48歳主婦の宅建試験挑戦―そして年下彼がくれた勇気と恋

MisakiNonagase

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第2話:静まりゆくタイムライン

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2026年3月から4月にかけて、私の生活は「権利関係」の迷宮に完全に迷い込んでいた。
「判例ではこう言っているけれど、常識的に考えれば逆じゃない?」
テキストの余白に溜息を書き込む毎日。けれど、スマホを開けばそこには同じ苦しみを分かち合う「仲間」たちがいた。

最初の頃は、ハッシュタグを辿れば四六時中、誰かの勉強報告が流れてきた。
『今日は民法3時間!』
『カフェ勉、はかどるー!』
そんな投稿に、私もせっせと「いいね」を飛ばした。顔も知らない誰かと繋がっている感覚が、孤独な机に向かう私を支えていた。

しかし、ゴールデンウィークの足音が聞こえ始めた頃、タイムラインの空気が変わり始める。

「あれ……あのアカウント、すっと更新されてない」

毎日自習室の写真を上げていたはずの『独学大学生』の投稿が途絶えた。
数日後、気になって彼のプロフィールを覗きに行くと、そこには《このページはご利用いただけません》という無機質なメッセージ。

――アカウント、消したんだ。

ショックだった。それと同時に、少しずつ、けれど確実に、仲間たちの「足音」が消え始めていることに気づく。
更新が止まる者、投稿が勉強から日常の愚痴ばかりに変わる者、そして、音もなく消えていく者。
40人近くいた活発なフォロワーのうち、本気でテキストを開いていると分かる投稿は、少しずつ、削り取られるように減っていた。

そんなある夜。
私は「制限行為能力者」の過去問を解き、解説を読んでも納得がいかず、薄暗い部屋で一人、深い徒労感に襲われていた。
48歳の脳には、この抽象的な法律の世界はあまりに遠い。

「私の脳みそ、ザルなのかな……」

思わず、独り言のような弱音をインスタグラムに投稿した。

京香@48歳からの宅建挑戦
2026.04.18
被保佐人と被補助人の区別がどうしてもつかない。何度解いても間違える。私の脳みそ、ザルなのかな。今日はもう泣きながら寝ます。 #宅建 #暗記が追いつかない

投稿して数分。画面の下からポンッと通知が跳ねた。

『ゆきまさ@宅建リベンジさんがコメントしました』

一瞬、心臓が跳ねた。あの、ボロボロの旧テキストを「お守り」にしていた彼だ。

ゆきまさ@宅建リベンジ
「そこ、僕も去年めちゃくちゃ苦戦しました。同意が必要な行為のリスト、自分なりの語呂合わせ作ると楽ですよ。諦めるのはまだ早いです(笑)」

「あ……」
画面を見つめたまま、指先が止まる。
有象無象の受験生の一人だと思っていたけれど、彼もまた、この静まりつつあるタイムラインの中で、今もなお戦い続けている「一人」なのだと、強く意識させられた。

私は慌てて返信を打ち込んだ。
『ゆきまささん、ありがとうございます。語呂合わせ、もし良ければヒントをいただけませんか?』

その夜、彼との二、三回のやり取りで、不思議と凍りついていた思考が解けていくのを感じた。
隣の寝室からは、夫・忠夫の規則正しいいびきが聞こえてくる。
私は暗闇の中、青白く光るスマホを握りしめ、22歳という彼の年齢も、その素顔も知らないまま、ただその「言葉」に救われていた。

脱落者が一人、また一人と増えていく春の終わり。
私のタイムラインは確実に寂しくなっていたけれど、その中で「ゆきまさ」という存在の輪郭だけが、少しずつ、鮮明になり始めていた。
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