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1、『ブックカフェ ラーシャ』
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「ありがとうございます。何か飲み物を持ってくるので、こちらに下ろしてもらってもいいですか?」
ベティさんに話しかけながら、カウンターの内側にある長椅子に寝かせる。
午前中からずっと外にいたため、熱中症になりかけているのかも。
急いでキッチンに戻り、麦茶を持ってくる。
本当は塩と砂糖を使ってちゃんとした飲み物を作りたかったが、今は水分摂取が先だ。
体を支えながら起こし、口元にコップを近づける。
「飲める? 少しでも飲んだ方がいいわよ」
「うっ……」
辛そうだが自分で起き上がり、少し口に含むと勢いよく飲み始めた。
「慌てないで。ゆっくりでいいのよ。まだたくさんあるから」
そう言っても勢いは変わらず、結局おかわりをして2杯をすぐに飲み干した。
意識もようやくはっきりしてきたところで、なぜ店の前にいたのかを聞くことにした。
「落ち着いた? どうしてお店の前にずっといたのか、聞いてもいい?」
「……妹に食べさせたかったから」
「何を?」
「……アイス。仕事先の大人たちが言ってるのを聞いて、食べたいって言ってたから……」
「妹は今どこに?」
「いつもいる路地裏で待ってる」
「路地裏?」
「サラちゃん、少し離れたところに家のない子どもたちが集まっている場所があるんだ。きっとそこだよ」
聞き返すと、ベティさんが答えてくれた。
「孤児院とかはないの?」
「孤児院よりも、自分でお金を稼いで自由に使う方がいいって子供が意外と多いの。孤児院も色々あるし、人数にも制限があるからね。でも、子供が働ける場所は限られていてグループのボスにほとんど取られてしまう。下の子はほとんど……」
話しながらベティさんの視線はテルに向くが、また男の子は俯いてしまった。
その様子を見て、決心する。
「わかった! じゃあ妹のところに案内して!」
「サラちゃん!?」
「妹の体調も心配だし、何よりこの子をこのまま放っておけないから」
「待ちな。いくら子供でも、サラちゃん1人は危ないから、代わりに行くよ。妹の名前を教えてくれる?」
「ヒナ……」
「ヒナちゃんか。よし、ヒナちゃんを連れてくるから、サラちゃんはこの子を見てあげて」
「ベティさん、でも……」
「いいからいいから。任せといて」
そう言って男の子の頭を撫でると、ベティさんはドアから外へ出ていった。
残された私はひとまず自己紹介を始めた。
「私はこのお店の店長、サラよ。あなたのお名前は?」
「テル」
「テル君ね。テルって呼んでもいい?」
「うん」
「じゃあ待ってる間、サンドイッチがあるからこっちにおいで。先に手を洗おうね」
テルの細い腕を引きながらキッチンに入る。
蛇口をひねり、石鹸を渡しながら腕のケガを確認する。ところどころにすり傷があり、血が滲んでいる箇所もあった。
袖をまくると痣もできている。
服の裾を上げると、お腹にも大きな跡が残っていた。
「どうしてこんなところまで……」
お腹の左側に一際大きな跡がある。服も土で汚れており、蹴られたあとかもしれない。
「ねえテル。嫌だったら無理に答えなくていいけど、誰かに蹴られたの?」
「一昨日、仕事で失敗したら『明日から来なくていい』って言われて……。お金が入らないから昨日の分を渡せなくて……」
「ベティさんの言ってたことは本当だったのね。じゃあそれは、お金が払えずに蹴られた跡?」
テルは小さく頷いた。食べる前に消毒をしようと奥に連れて行く。
ガーゼを貼って気づいたが、見た目以上に痩せていて不健康だ。
全身に貼り終え、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
今日は何が残っていたっけ? サンドイッチだけでは栄養が足りない。あ、そうだ。
「テル、バナナ好き?」
「バナナ? あまり食べたことない…」
バナナは栄養価も高く、風邪の時にも食べやすい。今のテルに最適だ。
ちょうどアイス用に沢山ある。
せっかくなら一口サイズに切ったバナナに、バニラアイスをトッピングして食べさせよう。きっと喜んでくれる。
「はい、これ食べてて。少し作ってくるものがあるから」
カウンターにサンドイッチを置くと、腹ペコだったのか麦茶と同様にあっという間に胃に収まっていく。
バクバクという音がキッチンまで聞こえてきそうだ。
お皿を探し、切ったバナナを置く。
真ん中にバニラアイスを載せて完成。
「はい、特別メニューよ。バナナとバニラアイス。美味しいから食べてみて」
テルはちらっとこちらを見上げると、アイスを見てゴクッと喉を鳴らした。おそるおそるアイスをすくい、口に入れる。
「甘い……」
先程までとは違い、味わいながらアイスを食べている。その様子を眺めているとベティさんが子供を連れて帰ってきた。
「サラちゃん、この子が」
「おにいちゃん!」
小さな女の子がテルを見つけ、駆け寄る。
痩せてはいるが、傷はないようだ。
「ヒナ!」
「ベティさん、ありがとうございます」
「すぐに見つけたから簡単だったさ。テルの妹を探しているって言ったら、あっちから寄ってきたからね」
テルも駆け寄っていく。
ベティさんによると、仕事を探しに行くと言って出かけた兄が、ずっと帰ってこなくて心配だったらしい。
カフェにいると伝えると、すぐに着いてきたそうだ。
「ヒナちゃんね、こんにちは。ヒナって呼んでもいい? 何才?」
「うん、いいよ! 5才!」
「ありがとう。5才なのね。私はこのお店で働いているサラよ。サラって呼んでね」
「わかったサラお姉ちゃん!」
ヒナが可愛すぎて抱きしめたい衝動に駆られる。兄妹そろって愛嬌があり、ヒナという名前も似合いすぎる。あぁ~、抱きしめたい!!
ヒナがカウンターの上を見ながら話しかけてきた。
「ねえサラお姉ちゃん、あれ何?」
「これはアイス。ヒナの分もちゃんと用意してあるから、手を洗ったらテルの隣で待ってて」
そう聞くや否や、店内端の水道で手を洗いに行った。
戻ってくると、テルに手伝ってもらいながらカウンター席によじ登っている。
「はい、お待たせ」
「おいしそう!」
同じものを台に置く。
サンドイッチは食べきれなくてもテルが食べてくれるだろうと思い、ベティさんに向き直る。
「色々とありがとうございます。もしよかったらこれを食べてみて下さい」
「アイス? 遠慮なくいただくよ」
ベティさんに出したのは注文のあったコーヒーとおまけのバニラアイス。
この2つはとてもよく合うし、アイスとコーヒーを味わいながら本を読むなんて最高だ。
「今日はお代は結構なので、またぜひいらして下さい」
「いいのかい? ヒナちゃん呼びに行っただけなのに」
「いえ、すごく助かりました。それにベティさんがテルに気づいてくれたおかげで……」
2人を見ると、幸せそうに笑っている。もしベティさんが午前中ここを通らなかったら、こんな光景は見られなかっただろう。
「実は私、2人にここで暮らしてもらおうと思ってるの。子供たちに聞いてからだけど、仕事を手伝ってもらいながらお世話できたらなぁって。放っておけなくて」
「本気で? 子供のお世話は予想以上に大変だよ? 責任も持たなくちゃいけないし、サラちゃん若い。本当にやっていける?」
心配そうに厳しめに言うベティさん。
でも大丈夫。
前世の時間も含めれば、もう十分に経験はある……いや、小さい頃は覚えてなかったし、前世はノーカウント!
「はい、大丈夫です。しっかり責任を持って面倒を見ます」
ベティさんの目を見てはっきり答える。
「……そっか。困ったことがあったら遠慮なく言っておいで。店には通うつもりだから、その時にでも」
「はい、ありがとうございます」
アイスとサンドイッチを食べている2人に向き直る。
「ねえテル、ヒナ。出会ったばかりだけど、もしよかったら2人ともここで暮らさない?」
テルは動きを止め、ぽかんと私を見つめる。
「……いいの? でも何も持ってないし……」
「もちろん。何も渡さなくていいの。三食きちんと食べて、布団に入って。お金はまだお小遣い程度だけど、お店の手伝いをしたらそれは自分のお金だよ。どうしたい?」
「ここに住めるの!? 住みたーい! 食べ物おいしいし、サラお姉ちゃんがいるもん!」
ヒナは元気よく答えた。
可愛すぎて抱きつきたい衝動を抑えていると、横から鼻をすすり上げる音が聞こえた。
そっとテルに近寄り、今度は迷うことなく抱きしめる。
「お母さんたちがいなくなってからどうすればいいか分からなくて、家も追い出されて……」
「うん」
「グループには入れてもらえたけど1日3食なんて食べられないし、お金を貯めても取られちゃうし、ヒナだけは守ろうと思って……」
涙を溢れさせ、口も震わせながら一生懸命に伝えてくる。
小さな体で妹を守ろうとしていたのだ。肩の力が抜けてほっとしたのか、背中をぽんぽんとリズムよく叩くと、少しずつ落ち着いてきた。
「ヒナを守って偉かったね。今日からは私が守ってあげるから」
「きゃー!」
ヒナも巻き込み、2人をぎゅーっと抱きしめる。
しばらくそのまま、頭を撫で続けた。
次の日から、カフェ・ラーシャで元気いっぱいに店内を駆け回る子ども達が働き始めた。
ちょこちょこと歩き回るヒナと、妹をチラチラ見ながら心配そうなテル。
可愛らしい様子に、お客さんたちも視線が釘付けだった。
「あのご婦人なんてヒナにメロメロね。テルはお姉さん層に可愛がられて……お客さん、本がコップに当たりそう! もう、本も読まないで……」
そう言いながらも、2人の元気な様子を見て自然と笑みが浮かぶ。
「はい、今日もお疲れさま」
「楽しかった! 食べ物持っていくと撫でてくれるの!」
「そう? 楽しめてるならよかった。テルも初めての接客、ちゃんとできてたね」
「うん」
2人を引き取ってから3日目。
早速昨日から接客を任せ始めたが、評判は良い。
小さな子どもが一生懸命働く様子は、とても和まれるらしい。
ベティさんもコーヒーを飲みながら目尻を下げて笑っていた。
テルは要領がよくて注文も間違えず、時々ヒナをサポートしながら仕事をこなしている。
ヒナはまだ食事を運ぶことだけだが、「ありがとう」と頭を撫でられ可愛がられている。
ヒナに運んでもらおうと、コーヒー、アイス、紅茶……と何度も注文してくれるおじいちゃんもいた。
しっかり売り上げにも貢献している。
「あのね、服が似合っていてかわいいねってたくさん褒められたの! ヒナもこの服好き!」
2人が家に来た日、買ってきた服だ。接客業なので清潔感も必要。
普段着とお店用の服を用意。
ヒナは濃い緑のワンピースに白エプロン、フリル付き。
テルは上が深緑、下が黒で白のギャルソンエプロン。
ヒナはキャッキャと喜び、買った服を大事そうに抱えていた。
制服を着て働く2人は顔も整っており、とてもかわいい。
テルは年齢より体が小さいが、同世代の女の子にモテそうだ。
年を聞くと10歳。
その年齢から働かせることに罪悪感もあるが、2人は楽しそうでイキイキしている。
ビートは「え!? 子持ちだったのか!? 2人も……」と言っていたが、話を聞くとホッとしていた。
私はまだ15歳。こんな大きな子供を産めるわけないの……。
笑っていると、お客さんが入ってきた。
「こんにちはサラさん、また来たよ」
「エリオールさん! いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
「前に言っていた、私の友人を連れてきたんだ。カイル、この人がこの間話したここの店長だ」
エリオールさんの後ろに背の高い男性が立っていた。
少し吊り目で焦げ茶色の髪を短く切っている。目が合うと少し前へ出てぺこりと頭を下げた。
「無愛想でしょ? 小さい頃から一緒にいるけど、こいつ滅多に笑わなくて」
「余計なお世話だ」
本当に親しいようね。
「ふふっ、では空いている席へどうぞ。テル、お水を準備してくれる?」
「うん、わかった」
「あれ? 前は子供いなかったよね?」
「はい、この間からここで一緒に住んでいるんです。男の子がテル、女の子がヒナです」
「ヒナだよ!」
ヒナが隣に立ち、手をあげて自分をアピールする。
「こんにちは、ヒナちゃん。私はエリオール、こっちにいるのがカイルだよ。よろしくね」
「うん、よろしく!」
にっこり笑いながらヒナに自己紹介をしている。
「じゃあ挨拶も済んだし、座ろうかな」
「では、注文がお決まりになりましたら、お知らせください」
お辞儀してキッチンへ戻る。
チョコアイスを食べさせたいと以前言っていたので、多分それを頼むはず。
準備に取り掛かろう。
魔法も使い、チョコアイス完成。
「うん、完璧」
「サラさん、注文が入ったよ。フレンチトーストと紅茶、ホットコーヒーとチョコアイス、それぞれ1つずつ」
「わかった。飲み物とチョコアイスはもうできているから、運んでくれる?」
「うん」
手早く飲み物を準備し、アイスと一緒にトレーに載せる。
「はい。こぼさないように気をつけてね」
テルに声をかけ、フレンチトーストの準備に入る。
ボウルに浸けてあるので、後は焼くだけ。
このお店のフレンチトーストは、ボウルの水分がなくなるくらい漬けるので、しっとり柔らかく人気のメニュー。
前世のお母さんの得意料理で、時々出ると夢中でパンにかぶりついていた。
懐かしく思いながら焼き目を確認、裏返し、蓋をして弱火で3分ほど焼く。
焼き上がったらお皿に盛り付け、粉砂糖とメープルシロップをかけて完成。
最後にはちみつをかける人もいるが、私はメープル派。
独特の香りと優しい甘さがパンによく合う。
テルかヒナを呼ぼうとするが、2人とも忙しい様子。
テルは食べ終わったお客さんのテーブルを拭き、ヒナは見よう見まねで手伝っている。
これくらいなら私が運ぼうと、お皿を持ってエリオールさんたちの席へ。
「お待たせしました、フレンチトーストです」
「ありがとう」
「焼き立てですので、やけどに気をつけてお召し上がりください」
渡し終え戻ろうとすると、ふと視線を感じる。
振り返るとカイルさんがこちらをじっと見ていた。
何か言おうとすると、顔を窓の方に逸らしてしまう。
ベティさんに話しかけながら、カウンターの内側にある長椅子に寝かせる。
午前中からずっと外にいたため、熱中症になりかけているのかも。
急いでキッチンに戻り、麦茶を持ってくる。
本当は塩と砂糖を使ってちゃんとした飲み物を作りたかったが、今は水分摂取が先だ。
体を支えながら起こし、口元にコップを近づける。
「飲める? 少しでも飲んだ方がいいわよ」
「うっ……」
辛そうだが自分で起き上がり、少し口に含むと勢いよく飲み始めた。
「慌てないで。ゆっくりでいいのよ。まだたくさんあるから」
そう言っても勢いは変わらず、結局おかわりをして2杯をすぐに飲み干した。
意識もようやくはっきりしてきたところで、なぜ店の前にいたのかを聞くことにした。
「落ち着いた? どうしてお店の前にずっといたのか、聞いてもいい?」
「……妹に食べさせたかったから」
「何を?」
「……アイス。仕事先の大人たちが言ってるのを聞いて、食べたいって言ってたから……」
「妹は今どこに?」
「いつもいる路地裏で待ってる」
「路地裏?」
「サラちゃん、少し離れたところに家のない子どもたちが集まっている場所があるんだ。きっとそこだよ」
聞き返すと、ベティさんが答えてくれた。
「孤児院とかはないの?」
「孤児院よりも、自分でお金を稼いで自由に使う方がいいって子供が意外と多いの。孤児院も色々あるし、人数にも制限があるからね。でも、子供が働ける場所は限られていてグループのボスにほとんど取られてしまう。下の子はほとんど……」
話しながらベティさんの視線はテルに向くが、また男の子は俯いてしまった。
その様子を見て、決心する。
「わかった! じゃあ妹のところに案内して!」
「サラちゃん!?」
「妹の体調も心配だし、何よりこの子をこのまま放っておけないから」
「待ちな。いくら子供でも、サラちゃん1人は危ないから、代わりに行くよ。妹の名前を教えてくれる?」
「ヒナ……」
「ヒナちゃんか。よし、ヒナちゃんを連れてくるから、サラちゃんはこの子を見てあげて」
「ベティさん、でも……」
「いいからいいから。任せといて」
そう言って男の子の頭を撫でると、ベティさんはドアから外へ出ていった。
残された私はひとまず自己紹介を始めた。
「私はこのお店の店長、サラよ。あなたのお名前は?」
「テル」
「テル君ね。テルって呼んでもいい?」
「うん」
「じゃあ待ってる間、サンドイッチがあるからこっちにおいで。先に手を洗おうね」
テルの細い腕を引きながらキッチンに入る。
蛇口をひねり、石鹸を渡しながら腕のケガを確認する。ところどころにすり傷があり、血が滲んでいる箇所もあった。
袖をまくると痣もできている。
服の裾を上げると、お腹にも大きな跡が残っていた。
「どうしてこんなところまで……」
お腹の左側に一際大きな跡がある。服も土で汚れており、蹴られたあとかもしれない。
「ねえテル。嫌だったら無理に答えなくていいけど、誰かに蹴られたの?」
「一昨日、仕事で失敗したら『明日から来なくていい』って言われて……。お金が入らないから昨日の分を渡せなくて……」
「ベティさんの言ってたことは本当だったのね。じゃあそれは、お金が払えずに蹴られた跡?」
テルは小さく頷いた。食べる前に消毒をしようと奥に連れて行く。
ガーゼを貼って気づいたが、見た目以上に痩せていて不健康だ。
全身に貼り終え、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
今日は何が残っていたっけ? サンドイッチだけでは栄養が足りない。あ、そうだ。
「テル、バナナ好き?」
「バナナ? あまり食べたことない…」
バナナは栄養価も高く、風邪の時にも食べやすい。今のテルに最適だ。
ちょうどアイス用に沢山ある。
せっかくなら一口サイズに切ったバナナに、バニラアイスをトッピングして食べさせよう。きっと喜んでくれる。
「はい、これ食べてて。少し作ってくるものがあるから」
カウンターにサンドイッチを置くと、腹ペコだったのか麦茶と同様にあっという間に胃に収まっていく。
バクバクという音がキッチンまで聞こえてきそうだ。
お皿を探し、切ったバナナを置く。
真ん中にバニラアイスを載せて完成。
「はい、特別メニューよ。バナナとバニラアイス。美味しいから食べてみて」
テルはちらっとこちらを見上げると、アイスを見てゴクッと喉を鳴らした。おそるおそるアイスをすくい、口に入れる。
「甘い……」
先程までとは違い、味わいながらアイスを食べている。その様子を眺めているとベティさんが子供を連れて帰ってきた。
「サラちゃん、この子が」
「おにいちゃん!」
小さな女の子がテルを見つけ、駆け寄る。
痩せてはいるが、傷はないようだ。
「ヒナ!」
「ベティさん、ありがとうございます」
「すぐに見つけたから簡単だったさ。テルの妹を探しているって言ったら、あっちから寄ってきたからね」
テルも駆け寄っていく。
ベティさんによると、仕事を探しに行くと言って出かけた兄が、ずっと帰ってこなくて心配だったらしい。
カフェにいると伝えると、すぐに着いてきたそうだ。
「ヒナちゃんね、こんにちは。ヒナって呼んでもいい? 何才?」
「うん、いいよ! 5才!」
「ありがとう。5才なのね。私はこのお店で働いているサラよ。サラって呼んでね」
「わかったサラお姉ちゃん!」
ヒナが可愛すぎて抱きしめたい衝動に駆られる。兄妹そろって愛嬌があり、ヒナという名前も似合いすぎる。あぁ~、抱きしめたい!!
ヒナがカウンターの上を見ながら話しかけてきた。
「ねえサラお姉ちゃん、あれ何?」
「これはアイス。ヒナの分もちゃんと用意してあるから、手を洗ったらテルの隣で待ってて」
そう聞くや否や、店内端の水道で手を洗いに行った。
戻ってくると、テルに手伝ってもらいながらカウンター席によじ登っている。
「はい、お待たせ」
「おいしそう!」
同じものを台に置く。
サンドイッチは食べきれなくてもテルが食べてくれるだろうと思い、ベティさんに向き直る。
「色々とありがとうございます。もしよかったらこれを食べてみて下さい」
「アイス? 遠慮なくいただくよ」
ベティさんに出したのは注文のあったコーヒーとおまけのバニラアイス。
この2つはとてもよく合うし、アイスとコーヒーを味わいながら本を読むなんて最高だ。
「今日はお代は結構なので、またぜひいらして下さい」
「いいのかい? ヒナちゃん呼びに行っただけなのに」
「いえ、すごく助かりました。それにベティさんがテルに気づいてくれたおかげで……」
2人を見ると、幸せそうに笑っている。もしベティさんが午前中ここを通らなかったら、こんな光景は見られなかっただろう。
「実は私、2人にここで暮らしてもらおうと思ってるの。子供たちに聞いてからだけど、仕事を手伝ってもらいながらお世話できたらなぁって。放っておけなくて」
「本気で? 子供のお世話は予想以上に大変だよ? 責任も持たなくちゃいけないし、サラちゃん若い。本当にやっていける?」
心配そうに厳しめに言うベティさん。
でも大丈夫。
前世の時間も含めれば、もう十分に経験はある……いや、小さい頃は覚えてなかったし、前世はノーカウント!
「はい、大丈夫です。しっかり責任を持って面倒を見ます」
ベティさんの目を見てはっきり答える。
「……そっか。困ったことがあったら遠慮なく言っておいで。店には通うつもりだから、その時にでも」
「はい、ありがとうございます」
アイスとサンドイッチを食べている2人に向き直る。
「ねえテル、ヒナ。出会ったばかりだけど、もしよかったら2人ともここで暮らさない?」
テルは動きを止め、ぽかんと私を見つめる。
「……いいの? でも何も持ってないし……」
「もちろん。何も渡さなくていいの。三食きちんと食べて、布団に入って。お金はまだお小遣い程度だけど、お店の手伝いをしたらそれは自分のお金だよ。どうしたい?」
「ここに住めるの!? 住みたーい! 食べ物おいしいし、サラお姉ちゃんがいるもん!」
ヒナは元気よく答えた。
可愛すぎて抱きつきたい衝動を抑えていると、横から鼻をすすり上げる音が聞こえた。
そっとテルに近寄り、今度は迷うことなく抱きしめる。
「お母さんたちがいなくなってからどうすればいいか分からなくて、家も追い出されて……」
「うん」
「グループには入れてもらえたけど1日3食なんて食べられないし、お金を貯めても取られちゃうし、ヒナだけは守ろうと思って……」
涙を溢れさせ、口も震わせながら一生懸命に伝えてくる。
小さな体で妹を守ろうとしていたのだ。肩の力が抜けてほっとしたのか、背中をぽんぽんとリズムよく叩くと、少しずつ落ち着いてきた。
「ヒナを守って偉かったね。今日からは私が守ってあげるから」
「きゃー!」
ヒナも巻き込み、2人をぎゅーっと抱きしめる。
しばらくそのまま、頭を撫で続けた。
次の日から、カフェ・ラーシャで元気いっぱいに店内を駆け回る子ども達が働き始めた。
ちょこちょこと歩き回るヒナと、妹をチラチラ見ながら心配そうなテル。
可愛らしい様子に、お客さんたちも視線が釘付けだった。
「あのご婦人なんてヒナにメロメロね。テルはお姉さん層に可愛がられて……お客さん、本がコップに当たりそう! もう、本も読まないで……」
そう言いながらも、2人の元気な様子を見て自然と笑みが浮かぶ。
「はい、今日もお疲れさま」
「楽しかった! 食べ物持っていくと撫でてくれるの!」
「そう? 楽しめてるならよかった。テルも初めての接客、ちゃんとできてたね」
「うん」
2人を引き取ってから3日目。
早速昨日から接客を任せ始めたが、評判は良い。
小さな子どもが一生懸命働く様子は、とても和まれるらしい。
ベティさんもコーヒーを飲みながら目尻を下げて笑っていた。
テルは要領がよくて注文も間違えず、時々ヒナをサポートしながら仕事をこなしている。
ヒナはまだ食事を運ぶことだけだが、「ありがとう」と頭を撫でられ可愛がられている。
ヒナに運んでもらおうと、コーヒー、アイス、紅茶……と何度も注文してくれるおじいちゃんもいた。
しっかり売り上げにも貢献している。
「あのね、服が似合っていてかわいいねってたくさん褒められたの! ヒナもこの服好き!」
2人が家に来た日、買ってきた服だ。接客業なので清潔感も必要。
普段着とお店用の服を用意。
ヒナは濃い緑のワンピースに白エプロン、フリル付き。
テルは上が深緑、下が黒で白のギャルソンエプロン。
ヒナはキャッキャと喜び、買った服を大事そうに抱えていた。
制服を着て働く2人は顔も整っており、とてもかわいい。
テルは年齢より体が小さいが、同世代の女の子にモテそうだ。
年を聞くと10歳。
その年齢から働かせることに罪悪感もあるが、2人は楽しそうでイキイキしている。
ビートは「え!? 子持ちだったのか!? 2人も……」と言っていたが、話を聞くとホッとしていた。
私はまだ15歳。こんな大きな子供を産めるわけないの……。
笑っていると、お客さんが入ってきた。
「こんにちはサラさん、また来たよ」
「エリオールさん! いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
「前に言っていた、私の友人を連れてきたんだ。カイル、この人がこの間話したここの店長だ」
エリオールさんの後ろに背の高い男性が立っていた。
少し吊り目で焦げ茶色の髪を短く切っている。目が合うと少し前へ出てぺこりと頭を下げた。
「無愛想でしょ? 小さい頃から一緒にいるけど、こいつ滅多に笑わなくて」
「余計なお世話だ」
本当に親しいようね。
「ふふっ、では空いている席へどうぞ。テル、お水を準備してくれる?」
「うん、わかった」
「あれ? 前は子供いなかったよね?」
「はい、この間からここで一緒に住んでいるんです。男の子がテル、女の子がヒナです」
「ヒナだよ!」
ヒナが隣に立ち、手をあげて自分をアピールする。
「こんにちは、ヒナちゃん。私はエリオール、こっちにいるのがカイルだよ。よろしくね」
「うん、よろしく!」
にっこり笑いながらヒナに自己紹介をしている。
「じゃあ挨拶も済んだし、座ろうかな」
「では、注文がお決まりになりましたら、お知らせください」
お辞儀してキッチンへ戻る。
チョコアイスを食べさせたいと以前言っていたので、多分それを頼むはず。
準備に取り掛かろう。
魔法も使い、チョコアイス完成。
「うん、完璧」
「サラさん、注文が入ったよ。フレンチトーストと紅茶、ホットコーヒーとチョコアイス、それぞれ1つずつ」
「わかった。飲み物とチョコアイスはもうできているから、運んでくれる?」
「うん」
手早く飲み物を準備し、アイスと一緒にトレーに載せる。
「はい。こぼさないように気をつけてね」
テルに声をかけ、フレンチトーストの準備に入る。
ボウルに浸けてあるので、後は焼くだけ。
このお店のフレンチトーストは、ボウルの水分がなくなるくらい漬けるので、しっとり柔らかく人気のメニュー。
前世のお母さんの得意料理で、時々出ると夢中でパンにかぶりついていた。
懐かしく思いながら焼き目を確認、裏返し、蓋をして弱火で3分ほど焼く。
焼き上がったらお皿に盛り付け、粉砂糖とメープルシロップをかけて完成。
最後にはちみつをかける人もいるが、私はメープル派。
独特の香りと優しい甘さがパンによく合う。
テルかヒナを呼ぼうとするが、2人とも忙しい様子。
テルは食べ終わったお客さんのテーブルを拭き、ヒナは見よう見まねで手伝っている。
これくらいなら私が運ぼうと、お皿を持ってエリオールさんたちの席へ。
「お待たせしました、フレンチトーストです」
「ありがとう」
「焼き立てですので、やけどに気をつけてお召し上がりください」
渡し終え戻ろうとすると、ふと視線を感じる。
振り返るとカイルさんがこちらをじっと見ていた。
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