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兵庫県予選準備編

第81走 団体競技

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 テスト1週間前に突入したキタ高陸上部は、部活動の時間を短縮して練習に臨んでいる。

 本来ならば完全に部活動は停止する期間なのだが、インターハイに繋がる予選を控えた部活動は特別に活動を認められているのだ。
 そして現在グラウンドの陸上部は各々の種目練習へと移っている。

 そんな中、個人では無く団体種目の練習を行う部員達も居た。

 そう、リレーの※4継メンバーだ!
(※4×100mリレー)



 少し話は逸れるが、陸上競技をやっている者が必ず言われるセリフがある。

【陸上って個人競技だよね】

 特に野球やサッカーなどに代表されるチームスポーツを行う人間からは"必ず"と言っていい程に言われるセリフだ。
 だがあえてこれに対する答えを言うならば、【NO】である。
 いや、正確には【種目によってはNO】である。

 例えばリレーや駅伝に関しては、チームスポーツという枠を超える"スーパーチームスポーツ"と言ってもいいのかもしれない。

 それは何故か?
 簡単に言うなら”代わりは居ない”ところだ。

 例えばチームスポーツとして代表的な野球やサッカー。
 選手が試合中にケガをして動けなくなった場合どうするのか?

 答えは簡単で"交代をすればいい”のである。
 もちろん主力の選手が交代すれば”戦力は下がる”などの影響は有るものの、試合自体は続行できるので勝つ可能性も負ける可能性も消えない。

 むしろ控えで出た選手が活躍して勝利を得るなんて事もよく起こるスポーツだ。

 だが駅伝やリレーに関してはどうだろう?
 試合中に誰か1人が止まれば、その時点で【完全な敗北】が決定する。

 選手交代も、中断も無い。
 1度スタートの号砲が鳴れば、決められたメンバーが走り切らない限り、結果はちりすらも残らないのだ。

 "1人のミスをみんなでカバーする“なんて言葉があるが、リレーにおいては1人が止まってしまえばカバーする時間すら与えられない。
 これがスーパーチームスポーツたる所以なのだ。



 もちろん大袈裟に書いたかもしれないが、リレーという種目が厳しい競技なのは事実だ。
 だからこそ現在4継メンバーが集まって行っている日頃のバトン練習は、非常に大切な意味を持つ。

 その証拠に今日のリレー練習は、珍しく吉田先生が立って指導を行っていた。
 タブレット端末を使って動画を撮っている程である。

「やはり山口君は1歩目が重いね。重心を高く持ってみようか」

「はいっ!」

 渚はリレーにおいても100m走同様スタートが大の苦手である。
 それを改善するために吉田先生の指導にも熱が入っていたのだ。

 ちなみに北城地区予選でキタ高の4継は、1走から黒崎慎吾(2年)→佐々木隼人(3年)→郡山翔(1年)→山口渚(3年)の順で走り、タケニに次ぐ全体2番目のタイムを残した。

 だが1走の黒崎に関しては短距離専門の選手ではない。
 2年の短距離部員が少なすぎる為、そこそこのスプリント能力を持った黒崎を”使わざるをえない”のが現在のキタ高短距離パートの層の薄さなのだ。

 なので誰かがトラブルによって走れなくなった場合のために、市予選を走った4人に加えて”もう1人の部員”がリレー練習に今日から参加している。

 そう、紛れもない早馬結城である。

(なんで今の俺が!?!?)

 結城はこのセリフを何度も頭の中で繰り返していた。

 だが吉田先生と渚の”万が一の時に備えて控え選手のバトン練習も必要”という言葉に乗せられ、結局リレー練習に参加せざるを得なかったのだ。



 とはいえ結城も2人の言う事が至極正しいという事は重々理解している。

 メンバーの誰かが県予選の他種目でケガするリスク。
 はたまたリレーの予選でケガをするリスク。
 さらには当日の疲労や体調、調整不足で走りに精細を欠くリスク。

 1発勝負の団体競技において、リスクを挙げればキリがないのだ。

 ちなみに市予選で提出した4継の控え選手は【結城・康太・スガケン】の3人。
 この中でいけば2年のスガケンが最も優先されそうだが、スガケンは専門の110mH(ハードル)で県予選に駒を進めている。

 対して結城と康太はリレー以外に出場する可能性は”ゼロ”であるのに対し、スガケンは110mHと4継の予選が行われる日は同日なのだ。

 要するにスガケンの疲労や個人種目への影響を考えると、市予選の100mで"そこそこ"のタイムを残した結城が出る事が、最もタイムロスのリスクが少なかったのだ。
 その"そこそこ"のタイムは北城市記録会の康太の100mより早かったので尚更だ。

(そっか、俺になっちゃうよなぁ……くぅぅ!)

 その答えを脳内で出し終えた結城は、もはや腹をくくるしかなかった。

————————

 そんな心情の結城をよそに、同学年の翔はノリに乗っていた!

「ハイ!!!」

 翔は4走の渚にバトンを渡すタイミングを伝える声を上げている。
 だが素人が見ても2人の距離は明らかに詰まっており、翔が渚と衝突しないようにスピードを落としてバトンを渡していた程だった。

「うーん、渚の出るタイミングは悪くなかったんだけどなあ。郡山が予想以上にスピードに乗れてるって感じがするな」

 そう分析したのは、2人のバトンパスを間近で見ていた隼人だ。
 そして同じく横で見ていた結城も、隼人と同様の事を感じていた。

 そもそもリレーのバトンパスにおいて"詰まる"というのは、単純に後ろの選手のスピードが落ちてしまうのでタイムロスに繋がる。
 加えて距離が近すぎるとバトンが渡しにくくなるので、バトンを落としてしまうリスクさえも上がってしまうのだ。

 なのでリレー練習の主な目的は"バトンの受け渡しを行う2人のスピードが一切落ちない距離のバトンパスを作り上げる為"である。
 たった数秒のために何百時間も費やす、まさに職人の域だ。



「隼人!俺やっぱ遅かった!?」

 走り終えた渚が、少し離れた所から先ほどのバトンパスの確認をしていた。

「いや、タイミングに問題は無かった!そもそものマークの位置が、まだ近いみたいだ!」

 隼人は事実だけをしっかりと伝える。
 ちなみに"マーク"とは、バトンを貰う走者が走り出すタイミングを測るために地面に置く、小さな円形の置物の事である。※
 このマークに前の走者が差し掛かった瞬間に、バトンを貰う走者は走り出すのだ。

「いやー、それにしても郡山君は市予選からどんどん伸びてきているね。素晴らしい」

 吉田先生は翔の調子の良さには気付いている様子だった。
 さらには4継の現状についても呟く。

「私の経験上、こういった新旧の良い選手が混じるチームは強い。今年は非常に期待できるね」

 それを聞いた隼人も笑顔で答える。

「もちろんですよ!期待してて下さい先生」

「それは頼もしい、期待してるよキャプテン」

「はい!」

 隼人の"吉田先生を辞めさせたくない"という思いを聞いていた結城は、"期待"という言葉にひしひしと重みを感じていた。

————————

「早馬~!いつでもOK!」

 そしていよいよ結城のバトンパスの番がやってきた。
 隼人の合図と共に結城は、40mほど離れたカーブから走り出す。

(佐々木キャプテンに追いつけるのか、俺!?)

 結城は、現在進行形で100m10秒台のスピードを持つ隼人に追いついてバトンを渡せるのか、不安を抱えたまま走っていた。
 だがそんな事を考えている内に結城は隼人にグングンと近付き、隼人もマーカーに差し掛かった結城を見ていよいよ走り出す!

(あ、ヤバい……遠い!!)

 これは走り出した隼人を見て感じた、結城の最初の感情である。
 そう、結城の不安は的中してしまったのだ。

 だが諦める訳にもいかず、ドンドンと加速していく隼人の背中を必死に追いかける結城!

「ハ、ハイッ!!!」

 "ギリギリ届くか!?"というタイミングで、結城はバトンを渡す合図の声を上げる。
 それを聞いた隼人も、迷う事なく左手を高く挙げ、バトンを受け取る体勢に入った!

 …………しかし残念ながら、隼人の手にバトンが届く事は無かった。
 そう、結城は隼人に追いつけなかったのだ。

 だがさらに事態は悪化する。

「あっちょ……まっ……!」

 必死に手を伸ばしてバトンを渡そうとした結城の身体は、急激に重心が崩れた事によりそのままヘッドスライディングで地面に倒れ込んでいたのだ!


【ズザアアアアァァァ……】


 気付けば結城はキレイに地面をスベッていた。

「うぉぉい!?早馬ぁ大丈夫かっ!?」

 すかさず渚と翔が倒れた結城に駆け寄る。
 だがあまりにキレイなヘッドスライディングだった為か、2人は口角を上げないように必死な様子だ。

「痛ってぇぇぇ…すいません、擦りむいただけだと思うんで多分大丈夫です……」

 そう言う結城のヒジとヒザからは、赤いモノがゆっくり流れているのだった。

(10秒台……早過ぎるってぇ!!)


————————
※小さな円形の置物・・・学校によって違う。本番の試合ではテーピングのテープを千切って使ったり、競技場から支給される正式なマーカーを使ったりする。

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