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2、婚約者
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宿舎生活2日目。
朝食を済ませた私たちは、テルの希望で許可をもらって騎士団の訓練を見学することにした。
こんな機会は滅多にないので、私も楽しみだ。
朝からテンションの高いテルと、まだ眠そうなヒナ。
いつもより早起きしたせいで寝不足気味らしい。
食堂の時間が決まっているから仕方ないね。
別館前のベンチで待ち合わせると、カイルさんが鎧を身に着け、兜を手に歩いてくるのが見えた。
「うわぁ、かっこいい!」
「カイルお兄ちゃんが付けているの硬いね!」
テルが声を上げる。
確かに騎士の姿は男らしく、普段より格好良さが増している。
目を離せないでいると、ヒナが手の平で鎧を叩いて遊んでいた。
「ヒナ、叩かないの。カイルさんも訓練に?」
「ああ。今日のは一般騎士の訓練だが、実戦形式だ。近衛も混ざって戦う」
「カイルお兄ちゃんも戦うの?」
「そうだ。鎧を着けた訓練は月に2、3回しかない。本気の戦いだから、近衛騎士として負けられない」
迫力満点の実戦形式に、テルもワクワクしている。
思わず頭をなでるカイルさんに、テルは嬉しそうだ。やっぱり男の子だなと微笑む。
「ヒナも応援するよ! コリスお兄ちゃんも!」
「コリス?」
「昨日食堂で知り合って。肩車してくれたんです」
カイルさんの目つきが少し鋭くなる。
膝に座るヒナを思い浮かべ、密かに笑う私。
テルも気づかぬようクスクス笑っている。
話しているうちに訓練場に到着した。
観客席はそれほど広くはないが、見下ろす形で全体を見渡せる。
カイルさんは下に降り、私たちは日除けを準備。
騎士たちが集まり始める。
鎧の装飾や形が違うのは、近衛と一般の騎士の差だろう。
「整列!」の号令で二つのグループに分かれ、説明を受ける騎士たち。
短い話が終わると一斉に敬礼し、準備運動や素振りで体を温める。
やがて4人ずつが出て、一対一で向き合い対戦開始。
カンッと武器がぶつかる音に目が釘付けになる。
試合が終わると次の組が始まり、騎士たちの気迫に圧倒される。
ふと見ると、静かだったヒナが手を振り始めた。
あの人数の中から、カイルさんを見つけたらしい。
「カイルおにいちゃーん! 試合がんばってねー!」
ヒナの声は訓練場に響き渡り、騎士たちは一斉に上を見る。
名前を呼ばれたカイルさんは苦笑いしつつ手を振り返して、指さしで私たちの位置を説明する様子に、ちょっと恥ずかしい。
そのすぐ近くでコリスも発見。
「テル、ヒナ、コリスがあそこにいるよ」
「あ、いた! コリスおにいちゃーん!」
またもヒナが大声を上げる。
今度はコリスに注目が集まる。
訓練中なので、声をかけるのは少しまずいかもしれない。
「ヒナ、今は静かに応援しよう」
「うん!」
ざわざわした雰囲気の中、その日は静かに訓練を見学した。
サラや子供たちが寝静まった頃。
夜も更けているというのに、カイルは執務室に向かっていた。
先ほど、侍従から「急ぎの用件」と告げられ、宿舎から慌ててやってきたのだ。
寝るだけだったのに、呼び出しに苛立ちを覚えつつも、扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼致します」
返事を聞いて部屋に入り、扉を閉める。城内では気を抜けない。顔を上げると、そこにはニヤニヤとこちらを見る第三王子・エリオールがいた。
「こんな時間に呼び出すとは。いつもみたいにふざけた用事だったら帰るぞ」
「まあまあ落ち着いて。ちょっと聞きたいことがあってさ」
机の上には書類が置かれている。
時折、エリオールは仕事の進まないカイルを呼び出して手伝わせようとするのだ。情報を漏らすつもりはないが、目の前の人物には危機感が足りない。
「宿舎で話題になっているよ。カイルの彼女が別館に来たってね」
「違う! 急遽カフェに居られなくなって連れてきただけだ。子供も宿に行かせようとしていたからな」
「連絡ねぇ……。だからカフェに張り紙が出てたんだ。まあ、宿舎なら安全だろうけど」
エリオールは軽く肩をすくめ、続ける。
「でも、騎士たちの前で抱きしめてたって聞いた。付き合ってるんじゃないの?」
「あれは、店長に人が群がっていたから助けただけで!」
からかうような目で見つめられ、カイルは言葉を飲み込む。下心が全くなかったわけではない。
芯の強さと決断力、子供を引き取れる優しさを持つ女性だ。
周囲が言い寄っても、自分が守るべき対象だと本能的に思った。
しかし、それ以上の行動は控えた。
食堂でのことも報告されていた。まとめると、こうだ。
• 話題の店長と子供たちが宿舎に来た
• 子供たちは可愛い
• 店長は美人で誰とも付き合っていない
• 騎士たちが近づきたがっている
• コリスと一緒に食事していた
• カイルと店長は付き合っていない
「コリスと一緒に食べていたのか?」
てっきり3人だけで食べていたと思っていた。
親しい人ができたことに驚きつつ、横に座るエリオールの話を聞く。
「そうそう。内勤の女性に人気で、何度も告られているらしい。でもあの冷たい態度がまた人気を落とさない。なんかカイルに似てないか?」
話を聞きながら、カイルはコリスの剣の腕前や性格を思い浮かべる。確かに優秀だが、微妙な気持ちになる。
そこへ、エリオールが真顔で話を切り出した。
「まあ、雑談はこれくらいで。大事な話もあるんだ」
カイルは構え直す。王子としての話だと直感でわかった。
「ソシリス王国が禁忌の魔法陣を復活させた」
言葉が理解できず、問い返す。
「禁忌の魔法陣……? そんなものがあるのか」
「王族にのみ伝わる魔法だった。後世に伝わることなく消失したはずだが、陰で復活させたらしい。詳しくは諜報員からの報告だ」
カイルは眉をひそめる。
「効果は?」
「隷属魔法、あるいは洗脳魔法と言われている。王家専用だが、うまく使えば国民を兵士にできる。とんでもない力だ」
言葉を聞き、衝撃で息を飲む。
その後、今後の対応を話した後にエリオールと解散した。しかし、執務室での話が頭から離れず、眠れぬ夜を過ごした。
朝、訓練場で騎士たちが戦う光景をぼんやり眺めていると、ヒナの声が響いた。
「カイルおにいちゃーん、試合がんばってねー!」
騎士たちの視線が一斉に上を向く。ヒナの声で、頭の中のもやもやを切り替え、目の前の試合に集中する。
だが次の瞬間、別の名前が呼ばれる。
「コリスおにいちゃーん!」
振り返ると、店長まで手を振っている。コリスは周囲から詰め寄られて困惑顔だ。
(なぜ、店長は……? こんなに仲良くなったのか?)
もやもやを抱えながらも、カイルは円の中へ。
対戦相手に今回だけコリスと戦いたいと申し出る。
複雑な心境を振り切り、目の前の人物と真剣に向き合った。
「……あっけなかったね」
「うん、一瞬だった」
スープを飲みながらテルと話す。今、私たちは食堂にいた。昨日と今日は午前中ずっと訓練を見学していたのだ。ついさっき、ここまで送ってもらったあとカイルさんはやることがあると言って宿舎に戻っていった。
話題は自然と、知り合いの2人の一戦に集中する。
あのとき、コリスとカイルさんは気迫を互いにぶつけ合っていた。堂々としているカイルさんと、その隙を狙うコリス。私たち3人は息を呑み、開始を待っていた。
そして、審判役が手を振り下ろした瞬間、カイルさんが飛び出す。
鎧を着ている煩わしさを感じさせない鋭い動きで、一瞬にしてコリスに踏み込み近づいた。
訓練場から「おおっ」と驚きの声が上がる。
コリスが反撃を試みるも、カイルさんは振り向く前に素早く剣を横に振るった。瞬間、コリスの手から剣が滑り落ち、カシャンッという音が響いた。
コリスは反撃しようとしたが間に合わず、カイルさんは避けられたとわかった瞬間にすぐ腕を動かしたのだ。
やはり近衛騎士の技量は違う。
訓練の余韻を噛みしめながら、少し視線を外すと、コリスは何人かで固まって食事をとっていた。
隣の人が慰めている様子。今は声をかけないでおこう。
「あっ、ヒナ、横から溢れてるって!」
「んー?」
「あ、ちょっとヒナ、ストップ!」
テルの声で我に返る。見るとヒナがスープを口の端からこぼしていた。スプーンではすくいきれず、直接飲もうとしたのだろう。大きめのお皿からあふれた分がテーブルと服に付いている。慌ててお皿を置くと、スカートまで汚れてしまった。
「ヒナ、ちょっとじっとしてて」
テルが口の周りを拭き、私が床のスープを掃除しようと立ち上がると、声をかけられた。
「まあ、スープをこぼしちゃったのね。私がお布巾を持ってくるわ」
手で私を制し、お盆をテーブルに置くと女性がやってきた。
早足で布を取りに行き、戻ってくるとテーブルをきれいに拭いて床も整えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。内勤の女子達の間でも話題になってるの。かわいい子供が来たってね。偶然見かけたから手伝えてよかったわ」
手際よく片付けるエイミーに、思わず笑顔になる。
「ヒナちゃんの服は洗濯してね。あ、私ここで事務をしているエイミーよ。よろしくね」
「私はサラといいます。本当にありがとうございました」
「いいのよ、困ったときはお互い様。お礼を言うなら、ヒナちゃんとテル君と1日デートでいいわよ」
茶目っ気たっぷりに言い、2人をニコニコ見守る。女性と会話するのは久しぶりで、自然に笑顔がこぼれる。
「それなら、今度私たちと宿舎の中で遊びませんか? あまり街には出られないんですけど、ヒナと隠れんぼの約束があって……良ければご一緒にどうですか?」
「いいの!? 私、あなた達と話してみたかったの。一緒に遊べるなんて嬉しいわ。敬語なんて使わないで、エイミーって呼んで。私もサラって呼ぶから」
「うん。よろしくね、エイミー」
「一緒に遊ぶの? ヒナ、隠れんぼ上手だよ!」
「今度一緒に遊ぼうね。ね、私のことはエイミーお姉ちゃんって呼んで」
「エイミーおねえちゃん」
ヒナに呼ばれて嬉しそうに笑う姿を見て確信する。この人、私と同類だと。
「エイミー、ありがとうございました」
「テル君は礼儀正しいわね。もう、なんて可愛い子たちなの!」
「あ、よく2人の名前がわかるね。それも噂になってるの?」
「そうよ、もうかわいいって評判。よかったら夕食も一緒に食べていい? もっと話したくなっちゃった」
「私も。夕食くらい遠慮せず一緒に食べよう。テルとヒナもいいよね?」
「うん、全然いいよ」
「ヒナもー」
「あ、それなら夕食の時間になったら部屋に迎えに行くから、場所教えて! 別館のどこ?」
「そこまでしてもらうのは申し訳ないから、私たちが行くね」
「だーめ。別館は色々事情があるでしょ? ここは安全だけど、万一があったら困る。それに私が行きたいの」
真剣な表情に、断ることができない。
「それなら……場所は2階の階段側、2つ目と3つ目。手前がテルの部屋で、奥が私とヒナ。ヒナはどっちで過ごしてるかわからないけれど」
「2階の階段側、2つ目と3つ目ね。わかったわ。5時半前後に行くと思う。それじゃ、仕事が残ってるから後でね」
「うん、後でね」
「またねー!」
話しながら昼食を終え、エイミーは早足で去っていった。頼れるきれいなお姉さんという印象。夕食が楽しみになってきた。
「2人とも、部屋に戻ろう。ヒナはお着替えしなくちゃね」
「イチゴのお洋服着る!」
「わかったわかった。抱きつくと私も濡れちゃうから」
苦笑しながらヒナを抱き上げ、別館に歩き出す。
「この後はどうしよう。デールさんがくれたお絵かき帳があるよ」
「じゃあお絵かきする! かわいい絵がいっぱいあるの!」
「僕は本でも読んでようかな」
部屋に着いたらヒナに色鉛筆を渡し、テルは本を手に取る。寝る前に絵本を読んでもらうのはいつものことだ。
「ヒナ、明日から少しずつお勉強しようか」
「お勉強? なにするの?」
「文字を練習して、絵本も自分で読めるようにしよう」
「そうなの!? ヒナ、やってみたい!」
部屋に戻るとまずヒナの着替え。「バンザーイ」と声をかけて、イチゴの服に着替えさせる。色鉛筆を取り出したあとは机に向かう。
「わあ! 見て、新しい色鉛筆!」
「良かったねヒナ。じゃあここで色塗りしよう」
ヒナが鉛筆を手にしてキョロキョロ。
「なにかいる?」
「あのね、新しい色鉛筆だから描けないの」
まだ削られていない新品の鉛筆だった。苦笑しながら鉛筆削りを探すが、部屋にはなかった。
「ヒナ、ちょっと鉛筆削り借りてくるから待ってて」
「わかったー」
一言声をかけ、私は部屋を出て行った。
朝食を済ませた私たちは、テルの希望で許可をもらって騎士団の訓練を見学することにした。
こんな機会は滅多にないので、私も楽しみだ。
朝からテンションの高いテルと、まだ眠そうなヒナ。
いつもより早起きしたせいで寝不足気味らしい。
食堂の時間が決まっているから仕方ないね。
別館前のベンチで待ち合わせると、カイルさんが鎧を身に着け、兜を手に歩いてくるのが見えた。
「うわぁ、かっこいい!」
「カイルお兄ちゃんが付けているの硬いね!」
テルが声を上げる。
確かに騎士の姿は男らしく、普段より格好良さが増している。
目を離せないでいると、ヒナが手の平で鎧を叩いて遊んでいた。
「ヒナ、叩かないの。カイルさんも訓練に?」
「ああ。今日のは一般騎士の訓練だが、実戦形式だ。近衛も混ざって戦う」
「カイルお兄ちゃんも戦うの?」
「そうだ。鎧を着けた訓練は月に2、3回しかない。本気の戦いだから、近衛騎士として負けられない」
迫力満点の実戦形式に、テルもワクワクしている。
思わず頭をなでるカイルさんに、テルは嬉しそうだ。やっぱり男の子だなと微笑む。
「ヒナも応援するよ! コリスお兄ちゃんも!」
「コリス?」
「昨日食堂で知り合って。肩車してくれたんです」
カイルさんの目つきが少し鋭くなる。
膝に座るヒナを思い浮かべ、密かに笑う私。
テルも気づかぬようクスクス笑っている。
話しているうちに訓練場に到着した。
観客席はそれほど広くはないが、見下ろす形で全体を見渡せる。
カイルさんは下に降り、私たちは日除けを準備。
騎士たちが集まり始める。
鎧の装飾や形が違うのは、近衛と一般の騎士の差だろう。
「整列!」の号令で二つのグループに分かれ、説明を受ける騎士たち。
短い話が終わると一斉に敬礼し、準備運動や素振りで体を温める。
やがて4人ずつが出て、一対一で向き合い対戦開始。
カンッと武器がぶつかる音に目が釘付けになる。
試合が終わると次の組が始まり、騎士たちの気迫に圧倒される。
ふと見ると、静かだったヒナが手を振り始めた。
あの人数の中から、カイルさんを見つけたらしい。
「カイルおにいちゃーん! 試合がんばってねー!」
ヒナの声は訓練場に響き渡り、騎士たちは一斉に上を見る。
名前を呼ばれたカイルさんは苦笑いしつつ手を振り返して、指さしで私たちの位置を説明する様子に、ちょっと恥ずかしい。
そのすぐ近くでコリスも発見。
「テル、ヒナ、コリスがあそこにいるよ」
「あ、いた! コリスおにいちゃーん!」
またもヒナが大声を上げる。
今度はコリスに注目が集まる。
訓練中なので、声をかけるのは少しまずいかもしれない。
「ヒナ、今は静かに応援しよう」
「うん!」
ざわざわした雰囲気の中、その日は静かに訓練を見学した。
サラや子供たちが寝静まった頃。
夜も更けているというのに、カイルは執務室に向かっていた。
先ほど、侍従から「急ぎの用件」と告げられ、宿舎から慌ててやってきたのだ。
寝るだけだったのに、呼び出しに苛立ちを覚えつつも、扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼致します」
返事を聞いて部屋に入り、扉を閉める。城内では気を抜けない。顔を上げると、そこにはニヤニヤとこちらを見る第三王子・エリオールがいた。
「こんな時間に呼び出すとは。いつもみたいにふざけた用事だったら帰るぞ」
「まあまあ落ち着いて。ちょっと聞きたいことがあってさ」
机の上には書類が置かれている。
時折、エリオールは仕事の進まないカイルを呼び出して手伝わせようとするのだ。情報を漏らすつもりはないが、目の前の人物には危機感が足りない。
「宿舎で話題になっているよ。カイルの彼女が別館に来たってね」
「違う! 急遽カフェに居られなくなって連れてきただけだ。子供も宿に行かせようとしていたからな」
「連絡ねぇ……。だからカフェに張り紙が出てたんだ。まあ、宿舎なら安全だろうけど」
エリオールは軽く肩をすくめ、続ける。
「でも、騎士たちの前で抱きしめてたって聞いた。付き合ってるんじゃないの?」
「あれは、店長に人が群がっていたから助けただけで!」
からかうような目で見つめられ、カイルは言葉を飲み込む。下心が全くなかったわけではない。
芯の強さと決断力、子供を引き取れる優しさを持つ女性だ。
周囲が言い寄っても、自分が守るべき対象だと本能的に思った。
しかし、それ以上の行動は控えた。
食堂でのことも報告されていた。まとめると、こうだ。
• 話題の店長と子供たちが宿舎に来た
• 子供たちは可愛い
• 店長は美人で誰とも付き合っていない
• 騎士たちが近づきたがっている
• コリスと一緒に食事していた
• カイルと店長は付き合っていない
「コリスと一緒に食べていたのか?」
てっきり3人だけで食べていたと思っていた。
親しい人ができたことに驚きつつ、横に座るエリオールの話を聞く。
「そうそう。内勤の女性に人気で、何度も告られているらしい。でもあの冷たい態度がまた人気を落とさない。なんかカイルに似てないか?」
話を聞きながら、カイルはコリスの剣の腕前や性格を思い浮かべる。確かに優秀だが、微妙な気持ちになる。
そこへ、エリオールが真顔で話を切り出した。
「まあ、雑談はこれくらいで。大事な話もあるんだ」
カイルは構え直す。王子としての話だと直感でわかった。
「ソシリス王国が禁忌の魔法陣を復活させた」
言葉が理解できず、問い返す。
「禁忌の魔法陣……? そんなものがあるのか」
「王族にのみ伝わる魔法だった。後世に伝わることなく消失したはずだが、陰で復活させたらしい。詳しくは諜報員からの報告だ」
カイルは眉をひそめる。
「効果は?」
「隷属魔法、あるいは洗脳魔法と言われている。王家専用だが、うまく使えば国民を兵士にできる。とんでもない力だ」
言葉を聞き、衝撃で息を飲む。
その後、今後の対応を話した後にエリオールと解散した。しかし、執務室での話が頭から離れず、眠れぬ夜を過ごした。
朝、訓練場で騎士たちが戦う光景をぼんやり眺めていると、ヒナの声が響いた。
「カイルおにいちゃーん、試合がんばってねー!」
騎士たちの視線が一斉に上を向く。ヒナの声で、頭の中のもやもやを切り替え、目の前の試合に集中する。
だが次の瞬間、別の名前が呼ばれる。
「コリスおにいちゃーん!」
振り返ると、店長まで手を振っている。コリスは周囲から詰め寄られて困惑顔だ。
(なぜ、店長は……? こんなに仲良くなったのか?)
もやもやを抱えながらも、カイルは円の中へ。
対戦相手に今回だけコリスと戦いたいと申し出る。
複雑な心境を振り切り、目の前の人物と真剣に向き合った。
「……あっけなかったね」
「うん、一瞬だった」
スープを飲みながらテルと話す。今、私たちは食堂にいた。昨日と今日は午前中ずっと訓練を見学していたのだ。ついさっき、ここまで送ってもらったあとカイルさんはやることがあると言って宿舎に戻っていった。
話題は自然と、知り合いの2人の一戦に集中する。
あのとき、コリスとカイルさんは気迫を互いにぶつけ合っていた。堂々としているカイルさんと、その隙を狙うコリス。私たち3人は息を呑み、開始を待っていた。
そして、審判役が手を振り下ろした瞬間、カイルさんが飛び出す。
鎧を着ている煩わしさを感じさせない鋭い動きで、一瞬にしてコリスに踏み込み近づいた。
訓練場から「おおっ」と驚きの声が上がる。
コリスが反撃を試みるも、カイルさんは振り向く前に素早く剣を横に振るった。瞬間、コリスの手から剣が滑り落ち、カシャンッという音が響いた。
コリスは反撃しようとしたが間に合わず、カイルさんは避けられたとわかった瞬間にすぐ腕を動かしたのだ。
やはり近衛騎士の技量は違う。
訓練の余韻を噛みしめながら、少し視線を外すと、コリスは何人かで固まって食事をとっていた。
隣の人が慰めている様子。今は声をかけないでおこう。
「あっ、ヒナ、横から溢れてるって!」
「んー?」
「あ、ちょっとヒナ、ストップ!」
テルの声で我に返る。見るとヒナがスープを口の端からこぼしていた。スプーンではすくいきれず、直接飲もうとしたのだろう。大きめのお皿からあふれた分がテーブルと服に付いている。慌ててお皿を置くと、スカートまで汚れてしまった。
「ヒナ、ちょっとじっとしてて」
テルが口の周りを拭き、私が床のスープを掃除しようと立ち上がると、声をかけられた。
「まあ、スープをこぼしちゃったのね。私がお布巾を持ってくるわ」
手で私を制し、お盆をテーブルに置くと女性がやってきた。
早足で布を取りに行き、戻ってくるとテーブルをきれいに拭いて床も整えてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。内勤の女子達の間でも話題になってるの。かわいい子供が来たってね。偶然見かけたから手伝えてよかったわ」
手際よく片付けるエイミーに、思わず笑顔になる。
「ヒナちゃんの服は洗濯してね。あ、私ここで事務をしているエイミーよ。よろしくね」
「私はサラといいます。本当にありがとうございました」
「いいのよ、困ったときはお互い様。お礼を言うなら、ヒナちゃんとテル君と1日デートでいいわよ」
茶目っ気たっぷりに言い、2人をニコニコ見守る。女性と会話するのは久しぶりで、自然に笑顔がこぼれる。
「それなら、今度私たちと宿舎の中で遊びませんか? あまり街には出られないんですけど、ヒナと隠れんぼの約束があって……良ければご一緒にどうですか?」
「いいの!? 私、あなた達と話してみたかったの。一緒に遊べるなんて嬉しいわ。敬語なんて使わないで、エイミーって呼んで。私もサラって呼ぶから」
「うん。よろしくね、エイミー」
「一緒に遊ぶの? ヒナ、隠れんぼ上手だよ!」
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「エイミーおねえちゃん」
ヒナに呼ばれて嬉しそうに笑う姿を見て確信する。この人、私と同類だと。
「エイミー、ありがとうございました」
「テル君は礼儀正しいわね。もう、なんて可愛い子たちなの!」
「あ、よく2人の名前がわかるね。それも噂になってるの?」
「そうよ、もうかわいいって評判。よかったら夕食も一緒に食べていい? もっと話したくなっちゃった」
「私も。夕食くらい遠慮せず一緒に食べよう。テルとヒナもいいよね?」
「うん、全然いいよ」
「ヒナもー」
「あ、それなら夕食の時間になったら部屋に迎えに行くから、場所教えて! 別館のどこ?」
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「だーめ。別館は色々事情があるでしょ? ここは安全だけど、万一があったら困る。それに私が行きたいの」
真剣な表情に、断ることができない。
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「2階の階段側、2つ目と3つ目ね。わかったわ。5時半前後に行くと思う。それじゃ、仕事が残ってるから後でね」
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「またねー!」
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「2人とも、部屋に戻ろう。ヒナはお着替えしなくちゃね」
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苦笑しながらヒナを抱き上げ、別館に歩き出す。
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「じゃあお絵かきする! かわいい絵がいっぱいあるの!」
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「そうなの!? ヒナ、やってみたい!」
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「わあ! 見て、新しい色鉛筆!」
「良かったねヒナ。じゃあここで色塗りしよう」
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「あのね、新しい色鉛筆だから描けないの」
まだ削られていない新品の鉛筆だった。苦笑しながら鉛筆削りを探すが、部屋にはなかった。
「ヒナ、ちょっと鉛筆削り借りてくるから待ってて」
「わかったー」
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ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
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