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3、織田信長
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しおりを挟む鉄は頭を抱えていた。
自分たちが率いていたのは「味方」ではないという、ぞっとするような事実を悟って。
夜の闇に照らされた焚き火の火が、彼の額の汗を赤く照らす。
周囲では兵たちが、酒を回しながら里帰りの話で盛り上がっている。
その無防備な笑い声が、今の彼にはどこか遠い世界の音に聞こえた。
目の前で呆けたようにしている真人のことは、もう諦めるしかない。
どうにかして打開策を――そう思いながら、酷使し続けた頭をさらに働かせる。
一体、誰がこんな事態を予想できただろう。
交渉が決裂した時のための“武力要員”として連れてきた兵たちが、気づけば自分達に刃を向けかねない立場にいた。
威嚇のつもりで村へ槍を向けさせようものなら、最初に殺されるのは自分たちだ。
想像するだけで、背中に氷を当てられたような冷気が走る。
真人の言葉で言うなら“人生ハードモード”。
まったくもって的確な言い方だ。
確かに、これほど退屈しない人間は他にいない。
だが、面倒事は一切お呼びでない。
今の状況で必要なのは笑いではない。
目の前の兵士たちと、織田の思惑。
この二つをどうにか、角を立てずに収めなければならない。
そのための策を探そうと眉間にしわを寄せたが、妙案は出てこない。
ふと視線を横に向けると、真人はいつの間にか輪の中に入り、すっかり打ち解けていた。
笑いながら、兵たちから村の話を聞き出している。
「つまり、年々、税を払うのが苦しくなってきたってこと?」
「一昨年までは、なんとか捻り出して納められておったんじゃがのう……。わしらも久しぶりに里帰りするから、今がどうなっておるのかは知らんのじゃ」
「儂らは織田様の兵として雇われておるが、本当は村で畑を耕したいんだよなぁ」
「そういえば、かかあが言ってた。耕しても芽が出ぬってな。土が痩せたのか、天の加減か……」
どうやら、自然と村の現状を聞き出しているらしい。
鉄は木に背を預けながら、無意識に耳を澄ませた。
「それって、ずっと言う通りに税を納めてると、村の人達の食べる分が無くなるじゃん」
「だからこそ、織田様の所にいるのよ。畑で死ぬよりは、戦場の方がまだましじゃ」
「なるほどなぁ……。そういえば、ここの人達って出身村が同じっぽいもんな」
「がっはっはっ、そりゃ皆考えることは同じってことだ。村に帰ったら、かかあ達が腰を抜かすぞ」
「ははっ、それは驚くだろうね」
「おめえさんも話のわかる男だ! 村に着いたら、儂の家に泊まっていけ。子供らの相手でもしてくれたら助かるわ!」
「そりゃ大仕事だな!」
うがっはっはっと笑い声が響いている。
鉄は思わず口をへの字に曲げ、真人の背中を見つめた。
一緒になって笑っている真人の後ろに回り、鉄は小さく声をかけた。
「真人」
「あ、鉄どうかしたの」
「ちょっと来い」
「いいけど。何だよ、そんな顔して」
ぶつくさ言う真人の背を押し、少し離れた木陰まで連れ出す。
誰の耳にも届かない距離で、鉄は真剣な表情を向けた。
「おい、何かいい考えを思いついたのか?」
「ああそのこと? いや、全然だけど」
「でも村のことを聞き出していただろ?」
「それは違うよ。何も思いつかないから、とりあえず話していただけ。というか、あっちから話しかけられたんだし」
その言葉を聞いて、ついため息が漏れた。
人が悩んでいる間、ただ楽しく談笑していたようだ。
「じゃあ、何も解決策は浮かんでないってことか。わかってるか、真人。俺達は“織田の命令を守りつつ、村を説得”しなきゃならん。どっちにも刃を向けずに、だ。わかるか?」
「わかってるって。でも、連れてきた兵が村の出身なら、仲良くしておいた方が得だろ? もしかしたら、説得を手伝ってくれるかもしれないし」
「阿呆。んな事が出来てりゃ俺達はここに居ないっての。あまり情を移すな。最悪、村の誰かを人質にとって言うことを聞かせるしかない」
「はあ!? ちょっと鉄、ぶっ飛び過ぎだろ!」
「なんでだ? 相手に条件をのませるためには当たり前の手段だろう」
「え、それって今までもそうしてきたってこと? 戦国時代っておっかないわあ。でもそれはやめといた方がいいって」
「あくまでも最終手段として、だ」
そこまで話した所で、一度会話が途切れた。
男が一人、こちらに向かって歩いてきたからだ。
二人とも口を閉じ、その男に視線を移す。
鎧を鳴らしながら近くまで来ると、鉄の圧におどおどしながらも申し訳なさそうに口を開いた。
「あのう……ちょっと、聞きたいことがあるんでさぁ」
「なんだ」
「村には、どれくらい居られるんです? 儂ら、それがどうにも気になってしもうて……」
どうやら他の兵士達の代表で聞きに来たらしく、いくつもの視線を感じる。
一瞬だけ、どう答えようか迷った後に、鉄は短く息を吐いて答えた。
「まだ明確には決まっていない。村のまとめ役と話してからだ。早くても三、四日はかかる」
上手く話し合いに持っていけたとしても、お互いの要求が平行線になる可能性は高い。三日で纏めることが出来たら奇跡だ。
「三日……。そりゃ、ゆっくりできるなぁ。久しぶりに家族に会える」
男は破顔し、朗らかに笑って仲間の元へ戻っていった。
間もなく、焚き火の周りで「三日はいるらしいぞ!」と歓声が上がる。
鉄は黙ってその光景を見つめていた。
――今はまだ、彼らは知らない。
自分達がなぜ“帰ってこられた”のかを。
明日、村の長から織田への不満を聞いた時、何かが変わる。
その瞬間に、空気が逆流するように敵意が向けられるかもしれない。
「真人、あと少しで村に入る。望みは薄いが、まずは交渉だ。織田の監視がどこにいるかわからない以上、余計な動きはするな」
「わかってるって。でもさ、本当に監視なんているの? 道中、それらしい人なんて見なかったけど」
「わからん。通りすがりの老婆かもしれんし、農夫に化けてるかもしれん。織田の諜報は油断ならない。俺達の行動も、ほとんど筒抜けのはずだ」」
実際、織田の諜報は有能である。以前に鉄が二重の間諜をしていた時に信長に知られてしまったのはこの存在が大きい。
この戦国の世において、情報というものは持っているだけで巨大な武器になる。
有益な情報であればあるほど、その情報を手にした者は優位な立場になれるのだ。
反対に、情報を取られた者は不利な立場へ追い込まれる。
忍びとして育てられた鉄はそのことを経験から知っていた。
だからこそ、目の前の真人に苛立ちが募る。
「……おい、真人。なんで嬉しそうな顔してるんだ?」
「へぇ……なんか映画のスパイみたいだなぁ。こういうの聞くと、日本史好きの血が騒ぐっていうか――」
「ふんっ」
ゴツンッ。
「だあっ!? なにすんだよ鉄!」
「苛ついた」
つい抑えきれずに脳天へ拳を入れてしまった。
真人の言っていることが半分以上理解できなかったが問題ない。いつものことだ。
「理由それ!?」
「状況を考えろ、馬鹿真人」
「考えてるし! 暴力反対!」
ぎゃあぎゃあと聞き分けのない子供のように騒ぎ立てる真人。
指揮をする立場の人間が騒げば、目立つことこの上ない。
現に何があったと兵士達が騒ついている。
明日中には村へ到達するだろう。
兵達にたんこぶが出来たと言い廻る真人を観察し、やはり自分が警戒しなければと鉄は心に誓った。
不安が残るが、まずは村に行ってみないと始まらない。
万全の状態で挑むためにも、心労を増やさないために今日は早めに寝ることにした。
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頑張ってください!!
ありがとうございます、すごく励みになります!!
無意識っておもしろいですよね。
ぜひこれからも、よろしくお願い致します!
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