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第6話:理由(わけ)を問う日々
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2026年9月。カレンダーが最後の一枚に近づくにつれ、空気は一気に張り詰めてきた。
この時期の勉強は、新しい知識を入れることではない。これまでに培った基礎を、いかに「本物」にするか。
私は、ボロボロになり始めた過去問題集と格闘していた。
「……答えは3。これは昨日も解いたから覚えてる」
そう言って丸をつけようとした指が、スマホの通知で止まった。
ゆきまさ:
京香さん、過去問の回し方、気をつけてくださいね。
答えの番号を覚えるのは一番危険です。
全ての選択肢に対して、「なぜ〇なのか」「なぜ×なのか」を他人に説明できるレベルまで一問一答形式で解いてください。
画面の向こうから、彼の真っすぐな視線が飛んできたような気がして、私は背筋を伸ばした。
京香:
ギクッ。見透かされてるみたい。
「なんとなく」で選んで正解しても、本試験では通用しないってことですね。
ゆきまさ:
その通りです。理由を言葉にできるまで、自分を追い込んでください。
……なんて、また偉そうにすみません。
でも、京香さんには絶対に合格してほしいんです。
「合格してほしい」
その一言を、私は何度も読み返した。
それは受験仲間としてのエールだと分かっている。けれど、これまでの人生で、夫や家族から「君ならできる」「君にこうなってほしい」と、私の可能性を信じてもらったことが果たしてあっただろうか。
私は家事の最中も、幸正さんのアドバイスを反芻した。
「この契約が解除できるのは、履行に着手する前だから……」
鍋をかき混ぜながら呟く。スーパーのレジ待ちの間も、頭の中で「なぜ×か」の理由を組み立てる。
気づけば、私の世界は「宅建」というフィルターを通して、すべて幸正さんと繋がっていた。
ある晩、夫の忠夫がソファで寝入っている姿を見た時、ふと冷めた感情が湧いた。
「この人は、私が『なぜ』勉強しているのか、一度も聞いてこなかったな」
理由を問うてくれるのは、いつも画面の向こうの彼だけだ。
夜中に届いた幸正さんからのDM。
ゆきまさ:
今日は涼しいですね。集中できそうです。
京香さん、あまり根を詰めすぎないで。たまには甘いもの食べて、脳を労わってくださいね。
その優しさに、胸の奥がキュンと窄まった。
22歳の彼にとって、私はただの「頑張っている受験生」でしかない。わかっている。
けれど、鏡に映る48歳の自分の顔を、少しだけ丁寧に手入れするようになっている自分に気づき、私は慌てて視線を逸らした。
「一人の女性として見られたい」
そんな分不相応な願いが、過去問の理由付けよりもずっと難解な問題として、私の中に居座り始めていた。
2026年9月半ば。
試験まで残り一ヶ月。
私たちは、一問一答の理由を突き詰めるたびに、お互いの存在の「理由」を、言葉にできないまま深めていった。
この時期の勉強は、新しい知識を入れることではない。これまでに培った基礎を、いかに「本物」にするか。
私は、ボロボロになり始めた過去問題集と格闘していた。
「……答えは3。これは昨日も解いたから覚えてる」
そう言って丸をつけようとした指が、スマホの通知で止まった。
ゆきまさ:
京香さん、過去問の回し方、気をつけてくださいね。
答えの番号を覚えるのは一番危険です。
全ての選択肢に対して、「なぜ〇なのか」「なぜ×なのか」を他人に説明できるレベルまで一問一答形式で解いてください。
画面の向こうから、彼の真っすぐな視線が飛んできたような気がして、私は背筋を伸ばした。
京香:
ギクッ。見透かされてるみたい。
「なんとなく」で選んで正解しても、本試験では通用しないってことですね。
ゆきまさ:
その通りです。理由を言葉にできるまで、自分を追い込んでください。
……なんて、また偉そうにすみません。
でも、京香さんには絶対に合格してほしいんです。
「合格してほしい」
その一言を、私は何度も読み返した。
それは受験仲間としてのエールだと分かっている。けれど、これまでの人生で、夫や家族から「君ならできる」「君にこうなってほしい」と、私の可能性を信じてもらったことが果たしてあっただろうか。
私は家事の最中も、幸正さんのアドバイスを反芻した。
「この契約が解除できるのは、履行に着手する前だから……」
鍋をかき混ぜながら呟く。スーパーのレジ待ちの間も、頭の中で「なぜ×か」の理由を組み立てる。
気づけば、私の世界は「宅建」というフィルターを通して、すべて幸正さんと繋がっていた。
ある晩、夫の忠夫がソファで寝入っている姿を見た時、ふと冷めた感情が湧いた。
「この人は、私が『なぜ』勉強しているのか、一度も聞いてこなかったな」
理由を問うてくれるのは、いつも画面の向こうの彼だけだ。
夜中に届いた幸正さんからのDM。
ゆきまさ:
今日は涼しいですね。集中できそうです。
京香さん、あまり根を詰めすぎないで。たまには甘いもの食べて、脳を労わってくださいね。
その優しさに、胸の奥がキュンと窄まった。
22歳の彼にとって、私はただの「頑張っている受験生」でしかない。わかっている。
けれど、鏡に映る48歳の自分の顔を、少しだけ丁寧に手入れするようになっている自分に気づき、私は慌てて視線を逸らした。
「一人の女性として見られたい」
そんな分不相応な願いが、過去問の理由付けよりもずっと難解な問題として、私の中に居座り始めていた。
2026年9月半ば。
試験まで残り一ヶ月。
私たちは、一問一答の理由を突き詰めるたびに、お互いの存在の「理由」を、言葉にできないまま深めていった。
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