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第3話:異物としての保護者
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市役所の地下にある食堂は、正午を過ぎると職員たちの熱気とカレーの匂いで充満する。
輝也は定食のトレイを持ち、端の席に座った。設備課の作業着姿のまま、黙々と白飯を口に運ぶ。
「吉村、ここ空いてるか?」
トレイを持ってきたのは、設備課のベテラン主任、佐藤だった。
「あ、佐藤さん。お疲れ様です」
「どうだ、玲奈ちゃんとの生活は。朝、学童まで送っていったのか?」
「いえ、学校までです。放課後は自分で行くって聞かなくて。……正直、仕事中もあいつがちゃんと鍵をかけて家を出たかとか、そんなことばかり気になります」
「そりゃそうだ。22歳の独身男が、いきなり小1の親代わりだもんな。……だがな、吉村。役所の中にはお前の決断を笑う奴もいるが、見てる奴は見てる。困ったら有給でも何でも使え。設備課の連中は、現場の穴埋めくらい慣れてるからよ」
佐藤のぶっきらぼうな励ましに、輝也は少しだけ視界が滲むのを感じた。仕事で壊れたポンプを直すようにはいかない。玲奈との生活は、マニュアルのない「修繕」の連続だった。
その日の午後、輝也は時間休を取り、玲奈の小学校へ向かった。
初めての学級懇談会。
教室の入り口には、色とりどりのパンプスやサンダルが並んでいた。安物のリクルートスーツに身を包んだ22歳の輝也は、その場にいる誰よりも若く、そして浮いていた。
「あの方、どなたかしら? お父さんにしては若すぎるわよね……」
「確か、亡くなられた玲奈ちゃんのお父さんの弟さんじゃないかしら。あのご家庭、交通事故で……」
廊下から漏れ聞こえる保護者たちの囁き声が、矢のように背中に突き刺さる。
教室内では、保護者たちが和気あいあいと談笑していた。30代後半から40代が中心のコミュニティ。輝也は場違いな異物のように、一番後ろの席に小さくなって座った。
自己紹介の時間がやってきた。
「えっと、吉村玲奈の……保護者の、吉村輝也です。玲奈の叔父にあたります」
その瞬間、教室の空気がわずかに震えた。同情、好奇心、そして「本当に育てられるの?」という疑念の入り混じった視線。
「まだ22歳で、至らないことばかりですが、精一杯やりますので……よろしくお願いします」
深く頭を下げた輝也の視界に、廊下の窓からこちらを覗き込んでいる玲奈の姿が入った。
目が合うと、玲奈はハッとしたように顔を隠したが、その瞳は不安げに揺れていた。
(玲奈も、この場所で戦ってるんだ)
輝也が「若い叔父」であることは、玲奈にとっても他の子と違うという「特別」を背負わせることを意味していた。
懇談会が終わった後、校門で待っていた玲奈が駆け寄ってくる。
「輝也君……皆のお母さんたち、何か言ってた?」
上目遣いで尋ねる玲奈。その声には、自分を引き取ったことで輝也が笑われていないかという、幼い「負い目」が滲んでいた。
「いや。みんな、吉村君の保護者は若くてかっこいいって噂してたぞ」
「……もう、嘘ばっかり」
玲奈は少しだけ笑い、そしてそっと輝也の大きな指を一本だけ握った。
小さな、熱い手。
市役所の設備点検で使うどんな精密機械よりも、今の輝也にはその手の温もりが、正解を導き出すための唯一の道標のように思えた。
輝也は定食のトレイを持ち、端の席に座った。設備課の作業着姿のまま、黙々と白飯を口に運ぶ。
「吉村、ここ空いてるか?」
トレイを持ってきたのは、設備課のベテラン主任、佐藤だった。
「あ、佐藤さん。お疲れ様です」
「どうだ、玲奈ちゃんとの生活は。朝、学童まで送っていったのか?」
「いえ、学校までです。放課後は自分で行くって聞かなくて。……正直、仕事中もあいつがちゃんと鍵をかけて家を出たかとか、そんなことばかり気になります」
「そりゃそうだ。22歳の独身男が、いきなり小1の親代わりだもんな。……だがな、吉村。役所の中にはお前の決断を笑う奴もいるが、見てる奴は見てる。困ったら有給でも何でも使え。設備課の連中は、現場の穴埋めくらい慣れてるからよ」
佐藤のぶっきらぼうな励ましに、輝也は少しだけ視界が滲むのを感じた。仕事で壊れたポンプを直すようにはいかない。玲奈との生活は、マニュアルのない「修繕」の連続だった。
その日の午後、輝也は時間休を取り、玲奈の小学校へ向かった。
初めての学級懇談会。
教室の入り口には、色とりどりのパンプスやサンダルが並んでいた。安物のリクルートスーツに身を包んだ22歳の輝也は、その場にいる誰よりも若く、そして浮いていた。
「あの方、どなたかしら? お父さんにしては若すぎるわよね……」
「確か、亡くなられた玲奈ちゃんのお父さんの弟さんじゃないかしら。あのご家庭、交通事故で……」
廊下から漏れ聞こえる保護者たちの囁き声が、矢のように背中に突き刺さる。
教室内では、保護者たちが和気あいあいと談笑していた。30代後半から40代が中心のコミュニティ。輝也は場違いな異物のように、一番後ろの席に小さくなって座った。
自己紹介の時間がやってきた。
「えっと、吉村玲奈の……保護者の、吉村輝也です。玲奈の叔父にあたります」
その瞬間、教室の空気がわずかに震えた。同情、好奇心、そして「本当に育てられるの?」という疑念の入り混じった視線。
「まだ22歳で、至らないことばかりですが、精一杯やりますので……よろしくお願いします」
深く頭を下げた輝也の視界に、廊下の窓からこちらを覗き込んでいる玲奈の姿が入った。
目が合うと、玲奈はハッとしたように顔を隠したが、その瞳は不安げに揺れていた。
(玲奈も、この場所で戦ってるんだ)
輝也が「若い叔父」であることは、玲奈にとっても他の子と違うという「特別」を背負わせることを意味していた。
懇談会が終わった後、校門で待っていた玲奈が駆け寄ってくる。
「輝也君……皆のお母さんたち、何か言ってた?」
上目遣いで尋ねる玲奈。その声には、自分を引き取ったことで輝也が笑われていないかという、幼い「負い目」が滲んでいた。
「いや。みんな、吉村君の保護者は若くてかっこいいって噂してたぞ」
「……もう、嘘ばっかり」
玲奈は少しだけ笑い、そしてそっと輝也の大きな指を一本だけ握った。
小さな、熱い手。
市役所の設備点検で使うどんな精密機械よりも、今の輝也にはその手の温もりが、正解を導き出すための唯一の道標のように思えた。
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