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1、ナンパ男
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しおりを挟む「あ、ここ! 前にさゆりと来てからまた来たかったの!」
雨が降りしきる中、途中から引っ張られるようにして連れてこられたのは、通りの奥まった場所にある店だった。こんな天気だというのにちらほらと客の姿も見える。美味しいというのは本当のようだ。
俺も傘をたたんで屋根の下に入り、ドアの前で雨に濡れた肩を軽く手で払った。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
店内に入ると愛想のいい店員が声をかけて俺達を出迎える。どうせなら一番近い席に座ろうと動き出そうとした時、くいっと洋服の裾が引っ張られる感覚がした。
「ん、どうしたの夏美ちゃん?」
「あの人、前もした店員さん。接客がスムーズですごいなって思った人なの」
「ふうん。もしかして夏美ちゃんさ、あの人に会いに来たかったんじゃないよね?」
「ちょっとあるかも」
「ええ! ひどい、デートだと思ってたのに俺よりもあの人に会いに来たなんて……。夏美ちゃんの浮気者ぉ!」
「だからなんで誤解されるような言い方するのよ! 違うから! 同じ接客業として見本にしたかっただけ。そもそも、これはデートじゃないでしょ!」
「いやあ、照れなくていいのにー」
「そんなわけないでしょバカ」
ふざけ過ぎたのか真顔で馬鹿と言われてしまった。ぷんっと音がしそうな勢いで横を向くと、ずんずんと店内を歩いて空いていた席に座る。メニュー表を眺め出したのを見て、やっと自分も動き出した。
「おすすめってある?」
「ドリアが有名だよ。私はこれを食べたけど、ベーコンの旨味と濃厚なクリームの味がマッチしてて本当に美味しかった」
「なら俺それ頼もうっと」
「私はこれにするね」
二人とも食べたいものが決まったので注文をする。夏美ちゃんの願い通りあの店員が来るかのように思われたが、その前に別の店員がオーダーを聞きに来た。
仕事をこなしただけなのに残念そうな顔をされて、その店員からしたらあまり気分の良くない客だったことだろう。まあ、俺としてはあの笑顔が胡散臭い爽やか~な青年が来なくてよかったけど。
そして、料理を待っている間に話の内容は大学で会った高橋君のことに移っていった。しかし何となく聞いただけだったのに、高橋君とやらは意外と危険人物だったようである。
「え? 警察?」
「そう、高橋君のお父さんって警察官らしいよ。前に事件を捜査してて家に帰ってこないって話を聞いたから」
「へえ……そうなんだ。じゃあお父さんは刑事ってことか。高橋君も警察官目指しているの?」
「あー、それはどうかな。法律って言うよりも経済系の授業を多く取っているみたい。でも事件とかそういった話はやっぱり好きで、ドラマも刑事物ばっかり見てるって言ってた」
「ふうん、そう」
冷静な振りをするが口の端がひくついているのがわかる。思わず素で受け答えをしてしまうくらいには動揺中だ。
もしかしたら俺に関する事件も扱っているかもしれない。もう会わないと思うが、関わるのはやめておこう。ついこの間もあのストーカーのせいで仕事が一つ増えた。本来の仕事が疎かになることはあってはならない。
夏美ちゃんの周りをうろつく人が居なくなって、もし本人が何か勘付いて高橋君に相談でもしたら怪しまれる。それに夏美ちゃんは知らないだろうが、実家からも誰かが送られて来ているのだ。油断はできない。
「でも大学生にもなるとお父さんから仕事内容聞いたりしてるのかなぁ? それとも守秘義務ってやつで家族でも教えて貰えなかったりするの? 高橋君からそういうのって聞く?」
「あー、どうだっけ。あまりそういった話はしないから分からないな」
さりげなく話を振ったけど空振りのようだ。二人はそこまで話をするほどの仲ではないから、と思いたい。
小さな願望を胸に、さっきまでの動揺を洗い流すようにしてドリンクを飲んだ。
食事も終わり、そろそろ出ようと二人で腰を上げる。レシートを手に持って会計に行くと「待って、私も払う」と後ろから声が聞こえた。
「大丈夫、デートは男が払うものだから。いつも夕飯食べさせて貰ってるし」
「デートじゃないから。それに智也に貸しは作って置きたくないし……」
「だーかーら、貸しなんて考え無くていいってぇ。もー、なら夕飯の食費代だと思ってくれればいいから。夏美ちゃんはきっちりしすぎだよ」
「そう? でも食費代……。そういうことなら、今回は甘えさせてもらうね」
なかなかデートだと認めてくれずに払うという夏美ちゃんを説得していると、くくっと前から押し殺したような笑い声が聞こえた。
視線を上げるとあの爽やかな好青年が口に手を当てている。目が合うと「すみません、」と言いながらレシートを受け取った。
「お二人とも仲がよろしいですね」
「あ、そう見えるー? 夏美ちゃん聞いた? 俺達仲のいいカップルに見えるって!」
「誰もそんなこと言ってないわよ! すみません、いつもこんな調子で」
「いえいえ、気兼ねなく話せるのはいいと思いますよ。男女だとどうしても本音で話せないことも出てくるので、その関係は羨ましいです」
「そうですか?」
「でしょー?」
「ええ。先程店に入ってくる時も、そちらの方は肩が濡れてましたよね。おそらく、あなたが雨に当たらないように傘を傾けていたのではないでしょうか」
「……へえ、見てたんだ」
チラリと俺を見てまだ乾いていない肩に目線が移る。今日は暑くて汗をかくだろうと汗染みが出ないような服を着ていたから、雨に濡れても目立たない。夏美ちゃんも全く気がつかなかったほどだ。
「え、そうなの智也? 言ってくれればもう少し端に寄ったのに」
「だって言うほど濡れなかったし。ちょっとくらい雨に当たったって大したことじゃないから」
「雨に濡れたままだと風邪引くからね? このお店結構涼しいし、ちゃんと拭かないと肌寒かったんじゃないの?」
さっきまでの態度とは一転して、まだ微かにしまっている服の上からハンカチを当ててくれる。なんだかんだと優しい対応に「ありがとー」とニコニコしながら店員を盗み見る。
やはり何を考えているのかわからない顔で微笑みながら俺達を見ていた。
「あ、智也お金払っちゃって。いつまでも待たせちゃうのは店員さんに悪いから」
「いえいえ、お構いなく」
「あーそうだ。ごめんねえ?」
謝りながらも提示された金額を払う。はい、とお金を置くと数えた後にお釣りを手渡された。
「ちょうど二百円のお釣りですね。またの御来店をお待ちしています」
「ご馳走さまでした」
「ごちそーさま」
相手が頭を下げるのを見て夏美ちゃんも軽く会釈をする。最後までその愛想の良い笑顔を保ちながら俺達を見送った。
「美味しかったでしょ、ここ」
「うん、クリームが濃厚でナスも柔らかいし食べやすかった」
来た道を水たまりを避けながら歩く。まだ雨は降っているけど、先程までのような土砂降りではない。しとしとと傘を伝って地面に落ちる滴を眺めていると、どこからか電話が鳴っている音が聞こえて来た。
「何か鳴ってない?」
「あ、俺だ。ちょっとごめん、出るね」
「わかった」
一応声をかけてから携帯の画面を見る。そこには、見慣れた名前が表示されていた。
さっと指で操作して耳に近づける。雨音が邪魔をして聞きづらいが、音漏れしないように音量をそのままにして耳を傾けた。
「もしもし」
『やっと出たか。次の仕事が入った。データは送っといたから後で見ておけ』
「わかった。用件はそれだけか?」
『ああ。それと、お前この前余計なことをしたな。他所の仕事を受けても顔は晒すんじゃない。もし晒すのなら最後まで口止めをしろ』
「……やったのか?」
『仕方ないだろう。お前に何かあるとこっちまでしわ寄せが来る。ああ、やったのは一人だから心配するな。一人は撃たれて病院、もう一人は気絶してて見てないらしい。車から出た所を敵対組織の襲撃に見せかけたからサツが来ることはない』
「そうか。……わかった。切るぞ」
『ああ』
ブツッと何食わぬ顔をして電話を終了させた。……あのストーカーは死んだのか。確かに最後は俺に気づいたようだったからな。大方、名前はわからないが顔を見たと口を滑らしたのだろう。結局、それが原因で襲われたが。
なんの感情も持たずにポケットに携帯を押し込む。夏美ちゃんの方を向いて「待たしちゃってごめんねぇ」と足を踏み出そうとすると驚いたような声が聞こえた。
「なんか今の智也すごい無愛想だった。仕事の話?」
「そうそう、話が長くなるからあの人を相手にするときは無機質な声を出すといいんだよ。それに知り合いだから」
「仕事相手には丁寧に対応した方がいいよ? あ、でも元からの知り合いだからあれで大丈夫なのか……」
「大丈夫だぁって」
「なんかボソボソ話してる上に雨の音で聞きづらかった。急ぎの仕事とか?」
「あー、そんな感じ?」
なんとなく話を合わせてその話を終わらせると、夏美ちゃんの腰を掴む。
「さ、帰ろっと」
少々強引に手に力を入れて歩きだすと、すぐさまパシッと手を払われた。
「痛っ」
「内側の手で傘持ってて。もう、いつもつまみ食いするし手癖悪くない?」
「気のせい気のせい」
少し大袈裟に痛がっても全く動揺しない。さては夏美ちゃん、俺の扱いに慣れて来た?
一見冷たいけど、今度は俺の肩が濡れないようにチラチラ確認しながら歩いているのに気が付き、つい顔が綻んでしまう。
「なんで笑ってるの?」
「んーん、何でもない」
鼻歌を歌ってご機嫌なまま、足取り軽く家へと帰った。
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