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プロローグ①
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震えが止まらない。
覚悟は決めてきた筈なのに、深呼吸をしても、自分で自分の顔をひっぱたいても、体の強張りが消えない。
気を落ち着かせないと……これから行くところは、一瞬の気の迷いで命を落とすのだから。
「フー……ッッ痛った!何!?」
深呼吸の最中、バシン!という小気味良い音とともに、鋭い痛みが背中に走った。
涙目になりながら振り返ると、子供のような笑顔を浮かべた親父がいた。
「なーにガキみたいに縮こまってんだ?ビビったかルシアス?」
「ビ、ビビってなんかねぇーし!てか背中に平手打ちなんかしてんじゃねぇよ!」
親父はケラケラと笑っていたが、背後からただならぬ殺気を感じて振り返った。
そこには、不穏な笑みを浮かべる母さんが仁王立ちしていた。
「アナタ?何をしてるの?」
「いやー違うんだよママ……ルシアスの緊張を解してやろうかなって……アギュッッ!?」
みっともなく言い訳を並べた親父に、母さんの前蹴りが飛んだ。鋭い爪先は吸い寄せられるように股の急所に突き刺さり、親父は蛙みたいな悲鳴を上げた。
惨めに股を抑える親父を、俺はフッと鼻で笑った。と同時に、母さんだけは何がなんでも怒らせてはいけないと肝に銘じる。
「大丈夫よルシアス、貴方はそこのボンクラよりも強いし、今回はただの偵察任務だから」
うずくまる親父を見下しながら、母さんはそう吐き捨てた。
「何だと!?こんな青二才に俺が負けてるわけ無いだろ!おいルシアス、一回勝負しろ!」
「そんなこと言ってっから尊敬されないんだよ親父は……」
「されてますー!俺が魔法師団最強なんだぞ、されてるに決まってるだろ!」
「アルバート隊長!一つご報告したいことが……ってお取り込み中でしたか?」
部下の一人がこちらに駆け寄ってきたかと思うと、親父はすっくと立ち上がり、何事もなかったかのような笑顔を浮かべた。
ってよく見たら腿めっちゃつねって我慢してるな、見栄っ張りめ。
今回俺は親父と母さんに連れられて、迷宮攻略に来ていた。
迷宮。それは昔、一人でいくつもの国を滅ぼしたと言われる破滅の魔女の遺物と言われている。
迷宮は地下深くまで続く階層のような作りになっており、中では絶えず魔物と言われる強力な獣たちが産まれている。
迷宮で産まれた魔物たちが地上へと流れ国々を荒らし、迷宮自体が発する強力な魔力によって周辺の土壌は腐り、人の住めない土地になってしまった。
そうした問題を解決するべく、周辺の国々では迷宮の攻略を行っている。その中でも特に成果を挙げているのが、俺の住む国、魔国アスカディアだった。
親父はアスカディア魔法師団の団長であり、迷宮攻略隊の総隊長。母さんはアスカディア騎士団団長、迷宮攻略隊の副隊長だ。
まだ十五歳である俺は、本来なら迷宮に入ることはできない。しかし、迷宮の探索者を育てるアスカディア魔剣学園でトップの成績であることが評価され、迷宮探索に帯同できることになったのだ。
まぁ、帯同していると言っても既に攻略済みの階層に変化が無いか調べる偵察任務ではあるけど。
迷宮は現在、第八十七層まで攻略が進んでおり、今俺たちがいるのは第四十六層。
迷宮は下の階層に行くほど強力な敵や厄介なギミックが増えるため、ここは中間程度の難易度と言える。
欲を言えばもっと深くまで潜りたいが、迷宮は下に行くほど空間の魔力も濃くなり、慣れていないものはその濃い魔力に当てられて体が四散してしまう。
そのため、今回はここまでしか帯同が認められなかったのだ。
暫くすると親父が戻ってきた。
「準備ができたみたいだ、そろそろ出発すんぞアルトリア」
戻ってきた親父の顔は引き締まり、先程までの抜けた雰囲気は無くなっていた。アルトリアは母さんの名前で、親父は仕事の時は母さんを名前で呼ぶのだ。
母さんは剣を鞘から抜き取ると、切っ先を天高く掲げた。進行の合図だ。
「進行開始!」
ズドオォォ!
母さんが号令をかけた直後、轟音とともに、前方の騎士団員が何かに潰された。
砂煙が晴れる。中から姿を表したのは異形のバケモノだった。
象程の大きさで、四足歩行。皮膚はミミズのようにブヨブヨとしている。特に奇妙なのが、頭がないことだった。
背には人形の何かが乗っている。しかし、輪郭が蜃気楼のように歪んで何かは分からない。
「総員攻撃開始!」
親父の号令で、魔法士は杖を構え、騎士は剣を抜いた。
未知の敵。急襲。にも拘らず、精鋭である彼らは迅速に動いた。
剣で薙ぐ。突く。火を放つ。雷を落とす。
しかし、効かず。
その時、バケモノの体が一部グジュリと変形し、一本の触手が生えた。
それは撓り、鞭のようにタメを作った。
そして一薙ぎ。前方で首が宙を舞った。
また一薙ぎ。脚が舞う。腕。上半身。
部隊が瞬く間に滅していく。
「退ケェお前ら!」
親父の声が響き、部下達が一斉に後退した。大規模魔法の合図だ。
「第八位階魔法、ミョルニル!」
瞬間、雷の柱がバケモノを包んだ。
第八位階魔法。人間が扱える、最高位の魔法だ。
「……やったか?」
部下達が固唾を飲んで見守るなか、煙が晴れた。
覚悟は決めてきた筈なのに、深呼吸をしても、自分で自分の顔をひっぱたいても、体の強張りが消えない。
気を落ち着かせないと……これから行くところは、一瞬の気の迷いで命を落とすのだから。
「フー……ッッ痛った!何!?」
深呼吸の最中、バシン!という小気味良い音とともに、鋭い痛みが背中に走った。
涙目になりながら振り返ると、子供のような笑顔を浮かべた親父がいた。
「なーにガキみたいに縮こまってんだ?ビビったかルシアス?」
「ビ、ビビってなんかねぇーし!てか背中に平手打ちなんかしてんじゃねぇよ!」
親父はケラケラと笑っていたが、背後からただならぬ殺気を感じて振り返った。
そこには、不穏な笑みを浮かべる母さんが仁王立ちしていた。
「アナタ?何をしてるの?」
「いやー違うんだよママ……ルシアスの緊張を解してやろうかなって……アギュッッ!?」
みっともなく言い訳を並べた親父に、母さんの前蹴りが飛んだ。鋭い爪先は吸い寄せられるように股の急所に突き刺さり、親父は蛙みたいな悲鳴を上げた。
惨めに股を抑える親父を、俺はフッと鼻で笑った。と同時に、母さんだけは何がなんでも怒らせてはいけないと肝に銘じる。
「大丈夫よルシアス、貴方はそこのボンクラよりも強いし、今回はただの偵察任務だから」
うずくまる親父を見下しながら、母さんはそう吐き捨てた。
「何だと!?こんな青二才に俺が負けてるわけ無いだろ!おいルシアス、一回勝負しろ!」
「そんなこと言ってっから尊敬されないんだよ親父は……」
「されてますー!俺が魔法師団最強なんだぞ、されてるに決まってるだろ!」
「アルバート隊長!一つご報告したいことが……ってお取り込み中でしたか?」
部下の一人がこちらに駆け寄ってきたかと思うと、親父はすっくと立ち上がり、何事もなかったかのような笑顔を浮かべた。
ってよく見たら腿めっちゃつねって我慢してるな、見栄っ張りめ。
今回俺は親父と母さんに連れられて、迷宮攻略に来ていた。
迷宮。それは昔、一人でいくつもの国を滅ぼしたと言われる破滅の魔女の遺物と言われている。
迷宮は地下深くまで続く階層のような作りになっており、中では絶えず魔物と言われる強力な獣たちが産まれている。
迷宮で産まれた魔物たちが地上へと流れ国々を荒らし、迷宮自体が発する強力な魔力によって周辺の土壌は腐り、人の住めない土地になってしまった。
そうした問題を解決するべく、周辺の国々では迷宮の攻略を行っている。その中でも特に成果を挙げているのが、俺の住む国、魔国アスカディアだった。
親父はアスカディア魔法師団の団長であり、迷宮攻略隊の総隊長。母さんはアスカディア騎士団団長、迷宮攻略隊の副隊長だ。
まだ十五歳である俺は、本来なら迷宮に入ることはできない。しかし、迷宮の探索者を育てるアスカディア魔剣学園でトップの成績であることが評価され、迷宮探索に帯同できることになったのだ。
まぁ、帯同していると言っても既に攻略済みの階層に変化が無いか調べる偵察任務ではあるけど。
迷宮は現在、第八十七層まで攻略が進んでおり、今俺たちがいるのは第四十六層。
迷宮は下の階層に行くほど強力な敵や厄介なギミックが増えるため、ここは中間程度の難易度と言える。
欲を言えばもっと深くまで潜りたいが、迷宮は下に行くほど空間の魔力も濃くなり、慣れていないものはその濃い魔力に当てられて体が四散してしまう。
そのため、今回はここまでしか帯同が認められなかったのだ。
暫くすると親父が戻ってきた。
「準備ができたみたいだ、そろそろ出発すんぞアルトリア」
戻ってきた親父の顔は引き締まり、先程までの抜けた雰囲気は無くなっていた。アルトリアは母さんの名前で、親父は仕事の時は母さんを名前で呼ぶのだ。
母さんは剣を鞘から抜き取ると、切っ先を天高く掲げた。進行の合図だ。
「進行開始!」
ズドオォォ!
母さんが号令をかけた直後、轟音とともに、前方の騎士団員が何かに潰された。
砂煙が晴れる。中から姿を表したのは異形のバケモノだった。
象程の大きさで、四足歩行。皮膚はミミズのようにブヨブヨとしている。特に奇妙なのが、頭がないことだった。
背には人形の何かが乗っている。しかし、輪郭が蜃気楼のように歪んで何かは分からない。
「総員攻撃開始!」
親父の号令で、魔法士は杖を構え、騎士は剣を抜いた。
未知の敵。急襲。にも拘らず、精鋭である彼らは迅速に動いた。
剣で薙ぐ。突く。火を放つ。雷を落とす。
しかし、効かず。
その時、バケモノの体が一部グジュリと変形し、一本の触手が生えた。
それは撓り、鞭のようにタメを作った。
そして一薙ぎ。前方で首が宙を舞った。
また一薙ぎ。脚が舞う。腕。上半身。
部隊が瞬く間に滅していく。
「退ケェお前ら!」
親父の声が響き、部下達が一斉に後退した。大規模魔法の合図だ。
「第八位階魔法、ミョルニル!」
瞬間、雷の柱がバケモノを包んだ。
第八位階魔法。人間が扱える、最高位の魔法だ。
「……やったか?」
部下達が固唾を飲んで見守るなか、煙が晴れた。
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