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第4話:真夏の足音と家族の視線
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2026年7月。
梅雨が明け、照りつけるような日差しがリビングに差し込むようになった。宅建試験まで、あと3ヶ月。
この時期になると、インスタグラムのタイムラインはさらに静まり返っていた。かつて40人近くいた「2月スタート組」で、今も毎日テキストの写真を上げているのは、私と幸正さん、そしてあと数人だけだ。
「……よし、今日は用途地域を完璧にする」
エアコンの効いた自室で、私は自分に気合を入れる。
最近は、パートと家事の合間を縫って、1日4時間は机に向かっている。
そんな私の変化を、大学生の長男・択実(21)が敏感に感じ取っていた。
ある日の午後、キッチンで麦茶を飲んでいた択実が、スマホを片手に暗記カードを捲る私をジッと見てきた。
「母さん、マジでやってんだな、宅建」
「ええ。やるからには受かりたいじゃない」
「いや、いいと思うけどさ。なんか最近、ずっと楽しそうっていうか。……誰かと競ってんの?」
私は少しだけ動揺し、スマホを伏せた。
「競ってるわけじゃないわよ。ただ、SNSで知り合った勉強仲間がいてね。その子がすごく頑張ってるから、私も励まされてるだけ」
「へぇ。仲間、ね」
択実はそれ以上追求しなかったが、「ふーん」と、少し意外そうな顔をして自分の部屋へ戻っていった。息子にしてみれば、母が「家事の合間にテレビを見る人」から「誰かと熱心に連絡を取り合いながら勉強する人」へ変わったことが、少し不思議なのだろう。
実際、私と幸正さんのやり取りは、今や生活の不可欠なリズムになっていた。
ゆきまさ:
7月ですね。ここからが一番苦しい時期です。
周りが遊んでる中、僕らは法令上の制限の数字を暗記しなきゃいけない(笑)
京香:
本当に。容積率とか建ぺい率とか、数字が頭の中でダンスしてます。
でも、択実……あ、大学生の息子が、私が頑張ってるのを見て少し驚いてるみたい。それがちょっと嬉しかったりして。
ゆきまさ:
息子さん、僕と同じくらいですよね。
お母さんが自分のために何かに熱中してる姿って、実は格好いいと思ってるはずですよ。
「格好いい、か……」
スマホの画面を見つめて、私は小さく微笑んだ。
幸正さんは時折、私の年齢や立場を、肯定的な言葉で包んでくれる。
22歳の彼から見れば、私はただの「受験生の先輩」なのだろう。けれど、そのフラットな視線が、私の中に眠っていた「中西京香」という一人の人間を呼び覚ましていく。
ゆきまさ:
8月になったら、予備校の公開模試があります。
京香さん、会場受験しますか?
もし行くなら、どこかの会場で『お疲れ様』って言えるかもしれませんね。
通知を見て、指先が止まる。
会う? 画面の向こう側の、あのボロボロのテキストの持ち主に?
2026年7月末。
セミの声が騒がしさを増す中、私の心には、模試への不安とは別の、小さなさざ波が立っていた。
梅雨が明け、照りつけるような日差しがリビングに差し込むようになった。宅建試験まで、あと3ヶ月。
この時期になると、インスタグラムのタイムラインはさらに静まり返っていた。かつて40人近くいた「2月スタート組」で、今も毎日テキストの写真を上げているのは、私と幸正さん、そしてあと数人だけだ。
「……よし、今日は用途地域を完璧にする」
エアコンの効いた自室で、私は自分に気合を入れる。
最近は、パートと家事の合間を縫って、1日4時間は机に向かっている。
そんな私の変化を、大学生の長男・択実(21)が敏感に感じ取っていた。
ある日の午後、キッチンで麦茶を飲んでいた択実が、スマホを片手に暗記カードを捲る私をジッと見てきた。
「母さん、マジでやってんだな、宅建」
「ええ。やるからには受かりたいじゃない」
「いや、いいと思うけどさ。なんか最近、ずっと楽しそうっていうか。……誰かと競ってんの?」
私は少しだけ動揺し、スマホを伏せた。
「競ってるわけじゃないわよ。ただ、SNSで知り合った勉強仲間がいてね。その子がすごく頑張ってるから、私も励まされてるだけ」
「へぇ。仲間、ね」
択実はそれ以上追求しなかったが、「ふーん」と、少し意外そうな顔をして自分の部屋へ戻っていった。息子にしてみれば、母が「家事の合間にテレビを見る人」から「誰かと熱心に連絡を取り合いながら勉強する人」へ変わったことが、少し不思議なのだろう。
実際、私と幸正さんのやり取りは、今や生活の不可欠なリズムになっていた。
ゆきまさ:
7月ですね。ここからが一番苦しい時期です。
周りが遊んでる中、僕らは法令上の制限の数字を暗記しなきゃいけない(笑)
京香:
本当に。容積率とか建ぺい率とか、数字が頭の中でダンスしてます。
でも、択実……あ、大学生の息子が、私が頑張ってるのを見て少し驚いてるみたい。それがちょっと嬉しかったりして。
ゆきまさ:
息子さん、僕と同じくらいですよね。
お母さんが自分のために何かに熱中してる姿って、実は格好いいと思ってるはずですよ。
「格好いい、か……」
スマホの画面を見つめて、私は小さく微笑んだ。
幸正さんは時折、私の年齢や立場を、肯定的な言葉で包んでくれる。
22歳の彼から見れば、私はただの「受験生の先輩」なのだろう。けれど、そのフラットな視線が、私の中に眠っていた「中西京香」という一人の人間を呼び覚ましていく。
ゆきまさ:
8月になったら、予備校の公開模試があります。
京香さん、会場受験しますか?
もし行くなら、どこかの会場で『お疲れ様』って言えるかもしれませんね。
通知を見て、指先が止まる。
会う? 画面の向こう側の、あのボロボロのテキストの持ち主に?
2026年7月末。
セミの声が騒がしさを増す中、私の心には、模試への不安とは別の、小さなさざ波が立っていた。
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