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1、『ブックカフェ ラーシャ』
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暮らしていてわかったことだが、店長は人気がある。料理を運んだときの男たちの顔を見ると、誰も彼もデレデレしている。
その顔を見るともやっとした気持ちになるが、人気があるのも納得できるのだ。
笑顔で出迎え、優しく接客し、コンテストでは息をのむような美しさを見せた。
美人で誰にでも分け隔てなく接するのだから、人気が出ないほうがおかしい。
ここで過ごしていて、何の問題もないと言いたいところだが、色々支障が出てくる。
今になって、やっとエリオールが言っていたことの意味が理解できた。
あいつは去り際に「我慢しろよ」と言って帰っていったのだ。
俺の初恋の人に似た顔で、朝食を共にし、子どもたちと一緒に仕事をし、夕食も共にする。
まるで夫婦のようだと感じてしまうせいか、ヒナに「お父さんみたい」と言われて動揺した。
この子も、自分の子ではないのにまるで本当の家族のように可愛がっている。二人とも懐いていて微笑ましい。
極め付けは夜だ。お風呂上がりの格好で、飲み物を飲むためにキッチンにやってくる。
相手は何とも思っていないようだが、こちらはかなりしんどい。
火照った顔で、書類を作成していた俺のところに来て一言二言話し、「おやすみなさい」と言って部屋に行く。
店長が見えなくなった瞬間、つい頭を抱えてしまう。どうしてそんなに無防備なのか。
護衛として役目がある男であっても、恋仲でもない。もう少し警戒心を持ったほうがいいと思う。
その反面、全く意識されていない故での行動と考えると悔しさがある。
全く意識されないのは悔しい。
しかし、意識されてお風呂上がりの顔が見られなくなるのももったいない。
矛盾しているが、あの時に見た王女ではなく、店長に対して自分がどんな気持ちを持っているのか、まずそれを確かめてから行動に移すべきだ。
コーヒーを飲み干して、俺も自分の部屋に戻った。
私がフードの人を避けようとしている一方で、その人は頻繁に店に来るようになった。
でも、食事をして本を読んでいるだけだ。
何か言ってきたらどうしよう、とびくびくしているけれど、ただ本を読みに来ているだけ?
そんなことを考えながら、今日もいつも通り接客する。
お客さんが増えても、子どもたちやカイルさんがいるおかげで大変ではない。
すると、新しいお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「おい、この店の店長を出せ」
「早くしろよ」
今まであまり関わったことのない、ガラの悪い人たちだ。
何の用があるのだろうか。
「私がここの店長ですが……」
「おう、お前か。盗品を扱っているのは」
「盗品?」
「ここに置いてある本が盗品だという声があってな。調べるために全部持っていくぞ。お前ら、本を全部持ってこい」
「「「はい」」」
「や、やめてください! それに盗品なんかじゃないです!」
入り口で揉めていると、カイルさんがやってきた。さりげなく私を後ろに隠してくれる。
「おい、何をしている」
「なにって、盗品を回収しているんだが」
「ここには盗品なんて置いてない」
「そんなの関係ねぇんだよ! 盗品を調べるんだ! 邪魔するんじゃねえ!」
「カイルさん!」
知らない男がカイルさんを突き飛ばす。
危ないと思って近寄ろうとしたが、その必要はなかった。
「痛え!」
「それは騎士団が調べて正式にわかったものか?」
「ちげえよ! だからこれから調べるんだ」
「騎士団の証書も無しに勝手に持ち去ることはできない」
カイルさんは突き飛ばそうとした人の腕を捻り上げた。
鋭い眼光で本を袋に詰め込もうとする人を睨む。
威勢よく怒鳴っていた人達も、だんだん静かになってしまった。
「もう一度言う。騎士団を通してから本を取りに来い。証書も無しに来るな」
腕を捻り上げたまま言い、乱暴に手を離した。
腕を庇いながらも、男が舌打ちをしながら出ていく。
ぞろぞろと出て行く人たちを見て、床に座り込んでしまった。
力が抜けた私に、カイルさんが駆け寄った。
「店長、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。安心したら力が抜けてしまって……あの、ありがとうございました」
座ったままで申し訳ないが、丁寧に頭を下げる。するとカイルさんが膝に手を入れ、私を抱え上げた――俗に言うお姫様抱っこだ。
「失礼」
「え、きゃ!」
そのままカウンター内側に座らせる。
恥ずかしくて顔を上げられない。絶対赤くなってるだろうなと思いながら座り直すと、カイルさんが真剣な声で話し始めた。
「さっきの人たちが言っていた盗品とはどういう意味だ? もちろん、疑っているわけではない。強制的に押収できるのは、騎士団が調べて証書があるときだけだ」
「さっきは本当に助かりました。私も何がなんだか分からなくて……ここにある本は、以前いた所から持ってきたものと、開店前に街の人たちから譲ってもらった本なので……どうして盗品なんて……」
全く身に覚えがなく悩んでいると、ドア付近から声が聞こえてきた。
「誰かが本の価値に気づいて横取りしようとしたんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
フードの人だ。そのまま説明を続けている。
ここにある本の多くは貴重な文書や資料で、貴族しか持っていないようなものもある。
それを狙ってさっきの人たちを送ったのではないか、という話だった。
「なるほど……」
「ヨーナンさん」
同意する声はヨーナンさんだった。彼もこの店の常連で、食事後に本を読んで過ごしている。
カイルさんと知り合いらしく、会うといつも会釈している。
「だから、ヨーナンさんが……」
「カイルさんは気づいたのですか? でもそんな価値のある本なんて……」
「私の教え子はもう少し賢かったはずなのだが……」
「え?」
教え子という言葉に反応して、フードの人を見ると、やれやれと言うように私を外した。
「先生!」
「いつ気づくかと思っていたが、最後まで気づかなかったな。私のことはもう忘れてしまった?」
フードの人の正体は、城で数少ない優しくしてくれた、家庭教師の先生だった。
「先生! なんで言ってくれなかったんですか!」
「普段の様子を見ようと思って。それに、いつ気づくか試してたんだ」
「じゃあ、初めて会った日からわかってたんですか?」
「そうだ。あの時、私はサラーシャ様とは言っても、ソシリス王国の王女とは言っていない。パーティーにもあまり出ていなかったから、名はそこまで知られていないはずだ。もっと考えて言い訳しろ」
そうだったのか……。先生から真相を聞いて、一気に気が抜けた。
あんなに頑張って避けていたのにまさか先生だったなんて。
王女のことを話すときは声を小さくしてくれるけど、ここでは聞かれるかもしれない。別の場所で話したい。
カイルさんが不思議そうに聞いてきた。
「すまんが、お互い知り合いだったのか?」
「あ、カイルさん。はい、私の家庭教師だったテナード先生です。今まで気づかなかったのですが、かなりお世話になった方でして……」
「サラの家庭教師だったテナードだ」
「カイルだ」
二人が挨拶をしている。先生と色々話をしたいけど、誰にも聞かれない場所といえば……
「先生! お話があるので、夕方過ぎに私の部屋に来てくれませんか?」
「わかった」
「部屋!?」
なぜかカイルさんが驚いている。少し前までは私の部屋で授業を受けていたのだ。
「ヒナも行きたい!」
「あ、ごめんねヒナ。これは二人だけで話すことだから、また今度にしようね」
ヒナも来たがったが、これは誰にも聞かれてはいけない話。
私がいなくなった後どうなっているか、捜索隊がどう動いているかを知りたいのだ。
「別に店内でもいいんじゃないか?」
「でも、あまり聞かれたくないことだから……」
カイルさんは、わざわざ部屋に行く必要はないと提案したが、店内だと誰かが来たら知られてしまうため断った。
先生はその様子を見て、クッと笑っている。
カイルさんは納得しなかったが、ここでの話は終わらせ、仕事に戻った。
私たちがいない間、テルが頑張ってくれたらしい。
居合わせた人も「災難だったね」など、好意的な言葉をかけてくれた。
そうしているうちに夕方になり、一旦外へ出ていた先生も、つい先程戻ってきた。
「お待たせしました、先生。こっちに部屋があります」
片付けを三人に頼んで、先生を自室へ案内する。
軽く椅子とテーブルを整えて向き合った。
「早速ですが、私が国を出た後のことを聞きたいのです」
「わかった。しかし私も最近の様子は知らない。いいな?」
「はい」
頷くと、先生は城を出た後のことを話し始めた。
「最初は誘拐の疑いがあったが、身代金などの要求がないこと、お前の部屋から本や宝石がなくなっていたことから、自分で脱走したと結論が出た。そしてもちろん、捜索隊も国内を探すだけだ。王妃の指示かはわからないが、本気で探しているようには見えない」
「そうですか……」
ひとまず見つからなさそうだと安心した。
続けて、今度は先生から質問される。
「ここに置いてある本が貴重だと言ったが、あれは城にあった本か?」
「え、そうです。……部屋に置いてあったものを持ってきました」
「つまり、お前の部屋にあったということは、城の中から持ってきたわけだ。城の貴重な書物をこんなに。もし盗まれたら大変なことになる」
先生の言葉に目から鱗が落ちた。
そうだ、私の部屋にあったとしても、元は城のもの。貴重に決まっている。
もしかして、高い頻度で本を読みに来るお客さんは、知っていて来ているのかも……。
持って行かれなくて、本当に良かった。
「そういえば先生、なぜこの国に?」
「教え子が城を抜け出して一人で暮らせているか、確認しに来ただけだ」
「でも、どうやって?」
「私くらいの魔法士になると、人の魔力をたどれる。お前の魔力は今まで見てきたからすぐわかった」
「え、魔力ってたどれるんですか! ……私がここにいることを報告しますか……?」
魔力をたどれることに驚いたが、それより大事な質問だ。
先生はソシリス王国に仕える魔法士で、若い頃からお城に出入りしていた。
家庭教師になったのもその縁だ。
「ふん、今更だ。報告はしないから安心しろ」
「ありがとうございます!」
やっぱり優しい。
口は悪いけど、本当に困ったときは助けてくれる。
子供の頃、いじめられて倉庫に閉じ込められた時も見つけてくれた。
嬉しくなってニコニコしていると、目線に気づいた先生がフイッと横を向いた。
頭の中が読めるのか、ツンデレだとニヤニヤしていたら、デコピンされた。
懐かしい気持ちで部屋を出て、お店の出口まで先生を見送る。
するとカイルさんがやってきた。
「店長とテナードさんは昔から知り合いか?」
「そうです。とてもお世話になりました。この店の人気メニューのアイスも、元は先生から魔法を教えてもらって使えるようになったんです」
「ずっと思っていたが、店長は魔法が使えるんだな」
「はい。アイスを冷やすくらいしかできませんが。父も魔法を使えたので、私も受け継いだみたいです」
「そうだったのか……。貴族かと思っていたが違ったか」
「まさか。貴族様はもっと凄い魔法を使いますよ」
危なかった。
いい感じに誤解してくれたので、そのまま話を進める。
「ところでカイルさん、何をされていたんですか? 飲み物を飲みに?」
「いや……、いつまで部屋に一緒にいるのかと思って」
「先生が? 生徒だったころはいつも私の部屋でしたよ?」
「しかし、子供の頃とは違うんだから、気安く男を部屋に入れるな」
大きな声に驚く。カイルさんがこんな声を出すのは初めてだ。
躊躇いながらも話し始めた。
「……だから、もう店長も大人だ。いくら家庭教師だったとしてもあの人も男だ。夜だし、心配くらいはするだろう」
照れた顔で赤くなるカイルさんを見て、胸がドキッとした。
私のことを心配してくれていたんだ。じわじわ嬉しさが込み上げる。
「大丈夫ですよ。昔のことを話しただけです。それに今日のことも少し……」
あの本は城から持ってきた貴重なものだとは言えず、曖昧に話す。
またガラの悪い人が来たら、本を守れるかな、と不安に思う。
「また来たらどうしよう……」
カイルさんは安心させるように頷いた。
「もしまた来ても、オレが追い払うから気にせず接客してろ」
ぶっきらぼうだけど、私への優しさで溢れた言葉だ。
少し先生に似ているなと思い、クスッと笑うと怪訝な顔をされた。
顔を見ながら、この店に来てくれてよかったと心から思った。
その顔を見るともやっとした気持ちになるが、人気があるのも納得できるのだ。
笑顔で出迎え、優しく接客し、コンテストでは息をのむような美しさを見せた。
美人で誰にでも分け隔てなく接するのだから、人気が出ないほうがおかしい。
ここで過ごしていて、何の問題もないと言いたいところだが、色々支障が出てくる。
今になって、やっとエリオールが言っていたことの意味が理解できた。
あいつは去り際に「我慢しろよ」と言って帰っていったのだ。
俺の初恋の人に似た顔で、朝食を共にし、子どもたちと一緒に仕事をし、夕食も共にする。
まるで夫婦のようだと感じてしまうせいか、ヒナに「お父さんみたい」と言われて動揺した。
この子も、自分の子ではないのにまるで本当の家族のように可愛がっている。二人とも懐いていて微笑ましい。
極め付けは夜だ。お風呂上がりの格好で、飲み物を飲むためにキッチンにやってくる。
相手は何とも思っていないようだが、こちらはかなりしんどい。
火照った顔で、書類を作成していた俺のところに来て一言二言話し、「おやすみなさい」と言って部屋に行く。
店長が見えなくなった瞬間、つい頭を抱えてしまう。どうしてそんなに無防備なのか。
護衛として役目がある男であっても、恋仲でもない。もう少し警戒心を持ったほうがいいと思う。
その反面、全く意識されていない故での行動と考えると悔しさがある。
全く意識されないのは悔しい。
しかし、意識されてお風呂上がりの顔が見られなくなるのももったいない。
矛盾しているが、あの時に見た王女ではなく、店長に対して自分がどんな気持ちを持っているのか、まずそれを確かめてから行動に移すべきだ。
コーヒーを飲み干して、俺も自分の部屋に戻った。
私がフードの人を避けようとしている一方で、その人は頻繁に店に来るようになった。
でも、食事をして本を読んでいるだけだ。
何か言ってきたらどうしよう、とびくびくしているけれど、ただ本を読みに来ているだけ?
そんなことを考えながら、今日もいつも通り接客する。
お客さんが増えても、子どもたちやカイルさんがいるおかげで大変ではない。
すると、新しいお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「おい、この店の店長を出せ」
「早くしろよ」
今まであまり関わったことのない、ガラの悪い人たちだ。
何の用があるのだろうか。
「私がここの店長ですが……」
「おう、お前か。盗品を扱っているのは」
「盗品?」
「ここに置いてある本が盗品だという声があってな。調べるために全部持っていくぞ。お前ら、本を全部持ってこい」
「「「はい」」」
「や、やめてください! それに盗品なんかじゃないです!」
入り口で揉めていると、カイルさんがやってきた。さりげなく私を後ろに隠してくれる。
「おい、何をしている」
「なにって、盗品を回収しているんだが」
「ここには盗品なんて置いてない」
「そんなの関係ねぇんだよ! 盗品を調べるんだ! 邪魔するんじゃねえ!」
「カイルさん!」
知らない男がカイルさんを突き飛ばす。
危ないと思って近寄ろうとしたが、その必要はなかった。
「痛え!」
「それは騎士団が調べて正式にわかったものか?」
「ちげえよ! だからこれから調べるんだ」
「騎士団の証書も無しに勝手に持ち去ることはできない」
カイルさんは突き飛ばそうとした人の腕を捻り上げた。
鋭い眼光で本を袋に詰め込もうとする人を睨む。
威勢よく怒鳴っていた人達も、だんだん静かになってしまった。
「もう一度言う。騎士団を通してから本を取りに来い。証書も無しに来るな」
腕を捻り上げたまま言い、乱暴に手を離した。
腕を庇いながらも、男が舌打ちをしながら出ていく。
ぞろぞろと出て行く人たちを見て、床に座り込んでしまった。
力が抜けた私に、カイルさんが駆け寄った。
「店長、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。安心したら力が抜けてしまって……あの、ありがとうございました」
座ったままで申し訳ないが、丁寧に頭を下げる。するとカイルさんが膝に手を入れ、私を抱え上げた――俗に言うお姫様抱っこだ。
「失礼」
「え、きゃ!」
そのままカウンター内側に座らせる。
恥ずかしくて顔を上げられない。絶対赤くなってるだろうなと思いながら座り直すと、カイルさんが真剣な声で話し始めた。
「さっきの人たちが言っていた盗品とはどういう意味だ? もちろん、疑っているわけではない。強制的に押収できるのは、騎士団が調べて証書があるときだけだ」
「さっきは本当に助かりました。私も何がなんだか分からなくて……ここにある本は、以前いた所から持ってきたものと、開店前に街の人たちから譲ってもらった本なので……どうして盗品なんて……」
全く身に覚えがなく悩んでいると、ドア付近から声が聞こえてきた。
「誰かが本の価値に気づいて横取りしようとしたんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
フードの人だ。そのまま説明を続けている。
ここにある本の多くは貴重な文書や資料で、貴族しか持っていないようなものもある。
それを狙ってさっきの人たちを送ったのではないか、という話だった。
「なるほど……」
「ヨーナンさん」
同意する声はヨーナンさんだった。彼もこの店の常連で、食事後に本を読んで過ごしている。
カイルさんと知り合いらしく、会うといつも会釈している。
「だから、ヨーナンさんが……」
「カイルさんは気づいたのですか? でもそんな価値のある本なんて……」
「私の教え子はもう少し賢かったはずなのだが……」
「え?」
教え子という言葉に反応して、フードの人を見ると、やれやれと言うように私を外した。
「先生!」
「いつ気づくかと思っていたが、最後まで気づかなかったな。私のことはもう忘れてしまった?」
フードの人の正体は、城で数少ない優しくしてくれた、家庭教師の先生だった。
「先生! なんで言ってくれなかったんですか!」
「普段の様子を見ようと思って。それに、いつ気づくか試してたんだ」
「じゃあ、初めて会った日からわかってたんですか?」
「そうだ。あの時、私はサラーシャ様とは言っても、ソシリス王国の王女とは言っていない。パーティーにもあまり出ていなかったから、名はそこまで知られていないはずだ。もっと考えて言い訳しろ」
そうだったのか……。先生から真相を聞いて、一気に気が抜けた。
あんなに頑張って避けていたのにまさか先生だったなんて。
王女のことを話すときは声を小さくしてくれるけど、ここでは聞かれるかもしれない。別の場所で話したい。
カイルさんが不思議そうに聞いてきた。
「すまんが、お互い知り合いだったのか?」
「あ、カイルさん。はい、私の家庭教師だったテナード先生です。今まで気づかなかったのですが、かなりお世話になった方でして……」
「サラの家庭教師だったテナードだ」
「カイルだ」
二人が挨拶をしている。先生と色々話をしたいけど、誰にも聞かれない場所といえば……
「先生! お話があるので、夕方過ぎに私の部屋に来てくれませんか?」
「わかった」
「部屋!?」
なぜかカイルさんが驚いている。少し前までは私の部屋で授業を受けていたのだ。
「ヒナも行きたい!」
「あ、ごめんねヒナ。これは二人だけで話すことだから、また今度にしようね」
ヒナも来たがったが、これは誰にも聞かれてはいけない話。
私がいなくなった後どうなっているか、捜索隊がどう動いているかを知りたいのだ。
「別に店内でもいいんじゃないか?」
「でも、あまり聞かれたくないことだから……」
カイルさんは、わざわざ部屋に行く必要はないと提案したが、店内だと誰かが来たら知られてしまうため断った。
先生はその様子を見て、クッと笑っている。
カイルさんは納得しなかったが、ここでの話は終わらせ、仕事に戻った。
私たちがいない間、テルが頑張ってくれたらしい。
居合わせた人も「災難だったね」など、好意的な言葉をかけてくれた。
そうしているうちに夕方になり、一旦外へ出ていた先生も、つい先程戻ってきた。
「お待たせしました、先生。こっちに部屋があります」
片付けを三人に頼んで、先生を自室へ案内する。
軽く椅子とテーブルを整えて向き合った。
「早速ですが、私が国を出た後のことを聞きたいのです」
「わかった。しかし私も最近の様子は知らない。いいな?」
「はい」
頷くと、先生は城を出た後のことを話し始めた。
「最初は誘拐の疑いがあったが、身代金などの要求がないこと、お前の部屋から本や宝石がなくなっていたことから、自分で脱走したと結論が出た。そしてもちろん、捜索隊も国内を探すだけだ。王妃の指示かはわからないが、本気で探しているようには見えない」
「そうですか……」
ひとまず見つからなさそうだと安心した。
続けて、今度は先生から質問される。
「ここに置いてある本が貴重だと言ったが、あれは城にあった本か?」
「え、そうです。……部屋に置いてあったものを持ってきました」
「つまり、お前の部屋にあったということは、城の中から持ってきたわけだ。城の貴重な書物をこんなに。もし盗まれたら大変なことになる」
先生の言葉に目から鱗が落ちた。
そうだ、私の部屋にあったとしても、元は城のもの。貴重に決まっている。
もしかして、高い頻度で本を読みに来るお客さんは、知っていて来ているのかも……。
持って行かれなくて、本当に良かった。
「そういえば先生、なぜこの国に?」
「教え子が城を抜け出して一人で暮らせているか、確認しに来ただけだ」
「でも、どうやって?」
「私くらいの魔法士になると、人の魔力をたどれる。お前の魔力は今まで見てきたからすぐわかった」
「え、魔力ってたどれるんですか! ……私がここにいることを報告しますか……?」
魔力をたどれることに驚いたが、それより大事な質問だ。
先生はソシリス王国に仕える魔法士で、若い頃からお城に出入りしていた。
家庭教師になったのもその縁だ。
「ふん、今更だ。報告はしないから安心しろ」
「ありがとうございます!」
やっぱり優しい。
口は悪いけど、本当に困ったときは助けてくれる。
子供の頃、いじめられて倉庫に閉じ込められた時も見つけてくれた。
嬉しくなってニコニコしていると、目線に気づいた先生がフイッと横を向いた。
頭の中が読めるのか、ツンデレだとニヤニヤしていたら、デコピンされた。
懐かしい気持ちで部屋を出て、お店の出口まで先生を見送る。
するとカイルさんがやってきた。
「店長とテナードさんは昔から知り合いか?」
「そうです。とてもお世話になりました。この店の人気メニューのアイスも、元は先生から魔法を教えてもらって使えるようになったんです」
「ずっと思っていたが、店長は魔法が使えるんだな」
「はい。アイスを冷やすくらいしかできませんが。父も魔法を使えたので、私も受け継いだみたいです」
「そうだったのか……。貴族かと思っていたが違ったか」
「まさか。貴族様はもっと凄い魔法を使いますよ」
危なかった。
いい感じに誤解してくれたので、そのまま話を進める。
「ところでカイルさん、何をされていたんですか? 飲み物を飲みに?」
「いや……、いつまで部屋に一緒にいるのかと思って」
「先生が? 生徒だったころはいつも私の部屋でしたよ?」
「しかし、子供の頃とは違うんだから、気安く男を部屋に入れるな」
大きな声に驚く。カイルさんがこんな声を出すのは初めてだ。
躊躇いながらも話し始めた。
「……だから、もう店長も大人だ。いくら家庭教師だったとしてもあの人も男だ。夜だし、心配くらいはするだろう」
照れた顔で赤くなるカイルさんを見て、胸がドキッとした。
私のことを心配してくれていたんだ。じわじわ嬉しさが込み上げる。
「大丈夫ですよ。昔のことを話しただけです。それに今日のことも少し……」
あの本は城から持ってきた貴重なものだとは言えず、曖昧に話す。
またガラの悪い人が来たら、本を守れるかな、と不安に思う。
「また来たらどうしよう……」
カイルさんは安心させるように頷いた。
「もしまた来ても、オレが追い払うから気にせず接客してろ」
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