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兵庫県予選大会 1日目
第108走 それぞれの成長
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「意外だったな、ミーティングで渚が1番冷静なんて」
3年の隼人と渚の2人は、帰りの電車の中で怒涛の1日を振り返っていた。
「まぁ別に、決勝進めたのは事実じゃん。だからあそこで黒崎を問い詰めるのも違うかなって思ったんだよ」
「それが意外だったんだよ。去年までの渚なら、郡山と同じようにキレてたかもしれないだろ?」
「そんな事……まぁ、無いとは言い切れない!」
そう言って渚はハハッと笑っていた。
だが隼人の言う通り、今日の準決勝後の渚は怖いほどに冷静だった。
そして渚が誰よりも4継に情熱を注いでいた事を知っていた隼人は、それが驚くほどに意外だったのだ。
「でも郡山の言ってた通り、今日の4継で敗退してたら俺引退だったんだな」
「……そうだよ渚、だからもっと焦ってるかと思ったよ。俺みたいに100mの個人種目が残ってる訳じゃないんだから」
「だよなー。でもさ、準決勝ゴールした直後は俺もイライラしてたんだぜ?」
「え、そうなの!?黒崎に対してか?」
隼人は純粋な疑問を渚に投げかけていた。
「いや、俺も最初はそう思ったんだよ。でもさ、よくよく冷静に考えたら、別に黒崎に対する怒りって感じじゃなかったんだよな」
「じゃあ……自分に対してとか?」
「あー、ある意味そうかもな。竹安抜かせなかった事にも腹立ったし。でもそれよりも、今の俺達に対する情けなさだよな。もちろんお前も含めてだぞ??」
「えぇ!?俺に怒ってたの!?」
隼人は焦った様子で渚の顔を見た。
だが幸い、今の渚の顔は怒っているようには見えない。
「要するにアレだよ、黒崎に”言いだせない空気”を作ったのは、俺ら3年の責任だよなーって思ったんだよ。だって去年あんなクソな事(食堂事件)があったのに、その後1年間で先輩としてちゃんと後輩に寄り添えたか?」
「いや……微妙な所だよな」
「だろ?普通あんなん事件あったら、俺らが新しい先輩としてもっと接しやすく、なんつーか、明るい部活にしなきゃダメなんだよ。いや、正直してるつもりだったんだよ、俺もお前も」
「……あぁ」
そして隼人は遠くを見つめるような目で、ガタンガタンと揺れる電車に身を委ねている。
もはや帰り道である事を忘れるほど、彼らは過去の凄惨な景色を思い出していたのだ。
「けどそうじゃなかった。少なくとも4継を組んだ黒崎すら言ってくれないんだから、リューを除いた2年との溝はクッソ深いんだよ。だからその情けなさに、多分俺はイライラしたんだと思う」
「なるほどね……」
【西北城、西北城。右側の扉が開きます、ご注意ください】
とうとうキタ高の最寄駅へと到着していた。
そして渚は、疲労で少し重たくなった身体でグッと立ち上がり、最後に隼人に言っていた。
「だから明日はどんな結果になろうが、あるべき先輩の姿ってのを示さなきゃな」
開いた電車の扉からは、少し肌寒い空気が入ってきている。
————————
隼人達とは違う時間の電車で帰っていた結城と翔と康太の3人。
そして2年の黒崎慎吾は吉田先生の知り合いの整体師の所へ向かい、同じく2年のスガケンはそれに付き添っていた。
このように各々が明日に向けて準備を整えていく段階なのだが、やはり結城だけは心が落ち着かない様子だ。
事実、帰りの電車でも彼はほとんど言葉を発しなかった。
いや、発せなかったのだ。
となりでずっと慎吾に対する不満を口にする翔の言葉すら、ほとんど覚えてはいない。
(俺が走るべきなのは分かる。先輩を待たせてるのも申し訳ない。でも……)
グチャグチャになった頭のまま、とうとう結城は夢駆荘※に到着していた。
「ダメだ、腹減りすぎた!もう5分後に死ぬ!早く食堂行くぞ結城、ゴー!」
すると同部屋の康太は、いつも通りの明るい声で結城達を食堂へ引っ張っていた。
普段なら”食事こそ人生”のゴーが引っ張っていきそうなものだが、どうやら空腹が限界を通り越したゴーは、1周回って動けないようだった。
「早く……早くタンパク質を摂取しないと痩せてしまうよ……早くタンパク質を体に入れさせて……」
「タンパク質をヤバい物質みたいに言うなよゴー!」
このようにいつものクダらないやりとりをする康太とゴーだが、それとは対照的に結城の表情は変わらず重たかった。
◇
なんと言っても今日の食事は、近畿出場を決めたゴーの祝勝会でもある。
「という事で、ゴー近畿出場おめでとー!!」
「おめでとー!てかマジでスゲェよ竹原、1年で近畿とか最強じゃん」
食堂で康太達と合流した一縷や翔、その他の1年生たちによってゴーの食卓は豪華になっていた。
なにせ今日の晩飯はからあげにカレー、パスタも追加で頼める。
気付けばゴーの皿には、崩れんばかりのからあげが積み上げられていた。
「て、て、天国はここにあったんだ……!」
「からあげ天国って事?油臭そうだなその天国」
だがそんな康太の返事に見向きもしないゴーは、まるで5日ぶりの食事にありついた獣のように食糧を胃に流し込んでいた。
喉に吸引力の変わらない掃除機を搭載しているかのような吸収速度である。
(ゴーの食べる姿は、いつも面白いなぁ……)
このように何故か癒されている1年生たち。
だがもちろん、明日に本当の勝負を控えている2人の4継メンバーの表情だけは違っていた。
————————
※夢駆荘・・・キタ高の寮の名前
3年の隼人と渚の2人は、帰りの電車の中で怒涛の1日を振り返っていた。
「まぁ別に、決勝進めたのは事実じゃん。だからあそこで黒崎を問い詰めるのも違うかなって思ったんだよ」
「それが意外だったんだよ。去年までの渚なら、郡山と同じようにキレてたかもしれないだろ?」
「そんな事……まぁ、無いとは言い切れない!」
そう言って渚はハハッと笑っていた。
だが隼人の言う通り、今日の準決勝後の渚は怖いほどに冷静だった。
そして渚が誰よりも4継に情熱を注いでいた事を知っていた隼人は、それが驚くほどに意外だったのだ。
「でも郡山の言ってた通り、今日の4継で敗退してたら俺引退だったんだな」
「……そうだよ渚、だからもっと焦ってるかと思ったよ。俺みたいに100mの個人種目が残ってる訳じゃないんだから」
「だよなー。でもさ、準決勝ゴールした直後は俺もイライラしてたんだぜ?」
「え、そうなの!?黒崎に対してか?」
隼人は純粋な疑問を渚に投げかけていた。
「いや、俺も最初はそう思ったんだよ。でもさ、よくよく冷静に考えたら、別に黒崎に対する怒りって感じじゃなかったんだよな」
「じゃあ……自分に対してとか?」
「あー、ある意味そうかもな。竹安抜かせなかった事にも腹立ったし。でもそれよりも、今の俺達に対する情けなさだよな。もちろんお前も含めてだぞ??」
「えぇ!?俺に怒ってたの!?」
隼人は焦った様子で渚の顔を見た。
だが幸い、今の渚の顔は怒っているようには見えない。
「要するにアレだよ、黒崎に”言いだせない空気”を作ったのは、俺ら3年の責任だよなーって思ったんだよ。だって去年あんなクソな事(食堂事件)があったのに、その後1年間で先輩としてちゃんと後輩に寄り添えたか?」
「いや……微妙な所だよな」
「だろ?普通あんなん事件あったら、俺らが新しい先輩としてもっと接しやすく、なんつーか、明るい部活にしなきゃダメなんだよ。いや、正直してるつもりだったんだよ、俺もお前も」
「……あぁ」
そして隼人は遠くを見つめるような目で、ガタンガタンと揺れる電車に身を委ねている。
もはや帰り道である事を忘れるほど、彼らは過去の凄惨な景色を思い出していたのだ。
「けどそうじゃなかった。少なくとも4継を組んだ黒崎すら言ってくれないんだから、リューを除いた2年との溝はクッソ深いんだよ。だからその情けなさに、多分俺はイライラしたんだと思う」
「なるほどね……」
【西北城、西北城。右側の扉が開きます、ご注意ください】
とうとうキタ高の最寄駅へと到着していた。
そして渚は、疲労で少し重たくなった身体でグッと立ち上がり、最後に隼人に言っていた。
「だから明日はどんな結果になろうが、あるべき先輩の姿ってのを示さなきゃな」
開いた電車の扉からは、少し肌寒い空気が入ってきている。
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隼人達とは違う時間の電車で帰っていた結城と翔と康太の3人。
そして2年の黒崎慎吾は吉田先生の知り合いの整体師の所へ向かい、同じく2年のスガケンはそれに付き添っていた。
このように各々が明日に向けて準備を整えていく段階なのだが、やはり結城だけは心が落ち着かない様子だ。
事実、帰りの電車でも彼はほとんど言葉を発しなかった。
いや、発せなかったのだ。
となりでずっと慎吾に対する不満を口にする翔の言葉すら、ほとんど覚えてはいない。
(俺が走るべきなのは分かる。先輩を待たせてるのも申し訳ない。でも……)
グチャグチャになった頭のまま、とうとう結城は夢駆荘※に到着していた。
「ダメだ、腹減りすぎた!もう5分後に死ぬ!早く食堂行くぞ結城、ゴー!」
すると同部屋の康太は、いつも通りの明るい声で結城達を食堂へ引っ張っていた。
普段なら”食事こそ人生”のゴーが引っ張っていきそうなものだが、どうやら空腹が限界を通り越したゴーは、1周回って動けないようだった。
「早く……早くタンパク質を摂取しないと痩せてしまうよ……早くタンパク質を体に入れさせて……」
「タンパク質をヤバい物質みたいに言うなよゴー!」
このようにいつものクダらないやりとりをする康太とゴーだが、それとは対照的に結城の表情は変わらず重たかった。
◇
なんと言っても今日の食事は、近畿出場を決めたゴーの祝勝会でもある。
「という事で、ゴー近畿出場おめでとー!!」
「おめでとー!てかマジでスゲェよ竹原、1年で近畿とか最強じゃん」
食堂で康太達と合流した一縷や翔、その他の1年生たちによってゴーの食卓は豪華になっていた。
なにせ今日の晩飯はからあげにカレー、パスタも追加で頼める。
気付けばゴーの皿には、崩れんばかりのからあげが積み上げられていた。
「て、て、天国はここにあったんだ……!」
「からあげ天国って事?油臭そうだなその天国」
だがそんな康太の返事に見向きもしないゴーは、まるで5日ぶりの食事にありついた獣のように食糧を胃に流し込んでいた。
喉に吸引力の変わらない掃除機を搭載しているかのような吸収速度である。
(ゴーの食べる姿は、いつも面白いなぁ……)
このように何故か癒されている1年生たち。
だがもちろん、明日に本当の勝負を控えている2人の4継メンバーの表情だけは違っていた。
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※夢駆荘・・・キタ高の寮の名前
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