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第5章:二十二階の残響
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地下にいると、時折ここが会社であることを忘れてしまう。
けれど、それを嫌でも思い出させる出来事が起きた。
その日の午後は、急ぎの書類を営業一部へ直接届けなければならなかった。いつもは隼人が下りてきてくれるけれど、今日は彼が大きな会議で動けないことを知っていたから。
数週間ぶりに足を踏み入れた二十二階。
エレベーターを降りた瞬間、冷ややかな、けれど突き刺さるような熱気に肌が粟立った。
「……だから、この数字じゃ話にならないって言ってるんだ!」
フロアに響き渡ったのは、冷徹な、怒号に近い声。
声の主を探すまでもなく、そこには部下を数人従えて、険しい表情で資料を睨みつける風巻さんがいた。
僕が知っている、パイプ椅子に座って「猫が好きか」と笑っていたあの人は、どこにもいなかった。
そこにいたのは、一切の妥協を許さず、ミスを犯した相手を言葉のナイフで切り裂くような、冷酷なまでの「エース・風巻隼人」だった。
「……山﨑さん?」
近くにいた女子社員に声をかけられ、僕はハッとして書類を差し出した。
そのやり取りに気づいたのか、風巻さんの視線がふいにこちらを向く。
一瞬、彼の瞳が揺れた。
けれど、彼はすぐに表情を殺し、他人行儀な一瞥(いちべつ)をくれただけで、再び部下への叱責に戻った。
(……そうだ。これが、本当の彼なんだ)
逃げるようにエレベーターに飛び乗り、地下一階へ戻る。
静かなメール室に戻って、自分の震える手を見つめた。
彼は戦っている。何百人という社員の生活や、会社の看板を背負って、あの修羅場に立っている。
それに比べて、僕はどうだ。
ここで紙を仕分け、安いコーヒーを飲んで、「彼を癒やしてあげている」なんて、なんて烏滸がましい勘違いをしていたんだろう。
僕と彼は、住んでいる世界が違いすぎる。
彼にとって僕は、ただの「便利な休憩所」に過ぎないのかもしれない。
その日の三時。
いつもなら扉が開く時間になっても、ノックの音は聞こえなかった。
僕は一人で、自分でも驚くほど苦い、砂糖を入れすぎたはずのコーヒーを飲み干した。
けれど、それを嫌でも思い出させる出来事が起きた。
その日の午後は、急ぎの書類を営業一部へ直接届けなければならなかった。いつもは隼人が下りてきてくれるけれど、今日は彼が大きな会議で動けないことを知っていたから。
数週間ぶりに足を踏み入れた二十二階。
エレベーターを降りた瞬間、冷ややかな、けれど突き刺さるような熱気に肌が粟立った。
「……だから、この数字じゃ話にならないって言ってるんだ!」
フロアに響き渡ったのは、冷徹な、怒号に近い声。
声の主を探すまでもなく、そこには部下を数人従えて、険しい表情で資料を睨みつける風巻さんがいた。
僕が知っている、パイプ椅子に座って「猫が好きか」と笑っていたあの人は、どこにもいなかった。
そこにいたのは、一切の妥協を許さず、ミスを犯した相手を言葉のナイフで切り裂くような、冷酷なまでの「エース・風巻隼人」だった。
「……山﨑さん?」
近くにいた女子社員に声をかけられ、僕はハッとして書類を差し出した。
そのやり取りに気づいたのか、風巻さんの視線がふいにこちらを向く。
一瞬、彼の瞳が揺れた。
けれど、彼はすぐに表情を殺し、他人行儀な一瞥(いちべつ)をくれただけで、再び部下への叱責に戻った。
(……そうだ。これが、本当の彼なんだ)
逃げるようにエレベーターに飛び乗り、地下一階へ戻る。
静かなメール室に戻って、自分の震える手を見つめた。
彼は戦っている。何百人という社員の生活や、会社の看板を背負って、あの修羅場に立っている。
それに比べて、僕はどうだ。
ここで紙を仕分け、安いコーヒーを飲んで、「彼を癒やしてあげている」なんて、なんて烏滸がましい勘違いをしていたんだろう。
僕と彼は、住んでいる世界が違いすぎる。
彼にとって僕は、ただの「便利な休憩所」に過ぎないのかもしれない。
その日の三時。
いつもなら扉が開く時間になっても、ノックの音は聞こえなかった。
僕は一人で、自分でも驚くほど苦い、砂糖を入れすぎたはずのコーヒーを飲み干した。
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