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1、ナンパ男
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しおりを挟むドッ、バタン!
「あっ、がっ何するんだ!」
顔を押さえて蹲った木崎を無表情で上から見下ろす。あんなに粋がっていたのに俺に殴られて床に倒れ込む姿は無様としか例えようがなかった。
「そういえば木崎、お前この頃レストランに入り浸っているそうじゃないか」
「はあ? レストラン? ああ、良さそうなバイトの女見つけたんだがこいつが厄介なんだよ。全くなびきやしねえ。しかもこの間はうざったい男まで出てきやがった。暇つぶしに行ってたのに気分が悪くなるぜ」
「暇つぶし?」
「ああ、だってそうだろ? 女を誘うのは一種のゲームだ。どんな手を使っても女が落ちたら俺の勝ち。適当に遊んで飽きたら交換すりゃいいからな」
どこまでも腐った考えを話す男は気づかない。
「夏美ちゃんも脅せばすぐに落ちるだろうな。久しぶりにいい女見つけたんだ。レストランなら店に迷惑がかかるから大した反抗も出来ないしよ。今から楽しみだ」
「それで終わりか?」
「は?」
「お前の話はそれで最後か、木崎」
自分を見下ろす男が、能面のようになっていることを。
その瞬間、ぶわっとその場の空気が重くなったかのように感じた。
「木崎がだれと遊ぼうが関係ないがな、その子からは目を引け! いいな、迷惑なのを自覚しろ。そんで今のは嫌な思いをしたその子の分、んでこれが俺からの分だ!」
「や、やめっ、がっ!」
そう言ってさらに追い討ちをかけるように止めの一発を打ち込む。動かなくなったことを確認すると、胸元の服を掴んで脅すようにこう伝えた。
「金輪際、夏美ちゃんに関わるんじゃねえぞ。次に何かやったら今度こそ殺されると思うんだな」
服を掴まれた衝撃で薄く目を開いた木崎だったが、下から相手の顔を覗き込むような格好になっている。
一瞬、霞がかってぼやける視界で、目の前にいる男とレストランで邪魔をしてきた男が重なって見えた。雰囲気も話し方も全く違う。けれども、どこまでも見透かすような強い眼差しに既視感を覚え目を離せない。
「お、まえ…………あの時の……」
なんとか力を振り絞って口を動かしたが、最後まで言葉にすることなく木崎は意識を失った。
体の力を失ったのを確認すると、掴んでいた服を手放した。ドサッという音と共に体が床に落ちる。
軽く手を払いながら部屋の中を見渡すと、俺を案内した男が小さく呻き声を上げた。これだけの騒ぎで意識が覚めかけているのだろう。
こいつが気がつけば、銃で撃たれた二人もなんとかなるはずだ。証書も奪ったし、夏美ちゃんのことも釘を指しといた。最後まで聞こえていたかわからないが、もしまたやって来たら今度こそ心臓を狙えばすぐに解決だ。もうここでする事はない。
窓際まで移動してそっと外の様子を伺う。朝早いとはいえ、銃声や窓ガラスが割れた音で騒ぎになっているようだ。遠くから微かにパトカーのサイレンの音が聞こえる。
こんなに自分の感情に任せた仕事は初めてじゃないか? 時間もかかったし騒ぎすぎた。
ここを出ようと思ったが、正面の出口は人がいるから使えない。しかし、この建物は出入り口が一つだけの構造だと渡された紙にメモしてあった。と、なると窓しかないか………。すぐさま割れた窓ガラスとは反対の、向かいが細い路地になっている窓の方へ駆け寄る。よし、予想通り人通りもない。
さらに運が良いことに細いが排水管も付いている。パイプ管なら俺の体重を支えるくらいの強度はある。
「じゃ、退散するか」
表の通りで怒鳴り声が上がった。木崎の他の部下もやって来たか?
俺はひらりと窓を越えると、両手の力だけで下に滑っていく。まだ二階なのが幸いだった。地面まで残り二メートルになったところでパイプ管から手を放す。
「ほっ、と」
タンッと片足がアスファルトに着いた。建物同士に挟まれ影になっているため薄暗い。誰にも見られていないことを確認し、そのまま何食わぬ顔をして大通りに出る。
「じゅ、銃声が聞こえたんです!」
「窓ガラスも割れて……刑事さん、ここってヤクザの事務所でしょ? 特に亀広組なんてこの間ニュースに上がったばかりじゃないのかい?」
「寝てたらすごい音がして……来てみたら窓が砕けていて」
早朝だというのに何人もの人が来て騒いでいる。いつの間にパトカーも到着していた。もうじき、救急車も来て更に騒がしくなるだろう。
帽子を目深にかぶって群衆の中に溶け込む。喧騒を背にし、少しでも睡眠を取ろうと引っ越したばかりの家に歩いていく。
「依頼完了」
携帯の留守番電話に一言呟き、足音を立てることもなく静かにその場から立ち去った。
グウゥゥゥ
「…………腹減った」
自分のお腹が鳴る音で目が覚める。予想以上に疲れていたようで、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。朝の九時くらいに家についたとおもったのに、もう夕方だ。時計を見ると針は五時半を指している。
「あぁぁぁ、動きたくない」
両手で枕を掴み顔を埋める。おそらく、家についてからすぐ洗濯機に入れた洋服もシワになっている。黒いからあまりわからないけど、飛び散った血もついてそうだし回したんだよな。
しばらくごろごろとしてから仕方なく起き上がる。洗濯機を覗き込むと、予想通りしわくちゃになった衣類がほぼ乾燥した状態で入っていた。
「夏美ちゃんならこんな時の対処法知っているかな」
肩の部分を押さえて振り、シワを伸ばす。ある程度伸ばしたところで面倒くさくなって諦めた。
そしてそのまま部屋の外に洋服を干していると、隣からジュウジュウと肉の焼けるいい匂いがしてくる。ちょうどいいや、疲れてるしご飯食べさせてもらうか。顔も見れるし。
ウキウキときた足取りで玄関を出て、インターホンを鳴らす。「はーい」するとしばらくして夏美ちゃんが顔を出した。
「智也じゃない、どうしたの? 今日は仕事って言ってなかった?」
「ああ、それ終わったから大丈夫! それよりさ、お腹空いたからご飯ちょうだい!」
「なに? また失敗したの?」
「のーのーのー。いい匂いがしたから来ただけ」
腰に手を当て、人差し指を振りながらいう。するとパシンッと頭に衝撃が走った。
「いったあ! 何するの夏美ちゃん!」
「ただ夕食にありつくために来ないでよ! 今日は来ないとおもってたから智也の分はないの! 自炊する努力くらいしなさい!」
「でもさ、俺めちゃくちゃ疲れてるんだって! こう、悪い奴相手に大立ち回りして……」
「ヒーローショーの仕事でもしてるの? 全然疲れてないじゃん」
「いやいやいやいや、この顔の疲れた感じわからない? もうさっきまで爆睡よ? こうベッドに着いた途端ばたーんって!」
「寝てたって……。そんなに早く終わる仕事なの? というか寝てたんなら元気じゃない!」
「もう食べる気力しか残ってないからぁ!」
玄関口でお願い、嫌!の攻防が続く。そうして五分くらい経った時、階段から手にビニール袋を下げた七十代くらいのお爺さんが姿を現した。
「おや、喧嘩かね?」
「そうなんですよぉ、夏美ちゃんがご飯を食べさせてくれなくて!」
「ちょっと! 誤解されるような事は言わないでってば! すみません、本当うるさくしてすみません、でも違いますからね!?」
「ええ! 俺嘘ついてないよ!」
「黙ってくれたら夕食作るから!」
夏美ちゃんの放った言葉にピタと口を閉じる。しまった、という顔をするのを見て俺は勝利のポーズをした。
「元気なのはいい事だよ」
お爺さんは笑いながら喧嘩もほどほどに、と伝えると俺から二つ離れた部屋に入っていった。それを見届けてから夏美ちゃんの顔を見る。
「はあ。家の食材を持ってきて」
「なんで?」
「食べるんでしょ? 私の家、一人分しか食べ物ないから」
ため息をつきながらも何度目かの「今日だけだからね」という言葉に笑みが溢れる。
「だから夏美ちゃん大好きなんだよな」
「なあにー?」
「何でもない!」
ドアの向こうから声が響く。それに返事をして、自分も冷蔵庫を確認するために一度部屋に戻った。
元からあまりない冷蔵庫を漁り、いくつか冷凍食品を抱えて隣に向かう。キッチンに入るとお肉を焼いている夏美ちゃんがいた。
「持ってきた?」
「うん、冷凍食品だけどミートボールとチャーハン」
そう言いながら袋に入った食材を見せる。二つとも電子レンジでチンするだけのお手軽食材だ。
「あまり夏美ちゃんの手を煩わせるわけにはいかないからね」
暗に気が効くでしょ、お手軽なやつ選んできたよ、とアピールする。なのに帰ってきた答えは呆れたという視線と冷たい言葉だった。
「ねえ、それなら一人でも料理できるよね。何でわざわざうちに来るのよ」
「だって一緒に食べたいし」
「だったら最初からそう言ってよ!初めからわかってたら準備も……」
話している途中で言葉が途切れる。見ると、うっすらと耳が赤くなっていた。俺はにんまりと笑うとテーブルからキッチンの方を向いて頬杖をつく。
「じゃあこれからはそう言うね?」
「自分の食費分は払ってもらうからね」
フイッと照れてそっぽを向いてしまった横顔をまじまじと眺める。
穏やかな気持ちでいると、以前マスターに言われたことを思い出した。曰く、今の俺が本性でもあると。でも、あながち間違っていないかもしれない。何というか全く警戒心がなくなるのだ。
こっちが素の自分だとは言えないが、仕事をしている時と比べてラクな気持ちになる。この自分があるおかげで、まだ良心を保てている気がした。
「お肉焼けたのからお皿に置いたから持っていって」
「りょうかーい」
ぴょんっと椅子から降りてキッチンへ向かう。置かれたお皿を見ると二つに分けられてあった。平等にお肉とミートボールが盛り付けられている。
「チャーハンは?」
「多分ご飯が足りなくなるからその時に追加するつもり」
「そっか」
当たり前のように、突然来た自分の分までちゃんと用意してくれる。ミートボールだけでも良かったのに、わざわざ自分の分のお肉まで分けてくれた。
「味見していい?」
「まだだめ! 席についてから!」
まるで親子のようなやり取りをしながらお皿を運んでいく。口には出さないが、いつのまにか俺専用のコップと箸が出されている。初日にマイ箸だと言って持ってきたものだ。
「夏美ちゃん、早く食べよ!」
「あ、あと野菜もあるからね。少し前のやつだから今日中に食べちゃわないと」
両手に小皿を持ちテーブルまで運んでくる。全ての料理が出揃い、「いただきます」と声を合わせて箸を手に持った。
「うわ、美味い。やっぱ出来立てが一番だよねえ」
「うん、いい感じに焼けたと思う」
この小さな幸せを失わないために心に誓う。
「あ、野菜にかけるドレッシング忘れた」
「醤油でいいんじゃない? 立つの面倒いよ」
ほい、と横にあった醤油差しを渡す。「合うの?」と言いながらも自分も醤油を垂らした。
「ん、美味しい」
「でしょ?」
ーーーーあなたの近くにいるためなら、俺は道化ですら演じて見せよう。
それが近くに居られる唯一の方法だから。
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