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1、『ブックカフェ ラーシャ』
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暑くなってきた定休日。
アイスもいいけど、かき氷も食べたくなってきた。
さっぱりした味に、少し豪華に果物を乗せると最高だ。新しいメニューにかき氷を加えようと思い、テルに相談した。
「ねえテル、最近さらに暑くなってきたでしょ? アイスとは違ったメニューを出そうと思うんだけど、どうかな?」
「いいと思うよ。それって今作れるの?」
「まず氷を作って細かく砕く道具が必要なの。どこかで売ってるか、作ってくれる場所があるといいんだけど」
「それならニックさんの工房がオススメだよ。仕事が丁寧で、出来るのも早いって評判の工房なんだ」
「そうなの? じゃあ今から行ってみるね」
「外に出るのか。なら俺がついていく」
工房に行くことになり、カイルさんも一緒に来てくれることになった。
場所もよくわからないし、迷子になっても嫌よね。
「それじゃあテル、冷蔵庫にジュースとお菓子があるから、後でヒナとおやつにしてね」
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
カイルさんと一緒に工房まで歩く。
外で二人きりで歩くのは初めてで、少し楽しい。
食材の仕入れも普段は一人で済ませているので、二人で歩くのは新鮮だ。
「初めてですね、外を二人で歩くのって」
「そうだな。本当は店長が一人で出かける時は危ないから、一緒に行けたらいいんだが……時々仕事場の様子も見ないと不安だからな」
カイルさんはよく、カフェの営業時間後や定休日にどこかに行っている。今も、本来の仕事を休んで付き合ってくれるのだろう。
前に兵士みたいな職業だと言っていたけど、何をしているんだろう。
私も、周りに言えない秘密が多いけれど、一緒に住んでいる人たちのことも詳しくはわかっていない。
テルやヒナも、お母さんやお父さんたちと一緒にいたときのことや、少年たちのグループに入っていたときに何をしていたのかは聞いていない。
話したくないこともあるだろうと思って、詳しくは聞いてこなかった。
それに、カイルさんなんて改めて考えると、はっきりわかっているのは名前だけだ。
そして、たまに来るエリオールさんと仲がいいことくらい。
いつか、みんなのことをちゃんと知れる日が来るといいな。
一緒に住んでいる人たちのことを考えていると、いつの間にか目的地に着いたらしい。
看板には「ニック工房」と書かれている。
「あのー、すみません」
中に入ると、所狭しと作ったものであろう製品が並んでいた。声をかけると、奥から腕の筋肉がすごいおじさんがやってきた。
「何の用だ?」
「こんにちは。あの、氷を削る機械を探していまして。こちらで売っているか、作っていただくことはできますか?」
「氷を削る機械? 野菜とかを削ったり潰す料理器具ならあるが、氷なんて硬いものを削るやつはなかったはずだ。ちょっと待ってろ」
奥に戻ると、ガサゴソと何かを探してからまた戻ってきた。手に機械を持っている。
「とりあえず、今あるやつはこれだな。氷を削ってどうするんだ? 使い道を聞いて作れそうだったら、それに合わせたものを作ってやる」
「本当ですか? 実はカフェを経営していて、最近暑くなってきたから新しいメニューを作ろうと思ったんです。氷を削って、その削ったものにシロップや果物を乗せて食べるんです! この時期は絶対に美味しく感じます!」
つい、かき氷のことを聞かれた食欲も手伝って熱弁してしまった。ニックさんは考え込んでいる。
「それなら多分作れる。2日あれば作れるから、3日後にまたここに来い」
「ありがとうございます!」
3日後にまた来る約束をして、私たちは工房から出てきた。よかった、またかき氷が食べられる。夏にかき氷を食べないと、夏って感じがしないよね。
「店長、よかったな」
「はい、これで安心です」
カイルさんとおしゃべりしながらお店へ戻る。ルンルン気分でお店の近くに来ると、お店の前に人だかりができていた。
「カイルさん!」
いったい何があったのかと駆け寄ろうとすると、その前にカイルさんが人だかりの中に走って行った。
私も急いでついていき、人だかりの中をくぐり抜ける。すると、お店の前には馬車が止まっていた。
「馬車!?」
慌てて近くにいた人に声をかける。
お店に馬車で乗ってくるような人なんていない。
何があったのかだけでも知りたかった。
「何があったんですか!?」
「ん? ああ、なんでもお貴族様が柄の悪い人たちを連れてきたらしいんだが、お店のドアに鍵がかかっていて入れなかった。だから窓を割って入ってきたんだ」
「そんな!」
子どもたち二人しかいないから、防犯のために鍵を閉めたのが仇になったのか。
2人は無事なの!?
教えてくれた人へのお礼もそこそこに、お店の中に駆け込んだ。
すると教えてもらった通り、窓が割れていた。
ガラスが散らばっている。
中を見ると、本も散らばっており、少し前にお店に来た人たちがいた。
やっぱりあの人たちだったんだ。
子どもたちを探すと、近くに座り込んでいた。テルの顔は赤く腫れ、ヒナが泣きながら抱きついている。
「テル! ヒナ!」
走って行って2人を抱きしめる。
ヒナはすぐ私に抱きついてくる。
そのままテルの顔を見ると、口の端が切れているようだ。
子どもにこんなひどいことをするなんて……怒りで目の前が真っ白になった。
「テル、何があったの?」
「サラさん達が出かけたあと、2人でおやつを食べていたんだ。そしたら馬車で誰かがやってきて、ドアを開けろって言ってきた。でも、この間の怖い人たちだったから開けなかったんだ。そしたら棒みたいので窓を割って入ってきて、本棚のところへ行き、袋に本を入れ始めたんだ」
「お兄ちゃんね、本を持って行かないでってあの人たちに言ったの。そしたら怒鳴られて顔をぶたれたの。ヒナ、怖くてずっとお兄ちゃんと一緒にいたの。そしたらカイルお兄ちゃんが来てくれたの」
大体の話を聞いて事情を把握した。テルは小さな体で一生懸命守ろうとしてくれたんだ。
「テル、ありがとう。本を守ろうとしてくれて嬉しいよ。でもね、テル。本よりもテルの方が大事だから、これからは危ないと思ったら逃げてね」
腫れたほっぺたを撫でながら伝える。本も大事だけど、2人に何かあった方が嫌だ。
初めは、子どもが満足に食事も取れない環境にいて欲しくなくてここに住むように言った。
全員は無理でも、2人だけでも幸せに過ごせたらと。
でも、一緒に生活してみるとヒナは可愛く、テルは表情で感情を伝えてくれる。
お店の仕事も楽しそうにしていて、私もこの子たちが大好きになっていた。
しかし、今回のことは許せない。
今はカイルさんひとりで睨み合っている状態だ。
動きが止まったようだが、人数差には勝てない。どうすれば……と考えていると、でっぷりした男が歩いてきた。
「こんにちは。この店の店長さんですか?」
「そうですが、何か。なぜこんなことを?」
「いやぁ、少し前にも伺ったのですが帰されてしまったので、今回は私が直々に来たんですよ」
「何が言いたいのですか?」
「もちろん、盗品を押収するのです。こんな場末のカフェに置けるものじゃない。貴重な本がこんなに。だから親切で、然るべき場所に戻してあげようということです」
「押収は騎士団の証書がないとできないと伺ったのですが」
「そうですか? そんなに見たいなら……」
男が後ろに手をやると、執事服の男性が紙を持ってきた。それを受け取り、私たちに見せる。
「ほら、見なさい。騎士団の判子が押してあるでしょう? 正式な書類です」
「ばかな……」
カイルさんが呟くが、騎士団が調査に来たことなんて一度もない。
証書が作られているなんておかしい。
威勢よく男が話しているが、途中でカイルさんの剣に気づいたようた。男の顔が青ざめる。
「兵士を呼んできたぞ!」
誰かの声が聞こえた後、すぐ兵士が駆けつけてきた。
呆然としてる最中もカイルさんが兵士と話している。
剣を見せて何か話し出した途端、本を詰め込んでいた男達が一斉に店から逃げ出した。
最終的にでっぷり男だけが残る。
何がどうなっているのかわからなそうな男をカイルさんは証書偽造と強盗の現行犯で逮捕を命じ、兵士たちが拘束した。
「店長、すまない。俺は片付けを手伝えないから、ビートを呼んで手伝ってもらってくれ」
そう言い残して、カイルさんは兵士たちの後をついて行った。
店内には私とテル、ヒナだけ。
去り際に聞こえた一言。
「……カイルさん、近衛騎士だったの?」
驚き動けないでいると、テルの顔に目がいった。
腫れがさらにひどくなっている。
「テル! 治療するからこっちにきて」
テルの腕を引き、奥に入る。
わたわたと消毒液などを探すと、テルがクスッと笑った。
「なんか初めて会った日みたいだよね。あの時も僕の怪我を治してくれた」
「だって傷が痛々しかったし、放っておけなかったから」
ヒナもおまじないをかけてくれる。
「痛いの痛いの飛んでいけー! お兄ちゃんの痛いの飛んでけー!」
「ありがとうヒナ。もう大丈夫。少し痛みが和らいだ気がするよ」
何度もおまじないをやるヒナに、テルが声をかける。
ヒナもお礼を言われて嬉しそうに笑う。
治療を終えると、ビートがドタバタとやってきた。
「おいサラ! 子どもたちも無事か!?」
額に汗を浮かべ、テルの頬を心配そうに撫でるビートに、起こったこととカイルさんが近衛騎士であるらしいことを話した。
「何だよそれ!まさか本を手に入れるために、わざわざ証書まで偽造したのかよ! いったいどんな価値があるってんだ」
「そうなの。それで止めようとしたテルが殴られて……」
「サイテーだな、そいつら。で、あいつが近衛騎士団だったぁ? なんでそんなお偉い人がここに……。言われてみれば、いつもギャルソンエプロンの下に剣を差してたけど」
「ちゃんと考えれば気付くときはたくさんあったのに。裏で鍛錬していて、王族を守るために腕がなまらないようにしていたんだ」
「でもよ、王族を守るはずがどうしてここで暮らせているんだ? いくら知り合いが危ないからと言っても、こんな長い時間仕事を休むってできるのか?」
「わかんない……。普通はできないと思うけど」
私は視線を、カイルさんが出て行ったドアに移す。帰ってきたら、きっと理由を教えてくれるかな……。
なぜ私を守ってくれていたのか、聞き出す決意を固めた。
結局、その日にカイルさんは帰ってこなかった。
代わりに、騒ぎを聞きつけて来た先生が、魔法で窓の応急処置をしてくれた。そのままだと、人が勝手に入ってきてしまうからだ。
5人で散らばった本を片付け、窓の破片などを掃除する。ビートが帰るときにはお礼を伝えると、また何かあったら頼るように言ってくれた。
ここに残っているのは、私と先生だけ。
今回のこともあって、本をどうすればいいか相談を持ちかけた。子どもたちはその間、お風呂に入るように言ってある。
「先生、私がお城から持ってきた本は、ここに置いておかないほうが安全ですよね?」
せっかく持ってきた本を誰も読まないところにしまっておくのはもったいない気がする。
でも、今回みたいなことが起こるなら、そうするしかない。
先生は少し考え込んでから、答えてくれた。
「そうするのも一つの手だ。だが、ここに貴重な本があることは、今回の騒動で広まってしまっただろう。今更隠しても仕方ない。それよりも、本に魔法をかけたほうがよっぽど安全だ」
「魔法? 本に?」
「そうだ。幸い、今なら俺がいる。魔法で悪意を持った者はその本を開けないように封印すればいい」
「なるほど! 正規の手段以外で本を手に入れた人は開けられなくなる、と。そしてそれを噂で広めれば、今回みたいなことも起きにくくなりますね!」
「そういうことだ。では、早速取り掛かるぞ」
「はい。あ、でも私、そんな魔法はできません」
「ふん。そんなことはわかっている。だから、俺の補助をしろ」
「わかりました! 補助くらいなら手伝えます」
私は先生に言われるがまま、魔法の準備をした。
貴重な本を全て先生のもとに運び込む。
どんなに軽いものでも、封印魔法は神経を使う。
間違えれば解けなくなってしまうこともある。
できるだけ邪魔にならないように部屋の端に座った。
先生は目を閉じ、手に力を集め始めた。青とも白とも言えない光が次第に大きくなる。
じっと息を潜めて見守っていると、パンッと音がして光が弾け、本に降りかかるように粒が舞った。
「成功だ。これで、本の内容に興味がある者しか読むことはできない」
先生は額の汗を拭い、少しだけほっとした表情を見せる。
私はさっぱりとしたジュースを持ってきた。
「先生、ありがとうございました。これ、さっぱりしたジュースです。おいしいと思うので、飲んでみてください」
先生は受け取ると、一気にゴクゴクと飲み干す。本当に疲れているのだろう。
神経を使いながら大量の本に一斉に魔法をかけたのだから、当然だ。
私はなぜここまでしてくれるのか、疑問に思うが、聞くのをやめ、代わりにカイルさんのことを相談する準備をした。
アイスもいいけど、かき氷も食べたくなってきた。
さっぱりした味に、少し豪華に果物を乗せると最高だ。新しいメニューにかき氷を加えようと思い、テルに相談した。
「ねえテル、最近さらに暑くなってきたでしょ? アイスとは違ったメニューを出そうと思うんだけど、どうかな?」
「いいと思うよ。それって今作れるの?」
「まず氷を作って細かく砕く道具が必要なの。どこかで売ってるか、作ってくれる場所があるといいんだけど」
「それならニックさんの工房がオススメだよ。仕事が丁寧で、出来るのも早いって評判の工房なんだ」
「そうなの? じゃあ今から行ってみるね」
「外に出るのか。なら俺がついていく」
工房に行くことになり、カイルさんも一緒に来てくれることになった。
場所もよくわからないし、迷子になっても嫌よね。
「それじゃあテル、冷蔵庫にジュースとお菓子があるから、後でヒナとおやつにしてね」
「わかった。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
カイルさんと一緒に工房まで歩く。
外で二人きりで歩くのは初めてで、少し楽しい。
食材の仕入れも普段は一人で済ませているので、二人で歩くのは新鮮だ。
「初めてですね、外を二人で歩くのって」
「そうだな。本当は店長が一人で出かける時は危ないから、一緒に行けたらいいんだが……時々仕事場の様子も見ないと不安だからな」
カイルさんはよく、カフェの営業時間後や定休日にどこかに行っている。今も、本来の仕事を休んで付き合ってくれるのだろう。
前に兵士みたいな職業だと言っていたけど、何をしているんだろう。
私も、周りに言えない秘密が多いけれど、一緒に住んでいる人たちのことも詳しくはわかっていない。
テルやヒナも、お母さんやお父さんたちと一緒にいたときのことや、少年たちのグループに入っていたときに何をしていたのかは聞いていない。
話したくないこともあるだろうと思って、詳しくは聞いてこなかった。
それに、カイルさんなんて改めて考えると、はっきりわかっているのは名前だけだ。
そして、たまに来るエリオールさんと仲がいいことくらい。
いつか、みんなのことをちゃんと知れる日が来るといいな。
一緒に住んでいる人たちのことを考えていると、いつの間にか目的地に着いたらしい。
看板には「ニック工房」と書かれている。
「あのー、すみません」
中に入ると、所狭しと作ったものであろう製品が並んでいた。声をかけると、奥から腕の筋肉がすごいおじさんがやってきた。
「何の用だ?」
「こんにちは。あの、氷を削る機械を探していまして。こちらで売っているか、作っていただくことはできますか?」
「氷を削る機械? 野菜とかを削ったり潰す料理器具ならあるが、氷なんて硬いものを削るやつはなかったはずだ。ちょっと待ってろ」
奥に戻ると、ガサゴソと何かを探してからまた戻ってきた。手に機械を持っている。
「とりあえず、今あるやつはこれだな。氷を削ってどうするんだ? 使い道を聞いて作れそうだったら、それに合わせたものを作ってやる」
「本当ですか? 実はカフェを経営していて、最近暑くなってきたから新しいメニューを作ろうと思ったんです。氷を削って、その削ったものにシロップや果物を乗せて食べるんです! この時期は絶対に美味しく感じます!」
つい、かき氷のことを聞かれた食欲も手伝って熱弁してしまった。ニックさんは考え込んでいる。
「それなら多分作れる。2日あれば作れるから、3日後にまたここに来い」
「ありがとうございます!」
3日後にまた来る約束をして、私たちは工房から出てきた。よかった、またかき氷が食べられる。夏にかき氷を食べないと、夏って感じがしないよね。
「店長、よかったな」
「はい、これで安心です」
カイルさんとおしゃべりしながらお店へ戻る。ルンルン気分でお店の近くに来ると、お店の前に人だかりができていた。
「カイルさん!」
いったい何があったのかと駆け寄ろうとすると、その前にカイルさんが人だかりの中に走って行った。
私も急いでついていき、人だかりの中をくぐり抜ける。すると、お店の前には馬車が止まっていた。
「馬車!?」
慌てて近くにいた人に声をかける。
お店に馬車で乗ってくるような人なんていない。
何があったのかだけでも知りたかった。
「何があったんですか!?」
「ん? ああ、なんでもお貴族様が柄の悪い人たちを連れてきたらしいんだが、お店のドアに鍵がかかっていて入れなかった。だから窓を割って入ってきたんだ」
「そんな!」
子どもたち二人しかいないから、防犯のために鍵を閉めたのが仇になったのか。
2人は無事なの!?
教えてくれた人へのお礼もそこそこに、お店の中に駆け込んだ。
すると教えてもらった通り、窓が割れていた。
ガラスが散らばっている。
中を見ると、本も散らばっており、少し前にお店に来た人たちがいた。
やっぱりあの人たちだったんだ。
子どもたちを探すと、近くに座り込んでいた。テルの顔は赤く腫れ、ヒナが泣きながら抱きついている。
「テル! ヒナ!」
走って行って2人を抱きしめる。
ヒナはすぐ私に抱きついてくる。
そのままテルの顔を見ると、口の端が切れているようだ。
子どもにこんなひどいことをするなんて……怒りで目の前が真っ白になった。
「テル、何があったの?」
「サラさん達が出かけたあと、2人でおやつを食べていたんだ。そしたら馬車で誰かがやってきて、ドアを開けろって言ってきた。でも、この間の怖い人たちだったから開けなかったんだ。そしたら棒みたいので窓を割って入ってきて、本棚のところへ行き、袋に本を入れ始めたんだ」
「お兄ちゃんね、本を持って行かないでってあの人たちに言ったの。そしたら怒鳴られて顔をぶたれたの。ヒナ、怖くてずっとお兄ちゃんと一緒にいたの。そしたらカイルお兄ちゃんが来てくれたの」
大体の話を聞いて事情を把握した。テルは小さな体で一生懸命守ろうとしてくれたんだ。
「テル、ありがとう。本を守ろうとしてくれて嬉しいよ。でもね、テル。本よりもテルの方が大事だから、これからは危ないと思ったら逃げてね」
腫れたほっぺたを撫でながら伝える。本も大事だけど、2人に何かあった方が嫌だ。
初めは、子どもが満足に食事も取れない環境にいて欲しくなくてここに住むように言った。
全員は無理でも、2人だけでも幸せに過ごせたらと。
でも、一緒に生活してみるとヒナは可愛く、テルは表情で感情を伝えてくれる。
お店の仕事も楽しそうにしていて、私もこの子たちが大好きになっていた。
しかし、今回のことは許せない。
今はカイルさんひとりで睨み合っている状態だ。
動きが止まったようだが、人数差には勝てない。どうすれば……と考えていると、でっぷりした男が歩いてきた。
「こんにちは。この店の店長さんですか?」
「そうですが、何か。なぜこんなことを?」
「いやぁ、少し前にも伺ったのですが帰されてしまったので、今回は私が直々に来たんですよ」
「何が言いたいのですか?」
「もちろん、盗品を押収するのです。こんな場末のカフェに置けるものじゃない。貴重な本がこんなに。だから親切で、然るべき場所に戻してあげようということです」
「押収は騎士団の証書がないとできないと伺ったのですが」
「そうですか? そんなに見たいなら……」
男が後ろに手をやると、執事服の男性が紙を持ってきた。それを受け取り、私たちに見せる。
「ほら、見なさい。騎士団の判子が押してあるでしょう? 正式な書類です」
「ばかな……」
カイルさんが呟くが、騎士団が調査に来たことなんて一度もない。
証書が作られているなんておかしい。
威勢よく男が話しているが、途中でカイルさんの剣に気づいたようた。男の顔が青ざめる。
「兵士を呼んできたぞ!」
誰かの声が聞こえた後、すぐ兵士が駆けつけてきた。
呆然としてる最中もカイルさんが兵士と話している。
剣を見せて何か話し出した途端、本を詰め込んでいた男達が一斉に店から逃げ出した。
最終的にでっぷり男だけが残る。
何がどうなっているのかわからなそうな男をカイルさんは証書偽造と強盗の現行犯で逮捕を命じ、兵士たちが拘束した。
「店長、すまない。俺は片付けを手伝えないから、ビートを呼んで手伝ってもらってくれ」
そう言い残して、カイルさんは兵士たちの後をついて行った。
店内には私とテル、ヒナだけ。
去り際に聞こえた一言。
「……カイルさん、近衛騎士だったの?」
驚き動けないでいると、テルの顔に目がいった。
腫れがさらにひどくなっている。
「テル! 治療するからこっちにきて」
テルの腕を引き、奥に入る。
わたわたと消毒液などを探すと、テルがクスッと笑った。
「なんか初めて会った日みたいだよね。あの時も僕の怪我を治してくれた」
「だって傷が痛々しかったし、放っておけなかったから」
ヒナもおまじないをかけてくれる。
「痛いの痛いの飛んでいけー! お兄ちゃんの痛いの飛んでけー!」
「ありがとうヒナ。もう大丈夫。少し痛みが和らいだ気がするよ」
何度もおまじないをやるヒナに、テルが声をかける。
ヒナもお礼を言われて嬉しそうに笑う。
治療を終えると、ビートがドタバタとやってきた。
「おいサラ! 子どもたちも無事か!?」
額に汗を浮かべ、テルの頬を心配そうに撫でるビートに、起こったこととカイルさんが近衛騎士であるらしいことを話した。
「何だよそれ!まさか本を手に入れるために、わざわざ証書まで偽造したのかよ! いったいどんな価値があるってんだ」
「そうなの。それで止めようとしたテルが殴られて……」
「サイテーだな、そいつら。で、あいつが近衛騎士団だったぁ? なんでそんなお偉い人がここに……。言われてみれば、いつもギャルソンエプロンの下に剣を差してたけど」
「ちゃんと考えれば気付くときはたくさんあったのに。裏で鍛錬していて、王族を守るために腕がなまらないようにしていたんだ」
「でもよ、王族を守るはずがどうしてここで暮らせているんだ? いくら知り合いが危ないからと言っても、こんな長い時間仕事を休むってできるのか?」
「わかんない……。普通はできないと思うけど」
私は視線を、カイルさんが出て行ったドアに移す。帰ってきたら、きっと理由を教えてくれるかな……。
なぜ私を守ってくれていたのか、聞き出す決意を固めた。
結局、その日にカイルさんは帰ってこなかった。
代わりに、騒ぎを聞きつけて来た先生が、魔法で窓の応急処置をしてくれた。そのままだと、人が勝手に入ってきてしまうからだ。
5人で散らばった本を片付け、窓の破片などを掃除する。ビートが帰るときにはお礼を伝えると、また何かあったら頼るように言ってくれた。
ここに残っているのは、私と先生だけ。
今回のこともあって、本をどうすればいいか相談を持ちかけた。子どもたちはその間、お風呂に入るように言ってある。
「先生、私がお城から持ってきた本は、ここに置いておかないほうが安全ですよね?」
せっかく持ってきた本を誰も読まないところにしまっておくのはもったいない気がする。
でも、今回みたいなことが起こるなら、そうするしかない。
先生は少し考え込んでから、答えてくれた。
「そうするのも一つの手だ。だが、ここに貴重な本があることは、今回の騒動で広まってしまっただろう。今更隠しても仕方ない。それよりも、本に魔法をかけたほうがよっぽど安全だ」
「魔法? 本に?」
「そうだ。幸い、今なら俺がいる。魔法で悪意を持った者はその本を開けないように封印すればいい」
「なるほど! 正規の手段以外で本を手に入れた人は開けられなくなる、と。そしてそれを噂で広めれば、今回みたいなことも起きにくくなりますね!」
「そういうことだ。では、早速取り掛かるぞ」
「はい。あ、でも私、そんな魔法はできません」
「ふん。そんなことはわかっている。だから、俺の補助をしろ」
「わかりました! 補助くらいなら手伝えます」
私は先生に言われるがまま、魔法の準備をした。
貴重な本を全て先生のもとに運び込む。
どんなに軽いものでも、封印魔法は神経を使う。
間違えれば解けなくなってしまうこともある。
できるだけ邪魔にならないように部屋の端に座った。
先生は目を閉じ、手に力を集め始めた。青とも白とも言えない光が次第に大きくなる。
じっと息を潜めて見守っていると、パンッと音がして光が弾け、本に降りかかるように粒が舞った。
「成功だ。これで、本の内容に興味がある者しか読むことはできない」
先生は額の汗を拭い、少しだけほっとした表情を見せる。
私はさっぱりとしたジュースを持ってきた。
「先生、ありがとうございました。これ、さっぱりしたジュースです。おいしいと思うので、飲んでみてください」
先生は受け取ると、一気にゴクゴクと飲み干す。本当に疲れているのだろう。
神経を使いながら大量の本に一斉に魔法をかけたのだから、当然だ。
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そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
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