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3、真実
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薄暗い朝の静けさを破ったのは、通りを駆け抜ける人々のざわめきだった。
「聞いたか? この街に“第五王女”がいるって――」
「ソシリス王国が血眼で探してるらしい」
「本当に? ただの噂じゃ……」
商人たちの声が風に運ばれてくる。
窓辺で耳を澄ませながら、私は胸の奥が冷たく縮むのを感じていた。
ハビエルの叫びは、たった一夜で街全体に染み渡っていた。
それはただの噂として流れるには鮮烈すぎ、そして恐ろしいほど具体的だった。
宿舎の中も落ち着かない空気に包まれている。
廊下を行き交う騎士たちは、私を見ると小さく頭を下げるが、その瞳の奥には複雑な色が宿っている。
「守るべき人間」としての敬意と、「危うい存在」としての迷いが、同時に滲んでいた。
朝食の席でも、それは感じられた。
木のテーブルに並べられたパンとスープを前に、子どもたちは変わらず無邪気な笑みを浮かべている。
「サラおねえちゃん、パンもっと取って!」
「ヒナ、欲張りすぎ。お腹壊すぞ」
テルが妹を諭す声に、周囲の空気が少しだけ和らぐ。
だが、笑顔を交わしながらも、騎士たちの視線が時折こちらに流れてくるのを、私は痛いほど感じていた。
カイルは静かにスープを口に運び、コリスは周囲に鋭い目を配っている。
二人の存在がなければ、私はきっとこの場に座っていることさえできなかっただろう。
(でも……皆、知ってしまった。もう“ただのサラ”じゃいられない)
パンをちぎる手が小さく震え、私は膝の上で拳を握りしめた。
「隊長」
食後の談話室で、一人の若い騎士が声を上げた。
「このまま王女を宿舎に留めるのは危険では? もしソシリス王国の兵が本格的に動いてきたら……」
別の騎士が鋭く言い返す。
「だからといって引き渡すのか? それは騎士のすることではない!」
「だが、我らはナラージェを守るのが第一だ。隣国の王女を庇えば、国を危うくする!」
「守る者を見捨ててどうする! 騎士の誓いを忘れたのか!」
言葉の応酬が飛び交い、空気がぴりぴりと張り詰めていく。
そんな重苦しい空気の中、いつも通りなのは子供たちだった。
「サラおねえちゃん! 一緒に遊ぼう!」
小さな手を引かれて庭に出ると、テルがデールさんに木片で作ってもらった駒を並べて待っていた。
「今日はこれで勝負しよう。負けたら洗い物手伝いだからね」
「えぇー!」
ヒナが大げさに嘆き、声が聞こえた騎士たちがくすりと笑った。
その笑い声が、どれほど救いになったことか。
私は駒を手に取り、子どもたちと遊びながらも胸の奥で強く思った。
(……守らなきゃ。この子たちの笑顔を。どんなに噂が広まっても)
その日の夕刻、再び伝令が届いた。
「ソシリス王国が大勢の兵士を動かしている。王妃派が直々に人を送り込むとの噂もある」
その報せに、騎士たちが集まる会議室の空気が一気に冷たく沈んだ。
「王女を庇えば国家問題になってしまうのでは」
「だが、あの人は保護人としてカイルさんが連れてきた。我らが守るべきは“サラさん”だろう」
「どのみち敵は迫っている。ここで引き渡すのは卑怯だ」
言葉が飛び交い、やがて重い沈黙に変わる。
その中で、ベテランの騎士が低く告げた。
「……守ろう。“サラさん”を。王女であろうとなかろうと、この宿舎にいる限りは、我らが庇う」
その言葉に、他の騎士たちが一人、また一人と頷いていった。
中庭にも会議室にいる騎士達の声がかすかに聞こえてきた。
(来る……必ず。逃げても無駄。だったら――)
私はゆっくりと息を吸い込み、振り返った。
「もう逃げません。祖国が何を望んでいようと……私は“サラ”としてここで生きたい」
その言葉に、コリスが真剣に頷き、カイルの瞳も静かに光を宿した。
――嵐は、すぐそこまで迫っている。
夜。
会議を終えて宿舎の灯が落ち、静けさが訪れていた。
子どもたちは早くに眠りにつき、騎士たちもそれぞれの部屋に散っていった。
中庭には風の音だけが響いている。
私は眠れず、廊下を抜けて月明かりの差す中庭に出た。
夜空に浮かぶ白い月は、不思議なほど冷たくも優しい。
「……眠れないのか」
背後から声がして、振り向けばカイルが立っていた。
鎧を外し、粗末な外套を羽織っている。普段の厳しい姿よりも、少しだけ柔らかい表情だった。
「はい……どうしても考えてしまって」
私は視線を落とし、指先を握りしめた。
「皆に知られてしまった以上、私は……」
言葉を継ぐ前に、カイルさんが近づいてきて静かに言った。
「俺は驚かなかった」
「……え?」
顔を上げると、彼の真剣な瞳がまっすぐ私を射抜いていた。
「“サラ”であろうと“サラーシャ”王女であろうと……俺の中では、ずっと同じだ」
彼の声は低く、だが揺るぎない。
「実は……数年前、第二王女殿下の誕生日パーティーでサラーシャ王女を見たことがある」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「私を……?」
カイルは小さく頷いた。
「煌びやかな場で、俺のような若輩騎士が近づけるはずもなかった。ただ遠くから、姿を見た。それだけなのに――」
一瞬、彼の目が柔らかく細められた。
「……一目で惹かれた。胸に焼き付いて離れなかった」
私は胸の奥が熱くなるのを感じ、言葉を失った。
「だから、サラがここに現れたとき……一瞬、やっと出会えたと思ったんだ」
カイルの手がそっと私の肩に触れる。
「何度も王女と似ているからサラを守りたいんだと思っていた。けれど、違った。王女であるかどうかは関係ない。俺は、最初から“サラ”を守りたいと思っていた」
「……カイルさん……」
声が震え、涙が滲む。
こんなにも真っ直ぐな想いを向けられることが、苦しくて、でも幸せで。
彼は続けた。
「これから先、噂が広まってどんな困難が来ても、俺は離れない。必ず守る。たとえ誰を敵に回しても」
その言葉に、張り詰めていた心がほどけていく。
私は堪えきれず、小さく頷いた。
「……ありがとうございます。本当に……」
夜風がそっと吹き抜け、二人の影を揺らした。
その静かな時間が、私に新たな力を与えてくれていた。
「聞いたか? この街に“第五王女”がいるって――」
「ソシリス王国が血眼で探してるらしい」
「本当に? ただの噂じゃ……」
商人たちの声が風に運ばれてくる。
窓辺で耳を澄ませながら、私は胸の奥が冷たく縮むのを感じていた。
ハビエルの叫びは、たった一夜で街全体に染み渡っていた。
それはただの噂として流れるには鮮烈すぎ、そして恐ろしいほど具体的だった。
宿舎の中も落ち着かない空気に包まれている。
廊下を行き交う騎士たちは、私を見ると小さく頭を下げるが、その瞳の奥には複雑な色が宿っている。
「守るべき人間」としての敬意と、「危うい存在」としての迷いが、同時に滲んでいた。
朝食の席でも、それは感じられた。
木のテーブルに並べられたパンとスープを前に、子どもたちは変わらず無邪気な笑みを浮かべている。
「サラおねえちゃん、パンもっと取って!」
「ヒナ、欲張りすぎ。お腹壊すぞ」
テルが妹を諭す声に、周囲の空気が少しだけ和らぐ。
だが、笑顔を交わしながらも、騎士たちの視線が時折こちらに流れてくるのを、私は痛いほど感じていた。
カイルは静かにスープを口に運び、コリスは周囲に鋭い目を配っている。
二人の存在がなければ、私はきっとこの場に座っていることさえできなかっただろう。
(でも……皆、知ってしまった。もう“ただのサラ”じゃいられない)
パンをちぎる手が小さく震え、私は膝の上で拳を握りしめた。
「隊長」
食後の談話室で、一人の若い騎士が声を上げた。
「このまま王女を宿舎に留めるのは危険では? もしソシリス王国の兵が本格的に動いてきたら……」
別の騎士が鋭く言い返す。
「だからといって引き渡すのか? それは騎士のすることではない!」
「だが、我らはナラージェを守るのが第一だ。隣国の王女を庇えば、国を危うくする!」
「守る者を見捨ててどうする! 騎士の誓いを忘れたのか!」
言葉の応酬が飛び交い、空気がぴりぴりと張り詰めていく。
そんな重苦しい空気の中、いつも通りなのは子供たちだった。
「サラおねえちゃん! 一緒に遊ぼう!」
小さな手を引かれて庭に出ると、テルがデールさんに木片で作ってもらった駒を並べて待っていた。
「今日はこれで勝負しよう。負けたら洗い物手伝いだからね」
「えぇー!」
ヒナが大げさに嘆き、声が聞こえた騎士たちがくすりと笑った。
その笑い声が、どれほど救いになったことか。
私は駒を手に取り、子どもたちと遊びながらも胸の奥で強く思った。
(……守らなきゃ。この子たちの笑顔を。どんなに噂が広まっても)
その日の夕刻、再び伝令が届いた。
「ソシリス王国が大勢の兵士を動かしている。王妃派が直々に人を送り込むとの噂もある」
その報せに、騎士たちが集まる会議室の空気が一気に冷たく沈んだ。
「王女を庇えば国家問題になってしまうのでは」
「だが、あの人は保護人としてカイルさんが連れてきた。我らが守るべきは“サラさん”だろう」
「どのみち敵は迫っている。ここで引き渡すのは卑怯だ」
言葉が飛び交い、やがて重い沈黙に変わる。
その中で、ベテランの騎士が低く告げた。
「……守ろう。“サラさん”を。王女であろうとなかろうと、この宿舎にいる限りは、我らが庇う」
その言葉に、他の騎士たちが一人、また一人と頷いていった。
中庭にも会議室にいる騎士達の声がかすかに聞こえてきた。
(来る……必ず。逃げても無駄。だったら――)
私はゆっくりと息を吸い込み、振り返った。
「もう逃げません。祖国が何を望んでいようと……私は“サラ”としてここで生きたい」
その言葉に、コリスが真剣に頷き、カイルの瞳も静かに光を宿した。
――嵐は、すぐそこまで迫っている。
夜。
会議を終えて宿舎の灯が落ち、静けさが訪れていた。
子どもたちは早くに眠りにつき、騎士たちもそれぞれの部屋に散っていった。
中庭には風の音だけが響いている。
私は眠れず、廊下を抜けて月明かりの差す中庭に出た。
夜空に浮かぶ白い月は、不思議なほど冷たくも優しい。
「……眠れないのか」
背後から声がして、振り向けばカイルが立っていた。
鎧を外し、粗末な外套を羽織っている。普段の厳しい姿よりも、少しだけ柔らかい表情だった。
「はい……どうしても考えてしまって」
私は視線を落とし、指先を握りしめた。
「皆に知られてしまった以上、私は……」
言葉を継ぐ前に、カイルさんが近づいてきて静かに言った。
「俺は驚かなかった」
「……え?」
顔を上げると、彼の真剣な瞳がまっすぐ私を射抜いていた。
「“サラ”であろうと“サラーシャ”王女であろうと……俺の中では、ずっと同じだ」
彼の声は低く、だが揺るぎない。
「実は……数年前、第二王女殿下の誕生日パーティーでサラーシャ王女を見たことがある」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「私を……?」
カイルは小さく頷いた。
「煌びやかな場で、俺のような若輩騎士が近づけるはずもなかった。ただ遠くから、姿を見た。それだけなのに――」
一瞬、彼の目が柔らかく細められた。
「……一目で惹かれた。胸に焼き付いて離れなかった」
私は胸の奥が熱くなるのを感じ、言葉を失った。
「だから、サラがここに現れたとき……一瞬、やっと出会えたと思ったんだ」
カイルの手がそっと私の肩に触れる。
「何度も王女と似ているからサラを守りたいんだと思っていた。けれど、違った。王女であるかどうかは関係ない。俺は、最初から“サラ”を守りたいと思っていた」
「……カイルさん……」
声が震え、涙が滲む。
こんなにも真っ直ぐな想いを向けられることが、苦しくて、でも幸せで。
彼は続けた。
「これから先、噂が広まってどんな困難が来ても、俺は離れない。必ず守る。たとえ誰を敵に回しても」
その言葉に、張り詰めていた心がほどけていく。
私は堪えきれず、小さく頷いた。
「……ありがとうございます。本当に……」
夜風がそっと吹き抜け、二人の影を揺らした。
その静かな時間が、私に新たな力を与えてくれていた。
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