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第4章:加速する旋律、綻ぶ境界
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大輝と肌を重ねたあの日から、加代子の世界は一変した。鏡に映る自分の顔が、どこか艶を帯びているように見える。それは単なるうぬぼれではなく、男に求められ、大切に扱われたという事実がもたらした、静かな、しかし強烈な「女としての自信」だった。
その自信は、彼女のInstagramでの振る舞いにも劇的な変化を与えた。投稿するコーディネートは以前よりもどこか身体のラインを強調するものになり、画角も大胆になっていく。加代子自身、自分の顔立ちが美人だとは露ほども思っていない。むしろ、55歳の平均的な女性よりも「並以下」だと自負していた。しかし、写真の中の彼女には、不思議なほどに濃密な「色気」が漂い始めていた。
フォロワーは1,000人を超え、称賛のコメントが溢れる一方で、顔の見えない相手からの辛辣なアンチコメントも届くようになった。「いい年して痛い」「加工しすぎ」――そんな刃のような言葉も、今の加代子には心地よい刺激にすら感じられた。嫌悪感は、関心の裏返しでしかない。そんな余裕すら生まれていた。
その中でも、頻繁にやり取りをしているのが29歳の和文(かずふみ)だった。彼は大輝よりも少し大人びた知的な語り口で、加代子を翻弄した。「加代子さんのような落ち着いた女性と、ゆっくりとお酒を飲んでみたいです」。そんなメッセージを家事の合間に読み返すのが密かな愉しみになっていた。大輝という「現実」がいながら、和文という「予備」もいる。その事実が、加代子の心をかつてないほどに高揚させていた。
そんな中、大輝との3度目のデートの日がやってきた。駅前のいつものチェーン店でコーヒーを飲みながら、大輝は以前にも増して熱い視線を加代子に送る。「加代子さん、今日は一段と綺麗ですね。……なんだか、目が離せないんです」。彼の言葉に嘘はないように見えた。凛音のときのように「便利だから」傍にいるのではない。彼は明らかに、武田加代子という女に溺れ始めている。
カフェを出る際、大輝が加代子の肩を引き寄せ、耳元で低く囁いた。「……今日も、一緒にいたい。いい?」
導かれるように向かったホテルの一室。ドアが閉まった瞬間、大輝は加代子を壁に押し当て、これまでの丁寧なエスコートを脱ぎ捨てるように荒々しく唇を重ねた。ベッドに倒れ込むと、大輝は彼女の目を見つめ、少し掠れた声で言った。
「……ねえ、加代子って呼んでいい? 敬語、もう無理だよ」
その瞬間、加代子の背中に甘い電流が走った。30歳も年下の若者が、自分を呼び捨てにする。その背徳的な響きが、彼女の中の「女」を激しく揺さぶった。
大輝の行為は、凛音のような義務的なものとは正反対だった。「加代子、めっちゃくちゃ気持ちいい……。信じられない、最高の『名器』だよ、これ。締まり、よすぎるよ」。本能のままに漏れる言葉。凛音に道具として冷たく突き放されたあの単語が、大輝の口からは、加代子への最大の賛辞として熱く、甘く紡ぎ出される。大輝は若さゆえかフィニッシュこそ早かったが、驚くのはその後の回復の早さだった。一度終わっても、彼はすぐにまた加代子を求め、何度も、何度も彼女を熱狂の渦へと引き戻した。
凛音との6年間は何だったのかと思えるほど、濃密で、貪欲な時間。加代子は、自分の身体がまだこれほどまでに男を狂わせることができる事実に、恍惚とした悦びを感じていた。
大輝に抱かれ、彼が自分の名前を何度も呼ぶのを聞きながら、加代子の心のどこかは冷ややかに冴え渡っていた。大輝の腕の中にいながら、スマホの向こう側にいる和文の存在を思い出す。
(私、もうあの頃の惨めなおばさんじゃない。選ばれるのを待つんじゃなくて、私が選ぶのよ)
19時、いつものように自宅のドアを開ける。スーパーで買ってきた食材を手際よく調理し、夫の夕食を作りながら、加代子はふと自分の口角が上がっていることに気づいた。換気扇の音、包丁がまな板を叩く規則的な響き。そんな、ありふれた家事のひとつひとつが、今の彼女には輝いて見えた。
夕食の支度をしながら、スマホに届いた和文からの新しい通知を確認する。「今日も一日お疲れ様です。加代子さんのことを考えていました」。その文字を目にして、加代子は満足げに微笑んだ。大輝という熱と、和文という期待。武田加代子の人生は、55歳にしてようやく、極彩色の輝きを放ち始めたのだ。
その自信は、彼女のInstagramでの振る舞いにも劇的な変化を与えた。投稿するコーディネートは以前よりもどこか身体のラインを強調するものになり、画角も大胆になっていく。加代子自身、自分の顔立ちが美人だとは露ほども思っていない。むしろ、55歳の平均的な女性よりも「並以下」だと自負していた。しかし、写真の中の彼女には、不思議なほどに濃密な「色気」が漂い始めていた。
フォロワーは1,000人を超え、称賛のコメントが溢れる一方で、顔の見えない相手からの辛辣なアンチコメントも届くようになった。「いい年して痛い」「加工しすぎ」――そんな刃のような言葉も、今の加代子には心地よい刺激にすら感じられた。嫌悪感は、関心の裏返しでしかない。そんな余裕すら生まれていた。
その中でも、頻繁にやり取りをしているのが29歳の和文(かずふみ)だった。彼は大輝よりも少し大人びた知的な語り口で、加代子を翻弄した。「加代子さんのような落ち着いた女性と、ゆっくりとお酒を飲んでみたいです」。そんなメッセージを家事の合間に読み返すのが密かな愉しみになっていた。大輝という「現実」がいながら、和文という「予備」もいる。その事実が、加代子の心をかつてないほどに高揚させていた。
そんな中、大輝との3度目のデートの日がやってきた。駅前のいつものチェーン店でコーヒーを飲みながら、大輝は以前にも増して熱い視線を加代子に送る。「加代子さん、今日は一段と綺麗ですね。……なんだか、目が離せないんです」。彼の言葉に嘘はないように見えた。凛音のときのように「便利だから」傍にいるのではない。彼は明らかに、武田加代子という女に溺れ始めている。
カフェを出る際、大輝が加代子の肩を引き寄せ、耳元で低く囁いた。「……今日も、一緒にいたい。いい?」
導かれるように向かったホテルの一室。ドアが閉まった瞬間、大輝は加代子を壁に押し当て、これまでの丁寧なエスコートを脱ぎ捨てるように荒々しく唇を重ねた。ベッドに倒れ込むと、大輝は彼女の目を見つめ、少し掠れた声で言った。
「……ねえ、加代子って呼んでいい? 敬語、もう無理だよ」
その瞬間、加代子の背中に甘い電流が走った。30歳も年下の若者が、自分を呼び捨てにする。その背徳的な響きが、彼女の中の「女」を激しく揺さぶった。
大輝の行為は、凛音のような義務的なものとは正反対だった。「加代子、めっちゃくちゃ気持ちいい……。信じられない、最高の『名器』だよ、これ。締まり、よすぎるよ」。本能のままに漏れる言葉。凛音に道具として冷たく突き放されたあの単語が、大輝の口からは、加代子への最大の賛辞として熱く、甘く紡ぎ出される。大輝は若さゆえかフィニッシュこそ早かったが、驚くのはその後の回復の早さだった。一度終わっても、彼はすぐにまた加代子を求め、何度も、何度も彼女を熱狂の渦へと引き戻した。
凛音との6年間は何だったのかと思えるほど、濃密で、貪欲な時間。加代子は、自分の身体がまだこれほどまでに男を狂わせることができる事実に、恍惚とした悦びを感じていた。
大輝に抱かれ、彼が自分の名前を何度も呼ぶのを聞きながら、加代子の心のどこかは冷ややかに冴え渡っていた。大輝の腕の中にいながら、スマホの向こう側にいる和文の存在を思い出す。
(私、もうあの頃の惨めなおばさんじゃない。選ばれるのを待つんじゃなくて、私が選ぶのよ)
19時、いつものように自宅のドアを開ける。スーパーで買ってきた食材を手際よく調理し、夫の夕食を作りながら、加代子はふと自分の口角が上がっていることに気づいた。換気扇の音、包丁がまな板を叩く規則的な響き。そんな、ありふれた家事のひとつひとつが、今の彼女には輝いて見えた。
夕食の支度をしながら、スマホに届いた和文からの新しい通知を確認する。「今日も一日お疲れ様です。加代子さんのことを考えていました」。その文字を目にして、加代子は満足げに微笑んだ。大輝という熱と、和文という期待。武田加代子の人生は、55歳にしてようやく、極彩色の輝きを放ち始めたのだ。
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