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第18章:残響
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「本当に驚いたよ、優子。瀬戸さんは、あんなに若いのに実に堂々としていて、それでいてどこか繊細な空気を持った人だった」
夕食のテーブルを囲みながら、健太は興奮冷めやらぬ様子で語った。その横では、陽菜が「でしょ? 瀬戸先生、本当に格好いいんだから」と、自慢げにパスタを口に運んでいる。
優子は、努めて自然な動作でお茶を口に運んだ。 「……そう。無事に終わって、よかったわね」
「ああ。帰り際に少し話せたんだが、瀬戸先生、陽菜の顔をじっと見て……なんて言ったんだっけな、『君の描く線には、大切なものを守ろうとする意志がある』って。陽菜、真っ赤になってたよな」
健太の笑い声がリビングに響く。その言葉を聞いた瞬間、優子の指先が冷たくなった。
(大切なものを守ろうとする、意志……)
それはかつて、拓也が設計課題に追われていた頃、優子の描いた拙いスケッチを見て彼が言った言葉と、恐ろしいほど似ていた。彼は気づいている。確信はなくても、陽菜の中に流れる「何か」を、その感性で感じ取っている。
「でも、不思議なんだよな」 健太がふと、首を傾げた。 「瀬戸さんと握手したとき、なんだか彼、ひどく緊張しているようにも見えたんだ。俺の顔を、探るように見ていて……。あんな有名な人でも、慣れない場だとあがるのかね」
「それは、お父さんが貫禄ありすぎるからじゃない? だてに年取ってないよ」 陽菜の軽口に助けられ、その場は笑いに包まれたが、優子の背中には嫌な汗が流れていた。健太が拓也に抱いた微かな違和感。それがいつか「疑念」に変わる日が来ることを、優子は最も恐れていた。
深夜。家族が寝静まり、家の中が深い静寂に包まれると、優子は一人、キッチンで陽菜が持ち帰った式典のパンフレットを開いた。 表紙には、35歳になった拓也の近影が印刷されている。大学生の頃の、少し頼りなげだった少年の面影は消え、そこには一人の完成された男がいた。けれど、その瞳の奥に宿る、何者をも拒絶するような、それでいて何かを渇望するような鋭い光は、あの頃のままだった。
優子は、指先でそっと彼の写真をなぞった。 (拓也くん……。あなたは今、何を思っているの?)
一方、その頃。拓也は、自社ビルの一室にある暗い執務室で、一人、ウィスキーのグラスを傾けていた。デスクの上には、陽菜から以前送られた設計図のデータが開かれたままになっている。
彼は、今日のロビーで交わした短い会話と、健太の大きな手の感触を思い出していた。 『陽菜の父親の新塚です』 迷いのない、幸せな男の声。
拓也は、おもむろにスマートフォンを取り出すと、保存されていた「音声データ」を再生した。それは、陽菜の部屋に優子が入ってきたあの夜の、僅か数秒の録音。 『陽菜……?』 ノイズ混じりの、けれど、かつて自分の耳元で何度も囁かれた、忘れもしないあの声。
拓也は目を閉じ、その声を何度も、何度も繰り返し再生した。年月が経ち、自分を突き放した彼女への恨みは、いつしか深い諦念へと変わっていたはずだった。彼女の幸せを願うことこそが、自分の愛の形なのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。
けれど、今日、陽菜の瞳を見てしまった。そして、彼女の隣に立つ、自分ではない男の姿を見てしまった。
「……お互いのため、か」
拓也は、自嘲気味に呟いた。優子が守り抜こうとしているこの「平穏」を、自分は壊したいのか、それとも守りたいのか。自分の中に潜む獣が、激しく爪を立てているのを、彼は感じていた。
夕食のテーブルを囲みながら、健太は興奮冷めやらぬ様子で語った。その横では、陽菜が「でしょ? 瀬戸先生、本当に格好いいんだから」と、自慢げにパスタを口に運んでいる。
優子は、努めて自然な動作でお茶を口に運んだ。 「……そう。無事に終わって、よかったわね」
「ああ。帰り際に少し話せたんだが、瀬戸先生、陽菜の顔をじっと見て……なんて言ったんだっけな、『君の描く線には、大切なものを守ろうとする意志がある』って。陽菜、真っ赤になってたよな」
健太の笑い声がリビングに響く。その言葉を聞いた瞬間、優子の指先が冷たくなった。
(大切なものを守ろうとする、意志……)
それはかつて、拓也が設計課題に追われていた頃、優子の描いた拙いスケッチを見て彼が言った言葉と、恐ろしいほど似ていた。彼は気づいている。確信はなくても、陽菜の中に流れる「何か」を、その感性で感じ取っている。
「でも、不思議なんだよな」 健太がふと、首を傾げた。 「瀬戸さんと握手したとき、なんだか彼、ひどく緊張しているようにも見えたんだ。俺の顔を、探るように見ていて……。あんな有名な人でも、慣れない場だとあがるのかね」
「それは、お父さんが貫禄ありすぎるからじゃない? だてに年取ってないよ」 陽菜の軽口に助けられ、その場は笑いに包まれたが、優子の背中には嫌な汗が流れていた。健太が拓也に抱いた微かな違和感。それがいつか「疑念」に変わる日が来ることを、優子は最も恐れていた。
深夜。家族が寝静まり、家の中が深い静寂に包まれると、優子は一人、キッチンで陽菜が持ち帰った式典のパンフレットを開いた。 表紙には、35歳になった拓也の近影が印刷されている。大学生の頃の、少し頼りなげだった少年の面影は消え、そこには一人の完成された男がいた。けれど、その瞳の奥に宿る、何者をも拒絶するような、それでいて何かを渇望するような鋭い光は、あの頃のままだった。
優子は、指先でそっと彼の写真をなぞった。 (拓也くん……。あなたは今、何を思っているの?)
一方、その頃。拓也は、自社ビルの一室にある暗い執務室で、一人、ウィスキーのグラスを傾けていた。デスクの上には、陽菜から以前送られた設計図のデータが開かれたままになっている。
彼は、今日のロビーで交わした短い会話と、健太の大きな手の感触を思い出していた。 『陽菜の父親の新塚です』 迷いのない、幸せな男の声。
拓也は、おもむろにスマートフォンを取り出すと、保存されていた「音声データ」を再生した。それは、陽菜の部屋に優子が入ってきたあの夜の、僅か数秒の録音。 『陽菜……?』 ノイズ混じりの、けれど、かつて自分の耳元で何度も囁かれた、忘れもしないあの声。
拓也は目を閉じ、その声を何度も、何度も繰り返し再生した。年月が経ち、自分を突き放した彼女への恨みは、いつしか深い諦念へと変わっていたはずだった。彼女の幸せを願うことこそが、自分の愛の形なのだと、自分に言い聞かせ続けてきた。
けれど、今日、陽菜の瞳を見てしまった。そして、彼女の隣に立つ、自分ではない男の姿を見てしまった。
「……お互いのため、か」
拓也は、自嘲気味に呟いた。優子が守り抜こうとしているこの「平穏」を、自分は壊したいのか、それとも守りたいのか。自分の中に潜む獣が、激しく爪を立てているのを、彼は感じていた。
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