YESか、はいか。〜守護者と少女の記録〜

MisakiNonagase

文字の大きさ
3 / 4

第3話:異物としての保護者

しおりを挟む
​ 市役所の地下にある食堂は、正午を過ぎると職員たちの熱気とカレーの匂いで充満する。
 輝也は定食のトレイを持ち、端の席に座った。設備課の作業着姿のまま、黙々と白飯を口に運ぶ。
​「吉村、ここ空いてるか?」
 トレイを持ってきたのは、設備課のベテラン主任、佐藤だった。
「あ、佐藤さん。お疲れ様です」
「どうだ、玲奈ちゃんとの生活は。朝、学童まで送っていったのか?」
「いえ、学校までです。放課後は自分で行くって聞かなくて。……正直、仕事中もあいつがちゃんと鍵をかけて家を出たかとか、そんなことばかり気になります」
「そりゃそうだ。22歳の独身男が、いきなり小1の親代わりだもんな。……だがな、吉村。役所の中にはお前の決断を笑う奴もいるが、見てる奴は見てる。困ったら有給でも何でも使え。設備課の連中は、現場の穴埋めくらい慣れてるからよ」
​ 佐藤のぶっきらぼうな励ましに、輝也は少しだけ視界が滲むのを感じた。仕事で壊れたポンプを直すようにはいかない。玲奈との生活は、マニュアルのない「修繕」の連続だった。
​ その日の午後、輝也は時間休を取り、玲奈の小学校へ向かった。
 初めての学級懇談会。
 教室の入り口には、色とりどりのパンプスやサンダルが並んでいた。安物のリクルートスーツに身を包んだ22歳の輝也は、その場にいる誰よりも若く、そして浮いていた。
​「あの方、どなたかしら? お父さんにしては若すぎるわよね……」
「確か、亡くなられた玲奈ちゃんのお父さんの弟さんじゃないかしら。あのご家庭、交通事故で……」
​ 廊下から漏れ聞こえる保護者たちの囁き声が、矢のように背中に突き刺さる。
 教室内では、保護者たちが和気あいあいと談笑していた。30代後半から40代が中心のコミュニティ。輝也は場違いな異物のように、一番後ろの席に小さくなって座った。
​ 自己紹介の時間がやってきた。
「えっと、吉村玲奈の……保護者の、吉村輝也です。玲奈の叔父にあたります」
 その瞬間、教室の空気がわずかに震えた。同情、好奇心、そして「本当に育てられるの?」という疑念の入り混じった視線。
「まだ22歳で、至らないことばかりですが、精一杯やりますので……よろしくお願いします」
​ 深く頭を下げた輝也の視界に、廊下の窓からこちらを覗き込んでいる玲奈の姿が入った。
 目が合うと、玲奈はハッとしたように顔を隠したが、その瞳は不安げに揺れていた。
 
(玲奈も、この場所で戦ってるんだ)
​ 輝也が「若い叔父」であることは、玲奈にとっても他の子と違うという「特別」を背負わせることを意味していた。
 懇談会が終わった後、校門で待っていた玲奈が駆け寄ってくる。
​「輝也君……皆のお母さんたち、何か言ってた?」
 上目遣いで尋ねる玲奈。その声には、自分を引き取ったことで輝也が笑われていないかという、幼い「負い目」が滲んでいた。
「いや。みんな、吉村君の保護者は若くてかっこいいって噂してたぞ」
「……もう、嘘ばっかり」
​ 玲奈は少しだけ笑い、そしてそっと輝也の大きな指を一本だけ握った。
 小さな、熱い手。
 市役所の設備点検で使うどんな精密機械よりも、今の輝也にはその手の温もりが、正解を導き出すための唯一の道標のように思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。 その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。 全15話を予定

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...