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北城市地区予選 準備編

第39走 王者

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 市予選まで残り3日—————

 市予選直前という事で、今日の練習は個人練習だった。
 負荷の高い練習は1週間前までに済ませ、残り1週間は体の疲れを取りつつ、各々最終調整をしていくのが吉田先生の指導法であるからだ。

 ケガ防止の為、練習時間もいつもより30分以上短くなっている。

 そして結城はこの早く終わる練習時間を見計らって、今日の放課後に陸上用品専門店”HOP”に再び行くと決めていた。
 というのも先週スパイクを買った際、今の足サイズの短距離専用靴下を買うのを忘れていたからだ。

 短距離専用の靴下は、足裏のいたる所にゴムのグリップが付いているだけでなく、スパイクとのフィット感を失わない為に薄く強い素材で作られている

「試合までに、出来るだけ不安は無くしとかないとな」

 そう思った結城は、当初1人でHOPに行くつもりだった。
 だがどうやらキャプテンの隼人もHOPに用があったらしく、流れで一緒に行く事となっていた。

 2人は北城駅に着くまでの電車の中で、陸上から趣味の話まで色々な話題で盛り上がった。
 今まで2人は陸上以外の話はほとんどした事が無い上に、年も2つ離れていたので互いが気を使っていたのだ。

 だが結城は初めてプライベートな事を話せたおかげか、隼人に少し近づけたような気がしているのだった。

————————

 結城にとっては2日ぶりのHOPだが、隼人にとっては約3か月ぶりだ。
 頻繁に変わるレイアウトに目を奪われつつ、2人は2階へと上がっていく。

 だが結城は一二三ひふみが飛びついてくる可能性を考慮し、隼人から2mほど距離を空けながら歩いていた。

(さぁ、来るなら来い!)

 と身構えていた結城だったが、今日は2階に上がっても一二三が飛んでくる様子は無い。

(今日は休みか……?)

 だがそう思った矢先、大男を接客している一二三が目に入る。

(なんだ、接客中か)

 結城が少し安心した所で、前回のスパイクでお世話になった山下が先に話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。あ!また来てくれたのかい、キタ高の子」

 結城の顔を見た瞬間、山下は笑顔に変わっていた。
 ”知り合い?”と問いかける隼人に”まあ2日ぶりなんで覚えてくれてるだけです”と説明をする結城。

 するとその一連の様子に気付いたのか、一二三はチラっと結城達の方を見た。
 そして前回同様、1階にまで響く大きな声を上げる。

「あれ、早馬君じゃん!?もう私に会いたくなっちゃったの!!?なんだ、可愛いトコあんじゃーん!」

 一二三は大男の接客中にも関わらず、結城に気安く話しかけていた。
 結城も前回同様無視をしようとしたが、残念ながら隼人の方が一二三に目を向けてしまった。

(ヤバい!佐々木キャプテンがあの人にダル絡みされてしまう!)

 結城がそう思った矢先、隼人は全く予想に反した反応を見せる。

「あれ、木村じゃん!!」

 隼人は一二三ではなく、木村という名前を口にしていた。
 どうやら一二三が接客していた大男の名前のようだった。

 頭に”?”を浮かべる結城も、とりあえず木村と呼ばれた男の方を見る。
 それはどこかで見覚えのある顔だったが、まだ答えは出ない。

「おぉ、佐々木。お前も練習終わりか」

 そこで結城はハッとする。
 ようやく誰なのか分かったのだ。

 そう、彼は先週の北城市記録会で最速タイムを記録※した山足実業の3年、木村春彦きむらはるひこで間違いなかったのだ!

 昨年は2年生ながら兵庫県を制し、全国総体でも6位に入賞したトップスプリンターである。
 隼人自身も県内トップクラスのスプリンターの1人なので、どうやらお互いが知り合いだったようだ。

 だが市予選では地区が違うので、次に2人が対戦するならば県予選となる。

「今日は何買いに来てたの?どうせプロテインだろ?」

 隼人は木村に近づきながら問いかける。

「いや、むしろプロテインを飲む容器が割れてしまってな。新しいのを買いに来ていた。佐々木は?」

 木村はガッチリとした見た目通り、ガチッとした話し方をする男だ。
 そして結城は”この異常な体の分厚さ”の理由がプロテインと分かり、少しスッキリもしている。

「俺はね~……」

 だがここで、木村の問いかけに応えようとした隼人の言葉を、なぜか突然一二三が遮った。

「キタ高の佐々木君!!??マジで!!?初めまして、一二三可憐ですぅ!いやー、まさか全国トップスプリンター木村君だけじゃなく、兵庫を代表するイケメンスプリンター佐々木君まで来るなんて!あぁ、お姉さん興奮しすぎて倒れちゃいそう……」

 一二三は顔に手を当てながら嬉しそうに叫んでいる。
 1人で騒いで1人で倒れそうになっている一二三を見て、結城はなぜか先輩2人に申し訳ない気持ちが湧いているのだった。

「は、はぁ……それはどうも?」

 完全に引いている隼人をよそに、木村はふと目が合った結城に気付く。

(ヤバ、木村さんと目合ったんだけど……)

 謎の気まずさを感じる結城に、木村は突然話しかけた。

「もしかして、早馬結城か?」

 低い声が結城の鼓膜を震わせる。
 どうやら木村は、先ほど一二三が結城の苗字を口にしたおかげで、結城の存在に気付いたようだった。

 木村は体格だけでなく、内から出るオーラも非常に圧がある。
 ただでさえ大きな180cmの木村が、2mにも3mにも見えるほどだ。

 ”王者の風格”とはこの事なのかと、結城はヒシヒシと肌で感じていた。



 するとそれに気付いたのか、隼人が咄嗟にフォローに入る。

「ちょっと、木村は自分の思っている以上に威圧感あるんだから!そんな怖い顔で話しかけたら1年生は怖がるよ」

「そうか?すまなかった早馬。いかんせん笑顔で話すというのが苦手なものでな」

 木村は相変わらず無表情で答えた。
 いや、無表情と感じていたのはどうやら結城だけだったようだ。

「お、木村も笑顔出るようになったじゃん!人間としても成長されたら、お前に勝てる要素無くなっちゃうよ」

(え、今笑ってた!?どこが?目が?口が?何が?顔を接着剤で固めたのかってぐらい動いてなかったですよ!?)

 隼人の観察眼に、結城は今日一番の衝撃を受けているのだった。


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※先週の北城市記録会で最速タイムを記録・・・「第25走 男子100m」参照
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