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兵庫県予選準備編
第85走 最終準備(ヤマジツ編)
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◇
【山足実業】
全国でも陸上大国と言われている兵庫県。
だがその兵庫県において、長年に渡り”強豪”の名に恥じない成績を残し続けている高校がある。
そう、山足実業だ。
中でもやはり市予選の100m、200mで共にトップの記録を叩き出した木村春彦は別格だろう。
今年4月の北城市記録会で10.56を記録した時より、さらに走りに磨きをかけていた。
そんな木村は現在、県予選前の最終調整を終えてクールダウンの最中である。
いつものルーティン通り、じっくりと全身の筋肉を伸ばした後にあぐらをかいて目を閉じる。
そしてゆっくりと呼吸に意識を向け、瞑想を始めるのだ。
この状態に入ってしまうと、部員はおろか顧問ですら話しかける事が出来ない空気が木村の周りを包む。
頭もほとんど坊主なので、周りから見ればまさに”お坊さん”といった所か。
だがこの4月から、瞑想中の木村にある変化が起こった。
正確には、変化が起こったのは木村自身ではないのだが……。
「キムさん!明日もいけそうっすか!?」
瞑想中の木村に明るく話しかけていたのは、今年の新入生である春山ニコラス慧だ。
今まで誰も話しかけられなかった瞑想中の木村に、入部初日から話しかけたのがこのニコラスという男である。
当初は周りの先輩達に”木村さんの邪魔をするなんて正気か!?”といった言葉をかけられていたニコラスだったが、以外にも木村自身がそれを否定した。
「俺は話しかけないで欲しいと頼んだ覚えはないぞ?」
その言葉以降、周りの先輩達がとやかく言う事は無くなった。
それに味を占めたニコラスも、瞑想中だろうが練習中だろうが、かまわず木村に話しかけるのが日課になっていたのだ。
だがニコラスは決して木村をナメているわけではない
むしろ”崇拝すべき偉大な先輩”とすら感じている。
だが”崇拝する”となると日本人はなおさら”話しかけてはならない”と思ってしまいそうだが、ニコラスは違う。
陽気なアメリカ人の父を持つ彼にとって、崇拝すべき対象と共に過ごせる時間は夢のようであり、全てを知りたい衝動に駆られるのは至極当然なのだ。
そして人格者である木村も、彼の行動を不快と感じる事は無かった。
まさに”師弟関係”と言える気持ちの繋がりが、既に2人の間には生まれていたのだ。
加えて木村はニコラスのスプリンターとしての実力も高く評価している。
事実地区予選でも、ニコラスは1年ながら100、200m共に県予選へと駒を進めていた。
まさにニコラスは木村にとって誇るべき後輩であり、その誇らしさが先月【陸上専門店HOP】で会った隼人と結城にニコラスの事を話させていたのだ。(※第41走)
◇
さて、話は先ほどのニコラスの質問に戻る。
「キムさん!明日もいけそう!?」
「ニコ、決まった勝負など無い。いざ始まってみれば、何が起こるかなんて分からない」
「相変わらず固いね!ハハハ」
ニコラスは体を揺らすほどに笑っているが、その笑いが治らない状態で続ける。
「でも僕は負けないよ!キムさんにも、他の誰にも!」
「大きな目標を言うのは決して悪い事ではないが、決勝の舞台は甘くないぞ。特に兵庫は毎年何かが起こる。気を抜かないようにな」
「Of course!でも100も200も4継も、全部1位取って見せるから!」
「ふっ、それは大層な事だな。どうやら1年のお前には、怖いものなんて無いみたいだ。いいだろう、進める内にそのまま突き進むと良い。それがお前の良いところだ」
「言われなくても!ヘヘへ」
するとそんな会話を交わす2人に対して、少し離れた所から誰かが呼びかける。
「おーい木村!今日は何味にする?」
そう声をかけていたのは、木村と同じ3年で投擲種目を専門とする原田淳だ。
彼も全国出場が期待される実力を持った選手であり、明日の県大会でも好記録が期待されている。
そんな原田が現在右手に持っているのは”プロテイン”のシェイカー。
そう、原田はいつも自分のプロテインを作る際に、ついでに木村も分も作っているのだ。
そして原田の質問に対し、木村も慣れた様子で答える。
「今日もココアで頼む」
「うーーっす。ココアいっちょー!!試合前だしサービスしとくぜお客さん!」
そう言って原田はシェイカーに大量のココア味のプロテイン粉末を入れる。
するとその様子を見ていたニコラスも再び口を開いた。
「好きねプロテイン。効果あるの?」
それに対し、木村は堂々とした口調で答える。
「愚問だなニコ。筋肉は……」
「筋肉は……?」
「筋肉は裏切らない」
「……What?」
強い西日が木村の上腕二頭筋を鮮やかに照らしていた。
————————
【山足実業】
全国でも陸上大国と言われている兵庫県。
だがその兵庫県において、長年に渡り”強豪”の名に恥じない成績を残し続けている高校がある。
そう、山足実業だ。
中でもやはり市予選の100m、200mで共にトップの記録を叩き出した木村春彦は別格だろう。
今年4月の北城市記録会で10.56を記録した時より、さらに走りに磨きをかけていた。
そんな木村は現在、県予選前の最終調整を終えてクールダウンの最中である。
いつものルーティン通り、じっくりと全身の筋肉を伸ばした後にあぐらをかいて目を閉じる。
そしてゆっくりと呼吸に意識を向け、瞑想を始めるのだ。
この状態に入ってしまうと、部員はおろか顧問ですら話しかける事が出来ない空気が木村の周りを包む。
頭もほとんど坊主なので、周りから見ればまさに”お坊さん”といった所か。
だがこの4月から、瞑想中の木村にある変化が起こった。
正確には、変化が起こったのは木村自身ではないのだが……。
「キムさん!明日もいけそうっすか!?」
瞑想中の木村に明るく話しかけていたのは、今年の新入生である春山ニコラス慧だ。
今まで誰も話しかけられなかった瞑想中の木村に、入部初日から話しかけたのがこのニコラスという男である。
当初は周りの先輩達に”木村さんの邪魔をするなんて正気か!?”といった言葉をかけられていたニコラスだったが、以外にも木村自身がそれを否定した。
「俺は話しかけないで欲しいと頼んだ覚えはないぞ?」
その言葉以降、周りの先輩達がとやかく言う事は無くなった。
それに味を占めたニコラスも、瞑想中だろうが練習中だろうが、かまわず木村に話しかけるのが日課になっていたのだ。
だがニコラスは決して木村をナメているわけではない
むしろ”崇拝すべき偉大な先輩”とすら感じている。
だが”崇拝する”となると日本人はなおさら”話しかけてはならない”と思ってしまいそうだが、ニコラスは違う。
陽気なアメリカ人の父を持つ彼にとって、崇拝すべき対象と共に過ごせる時間は夢のようであり、全てを知りたい衝動に駆られるのは至極当然なのだ。
そして人格者である木村も、彼の行動を不快と感じる事は無かった。
まさに”師弟関係”と言える気持ちの繋がりが、既に2人の間には生まれていたのだ。
加えて木村はニコラスのスプリンターとしての実力も高く評価している。
事実地区予選でも、ニコラスは1年ながら100、200m共に県予選へと駒を進めていた。
まさにニコラスは木村にとって誇るべき後輩であり、その誇らしさが先月【陸上専門店HOP】で会った隼人と結城にニコラスの事を話させていたのだ。(※第41走)
◇
さて、話は先ほどのニコラスの質問に戻る。
「キムさん!明日もいけそう!?」
「ニコ、決まった勝負など無い。いざ始まってみれば、何が起こるかなんて分からない」
「相変わらず固いね!ハハハ」
ニコラスは体を揺らすほどに笑っているが、その笑いが治らない状態で続ける。
「でも僕は負けないよ!キムさんにも、他の誰にも!」
「大きな目標を言うのは決して悪い事ではないが、決勝の舞台は甘くないぞ。特に兵庫は毎年何かが起こる。気を抜かないようにな」
「Of course!でも100も200も4継も、全部1位取って見せるから!」
「ふっ、それは大層な事だな。どうやら1年のお前には、怖いものなんて無いみたいだ。いいだろう、進める内にそのまま突き進むと良い。それがお前の良いところだ」
「言われなくても!ヘヘへ」
するとそんな会話を交わす2人に対して、少し離れた所から誰かが呼びかける。
「おーい木村!今日は何味にする?」
そう声をかけていたのは、木村と同じ3年で投擲種目を専門とする原田淳だ。
彼も全国出場が期待される実力を持った選手であり、明日の県大会でも好記録が期待されている。
そんな原田が現在右手に持っているのは”プロテイン”のシェイカー。
そう、原田はいつも自分のプロテインを作る際に、ついでに木村も分も作っているのだ。
そして原田の質問に対し、木村も慣れた様子で答える。
「今日もココアで頼む」
「うーーっす。ココアいっちょー!!試合前だしサービスしとくぜお客さん!」
そう言って原田はシェイカーに大量のココア味のプロテイン粉末を入れる。
するとその様子を見ていたニコラスも再び口を開いた。
「好きねプロテイン。効果あるの?」
それに対し、木村は堂々とした口調で答える。
「愚問だなニコ。筋肉は……」
「筋肉は……?」
「筋肉は裏切らない」
「……What?」
強い西日が木村の上腕二頭筋を鮮やかに照らしていた。
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