いた。
「全て憶測の話ではないですか。私たちの一番の目的は重孝様の保護。まだ戦にも参加できぬ年齢の若様を騙して連れてきたのですから、あるべき場所へ返して頂きに参っただけです。また二人は罪人ありますので」
「またいい加減なことを言いおって……!」
「まだ認めぬのか!」
のらりくらりと、あくまでも重孝を連れ戻しに、そして罪人だからと自分勝手な自論を展開する使者。
「今回、そちらの言い分を聞くことはできぬ」
父上が裁断を下すと同時に、広間の家臣たちから低いどよめきが起こる。
「早々にこの領を去れ。敏之、使者に監視をつけ、八津左に戻るまで見届けよ」
「はっ」
私の声が広間に響く。これで真人は助かる。だが同時に、胸の奥には不安が残った。友人――真人は今どこにいるのだろうか。
三日後。
真人の姿はいまだ見えぬ。
城下町の工房に重孝が匿われていると知り、迎えに行ったときの安堵感は今でも忘れられない。工房の主は奇妙な合言葉を口にした。
「真人の好物を」
「……チーズ、だな」
正解だと笑われ、ようやく重孝を連れ帰ることができた。
真人は意外と用心深い。だがそれが逆に、彼がどこにいるのか分からないという不安を募らせる。
夜、食卓に着く。椀から立ち上る湯気の向こう、空いた席に自然と目が行く。
鉄がいれば大丈夫だろうと自分に言い聞かせながらも、胸に残るのは寂しさだった。
(……早く戻ってこい。ちーずとやらは、私が食べてしまうぞ?)
冗談めかして思うことで、不安をほんの少し紛らわせる。だが、真人が笑いながらここに座る姿を想像すると、余計に胸が締めつけられた。
真人が広間を後にするのを、私はまるで背を押すような気持ちで見送った。あの背を追わせてはいけない。ここからは私が踏ん張る番だ。
広間の空気は張り詰めていた。
障子越しに差し込む光さえ冷たく感じる。
羽川――八津左からの使者たちは依然強気で、家臣の中にもその言い分に引きずられかけている者がちらほらいる。
この場を抑え込めなければ、真人も鉄も、そして重孝も……すべてを失う。胸の内でそう呟き、背筋を正した。
「羽川家の方々。少々お待ちいただきたい」
静かに、しかしよく通る声が響いた。
じい――野呂田寛斎である。
普段は好々爺を装い、私や二郎丸に小言を言いながら世話を焼いてくれる。
しかし本性は違う。
先代の右腕として斎賀を支え続けてきた老練の策士だ。
「そちらの言い分に少々引っ掛かりを覚えましてな」
「引っ掛かりとは?」
使者の顔に険が走る。じいは眉ひとつ動かさず、あくまで穏やかな声音で続けた。
「先ほどの勢いでつい頷きそうになり申したが……そもそも、田辺殿を罪人として引き渡す理由がどこにありので?」
「どう言う意味ですかな」
使者の顔に険が走る。じいは眉ひとつ動かさず、あくまで穏やかな声音で続けた。
「田辺殿になついており、儂等も予定外のことで客人扱いしていたので失念しておりましたが、重孝殿は本来は捕虜の身。戦時に敵を人質にとるのは常のこと。停戦中ならまだしも、この戦の最中に“連れ去り”などと申すのは筋違いではござらぬか」
その一言で、家臣たちの表情が変わった。今まで使者の言葉に流されかけていた者たちが、ざわざわと声を上げ始める。
「そうだ、戦では捕虜をとるのは常套だ!」
「田辺殿を罪人扱いするのはおかしい!」
「しかし捕虜ではなく罪人として囚われていたとはどういうことだ?」
「もっともらしいことを言いよってからに……」
「逃げようとする田辺殿を無理やり捕まえようとした態度、わざわざ罪人が逃げ出したからと南部鉄の引き取りの許可。何を考えている?」
広間の空気がひっくり返り始める。使者たちが苛立ったように視線を泳がせる中、一言も話さず静かに話を聞いていた男が口を開いた。
「八津左の狙いは、重孝殿の保護ではないのではないか?」
低く落ち着いた声。十兵衛だった。普段は寡黙だが、一度口を開けば場の空気を支配する。父上も目を細めて続きを促した。
「十兵衛、申してみよ」
「はっ。まず、大前提として重孝殿の保護は確かにあるでしょう。ですが、真の狙いは別です。田辺殿と南部殿の引き渡しを求めてきたことこそ、大きな意味を持ちます」
静寂。広間全体が、十兵衛の言葉を逃すまいと耳を傾けている。
「五千の兵を動員した大規模な戦。田辺殿を狙った拉致。そして撤退。そして今回の理不尽な要求。これらすべてに田辺殿が絡んでいるのです。八津左は田辺殿を手に入れることを第一の目的としている」
家臣たちのざわめきが再び広がる。使者の中でも、中央の男を除いた者たちが視線を泳がせた。十兵衛は畳みかける。
「証拠は八津左領の関所の撤廃。間者から田辺殿の知識を得て、領を豊かにしようとした。しかし対策を怠り逆効果となった。現当主が側室を増やし続けている現状を考えれば、民からの搾取を目論んだのでしょう。――そして、南部鉄。南部は忍びの一族。その名を罪人とし、捕縛を理由にこの城下に手を伸ばそうとしたのではないか」
言葉は鋭く、だが冷静に。次第に使者たちの顔色が変わっていく。
「……何を根拠に!」
中央の男が声を張り上げるが、十兵衛は微動だにせず睨み返した。その一瞬、広間の空気は完全にこちら側に傾いた。
「全て憶測の話ではないですか。私たちの一番の目的は重孝様の保護。まだ戦にも参加できぬ年齢の若様を騙して連れてきたのですから、あるべき場所へ返して頂きに参っただけです。また二人は罪人ありますので」
「またいい加減なことを言いおって……!」
「まだ認めぬのか!」
のらりくらりと、あくまでも重孝を連れ戻しに、そして罪人だからと自分勝手な自論を展開する使者。
「今回、そちらの言い分を聞くことはできぬ」
父上が裁断を下すと同時に、広間の家臣たちから低いどよめきが起こる。
「早々にこの領を去れ。敏之、使者に監視をつけ、八津左に戻るまで見届けよ」
「はっ」
私の声が広間に響く。これで真人は助かる。だが同時に、胸の奥には不安が残った。友人――真人は今どこにいるのだろうか。
三日後。
真人の姿はいまだ見えぬ。
城下町の工房に重孝が匿われていると知り、迎えに行ったときの安堵感は今でも忘れられない。工房の主は奇妙な合言葉を口にした。
「真人の好物を」
「……チーズ、だな」
正解だと笑われ、ようやく重孝を連れ帰ることができた。
真人は意外と用心深い。だがそれが逆に、彼がどこにいるのか分からないという不安を募らせる。
夜、食卓に着く。椀から立ち上る湯気の向こう、空いた席に自然と目が行く。
鉄がいれば大丈夫だろうと自分に言い聞かせながらも、胸に残るのは寂しさだった。
(……早く戻ってこい。ちーずとやらは、私が食べてしまうぞ?)
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