45 / 136
北城市地区予選 準備編
第44走 バトンパス
しおりを挟む
二木山高校の4人は、下半身をスパッツへと履き替え各々のスタート位置へと向かった。
そもそも”今から4継を走る”という弟・根本仁の提案は、兄の根本裕と3年の先輩2人には猛反対された。
それもそのはず、試合前の最終確認は終わり、ダウンも済ませてしまっていたのだから当然だ。
だが根本仁の自己顕示欲は相当強い。
一度言い出したら考えを曲げない事も周りは分かっていたのだ。
それに加え、渚と結城も”走りを見たい!”と乗り気になっていた。
結局反対派の3人は、後で根本仁に食べ物を奢られる事で渋々了承し、軽いアップを始めるのだった。
————————
いよいよ準備も整い、第1走の林がスターティングブロック(通称:スタブロ)を調節している。
ちなみにスタブロは緑山記念では無料でレンタルできる。
そしてスタートの合図は渚が行い、タイムは結城がスマホで計測する事になった。
さすがに公式の大きなタイマーを使う事は出来ないので、手動で計測※するようだ。
そして各走者の準備も整い、いよいよ渚が大会のスターターと同様に合図を始める。
「On your marks……Set……」
夜の静寂が競技場を包む。
その直後に渚が”パン!”と強く手を叩き、第1走の林が勢いよくスタートを切った!
低い姿勢から一気に加速していく林のスタートは無駄が無く、キレイな加速をみせている。
ちなみに彼の100mのベストタイムは11秒54で、高校3年生の中では特段に早い訳ではない。
少なくとも県予選大会で見れば予選通過も怪しいタイムである。
だが林には大きな武器があった。
それはカーブの走り方である。
林自身、直線よりもカーブの方が上手く遠心力を使えて走りやすいと感じているのだ。
今も結城たちの目の前で11秒台中盤とは思えないほどの良い走りを見せているのは、それが大きな要因である。
————————
そこから林はスピードを落とす事なく、2走の根本仁へのバトンパスへと差し掛かった。
するとそこで結城は驚きの表情を浮かべる。
「アンダーハンドス※だ……!!!」
アンダーハンドパスとは”腰辺りの高さで行うバトンパス”の事である。
4継の日本代表がこのバトンパスを行っている事でも有名だ。
ではなぜ結城は驚いたのか?
答えは単純に”珍しかった”からである。
多くの高校はオーバーハンドパスと呼ばれる、手を高く上げてバトンを渡す方法をとっている。
学生の間ではこれが完全な主流であり、実際結城自身も生でアンダーハンドパスを見たのは2回目だった。
メンバーの多大な信頼関係があってこそ成立するバトンパスなので、いかに二木山がリレーに対して情熱を注いできたのかが垣間見える瞬間でもあった。
◇
そしてお互いが減速する事なくキレイにバトンは通り、2走の根元仁がバックストレートを駆け抜けていく。
彼は100mにおいてはチーム内2番目の速さを誇る選手だ。
残念ながらフォームはキレイとは言えないが、1歩1歩に力強さがあり、ドンドンと加速していくのが分かる。
渚は遠くから見ていても”減速の無さ”を強く感じる程だった。
だがそれもそのはず、実は仁は400mを専門にしている選手なのだ。
スピードを保つ能力は元々高く、それをリレーでもしっかりと活かしていた。
そして早くも第3走の根元裕へのバトンパスへと差し掛かった根本仁は、先ほどと同様に”おそらく”アンダーハンドパスを行った。
あくまでも”おそらく”である。
なぜか確信はない。
「……え?今バトンいつ渡したんだ?」
結城と渚は同様の事を呟いていた。
そう、バトンパスの瞬間が2人には全く見えなかったのだ!
3走の根本裕が走り出した直後には、既に彼の手にバトンがある感覚。
まるでバトンパスなど無かったと錯覚せざるを得なかった。
「待て待て待て!なんだよ今のっ!?」
長く4継に情熱を注いできた渚でさえも、驚きを隠せない。
もしこの世界に”完璧なバトンパス”があるとすれば、今まさに目の前で起きた事なのだと思わされるほどだったのだから。
————————
だがそんな渚をよそに、根本裕は1走の林と同じく得意のカーブで加速していき、とうとうアンカーの今田颯太へとバトンを繋いでいく。
だがここで初めてバトンパスが詰まって※しまった。
3走の裕は減速し、今田に合わせるようにして何とかバトンを渡していたのだ。
そんな今田は二木山では最も100mが速い選手である。
とはいえベストタイムは11秒台であり、強豪校のアンカーに比べると見劣りはしている。
しかし渚と同じく、リレーになると普段の数倍の力を発揮するタイプの選手だ。
一気にメインストレートを駆け抜け、タイムを測る結城の前を通過していった。
【ピッ!】
「早馬、何秒だ!?」
結城の一番近くにいた渚が、真っ先にタイムを問いかける。
そして結城はスマホに表示されたタイムを、離れた所にいる4人にも聞こえるように叫んでいた。
「よ……41秒62です!!!」
二木山は手動計測とはいえ、渚達の前で42秒台を破ってみせたのだ。
————————
※”手動で計測”の豆知識・・・人間が手動で計測すると、約0.24秒速く計測される事が長い陸上競技の研究で分かっている。なので手動は正式なタイムとしてはもちろん認められないが、一部の記録会などでは現在でも手動で測る事が稀にある。もし自己ベストが手動タイムの場合、正式な大会に事前申請するタイムは自己ベスト+0.24秒するのが一般的である(地域により異なる場合有り)
※アンダーハンドパス・・・”アンダーハンドパスのメリット”は、ほぼフォームを崩すこと無くバトンを受け渡すので、減速しにくい所にある。さらに手渡しのようなバトンパスなので、バトンを落下する危険性も低い。
ただし遠くからでも渡せるオーバーハンドパスと違い、至近距離でしか渡せないので、少しの判断ミスで30mのテイクオーバーゾーン(この範囲内でバトンを渡さなければ失格になる)を超えてしまうデメリットも大きい。つまりは、相当な練習と信頼関係がなければ出来ないバトンパスである。
※バトンパスが詰まる・・・バトンパスの瞬間、2人の距離が近くなりすぎる事。次の走者が前の走者のスピードを的確に見極めないと、このようなタイムロスに繋がってしまう。
そもそも”今から4継を走る”という弟・根本仁の提案は、兄の根本裕と3年の先輩2人には猛反対された。
それもそのはず、試合前の最終確認は終わり、ダウンも済ませてしまっていたのだから当然だ。
だが根本仁の自己顕示欲は相当強い。
一度言い出したら考えを曲げない事も周りは分かっていたのだ。
それに加え、渚と結城も”走りを見たい!”と乗り気になっていた。
結局反対派の3人は、後で根本仁に食べ物を奢られる事で渋々了承し、軽いアップを始めるのだった。
————————
いよいよ準備も整い、第1走の林がスターティングブロック(通称:スタブロ)を調節している。
ちなみにスタブロは緑山記念では無料でレンタルできる。
そしてスタートの合図は渚が行い、タイムは結城がスマホで計測する事になった。
さすがに公式の大きなタイマーを使う事は出来ないので、手動で計測※するようだ。
そして各走者の準備も整い、いよいよ渚が大会のスターターと同様に合図を始める。
「On your marks……Set……」
夜の静寂が競技場を包む。
その直後に渚が”パン!”と強く手を叩き、第1走の林が勢いよくスタートを切った!
低い姿勢から一気に加速していく林のスタートは無駄が無く、キレイな加速をみせている。
ちなみに彼の100mのベストタイムは11秒54で、高校3年生の中では特段に早い訳ではない。
少なくとも県予選大会で見れば予選通過も怪しいタイムである。
だが林には大きな武器があった。
それはカーブの走り方である。
林自身、直線よりもカーブの方が上手く遠心力を使えて走りやすいと感じているのだ。
今も結城たちの目の前で11秒台中盤とは思えないほどの良い走りを見せているのは、それが大きな要因である。
————————
そこから林はスピードを落とす事なく、2走の根本仁へのバトンパスへと差し掛かった。
するとそこで結城は驚きの表情を浮かべる。
「アンダーハンドス※だ……!!!」
アンダーハンドパスとは”腰辺りの高さで行うバトンパス”の事である。
4継の日本代表がこのバトンパスを行っている事でも有名だ。
ではなぜ結城は驚いたのか?
答えは単純に”珍しかった”からである。
多くの高校はオーバーハンドパスと呼ばれる、手を高く上げてバトンを渡す方法をとっている。
学生の間ではこれが完全な主流であり、実際結城自身も生でアンダーハンドパスを見たのは2回目だった。
メンバーの多大な信頼関係があってこそ成立するバトンパスなので、いかに二木山がリレーに対して情熱を注いできたのかが垣間見える瞬間でもあった。
◇
そしてお互いが減速する事なくキレイにバトンは通り、2走の根元仁がバックストレートを駆け抜けていく。
彼は100mにおいてはチーム内2番目の速さを誇る選手だ。
残念ながらフォームはキレイとは言えないが、1歩1歩に力強さがあり、ドンドンと加速していくのが分かる。
渚は遠くから見ていても”減速の無さ”を強く感じる程だった。
だがそれもそのはず、実は仁は400mを専門にしている選手なのだ。
スピードを保つ能力は元々高く、それをリレーでもしっかりと活かしていた。
そして早くも第3走の根元裕へのバトンパスへと差し掛かった根本仁は、先ほどと同様に”おそらく”アンダーハンドパスを行った。
あくまでも”おそらく”である。
なぜか確信はない。
「……え?今バトンいつ渡したんだ?」
結城と渚は同様の事を呟いていた。
そう、バトンパスの瞬間が2人には全く見えなかったのだ!
3走の根本裕が走り出した直後には、既に彼の手にバトンがある感覚。
まるでバトンパスなど無かったと錯覚せざるを得なかった。
「待て待て待て!なんだよ今のっ!?」
長く4継に情熱を注いできた渚でさえも、驚きを隠せない。
もしこの世界に”完璧なバトンパス”があるとすれば、今まさに目の前で起きた事なのだと思わされるほどだったのだから。
————————
だがそんな渚をよそに、根本裕は1走の林と同じく得意のカーブで加速していき、とうとうアンカーの今田颯太へとバトンを繋いでいく。
だがここで初めてバトンパスが詰まって※しまった。
3走の裕は減速し、今田に合わせるようにして何とかバトンを渡していたのだ。
そんな今田は二木山では最も100mが速い選手である。
とはいえベストタイムは11秒台であり、強豪校のアンカーに比べると見劣りはしている。
しかし渚と同じく、リレーになると普段の数倍の力を発揮するタイプの選手だ。
一気にメインストレートを駆け抜け、タイムを測る結城の前を通過していった。
【ピッ!】
「早馬、何秒だ!?」
結城の一番近くにいた渚が、真っ先にタイムを問いかける。
そして結城はスマホに表示されたタイムを、離れた所にいる4人にも聞こえるように叫んでいた。
「よ……41秒62です!!!」
二木山は手動計測とはいえ、渚達の前で42秒台を破ってみせたのだ。
————————
※”手動で計測”の豆知識・・・人間が手動で計測すると、約0.24秒速く計測される事が長い陸上競技の研究で分かっている。なので手動は正式なタイムとしてはもちろん認められないが、一部の記録会などでは現在でも手動で測る事が稀にある。もし自己ベストが手動タイムの場合、正式な大会に事前申請するタイムは自己ベスト+0.24秒するのが一般的である(地域により異なる場合有り)
※アンダーハンドパス・・・”アンダーハンドパスのメリット”は、ほぼフォームを崩すこと無くバトンを受け渡すので、減速しにくい所にある。さらに手渡しのようなバトンパスなので、バトンを落下する危険性も低い。
ただし遠くからでも渡せるオーバーハンドパスと違い、至近距離でしか渡せないので、少しの判断ミスで30mのテイクオーバーゾーン(この範囲内でバトンを渡さなければ失格になる)を超えてしまうデメリットも大きい。つまりは、相当な練習と信頼関係がなければ出来ないバトンパスである。
※バトンパスが詰まる・・・バトンパスの瞬間、2人の距離が近くなりすぎる事。次の走者が前の走者のスピードを的確に見極めないと、このようなタイムロスに繋がってしまう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる