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第1章:影への接触
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計画は「オペレーション・フェニックス」と名付けられた。不死鳥のように、落ちぶれた女優たちに新たな活路を見出そうという、彼らなりの願いが込められていた。
最初の数ヶ月は、ひたすらな情報収集と分析に費やされた。陽向のプログラミングスキルを駆使し、特定の掲示板、消えかかったブログ、業界関係者のうわさ話をかき集める。大智は教育心理学やカウンセリングの知識を基に、ターゲット層の心理プロファイルを作成した。颯太は国際契約法や労働法、風営法を徹底的に調査し、完全に合法な仲介契約書のひな形を何十パターンも作成する。
「ターゲットA」が見つかったのは、計画開始から三ヶ月後のことだった。「茜(あかね)」(仮称)。25歳。かつて小さな事務所に所属し、数十本の企画単体作品に出演したが、2年前に契約満了を機に表舞台から消えた。現在は、東京郊外の小さなスナックで働きながら、消費者金融からの借金を抱えているらしい。SNSはほぼ更新されておらず、最後のツイートは「もう、何もかも嫌だ」という意味不明な言葉だった。
接触方法は極めて古典的だが、効果的だと判断された。陽向が作成した架空の「人材紹介会社」のサイト(もちろんサーバーは海外)から、質素だが真面目なデザインのメールが茜の古いブログの連絡先に送信された。
「突然のご連絡をお許しください。当社は、海外における日本文化関連のイベント企画・人材紹介を手掛けております。貴女の過去のご経歴を拝見し、もしご興味がおありでしたら、正当な報酬と完全な安全保証のもとで、新たな活躍の場をご提案できるかもしれません。ごく非公式な情報交換からでも構いません。お話できる場所は、貴女が指定する公共の場所で結構です」
返信は一週間後、深夜に届いた。たった一行。「どうして私を?」
大智が返信を担当した。「私たちは、あなたのような方々が不当に低い評価しか得られていない現状に疑問を感じています。あなたの持つ『何か』を、正当な形で必要としている場は、海外に存在します。まずはお会いして、私たちがどのような組織で、どのような考えを持っているか、直接ご説明したいと思います」
待ち合わせ場所は、山手線の大駅から少し離れた、チェーン店のカフェに設定された。三人は別々の時間に店に入り、別々の席に座った。茜と対面するのは、くじ引きで決まった大智の役目だった。
現れた茜は、写真よりもずっと痩せて、目元に深い疲労の影を宿していた。警戒心に満ちたその瞳は、大智の学生らしい柔和な顔を見て、少しだけ和らいだ。
「…大学生?」
「はい。ですが、これは真剣なビジネス提案です」大智は落ち着いた声で、事前に練り上げた台本を話し始めた。人身売買ではないこと、あくまで彼女の意思を最優先すること、契約内容の完全な透明性、渡航先でのサポート体制、そして成功報酬としての仲介手数料(女優の収入の20%)について。彼は教育実習で培った、相手を安心させる話し方を無意識に使っていた。
茜は長い間、冷めたコーヒーを見つめていた。
「…私、もうあの世界は終わりにしたかった。でも借金が…。海外なんて、言葉もわからないし、怖いです」
「その『怖い』をなくすことが、私たちの仕事です。最初は短期のファンミーティングから。同行者もつけます。全ての行程は開示します」
「なぜ、そんなことしてくれるの? 儲かるでしょ?」
大智は少し間を置いた。「儲かるかもしれません。でも、それだけじゃない。私たちは…あなたのような方が、もっと別の形で評価されるべきだと思っています。このシステムがうまくいけば、もっと多くの人が、搾取されることなく選択肢を持てるかもしれない」
それは半分は本心で、半分は戦略的な言葉だった。茜はため息をついた。
「…考えさせてください。連絡先はこのメールで?」
「はい。いつでも結構です」
茜はそっと立ち上がり、去っていった。大智は彼女の背中を見送りながら、胸中に湧き上がる複雑な感情を噛みしめた。これは正義なのか、それとも、より狡猾な搾取の始まりなのか。
最初の数ヶ月は、ひたすらな情報収集と分析に費やされた。陽向のプログラミングスキルを駆使し、特定の掲示板、消えかかったブログ、業界関係者のうわさ話をかき集める。大智は教育心理学やカウンセリングの知識を基に、ターゲット層の心理プロファイルを作成した。颯太は国際契約法や労働法、風営法を徹底的に調査し、完全に合法な仲介契約書のひな形を何十パターンも作成する。
「ターゲットA」が見つかったのは、計画開始から三ヶ月後のことだった。「茜(あかね)」(仮称)。25歳。かつて小さな事務所に所属し、数十本の企画単体作品に出演したが、2年前に契約満了を機に表舞台から消えた。現在は、東京郊外の小さなスナックで働きながら、消費者金融からの借金を抱えているらしい。SNSはほぼ更新されておらず、最後のツイートは「もう、何もかも嫌だ」という意味不明な言葉だった。
接触方法は極めて古典的だが、効果的だと判断された。陽向が作成した架空の「人材紹介会社」のサイト(もちろんサーバーは海外)から、質素だが真面目なデザインのメールが茜の古いブログの連絡先に送信された。
「突然のご連絡をお許しください。当社は、海外における日本文化関連のイベント企画・人材紹介を手掛けております。貴女の過去のご経歴を拝見し、もしご興味がおありでしたら、正当な報酬と完全な安全保証のもとで、新たな活躍の場をご提案できるかもしれません。ごく非公式な情報交換からでも構いません。お話できる場所は、貴女が指定する公共の場所で結構です」
返信は一週間後、深夜に届いた。たった一行。「どうして私を?」
大智が返信を担当した。「私たちは、あなたのような方々が不当に低い評価しか得られていない現状に疑問を感じています。あなたの持つ『何か』を、正当な形で必要としている場は、海外に存在します。まずはお会いして、私たちがどのような組織で、どのような考えを持っているか、直接ご説明したいと思います」
待ち合わせ場所は、山手線の大駅から少し離れた、チェーン店のカフェに設定された。三人は別々の時間に店に入り、別々の席に座った。茜と対面するのは、くじ引きで決まった大智の役目だった。
現れた茜は、写真よりもずっと痩せて、目元に深い疲労の影を宿していた。警戒心に満ちたその瞳は、大智の学生らしい柔和な顔を見て、少しだけ和らいだ。
「…大学生?」
「はい。ですが、これは真剣なビジネス提案です」大智は落ち着いた声で、事前に練り上げた台本を話し始めた。人身売買ではないこと、あくまで彼女の意思を最優先すること、契約内容の完全な透明性、渡航先でのサポート体制、そして成功報酬としての仲介手数料(女優の収入の20%)について。彼は教育実習で培った、相手を安心させる話し方を無意識に使っていた。
茜は長い間、冷めたコーヒーを見つめていた。
「…私、もうあの世界は終わりにしたかった。でも借金が…。海外なんて、言葉もわからないし、怖いです」
「その『怖い』をなくすことが、私たちの仕事です。最初は短期のファンミーティングから。同行者もつけます。全ての行程は開示します」
「なぜ、そんなことしてくれるの? 儲かるでしょ?」
大智は少し間を置いた。「儲かるかもしれません。でも、それだけじゃない。私たちは…あなたのような方が、もっと別の形で評価されるべきだと思っています。このシステムがうまくいけば、もっと多くの人が、搾取されることなく選択肢を持てるかもしれない」
それは半分は本心で、半分は戦略的な言葉だった。茜はため息をついた。
「…考えさせてください。連絡先はこのメールで?」
「はい。いつでも結構です」
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