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兵庫県予選大会 2日目【早見和希の過去編】

第124走 アナタへの呪い

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 青井莉子の手術からちょうど1日経った頃、彼女はとうとう目を覚ました。
 当時の病室には青井莉子の母親だけがおり、目を開いた莉子を見た瞬間の母親は喜びのあまりイスから崩れ落ちたそうだ。

 だが喜びの時間はそこまでだった。

 目を覚ました青井莉子に襲いかかったのは、とてつもない"違和感"。
 彼女がその原因に気付くまでに、5秒とかからなかった。

「脚が………ママ、莉子の右脚は……?」

 そのセリフを聞いた瞬間から母親は止まる事のない大量の涙を流し、そしてゆっくりと事実だけを伝えた。

「莉子の脚は……もう戻ってはこないんだって……。でも、そのおかげで莉子は生きれたんだよ。大丈夫、脚が無くなっても莉子は莉子のままだから……だから…だから……!」

 結局母親は最後まで言葉をつむぐ事はできず、青井莉子のベッドに上体だけ倒れ込む事しかできなかった。
 そして当の青井莉子本人はというと、何も整理できないまま言葉を絞り出す。

「脚が、ない……?私の脚が、ない?」

 彼女は涙など流す事なく、ただただ病室の壁を見つめて動かなくなってしまった。
 そしてその数分後、彼女は再びゆっくりと目を閉じ、それはそれは深い深い眠りへとつくのだった。


————————


 暗く閉ざされた部屋の中。
 今日も学校を休んだ早見和希は、ひたすらに時間が過ぎるの観測していた。

「……なんもする事ねぇな」

 今日何度目になるか分からない呟きと共に、彼はようやくベッドから起き上がる。
 そして部屋を見渡し、使わなくなった野球用品や積み上げられた教科書をぼんやりと眺めていた。

 だがこの行動に理由はない。
 なにせ起きている間は、ずっと青井莉子が倒れて血を流す姿だけが思い浮かぶのだ。
 この場所が家だろうが、学校だろうが、遠く離れた国だろうが、彼の頭の中に浮かぶ景色は同じだ。

「…………はぁ」

 これも何度目かになるか分からないタメ息をついた早見は、ふとベッドの横に置いてあった可愛らしい袋が目に入る。
 それは”あの事故”の前に早見を学校へ連れて行こうとした青井が、彼の家の前に置いて行った"大きな荷物"だった。※

(なんだっけ、あの袋の中身)

 早見は重たい身体でグッと立ち上がり、そのまま荷物の中身をのぞきこむ。
 するとその中には……。

「陸上部……マガジン。あぁ、陸上の雑誌か」

 彼が手に取ったのは、昨年の陸上部マガジン9月号だった。
 その表紙には中学近畿総体において"中学男子100mの日本記録"を更新した選手が大きく載っている。

「俺は陸上やらないって言ったのに。読むわけねぇだろ、あのバカ莉子

 だが一呼吸おいて、早見は再び呟く。
 
「いや……バカは俺だろ……」

 そして彼は読む気もない陸マガのページをめくり、おそらく同級生と見られる表紙の選手のインタビューを無意識に読んでいた。



「まだまだ通過点ですし、もっと早く走れると思います。全中では10:50を切れるように頑張りたいです」



 そう答えている表紙の少年。
 そんな彼の目は自信と希望に満ちており、輝かしい未来を読者にイメージさせる。

「もっと早く走れると思う……ね。コイツだったら、事故の時に莉子を救えてたんだろうな。なのに俺は……俺は……」

 そして陸マガを強く強く握りしめた早見は、そのまま床へと強く投げつけていた。
 だがその静かな家に響き渡る衝撃音すらも、今の彼には敵のような気がしている。

 失望、無力感、そしてたった今芽生えた嫉妬の感情。


【和希、陸上やらない?】


 あの時の青井莉子の声が、どこかで聞こえたような気がした。※


————————
※大きな荷物・・・第121走参照
※あの時の声・・・第120走参照

次回……兵庫県予選大会 2日目【早見和希の過去編】最終走
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