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1、ナンパ男
7、開幕
しおりを挟む客もほとんどいなくなった深夜、一人カウンターに座りマスターと語らう。少し前に食べた手作りの料理が腹を満たし、楽しかった時間を思い出させる。
「それで? 結局ハンバーグは食べれたの?」
「もちろん。めちゃくちゃ美味しかった。なんだかんだ言っても優しいから」
「まあよく知りもしない男にご飯をあげてるくらいだしねえ」
「ちげえよ。不器用でかわいそうな奴に恵んでるだけだ」
俺は一気にカクテルを喉に流し込むと目の前の男を睨む。そんな誰にでも家に上げてしまう人ではない…………はずだ。
「でもそこは夏美ちゃんに感謝しないと。だってほら、仲良くならないとそもそも近くにいられないよ。性格まで作ってるんだからさ」
智也も努力してるよねぇ、とグラスを受け取りながら軽く労われる。
「でも作ってると言っても無理してる訳じゃないんだよな。結構気楽だし」
「じゃあナンパなチャラ男が本性ってことだ」
少し笑いながら言われた言葉にムッとして言い返す。
「違う! こっちが素に決まってるだろ」
「あれも似合ってると思うんだけどね」
言葉と共にカウンターに置かれた紙をズボンのポケットにしまいながら立ち上がる。返事はせずにそのままマスターから背を向けた。
「頼まれたことは書いてあるから。…………珍しいね、こういうの受けるの」
「ちょうど気にくわない奴がいるんだよ」
俺は片手を上げると、依頼の準備をするためその場を後にした。
偶然でも、やっと再会できたんだ。どんなに大変なことでも、近くにいられるなら努力を惜しまない。
あの日、カウンターに座る後ろ姿を見てどれだけ胸が高まったのか君は知っているか?
マスターの驚く顔を横目に見ながら自分なりに頑張ってナンパしたのに警戒を全く解いてくれない。本当の自分がバレないように演技までしたのにそそくさと帰られてしまった。
あのあと仕事柄、普段は人を詮索しないマスターが珍しく何があったのか聞いてきた程だ。
でも、近くに住んでいることもわかった。そのあと急いで隣に住む住人に頼み飲み、大金を渡すと驚きながらも部屋を引き渡してくれた。
ついでにそこに住むようになってからストーカー紛いの、いや、狙われていることも知った。予想もしなかったことだけど、一度吐かせれば芋づる式に情報は手に入る。
…………ただ、マスターに俺自身がストーカーじゃないかと言われても家まで引っ越していては言い訳できなかった。……いや、俺は見守るためだから違うな。
自嘲気味に笑ってから目前にそびえ立つ建物を見上げる。今日の仕事はここか。マスクを取り出して顔につける。
いつもなら息が苦しくなるしマスクなんてつけない。どうせ見られたって人に伝えられないから。けれど今回はいつもと違うからな。顔バレして後で困る方が面倒だ。帽子も被ったし出ているのは目元だけだ。
さて、どうするか……。正面突破してもいいが何人いるのかわからない。窓を割って侵入しても後でわらわらと来られると面倒だ。というか、この建物自体を爆発させた方が早いかもしれない。
取り止めもなくそんなことを考えていると後ろからジャリ、と地面を踏みしめる音がした。
「っ!」
バッと素早く後ろを振り返り、左手で顔をガードするような姿勢をとる。しかし見えたのはコンビニ袋をぶら下げた若い男だった。
「おい、何やってんだ?」
「え?」
「だから、事務所の前で何してんだ? 用あるならさっさと入れよ」
そういうとガチャッと扉を開けこっちを振り返る。一瞬呆然としてしまったが、こんな機会を逃すわけがない。
罠の可能性を疑いながらも「どうも」と礼をしながら入る。こんなにすんなり入れてセキュリティは大丈夫なのか?
「おう、でお前、こんな朝早く来るってどうしたんだよ。金返しにでも来たのか?」
「そんな急かされてたのかよ」とタバコを吸いながら歩く男を眺める。そうか、こいつは俺が金を返しに来たと思って勘違いしてるのか。
年齢的に見ても新人であることは明白だ。ここはちょっとこいつを利用させてもらうことにしよう。
「そ、そうなんです。期限が今日までで利息が増えると払えないから……」
気弱な男を演じながら反応を見る。…………よし、大丈夫そうだ。全く疑っている様子がない。
「そうかそうか。お前も若そうなのに大変だな。でも金はきっちり払ってもらうからな?」
最後だけ語句を強めて脅すように話しかけらる。こんなもので怖がるはずもなく、無意識にスルーしようとしたところで慌ててビクッと怯えたように肩を震わせた。
危ない。怖がらないと不自然だ。この道で働いている人に凄まれて平気な奴なんて怪しまれる。ばれていないかドキドキしながら歩いていると男は「怖がらせちゃったなぁ」と背中をバシバシと叩きながら笑っていた。
よかった、ばれていないようだ。けれどもこいつは緊張感が足りてないように思える。普通、こんな朝早くに来た奴を無用心に事務所へ入れるなんて考えが足りないのか? 話を聞く限り罠の可能性は低いが教育がなってない。
まあ、もうそんな必要もなくなるだろうけどな。
冷ややかに男を見つめ、軽く羽織った上着に手を触れる。いつでも取り出せる状態だ。
そこで、ふと肝心なことを思い出した。
「あの、どこへ向かっているのですか」
「あん? どこって木崎さんのとこだろ? 金返しに来たんだから。俺も伝えることあるし、ほら、行くぞ」
「……もう木崎さんがいるんですか?」
「あ? お前もいると思って来たんだろ? あの人が朝早いから俺達までこんな時間に来なきゃならねぇんだよな」
もっと寝ていたいのによ、とぶつくさ呟く声を無視して密かに微笑む。ビンゴだ。木崎はここにいる。
本当は木崎がいなければこの依頼は受けるつもりがなかった。取引の証書を消してこいなんて俺は何でも屋じゃない。しかも、頼んだ奴が同じ組の奴で殺しはするなと厳命されている。
マスターにも言われたように普段なら受けない。他所でやってくれと依頼を突き返すはずだ。これに夏美ちゃんが関係してなかったらな。
木崎の顔写真を見たとき、世間は狭いもんだとしみじみ思ったものだ。あのストーカー野郎め。
「おら、着いたぞ」
先に歩いていた男がドアの前に立っている。ここか。
失礼します、と声をかけてドアを開ける。ついでに俺を部屋の中に誘導してからドアを閉めた。
「木崎さん、お疲れ様です!」
「誰だ、そいつは」
木崎が訝しみながら俺を見る。おいおい、レストランで見た時より数倍ガラ悪いじゃないかよ。
「あ、こいつ金返しに来たらしいですよ! 期限が今日までらしくて」
「金? おい、今日までの奴はいないはずだぞ」
「え? でもこいつ、確かに今日までって」
そこまで聞いたところで木崎が立ち上がった。
「おい! ここまで来たってことは現金で返すはずだ。こいつは鞄も何も持ってないじゃないか!」
「えっ、あっ!」
その言葉に弾かれて男が驚いたようにこちらを見る。また、木崎のそばに立っていた男も警戒したように俺を見た。
「おい、どういうことだよ!」
男が距離を取りながら俺を見る。もう騙し続けることはできないか。
けれど簡単に的の懐まで入り込めた。こいつには感謝しないと。
振り返って感謝を込めながらにっこりと笑う。
「案内ありがとな。お礼に、一発で沈めてやるよ!」
キュッ! ドカッ!
話しながら顔に肘鉄をくらわせる。体をひねりながら重心をかけたから、靴が床に擦れて音が鳴った。それと同時に骨に肘が当たる感触がする。
「がっ! ぐうっ……!」
「諸に入ったな」
ドサッと音がして受け身も取れずに男が床に崩れ落ちた。宣言通り一発で沈めてやったぞ。
「動くな!」
声がして男を見下ろしていた視線を真正面に向ける。すると木崎の他にもう一人いた男が拳銃を構えていた。
「動いたら打つ」
俺に焦点を合わせゆっくりと近づいてくる。
「何者だ」
「俺? だから金を返しに来た一般人だって」
「ふざけるな! 正直に言え。次嘘をつくと身体に穴が開くぞ?」
ガンを飛ばして睨んでくる殺気は本物だ。銃を使うのに慣れてるってことか。
「そのまま腕を上に上げろ」
命令しながら歩いてくる。あと六歩。
「聞こえなかったか? 両腕を上げろと言っているんだ!」
あと五歩。四、三。歩数を数えながら手を上にあげる。
「そうだ。じゃあもう一度聞く。何をしに来た」
二歩。一…………。
「何って、依頼と私情で?」
パンッ!
俺は一気にしゃがみ込むと、上着に手を突っ込み長年やり慣れた感覚に手を預けた。
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