325 / 430
再編集版
12. 異世界54日目 同郷の仲間を探す
しおりを挟む
12. 異世界54日目 同郷の仲間を探す
朝起きてからみんなと一緒に朝食をいただく。このままここに泊まっていっても良いとは言われたんだけど、やはり気になってしまうので今日から宿を移るつもりだ。コーランさんや風の翼のメンバーにお礼を言ってから宿を出る。
コーランさんに今回特に役に立つ話はしなかったけど、よかったのか聞いてみたところ、十分役に立ったと言われてほっとする。
どうやらアーマトの店で見たワゴンセールなどは自分と話をしてからやってみたそうだ。自分のいた世界では普通のことだったけど、この世界ではまだ斬新な商売方法だったみたい。
なにか困ったことがあったら店を訪ねてきてくれと名刺のようなカードをもらったのでほんとに困ったときには使わせてもらおう。どの町のカサス商会でも受付に出せばいいらしい。
何かこの世界にないものでも思いついたら製品化を持ちかけるのもありなのかもしれない。自分で売るのはさすがに無理っぽいけど、最低限のアイデア料だけでももらえれば十分だしね。
さて、とりあえずここまでやってきたんだが、どうやって彼女を探すかが問題だ。この世界に来て50日くらいなので同じ額のお金をもらっていたとしたら当初のお金でもまだ生活できている可能性もある。
正直ちょっと見ただけだから顔もはっきりとは覚えていないので、会ってもわかるかな?結構かわいい顔をしていたようには思うんだけど、会ってみても彼女だと断定する自信がないんだよなあ。
ちなみにこの世界の美的感覚は自分が持っている感覚と大きな差はないっぽい。体型についてはどちらかというとちょっとふくよかなほうがいいようで、痩せすぎているのはだめみたいだ。時代や場所によって美人の定義は異なるみたいだからねえ。貴族などの中では正直わからないけどね。
名前は確かジェニファー・クーコだったからジェニファーとか言われているのかな?自分が純一郎でジュンイチとなっていたから呼び名とかが基本になっているんだろうか?
ジェニファーじゃなかったらちょっとまずいなあ?ジェニファーって名前の呼び名って何が普通なんだろう?たしか海外の場合はもとの名前とちょっと違う言い方をしていたような気もするからよく分からない。
とりあえず依頼の報告もあるので役場に行ってみることにしよう。高校生か大学生くらいだったからもしかして同じように異世界で冒険者登録をしている可能性もあるかもしれないしね。
役場にいって窓口に座っている女性に声をかける。
「すみません、特別依頼の完了確認をお願いしたいんですけどいいですか?」
身分証明証と完了証明書を出してから実績をつけてもらう。冒険者カードと完了書を見比べてちょっと変な顔をしていた。
「並階位で護衛依頼が出るなんてかなりの実力を持っているんですね。」
「いえいえ、そんなことはないですよ。今回はある意味雑用という感じで依頼を受けたので護衛と言うほどではありません。正直助かりましたよ。」
もともと護衛依頼で実績を積むという方法は結構横行している。もちろん推奨はされていないし、最終的には実力が無ければ昇格することは出来ないけど、ある程度実力を持っている冒険者には早めに昇格させるために今回のような依頼が出されることもあるらしい。
「そうなのですね。この階位での護衛依頼の実績はかなり大きいですよ。報酬は途中の経費と相殺と言うことになっていますのでお支払いは残念ながらありません。それで問題ないですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「あとアーマトの町で買い取り対象となっていた薬草も少し手に入れたんですが、買い取りはできますか?」
途中休憩したときに森の近くで貴重な薬草を少し見つけていたので買い取りをお願いしてみた。資料をチェックしておいて良かったよ。
「わかりました。買い取りの窓口の方に回ってください。対象のものであれば実績ポイントがつきますよ。」
「わかりました。あの、こちらにいるジェニファーさんに会いたいのですが、連絡を取ることはできますか?」
ジェニファーさんのことを聞くと受付嬢はちょっと顔をしかめていた。
「えっと、ジェニファーさん?とは、どういうご関係なのでしょうか?」
この答えだと一応この名前の人はいるみたいだな。
「以前別の町で会ったことがあってこの町に行くという話でしたので、まだこちらにいるかな?と思ったんですよ。2ヶ月くらい前にやってきていると思うんですが・・・。」
「あまり詳細は申し上げられませんが、この町の冒険者でその名前で登録されている方はいます。ただその方があなたの言われている人なのかは分かりません。ただ最近はこちらには来られていません。」
「そうなんですね。せっかくなので挨拶しようと思ったんですが・・・。ありがとうございます。もし窓口に来ることがあれば”ニホンのジャパン”からきたジュンイチという人間が探していたと伝えてくれないでしょうか?」
どこの国の人かは分からないが、ある程度の知識があれば日本という国はきっと知っているだろう。日本語と英語の両方言えばきっとなにか気がつくはずだ。
「ニホンのジャパンですか?聞いたことがない地名ですね。」
「かなりの田舎ですのであまり知っている人はいないと思います。ただ、自分の知っている人であればすぐにわかると思います。」
「わかりました。もし来るようなことがあれば伝えておきますね。」
「ありがとうございます。あとしばらくはこの町で活動すると思いますので冒険者の地域登録もお願いできますか?」
冒険者は活動する拠点を登録する必要があるので、長期滞在する場合は地域登録することが求められている。必須ではないんだけど、やっておいた方が何かあったときに連絡も取りやすいので推奨されており、実際にほとんど人が行っている。
「分かりました。この町の資料についてはあちらのコーナーに置いていますのでご利用くださいね。」
「ありがとうございます。」
このあと買い取りの窓口に行くと持ってきた薬草はちゃんと買い取り対象だったらしく、無事に買い取りをしてもらうことができた。上級回復薬の原料となるもので、結構貴重な薬草だったようだ。
事前に確認していたとおり、葉の部分を回収して乾燥させていたので状態も問題なかったようだ。一束当たり100ドールだけど、10束あったので1000ドールとちょっとした小遣いとなった。このあたりはできるだけ知識として知っておいて損はないね。まあなかなか手に入れることは難しいとは思うけどね。
町の規模を考えると闇雲に彼女を探しても正直見つけるのは無理と考えていいだろう。まあ運が良ければと言う気もしないでもないけど、果たして見ても分かるかどうか、それが問題だな。
まずはこの町や周辺の状況や魔獣の生息エリアについて資料を確認する。近くにいる魔獣のレベルはアーマトよりもちょっと上という感じかな。魔素がこっちの方が濃いのだろう。
アーマトと違うのは海の魔獣について説明が書かれていることだ。水生の魔獣なんだけど、さすがにこちらには手を出さない方がいいだろう。船を使ってまで退治に出たいとは思わないけど、海岸付近に出てくる水陸対応の魔獣もいるので一応目は通しておく。
いろいろと調べ物をしていると、すでにお昼になっていたのでご飯を食べに行く。食堂の多いエリアに移動してから、事前に聞いていた店に行ってみる。焼き魚定食で30ドールなので結構物価は安そうだ。味も若干濃いめでなかなかいい感じ。おなかも満足したところで町を散策することにした。
港の方に行ってみると、漁船のような船が停泊しているエリアと大きな船が停泊しているエリアに分かれていた。漁港と貿易港がくっついた感じなのかな?大きな船は旅客船や貨物船だろう。機会があれば船にも乗ってみたいねえ。
船は帆があるタイプとないタイプがあるんだけど、あまり詳しくないのでよく分からない。帆がないものは車と同じようにスクリューとかで動いているんだろうか?帆があるタイプも風魔法を使えば風がないときでも対応できるかもしれない。
大きさはテレビで見るような有名な旅客船ほど大きくはないけど、前に乗ったことのある瀬戸内航路のフェリーくらいの大きさはありそうだ。
漁船のエリアではすでに荷揚げは終わっているみたいで人の姿は少ない。セリのようなものが行われるのか近くには大きな建物があった。時間があるときにどんなものか見に来ても面白いかもしれないな。
漁船の形はテレビでよく見るくらいの大きさのものが数多く並んでいた。さすがに魔法で漁をするわけではなく、網を使ってやっているみたいなので地球とあまり差がないような感じがする。まあ道具関係はおそらく魔道具なんだろうけどね。
このあと鍛冶屋や雑貨屋、宿屋などいろいろ見て回り、町の状況は大体把握できた。図書館もあったんだけど、規模はさすがに小さかった。ただ天文学や魔獣に関する資料は多かったのでとりあえず取り込んでおいた。
さすがに港町のせいか魚を取り扱っている店が結構目につく。見たような形の魚や見たことのないような魚までいろいろと置いている。魔獣ではない魚はなんとなく見たことのあるような形なんだけど、魔獣の魚はかなり変わった形をしている。こういうときに鑑定を使えるといいんだけど、触らないとだめなのでちょっと鑑定はできなかった。
宿は事前に他の冒険者に聞いていた朝食付きで一泊250ドールという海の家というところに泊まってみることにした。これ以下だと相部屋になってしまうからこの値段はしょうがない。とりあえず1泊だけしてから良ければ長期の拠点にしよう。
夕食はお昼にも食べた店で定食を食べる。今回はブイヤベースのようなスープの定食だ。夕食の後は宿に戻りシャワーと洗濯をして眠りにつく。
翌日いつもの時間に起きてから支度を調える。宿は値段相応という感じなんだけど、アーマトの時よりベッドの質が良くない。やはりどこか別の宿に移ったほうがいいかなあ?
ただどのくらい滞在するかもわからないし、まずは狩りをして見込まれる収入を把握しないといけないか。宿の移動はその後だな。もう一泊分のお金を預けてから郊外へと向かう。
林の中に入ってこの辺りに生息している鬼蜘蛛や大蛇、大蟷螂を狩っていく。索敵を使うことで奇襲を防げるのは助かった。そうでなかったらいきなり攻撃を受けてしまう可能性もあるからねえ。
鬼蜘蛛は自分の頭くらいの大きさで、大蜘蛛よりも強い毒をもっているので注意が必要だ。みためは鬼蜘蛛の方が地味な色合いで、素材はお尻にある袋を持って帰ればいい。特殊な繊維の材料に使われるらしい。
大蟷螂は子犬ほどの大きさのカマキリだ。両手の鎌の攻撃がちょっとやっかいで、結構切り傷をつけられてしまう。ただ手足を切断されるほどの威力があるわけではないのでまだ大丈夫。問題は団体で攻撃してくるのでやっかいなところだ。1匹いると30匹いるという具合でなんか黒いやつみたい。しかも使える素材がないのでお金にはならない。初級治癒魔法が使えるので防御は無視してひたすら狩っていく感じだった。
大蛇はアーマトの町の近くにいたものよりちょっと大きな感じがする。大蛇で面倒なのは素材の解体の方だった。丁寧にしないとお金にならないんだけど、時間もかかってしまう。早く解体魔法を覚えたい。
あまり狩りをする人がいないのか思ったよりも効率よく狩りをすることができた。今日は早めの4時に上がることにしたが、成果は鬼蜘蛛が5匹、大蛇が2匹、大蟷螂が50匹くらいか?
浄化魔法も使っているうちにレベルアップしたのか、身体に付いたゴミを拭き取るくらいだったのが今では水で軽く洗い流したくらいまできれいになるようになっている。狩りの後で簡単に綺麗になるのでかなりありがたい。
イメージ通りに魔法がレベルアップするって気持ちがいいものだなあ。おかげで服の洗濯も大分楽になった。最終的には洗濯しなくていいレベルまでしたいものだ。
町に戻ってから素材を売ると全部で760ドールとなった。まずまずだな。買い取りの店でも宿の情報を仕入れてみたけど、なかなか決め手に欠ける感じ。
なにか情報が無いかと役場に行に向かう。
「あなたがニホンのジャパンからきたと言っていたジュンイチ?」
掲示板を見ていると自分の名前が聞こえたので驚いて振り返ると、ワンピースを着た女性が立っていた。なんとなく見覚えがあるんだけど、もしかしてジェニファーさんか?
「ニホンのジャパンからきたと言っていたジュンイチなの?ニホンやジャパンって場所はどこで聞いたのかしら?」
「My name is Junichi. I am from Japan.」
とりあえず英語で話しかけてみる。もし分かるんだったらなにか反応を示すだろう。発音がおかしいかもしれないけど、英語を知っているのなら少しは反応するはずだ。
「え?・・・A. Are you...」
彼女の顔色が変わった。やっぱり英語を知っていると思っていいだろう。英語っぽい言葉も話しているみたい。
「すみません。英語は苦手なのでこのくらいしか話せません。自分の出身が日本だからそう説明していたんですよ。ジェニファー・クーコさんでいいのかな?ササミさんとスイサイさんだったかな?という名前に聞き覚えはありませんか?」
「まさか・・・。
少し場所を移して話せない?」
声を出しそうになるのを押さえるようにしてから小さな声で話しかけてきた。もちろん断る理由はない。
彼女は受付で何か話した後、鍵をもらって戻ってきた。
「こっちへ。」
どうやら役場の中の部屋を借りたようである。
部屋の中にはテーブルと椅子があり、彼女が座った対面の椅子に腰を下ろす。彼女が何か小声で言ったと思ったら彼女の声が急にはっきり聞こえるようになった。
「聞かれても困るかもしれないので私たちの声は他にほとんど聞こえないようにしたわ。ただなにかしようとしたらすぐに解除するからそのつもりでね。」
風魔法で空気の振動するエリアを制限したのかな?こんなこともできるんだな。さすがに少し警戒しているのは仕方がないか。
「改めて聞くけど、どこからどうやってやって来たのか説明してくれると助かるわ。」
「それじゃあ、まず自分のことについて話すね。自分は地球の日本からこちらの世界に転移された高校2年生の大岡純一郎と言います。今から50日ほど前にあなたと同じ場所に転移し、そしてこの世界にやって来ました。」
とりあえずこちらのことを話さないと警戒して話が進まないだろう。
「それを証明するのは難しいのですが、どう見えるか分からないですが、あなたもこれを持っているのではないでしょうか?」
そう言ってガイド本を見せる。ガイド本の表紙の時間はあれからもずっと時を刻み続けている。
「あ、あ、これ・・・。」
驚いた顔をした後、鞄から同じようなものを出してきた。数秒のずれはあるが、同じように時間が刻まれている。他の人には普通のノートのように見えていたようなんだが、転移者だと他の人のものでもちゃんと見えるんだ。
「お互いにこれが見えると言うことはやっぱり他の世界から転移してきたということでいいんだよね?」
「え、ええ・・・。それじゃあ、あなたも他の世界からやってきたってことでいいんだよね?10日間ってことだったのになぜ戻れないの?どうやって戻ればいいの?それと、どうやって私のことを知ったの?」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくるがすぐに答えられないことが多い。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて。順番に話すから。」
「あ、ごめんなさい。ちょっと焦りすぎてしまったみたいね。」
「まず、あなたのことは先ほどの最初に転移した場所で少し見かけました。そのときに担当の人からあなたの名前とこの町に転移されることだけ聞いたんですよ。それと珍しく同じ世界からの転移となると聞いたのでもしかしたら日本という国名には反応するかと思って伝言を頼んだんです。」
「・・・。ああ、やっぱりあの時いたのがあなただったのね。夢だと思っていてあのときはあまり周りのことなんて見ていなかったわ。」
「説明の後、自分はこの町の北東にあるアーマトという町に転移されました。10日間と言うことで冒険者のまねごとをやっていたんですが、10日たっても元の世界に戻れませんでした。
どうなっているのか?本当に戻れるのか?といろいろと悩んだんですが、結論は出ませんでした。そのときにあなたのことを思い出して、会って状況を確認してみようと言うことを目標としてがんばってきました。」
「よかった。同じような人がいるだけで大分心強いわ。」
「とりあえず帰る手段もわからないので、地球の時よりも身近であるという神様に祈りを捧げていますけど、特に返答はなく、帰る手段についてはまったく思いつかない状態です。」
「そうなのね・・・。」
かなり落ち込んでいるようだが、ここで嘘を言ってもしょうがない。
「私はね・・・・。」
この後聞いた彼女の話を要約すると、彼女はアメリカの高校2年生らしい。日本のアニメや漫画に興味があったので異世界物の小説なども読んでいたようだ。残念ながら日本語は片言程度みたい。
一応世界情勢などを聞いた限りでは同じ地球の同じ時間軸からの転移と考えて良さそうだった。もしこれで他の天体とかだったらびっくりするけどね。
こっちの世界に来てからはせっかくなので自分と同じように冒険者に登録して、魔法を覚えたり、魔獣を狩ったりして無理のない範囲で異世界を楽しんでいたようだ。
ただ10日目に転移されなかったとき、しばらく宿に引きこもっていたようだけど、何か行動しないとということでとりあえず生きていくために働くことにしたようだ。運良く泊まっていた宿屋で住み込みの手伝いとして働かないかと言われて働いているようだ。
今回の話は知り合いの冒険者から自分のことを聞いたのでやってきたらしい。「ニホン」や「ジャパン」という単語がやはり気になったようだ。
今の仕事は朝の0時から2時までと5時から7時までの4時間勤務となっているようで、宿の受付、食堂の給仕をメインでやっているようだ。
10日間に1日の休暇があって、事前に話をすれば状況にもよるが休みを取ることはできるみたい。その分給料が減るみたいだけどね。1日あたり200ドールだけど、宿泊と食事はただになるので結構割のいい仕事のようである。
休みの日は魔獣狩りをやったり、買い物をしたりとかしていたみたいなんだけど、まだ狩りの回数は数えるほどのため、冒険者の階位はまだ初階位らしい。彼女の休みは3日後なのでそれまでは休み時間などに情報交換をしようと言うことになった。
あまり二人でいることは見られない方が良さそうなので、彼女が鍵を返しに行ってる間に自分は先に彼女が泊まっているという宿に向かう。
宿は今泊まっているところよりも良さそうな感じだった。せっかくなのでその宿の食堂で夕食を食べさせてもらったんだが、メニューになんか見慣れたものが載っていた。オムライスって名前になっているけど、これって彼女が考えたんじゃないのか?
注文を取りに来た彼女に聞いてみるとどうやら漫画に出てきておいしそうだったので家で研究していたようだ。せっかくなのでこれを食べていくことにした。久しぶりに食べたなあ・・・。
宿に戻ってからシャワーをあびて荷物の整理をする。明日にはジェニファーさんの宿に移るつもりだ。一泊400ドールと今よりは高いが、そっちに移った方が情報交換しやすいし、宿もよさげだったからね。
翌日、朝食をとった後、ジェニファーさんの働いている”メイルミの宿”に移ることにした。
「おはようございます。ジェニファーさん。」
宿の受付に行くとジェニファーさんがいたので挨拶をする。
「ジュンイチさん、おはようございます。部屋は取っているので大丈夫ですよ。」
チェックインは夕方からなのでとりあえず5日分の宿代を払ってから荷物を預かってもらう。
「それじゃあ、またあとで。」
昨日のこともあるので役場に行ってジェニファーさんのことについてお礼を言う。
「連絡とっていただいてありがとうございました。おかげで再会することができました。」
「ほんとに知り合いだったみたいですね。ちょっといろいろあって警戒していたので申し訳なかったです。」
「いえいえ、個人に関わる情報なのでその対応は普通だと思いますから気にしないでください。知らない人に簡単に情報を教える方がこっちも不安になりますので。」
「えっと、彼女は冒険者の中で人気があるから気をつけた方がいいですよ。まだ正式にパーティーを組んでいないこともあって、勧誘しようとしている人も多いみたいなので。」
他には聞こえないように小声で教えてくれた。
「あんたが、ジェニファーのことかぎまわっているやつか?」
テンプレのイベントはやめてくれよと思っていると後ろから声をかけられた。まじか・・・。
「・・・・」
「おい、なんとかいえよ!!ジェニファーのことを聞いていたやつかと言ってるんだよ。」
「ああ、おはようございます。
自分は以前ジェニファーさんと一緒に狩りをする機会があって、こちらにいると聞いていたので挨拶できればと思って確認してもらっていたんですよ。おかげで昨日会うことができました。ジェニファーさんに連絡を取っていただいた方がいたようですが、あなたですか?ありがとうございます。」
とりあえず差し障りないようにしておいた方が良さそうだ。
「そうですね。昨日ジェニファーさんがやってきて、話しをしていたので知り合いであることは間違いないと思いますよ。」
受付の女性も援護してくれた。
「あまり変な行動をとるようだったら、覚悟しておけよ。」
さすがにそれ以上は何も言えなくなったのか、舌打ちしながら去って行った。やれやれ・・・。
「彼のパーティーが一番強引に誘っているのよ。それもあってジェニファーさんもあまりこっちに顔を出さなくなっているの。
時々宿にも行っていたみたいなんだけど、なにかもめたみたいで宿や食堂への立ち入りは禁止されているらしいわ。」
受付の女性がこっそりと教えてくれた。ジェニファーさんもなんか色々あったんだろうな。
このあと鍛冶屋ドルンに紹介してもらったドウダンという鍛冶屋に行ってみる。ここの店主がドルンのいとこらしい。鍛冶の腕は自分より劣るがまあまあのレベルだと言っていたのでおそらく同じくらいのレベルなのだろう。
店の雰囲気はドルンのところに似ているが、こちらは杖・短剣などの魔術系の人がメインに使う武器を中心に置かれていた。短剣でも魔力強化をする効果が得られるものもあるようだ。数は少ないが、指輪の発動体も置いている。
魔術系の媒体もほしいけど、正直言ってお金が足りない。いずれはほしいんだけど剣を使うことを考えると一番使い勝手がよさそうなのは指輪とかになる。ただ指輪とかは他のものよりも値段が高いんだよなあ。
このあとジェニファーさんと待ち合わせた教会へと向かう。帰れなくなった日からできるだけ教会に行っていると話すと、自分も一緒に行くというので一緒に行くことになった。いつもは朝一で来るんだが、今回は彼女の仕事の都合でこの時間になった。
「ジュンイチさん、お待たせしました。」
「いえ、自分もちょうど来たところなので大丈夫です。」
教会はアーマトと同じような建物だった。いつものように祭壇の前で現在のことを聞いてみる。
「他の世界からやって来たものですが、一緒にやって来た人もやはり元の世界に戻っていませんでした。なにか理由がわかれば教えてください。」
いつもの様に神様に呼びかけてみる。
「聞こえますか?私はこの世界の神の1柱のアミナです。」
「「?」」
ジェニファーさんの方を見ると、驚いた顔でこっちを見ているので同じように聞こえているのだろう。
「声に出さなくても大丈夫です。お二人の精神回路をつなげましたので頭で考えると伝わるようになっています。」
「「この世界の神様なのですか?」」
この世界には5柱の神がおり、それぞれの役割を担っているという話だった。神はイミザ、イギナ、アミナ、タミス、カムヒという名前で、イミザは男性神で自然と武、イギナは女性神で生産と芸、アミナは女性神で誓約と知、タミスは男性神で豊穣と技、カムヒは男性神で生命と術を司っている。
今回声をかけてくれたのは誓約と知を司るアミナ神ということか?
「そのとおりです。この世界のものでない気配の重なりを感じたのでやってきました。あなた方は別の世界から来られた方達ですね?」
「「そのとおりです。」」
「本当は10日間でもとの世界に戻るという話だったんですが、それは本当なのでしょうか?」
「そうですね、異世界からの来訪者は過去に例がありますが、今まではおおよそ10日間でもとの世界に戻っていたはずです。」
「それではなぜ自分たちはもとの世界に戻れなかったんでしょう?」
「・・・それは我々もわかりません。我々の力の範囲外となります。」
「普通であればもとの世界に戻っているんですね?」
「そのとおりです。過去にこの世界に来られた方たちはいましたが、死亡した方以外はすべてもとの世界に戻っているはずです。
残念ながらちゃんともとの世界に戻ったかまではわかりませんが、この世界から存在が消えているのは確かです。逆に他の世界に行ったと思われる方たちがこちらの世界に戻ってきているのは確認しています。」
あのときの説明は間違いではなかったと言うことか?
「自分たちも戻ることはできるのでしょうか?」
「もとの世界に戻れるかどうかについてはこちらでも分かりません。確認できないかやってみますが、それでも時間がかなりかかってしまうと思いますがよいですか?」
「「ぜひ、お願いします!!」」
「わかりました。今回は特別にあなたたちに精神回路をつないで話しましたが、今後も同じように話ができるとは考えないでください。我々も神託や人の手助けをすることはありますが、通常は個人的なことに対しての神託は行いません。」
残念だけど、しょうがないかな。
「ただ、何かのトラブルがあったようなので、帰るまでの間の手助けとして私の祝福与えます。帰れるそのときまでこの世界を楽しんでください。」
「「ありがとうございます!!」」
頭の中から気配が消えた感じがした。
神父さんがやってきて「熱心にお祈りされていましたね」と声をかけてきた。夢じゃないよな?
教会を後にしてから少し早めのお昼をとることにした。彼女のおすすめのパスタの店だ。
「ジェニファーさん、さっきのことどう思いますか?」
「わざわざ下界へのチャンネルを開いてまで話してきたと言うことはなにか手違いがあったということなんでしょうね。」
「とりあえずもとの世界には戻れるというのは間違いなさそうだけど、問題は期間なんですよね。」
「神様の感覚でかなり時間がかかるって人間で言えばかなり長期になると考えてもおかしくないわね。」
「たしかに・・・。」
いつかは分からないけどもとの世界に戻る可能性は出てきたということだ。それまではなんとしても生きていかなければならない。どこかに就職して普通に過ごしていればいいというのは確かなんだが、ちゃんと稼ぐことはできるのかが問題だ。それに・・・。
「まず、しばらくこの世界で生きていかなければならないことは間違いないと思います。そして、正直何とも言えないけれど、少なくとも数年、下手したら数十年かかってしまうと考えておいた方がいいかなと思います。」
戻れる可能性はあるが、神様の感覚だと場合によっては数十年となる可能性だってある。
「たしかにそう考えた方がいいかもしれないわね。時間的な感覚がどの程度か分からないけど、神様の感覚はかなり長いというのはよくある話しよね。」
「そうすると最低限生きていくための生活基盤が必要になりますが、一番の問題なのは年を取らないと言うことなんですよね。老化が遅いという人たちもいるようですが、せめて20代ならまだしも今の容姿だと10年とかになってしまったらちょっとまずいように思います。」
いまのところ実感はないが、体の成長は止まると言っていた。こちらの人たちの通常の寿命は40~60年くらいで長生きの人でも80年くらいらしい。もちろん魔獣とかもいるのでもっと若いうちに亡くなる人も多いらしいけど・・・。
民族によって老化の速度に差はあるみたいだけど、今の自分の年齢の容姿で安定するのはちょっと違和感をもたれてしまう可能性が高い。まあ10年くらいならまだ大丈夫かもしれないけど、それで戻れなかった場合まで考えた方がいいかもしれない。
「そうねえ。そう考えると同じところにずっと住むというのは厳しいかなあ?知り合った人と別れるというのはいやだけど・・・。」
「年齢のことですが、若返りの薬を手に入れたとことにするというのがいいと思います。10年位だったらなんとかなると思いますし、場合によっては薬を飲んだと言えばまだなんとかごまかせるんじゃないかなと。」
かなり希少だが若返りの薬もあると言うことを聞いたことがあるので、冒険者だとそれを手に入れたということもできる。やはり普通にどこかで働くよりは冒険者として生きていく方がいいかなあ?冒険者をやりながらスキルを手に入れて、それを元にお金を稼ぐという手もあるかもしれないしね。
「・・・ジュンイチ、一緒に冒険者としてやっていく気はない?」
いろいろと考えていると、ジェニファーさんからそう言われる。
「いいんですか?自分も冒険者が一番いいかなと考えていたところですよ。一緒にやってくれるならいろいろと情報交換も出来るのでかなり助かります。
冒険者だったらいろいろと拠点を変えていきやすいですし、若返りの薬を見つけるというのも可能性としてはあり得ますからね。」
「そうなのよね。身体の成長のこともあるし、拠点を変えていくことを考えると普通の職業だと厳しそうなのよね。そう考えると冒険者が一番融通が利きそうだわ。」
「自分も同じ事を考えてましたよ。まあ冒険者としてどのくらい稼げるかはまだはっきり分かりませんが、そこは今度試してみる感じかな?だめそうだったらある程度稼げるようになるまではどこかで働くしか無いとは思いますけどね。
ただ・・・冒険者になると言うことは基本的にずっと一緒に行動することになるけど、大丈夫ですか?」
会ってそんなに経っていないのに一緒に行動することがベースの冒険者でいいのか気になってしまう。
「パーティーを組むって事はそういうことでしょ?もちろんずっと一緒に冒険者をやっていくかはまだ分からないけど、同じ地球からやって来たもの同士の方が隠すこともも少なくていいと思うわ。」
「そうですね。」
「それじゃあ、パーティーを組む方向で考えましょ。あ、あと、変な丁寧語はやめてよね。」
「わかり、ああ、わかった。よろしくお願いするよ。」
「あと、私のことは”ジェン”と呼んでくれたらいいから。あとジュンイチのこともちょっと言いにくいから”イチ”と呼んでもいいかしら?」
「呼びやすいならそれでもかまわないよ。」
あまり女子を呼び捨てにするのには慣れないけど、そう呼べと言われたらそうするしかないな。アメリカでも普通のことなんだろうしね。
「ありがとう、イチ。」
とりあえず今度の休みに狩りをして冒険者としてやっていけるか確認だな。
「元の世界には私の大切な人がいるのよ。こんな形でもう会えなくなるなんて絶対にいやだわ。絶対に・・・。」
ジェニファーさんは小さな声で自分に言い聞かせるようにつぶやいている。大切な人って恋人かな?これだけかわいいんだから、そりゃ恋人くらいいるよなあ。うん、別に残念とか思ってないよ。異世界小説のような展開は無理なことはわかってるよ。
ジェニファーさんは仕事に戻るようなので、自分は狩りに行ったんだけど、さすがに時間も短かったこともあり、今日の収入は340ドールだった。まあ半日くらいとしたらまだいい方なのかな。
宿に戻ってからシャワーを浴びて夕食をとる。夕食は焼き魚の定食だ。部屋に戻ってから早々に眠りについた。
ちなみに神様からもらった祝福について調べてみると、秘匿スキルのところにあった。アミナの祝福となっており、効果は知識吸収上昇となっていた。言ってみれば学識に関するスキル成長速度アップかな?これはかなりありがたい。
他にクラスのところに神の祝福というものがついていた。こちらの効果は物理耐性上昇と魔法耐性上昇となっている。防御力が向上したと言うことなんだろうか?
クラスに神の祝福と書かれているのはちょっと気になるけど、まあ普段はそんなに見せることもないので大丈夫と信じたい。神様が結構身近なので他にも持っている人はいるだろう。
~魔獣紹介~
鬼蜘蛛:
並階位中位の魔獣。森や林に生息する蜘蛛の形をした魔獣。大きなものは大人の頭くらいの大きさで、巣を張るわけではなく、木の上で獲物が通るのを待ち、頭上から襲いかかる。隠密スキルを持っているせいか、索敵に引っかかりにくく、見つけるのが難しいため、木の下を通る場合は注意が必要。
麻痺毒を注入する牙を持っており、大蜘蛛よりも毒性が強く、大人でも全身がしびれて動きにくくなる。見つけた際にはできるだけ退治しておくことが推奨される。麻痺した獲物は糸で縛ってから食べられるため、生きたままという恐怖と痛みを味わうこととなる。
見た目よりは素早いが、足を切ってしまえばとどめを刺すのは楽な作業となる。1本ずつでも足を切り落としていくようにするとよい。
素材としての買い取り対象はお尻にある糸を作り出す袋で、この中にある液体から特殊な繊維を作ることができる。この繊維で作られた衣類は高級品として取り扱われている。体には若干の毒が含まれているため食用にはできない。
大蟷螂:
並階位下位の魔獣。林や草原に生息している300ヤルドの大きさの蟷螂の形をした昆虫型の魔獣。昆虫型に多く見られるように集団で行動するため、1匹見つけると少なくとも30匹はいると考えた方が良い。100匹を超える集団でいることも確認されている。
両手の鎌で攻撃してくるが、威力は低いため、手足が切断されることはないが、かなりの切り傷を負うことになる。集団での攻撃となるため、無傷で討伐できることは少ない。鎌部分以外の装甲は堅くないため、頭を切り落とすのが有効であり、防御は無視してひたすら倒していくことが多い。
素材としての買い取り対象はない。食用ではないが、一部地域では食べられている。
朝起きてからみんなと一緒に朝食をいただく。このままここに泊まっていっても良いとは言われたんだけど、やはり気になってしまうので今日から宿を移るつもりだ。コーランさんや風の翼のメンバーにお礼を言ってから宿を出る。
コーランさんに今回特に役に立つ話はしなかったけど、よかったのか聞いてみたところ、十分役に立ったと言われてほっとする。
どうやらアーマトの店で見たワゴンセールなどは自分と話をしてからやってみたそうだ。自分のいた世界では普通のことだったけど、この世界ではまだ斬新な商売方法だったみたい。
なにか困ったことがあったら店を訪ねてきてくれと名刺のようなカードをもらったのでほんとに困ったときには使わせてもらおう。どの町のカサス商会でも受付に出せばいいらしい。
何かこの世界にないものでも思いついたら製品化を持ちかけるのもありなのかもしれない。自分で売るのはさすがに無理っぽいけど、最低限のアイデア料だけでももらえれば十分だしね。
さて、とりあえずここまでやってきたんだが、どうやって彼女を探すかが問題だ。この世界に来て50日くらいなので同じ額のお金をもらっていたとしたら当初のお金でもまだ生活できている可能性もある。
正直ちょっと見ただけだから顔もはっきりとは覚えていないので、会ってもわかるかな?結構かわいい顔をしていたようには思うんだけど、会ってみても彼女だと断定する自信がないんだよなあ。
ちなみにこの世界の美的感覚は自分が持っている感覚と大きな差はないっぽい。体型についてはどちらかというとちょっとふくよかなほうがいいようで、痩せすぎているのはだめみたいだ。時代や場所によって美人の定義は異なるみたいだからねえ。貴族などの中では正直わからないけどね。
名前は確かジェニファー・クーコだったからジェニファーとか言われているのかな?自分が純一郎でジュンイチとなっていたから呼び名とかが基本になっているんだろうか?
ジェニファーじゃなかったらちょっとまずいなあ?ジェニファーって名前の呼び名って何が普通なんだろう?たしか海外の場合はもとの名前とちょっと違う言い方をしていたような気もするからよく分からない。
とりあえず依頼の報告もあるので役場に行ってみることにしよう。高校生か大学生くらいだったからもしかして同じように異世界で冒険者登録をしている可能性もあるかもしれないしね。
役場にいって窓口に座っている女性に声をかける。
「すみません、特別依頼の完了確認をお願いしたいんですけどいいですか?」
身分証明証と完了証明書を出してから実績をつけてもらう。冒険者カードと完了書を見比べてちょっと変な顔をしていた。
「並階位で護衛依頼が出るなんてかなりの実力を持っているんですね。」
「いえいえ、そんなことはないですよ。今回はある意味雑用という感じで依頼を受けたので護衛と言うほどではありません。正直助かりましたよ。」
もともと護衛依頼で実績を積むという方法は結構横行している。もちろん推奨はされていないし、最終的には実力が無ければ昇格することは出来ないけど、ある程度実力を持っている冒険者には早めに昇格させるために今回のような依頼が出されることもあるらしい。
「そうなのですね。この階位での護衛依頼の実績はかなり大きいですよ。報酬は途中の経費と相殺と言うことになっていますのでお支払いは残念ながらありません。それで問題ないですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「あとアーマトの町で買い取り対象となっていた薬草も少し手に入れたんですが、買い取りはできますか?」
途中休憩したときに森の近くで貴重な薬草を少し見つけていたので買い取りをお願いしてみた。資料をチェックしておいて良かったよ。
「わかりました。買い取りの窓口の方に回ってください。対象のものであれば実績ポイントがつきますよ。」
「わかりました。あの、こちらにいるジェニファーさんに会いたいのですが、連絡を取ることはできますか?」
ジェニファーさんのことを聞くと受付嬢はちょっと顔をしかめていた。
「えっと、ジェニファーさん?とは、どういうご関係なのでしょうか?」
この答えだと一応この名前の人はいるみたいだな。
「以前別の町で会ったことがあってこの町に行くという話でしたので、まだこちらにいるかな?と思ったんですよ。2ヶ月くらい前にやってきていると思うんですが・・・。」
「あまり詳細は申し上げられませんが、この町の冒険者でその名前で登録されている方はいます。ただその方があなたの言われている人なのかは分かりません。ただ最近はこちらには来られていません。」
「そうなんですね。せっかくなので挨拶しようと思ったんですが・・・。ありがとうございます。もし窓口に来ることがあれば”ニホンのジャパン”からきたジュンイチという人間が探していたと伝えてくれないでしょうか?」
どこの国の人かは分からないが、ある程度の知識があれば日本という国はきっと知っているだろう。日本語と英語の両方言えばきっとなにか気がつくはずだ。
「ニホンのジャパンですか?聞いたことがない地名ですね。」
「かなりの田舎ですのであまり知っている人はいないと思います。ただ、自分の知っている人であればすぐにわかると思います。」
「わかりました。もし来るようなことがあれば伝えておきますね。」
「ありがとうございます。あとしばらくはこの町で活動すると思いますので冒険者の地域登録もお願いできますか?」
冒険者は活動する拠点を登録する必要があるので、長期滞在する場合は地域登録することが求められている。必須ではないんだけど、やっておいた方が何かあったときに連絡も取りやすいので推奨されており、実際にほとんど人が行っている。
「分かりました。この町の資料についてはあちらのコーナーに置いていますのでご利用くださいね。」
「ありがとうございます。」
このあと買い取りの窓口に行くと持ってきた薬草はちゃんと買い取り対象だったらしく、無事に買い取りをしてもらうことができた。上級回復薬の原料となるもので、結構貴重な薬草だったようだ。
事前に確認していたとおり、葉の部分を回収して乾燥させていたので状態も問題なかったようだ。一束当たり100ドールだけど、10束あったので1000ドールとちょっとした小遣いとなった。このあたりはできるだけ知識として知っておいて損はないね。まあなかなか手に入れることは難しいとは思うけどね。
町の規模を考えると闇雲に彼女を探しても正直見つけるのは無理と考えていいだろう。まあ運が良ければと言う気もしないでもないけど、果たして見ても分かるかどうか、それが問題だな。
まずはこの町や周辺の状況や魔獣の生息エリアについて資料を確認する。近くにいる魔獣のレベルはアーマトよりもちょっと上という感じかな。魔素がこっちの方が濃いのだろう。
アーマトと違うのは海の魔獣について説明が書かれていることだ。水生の魔獣なんだけど、さすがにこちらには手を出さない方がいいだろう。船を使ってまで退治に出たいとは思わないけど、海岸付近に出てくる水陸対応の魔獣もいるので一応目は通しておく。
いろいろと調べ物をしていると、すでにお昼になっていたのでご飯を食べに行く。食堂の多いエリアに移動してから、事前に聞いていた店に行ってみる。焼き魚定食で30ドールなので結構物価は安そうだ。味も若干濃いめでなかなかいい感じ。おなかも満足したところで町を散策することにした。
港の方に行ってみると、漁船のような船が停泊しているエリアと大きな船が停泊しているエリアに分かれていた。漁港と貿易港がくっついた感じなのかな?大きな船は旅客船や貨物船だろう。機会があれば船にも乗ってみたいねえ。
船は帆があるタイプとないタイプがあるんだけど、あまり詳しくないのでよく分からない。帆がないものは車と同じようにスクリューとかで動いているんだろうか?帆があるタイプも風魔法を使えば風がないときでも対応できるかもしれない。
大きさはテレビで見るような有名な旅客船ほど大きくはないけど、前に乗ったことのある瀬戸内航路のフェリーくらいの大きさはありそうだ。
漁船のエリアではすでに荷揚げは終わっているみたいで人の姿は少ない。セリのようなものが行われるのか近くには大きな建物があった。時間があるときにどんなものか見に来ても面白いかもしれないな。
漁船の形はテレビでよく見るくらいの大きさのものが数多く並んでいた。さすがに魔法で漁をするわけではなく、網を使ってやっているみたいなので地球とあまり差がないような感じがする。まあ道具関係はおそらく魔道具なんだろうけどね。
このあと鍛冶屋や雑貨屋、宿屋などいろいろ見て回り、町の状況は大体把握できた。図書館もあったんだけど、規模はさすがに小さかった。ただ天文学や魔獣に関する資料は多かったのでとりあえず取り込んでおいた。
さすがに港町のせいか魚を取り扱っている店が結構目につく。見たような形の魚や見たことのないような魚までいろいろと置いている。魔獣ではない魚はなんとなく見たことのあるような形なんだけど、魔獣の魚はかなり変わった形をしている。こういうときに鑑定を使えるといいんだけど、触らないとだめなのでちょっと鑑定はできなかった。
宿は事前に他の冒険者に聞いていた朝食付きで一泊250ドールという海の家というところに泊まってみることにした。これ以下だと相部屋になってしまうからこの値段はしょうがない。とりあえず1泊だけしてから良ければ長期の拠点にしよう。
夕食はお昼にも食べた店で定食を食べる。今回はブイヤベースのようなスープの定食だ。夕食の後は宿に戻りシャワーと洗濯をして眠りにつく。
翌日いつもの時間に起きてから支度を調える。宿は値段相応という感じなんだけど、アーマトの時よりベッドの質が良くない。やはりどこか別の宿に移ったほうがいいかなあ?
ただどのくらい滞在するかもわからないし、まずは狩りをして見込まれる収入を把握しないといけないか。宿の移動はその後だな。もう一泊分のお金を預けてから郊外へと向かう。
林の中に入ってこの辺りに生息している鬼蜘蛛や大蛇、大蟷螂を狩っていく。索敵を使うことで奇襲を防げるのは助かった。そうでなかったらいきなり攻撃を受けてしまう可能性もあるからねえ。
鬼蜘蛛は自分の頭くらいの大きさで、大蜘蛛よりも強い毒をもっているので注意が必要だ。みためは鬼蜘蛛の方が地味な色合いで、素材はお尻にある袋を持って帰ればいい。特殊な繊維の材料に使われるらしい。
大蟷螂は子犬ほどの大きさのカマキリだ。両手の鎌の攻撃がちょっとやっかいで、結構切り傷をつけられてしまう。ただ手足を切断されるほどの威力があるわけではないのでまだ大丈夫。問題は団体で攻撃してくるのでやっかいなところだ。1匹いると30匹いるという具合でなんか黒いやつみたい。しかも使える素材がないのでお金にはならない。初級治癒魔法が使えるので防御は無視してひたすら狩っていく感じだった。
大蛇はアーマトの町の近くにいたものよりちょっと大きな感じがする。大蛇で面倒なのは素材の解体の方だった。丁寧にしないとお金にならないんだけど、時間もかかってしまう。早く解体魔法を覚えたい。
あまり狩りをする人がいないのか思ったよりも効率よく狩りをすることができた。今日は早めの4時に上がることにしたが、成果は鬼蜘蛛が5匹、大蛇が2匹、大蟷螂が50匹くらいか?
浄化魔法も使っているうちにレベルアップしたのか、身体に付いたゴミを拭き取るくらいだったのが今では水で軽く洗い流したくらいまできれいになるようになっている。狩りの後で簡単に綺麗になるのでかなりありがたい。
イメージ通りに魔法がレベルアップするって気持ちがいいものだなあ。おかげで服の洗濯も大分楽になった。最終的には洗濯しなくていいレベルまでしたいものだ。
町に戻ってから素材を売ると全部で760ドールとなった。まずまずだな。買い取りの店でも宿の情報を仕入れてみたけど、なかなか決め手に欠ける感じ。
なにか情報が無いかと役場に行に向かう。
「あなたがニホンのジャパンからきたと言っていたジュンイチ?」
掲示板を見ていると自分の名前が聞こえたので驚いて振り返ると、ワンピースを着た女性が立っていた。なんとなく見覚えがあるんだけど、もしかしてジェニファーさんか?
「ニホンのジャパンからきたと言っていたジュンイチなの?ニホンやジャパンって場所はどこで聞いたのかしら?」
「My name is Junichi. I am from Japan.」
とりあえず英語で話しかけてみる。もし分かるんだったらなにか反応を示すだろう。発音がおかしいかもしれないけど、英語を知っているのなら少しは反応するはずだ。
「え?・・・A. Are you...」
彼女の顔色が変わった。やっぱり英語を知っていると思っていいだろう。英語っぽい言葉も話しているみたい。
「すみません。英語は苦手なのでこのくらいしか話せません。自分の出身が日本だからそう説明していたんですよ。ジェニファー・クーコさんでいいのかな?ササミさんとスイサイさんだったかな?という名前に聞き覚えはありませんか?」
「まさか・・・。
少し場所を移して話せない?」
声を出しそうになるのを押さえるようにしてから小さな声で話しかけてきた。もちろん断る理由はない。
彼女は受付で何か話した後、鍵をもらって戻ってきた。
「こっちへ。」
どうやら役場の中の部屋を借りたようである。
部屋の中にはテーブルと椅子があり、彼女が座った対面の椅子に腰を下ろす。彼女が何か小声で言ったと思ったら彼女の声が急にはっきり聞こえるようになった。
「聞かれても困るかもしれないので私たちの声は他にほとんど聞こえないようにしたわ。ただなにかしようとしたらすぐに解除するからそのつもりでね。」
風魔法で空気の振動するエリアを制限したのかな?こんなこともできるんだな。さすがに少し警戒しているのは仕方がないか。
「改めて聞くけど、どこからどうやってやって来たのか説明してくれると助かるわ。」
「それじゃあ、まず自分のことについて話すね。自分は地球の日本からこちらの世界に転移された高校2年生の大岡純一郎と言います。今から50日ほど前にあなたと同じ場所に転移し、そしてこの世界にやって来ました。」
とりあえずこちらのことを話さないと警戒して話が進まないだろう。
「それを証明するのは難しいのですが、どう見えるか分からないですが、あなたもこれを持っているのではないでしょうか?」
そう言ってガイド本を見せる。ガイド本の表紙の時間はあれからもずっと時を刻み続けている。
「あ、あ、これ・・・。」
驚いた顔をした後、鞄から同じようなものを出してきた。数秒のずれはあるが、同じように時間が刻まれている。他の人には普通のノートのように見えていたようなんだが、転移者だと他の人のものでもちゃんと見えるんだ。
「お互いにこれが見えると言うことはやっぱり他の世界から転移してきたということでいいんだよね?」
「え、ええ・・・。それじゃあ、あなたも他の世界からやってきたってことでいいんだよね?10日間ってことだったのになぜ戻れないの?どうやって戻ればいいの?それと、どうやって私のことを知ったの?」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくるがすぐに答えられないことが多い。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて。順番に話すから。」
「あ、ごめんなさい。ちょっと焦りすぎてしまったみたいね。」
「まず、あなたのことは先ほどの最初に転移した場所で少し見かけました。そのときに担当の人からあなたの名前とこの町に転移されることだけ聞いたんですよ。それと珍しく同じ世界からの転移となると聞いたのでもしかしたら日本という国名には反応するかと思って伝言を頼んだんです。」
「・・・。ああ、やっぱりあの時いたのがあなただったのね。夢だと思っていてあのときはあまり周りのことなんて見ていなかったわ。」
「説明の後、自分はこの町の北東にあるアーマトという町に転移されました。10日間と言うことで冒険者のまねごとをやっていたんですが、10日たっても元の世界に戻れませんでした。
どうなっているのか?本当に戻れるのか?といろいろと悩んだんですが、結論は出ませんでした。そのときにあなたのことを思い出して、会って状況を確認してみようと言うことを目標としてがんばってきました。」
「よかった。同じような人がいるだけで大分心強いわ。」
「とりあえず帰る手段もわからないので、地球の時よりも身近であるという神様に祈りを捧げていますけど、特に返答はなく、帰る手段についてはまったく思いつかない状態です。」
「そうなのね・・・。」
かなり落ち込んでいるようだが、ここで嘘を言ってもしょうがない。
「私はね・・・・。」
この後聞いた彼女の話を要約すると、彼女はアメリカの高校2年生らしい。日本のアニメや漫画に興味があったので異世界物の小説なども読んでいたようだ。残念ながら日本語は片言程度みたい。
一応世界情勢などを聞いた限りでは同じ地球の同じ時間軸からの転移と考えて良さそうだった。もしこれで他の天体とかだったらびっくりするけどね。
こっちの世界に来てからはせっかくなので自分と同じように冒険者に登録して、魔法を覚えたり、魔獣を狩ったりして無理のない範囲で異世界を楽しんでいたようだ。
ただ10日目に転移されなかったとき、しばらく宿に引きこもっていたようだけど、何か行動しないとということでとりあえず生きていくために働くことにしたようだ。運良く泊まっていた宿屋で住み込みの手伝いとして働かないかと言われて働いているようだ。
今回の話は知り合いの冒険者から自分のことを聞いたのでやってきたらしい。「ニホン」や「ジャパン」という単語がやはり気になったようだ。
今の仕事は朝の0時から2時までと5時から7時までの4時間勤務となっているようで、宿の受付、食堂の給仕をメインでやっているようだ。
10日間に1日の休暇があって、事前に話をすれば状況にもよるが休みを取ることはできるみたい。その分給料が減るみたいだけどね。1日あたり200ドールだけど、宿泊と食事はただになるので結構割のいい仕事のようである。
休みの日は魔獣狩りをやったり、買い物をしたりとかしていたみたいなんだけど、まだ狩りの回数は数えるほどのため、冒険者の階位はまだ初階位らしい。彼女の休みは3日後なのでそれまでは休み時間などに情報交換をしようと言うことになった。
あまり二人でいることは見られない方が良さそうなので、彼女が鍵を返しに行ってる間に自分は先に彼女が泊まっているという宿に向かう。
宿は今泊まっているところよりも良さそうな感じだった。せっかくなのでその宿の食堂で夕食を食べさせてもらったんだが、メニューになんか見慣れたものが載っていた。オムライスって名前になっているけど、これって彼女が考えたんじゃないのか?
注文を取りに来た彼女に聞いてみるとどうやら漫画に出てきておいしそうだったので家で研究していたようだ。せっかくなのでこれを食べていくことにした。久しぶりに食べたなあ・・・。
宿に戻ってからシャワーをあびて荷物の整理をする。明日にはジェニファーさんの宿に移るつもりだ。一泊400ドールと今よりは高いが、そっちに移った方が情報交換しやすいし、宿もよさげだったからね。
翌日、朝食をとった後、ジェニファーさんの働いている”メイルミの宿”に移ることにした。
「おはようございます。ジェニファーさん。」
宿の受付に行くとジェニファーさんがいたので挨拶をする。
「ジュンイチさん、おはようございます。部屋は取っているので大丈夫ですよ。」
チェックインは夕方からなのでとりあえず5日分の宿代を払ってから荷物を預かってもらう。
「それじゃあ、またあとで。」
昨日のこともあるので役場に行ってジェニファーさんのことについてお礼を言う。
「連絡とっていただいてありがとうございました。おかげで再会することができました。」
「ほんとに知り合いだったみたいですね。ちょっといろいろあって警戒していたので申し訳なかったです。」
「いえいえ、個人に関わる情報なのでその対応は普通だと思いますから気にしないでください。知らない人に簡単に情報を教える方がこっちも不安になりますので。」
「えっと、彼女は冒険者の中で人気があるから気をつけた方がいいですよ。まだ正式にパーティーを組んでいないこともあって、勧誘しようとしている人も多いみたいなので。」
他には聞こえないように小声で教えてくれた。
「あんたが、ジェニファーのことかぎまわっているやつか?」
テンプレのイベントはやめてくれよと思っていると後ろから声をかけられた。まじか・・・。
「・・・・」
「おい、なんとかいえよ!!ジェニファーのことを聞いていたやつかと言ってるんだよ。」
「ああ、おはようございます。
自分は以前ジェニファーさんと一緒に狩りをする機会があって、こちらにいると聞いていたので挨拶できればと思って確認してもらっていたんですよ。おかげで昨日会うことができました。ジェニファーさんに連絡を取っていただいた方がいたようですが、あなたですか?ありがとうございます。」
とりあえず差し障りないようにしておいた方が良さそうだ。
「そうですね。昨日ジェニファーさんがやってきて、話しをしていたので知り合いであることは間違いないと思いますよ。」
受付の女性も援護してくれた。
「あまり変な行動をとるようだったら、覚悟しておけよ。」
さすがにそれ以上は何も言えなくなったのか、舌打ちしながら去って行った。やれやれ・・・。
「彼のパーティーが一番強引に誘っているのよ。それもあってジェニファーさんもあまりこっちに顔を出さなくなっているの。
時々宿にも行っていたみたいなんだけど、なにかもめたみたいで宿や食堂への立ち入りは禁止されているらしいわ。」
受付の女性がこっそりと教えてくれた。ジェニファーさんもなんか色々あったんだろうな。
このあと鍛冶屋ドルンに紹介してもらったドウダンという鍛冶屋に行ってみる。ここの店主がドルンのいとこらしい。鍛冶の腕は自分より劣るがまあまあのレベルだと言っていたのでおそらく同じくらいのレベルなのだろう。
店の雰囲気はドルンのところに似ているが、こちらは杖・短剣などの魔術系の人がメインに使う武器を中心に置かれていた。短剣でも魔力強化をする効果が得られるものもあるようだ。数は少ないが、指輪の発動体も置いている。
魔術系の媒体もほしいけど、正直言ってお金が足りない。いずれはほしいんだけど剣を使うことを考えると一番使い勝手がよさそうなのは指輪とかになる。ただ指輪とかは他のものよりも値段が高いんだよなあ。
このあとジェニファーさんと待ち合わせた教会へと向かう。帰れなくなった日からできるだけ教会に行っていると話すと、自分も一緒に行くというので一緒に行くことになった。いつもは朝一で来るんだが、今回は彼女の仕事の都合でこの時間になった。
「ジュンイチさん、お待たせしました。」
「いえ、自分もちょうど来たところなので大丈夫です。」
教会はアーマトと同じような建物だった。いつものように祭壇の前で現在のことを聞いてみる。
「他の世界からやって来たものですが、一緒にやって来た人もやはり元の世界に戻っていませんでした。なにか理由がわかれば教えてください。」
いつもの様に神様に呼びかけてみる。
「聞こえますか?私はこの世界の神の1柱のアミナです。」
「「?」」
ジェニファーさんの方を見ると、驚いた顔でこっちを見ているので同じように聞こえているのだろう。
「声に出さなくても大丈夫です。お二人の精神回路をつなげましたので頭で考えると伝わるようになっています。」
「「この世界の神様なのですか?」」
この世界には5柱の神がおり、それぞれの役割を担っているという話だった。神はイミザ、イギナ、アミナ、タミス、カムヒという名前で、イミザは男性神で自然と武、イギナは女性神で生産と芸、アミナは女性神で誓約と知、タミスは男性神で豊穣と技、カムヒは男性神で生命と術を司っている。
今回声をかけてくれたのは誓約と知を司るアミナ神ということか?
「そのとおりです。この世界のものでない気配の重なりを感じたのでやってきました。あなた方は別の世界から来られた方達ですね?」
「「そのとおりです。」」
「本当は10日間でもとの世界に戻るという話だったんですが、それは本当なのでしょうか?」
「そうですね、異世界からの来訪者は過去に例がありますが、今まではおおよそ10日間でもとの世界に戻っていたはずです。」
「それではなぜ自分たちはもとの世界に戻れなかったんでしょう?」
「・・・それは我々もわかりません。我々の力の範囲外となります。」
「普通であればもとの世界に戻っているんですね?」
「そのとおりです。過去にこの世界に来られた方たちはいましたが、死亡した方以外はすべてもとの世界に戻っているはずです。
残念ながらちゃんともとの世界に戻ったかまではわかりませんが、この世界から存在が消えているのは確かです。逆に他の世界に行ったと思われる方たちがこちらの世界に戻ってきているのは確認しています。」
あのときの説明は間違いではなかったと言うことか?
「自分たちも戻ることはできるのでしょうか?」
「もとの世界に戻れるかどうかについてはこちらでも分かりません。確認できないかやってみますが、それでも時間がかなりかかってしまうと思いますがよいですか?」
「「ぜひ、お願いします!!」」
「わかりました。今回は特別にあなたたちに精神回路をつないで話しましたが、今後も同じように話ができるとは考えないでください。我々も神託や人の手助けをすることはありますが、通常は個人的なことに対しての神託は行いません。」
残念だけど、しょうがないかな。
「ただ、何かのトラブルがあったようなので、帰るまでの間の手助けとして私の祝福与えます。帰れるそのときまでこの世界を楽しんでください。」
「「ありがとうございます!!」」
頭の中から気配が消えた感じがした。
神父さんがやってきて「熱心にお祈りされていましたね」と声をかけてきた。夢じゃないよな?
教会を後にしてから少し早めのお昼をとることにした。彼女のおすすめのパスタの店だ。
「ジェニファーさん、さっきのことどう思いますか?」
「わざわざ下界へのチャンネルを開いてまで話してきたと言うことはなにか手違いがあったということなんでしょうね。」
「とりあえずもとの世界には戻れるというのは間違いなさそうだけど、問題は期間なんですよね。」
「神様の感覚でかなり時間がかかるって人間で言えばかなり長期になると考えてもおかしくないわね。」
「たしかに・・・。」
いつかは分からないけどもとの世界に戻る可能性は出てきたということだ。それまではなんとしても生きていかなければならない。どこかに就職して普通に過ごしていればいいというのは確かなんだが、ちゃんと稼ぐことはできるのかが問題だ。それに・・・。
「まず、しばらくこの世界で生きていかなければならないことは間違いないと思います。そして、正直何とも言えないけれど、少なくとも数年、下手したら数十年かかってしまうと考えておいた方がいいかなと思います。」
戻れる可能性はあるが、神様の感覚だと場合によっては数十年となる可能性だってある。
「たしかにそう考えた方がいいかもしれないわね。時間的な感覚がどの程度か分からないけど、神様の感覚はかなり長いというのはよくある話しよね。」
「そうすると最低限生きていくための生活基盤が必要になりますが、一番の問題なのは年を取らないと言うことなんですよね。老化が遅いという人たちもいるようですが、せめて20代ならまだしも今の容姿だと10年とかになってしまったらちょっとまずいように思います。」
いまのところ実感はないが、体の成長は止まると言っていた。こちらの人たちの通常の寿命は40~60年くらいで長生きの人でも80年くらいらしい。もちろん魔獣とかもいるのでもっと若いうちに亡くなる人も多いらしいけど・・・。
民族によって老化の速度に差はあるみたいだけど、今の自分の年齢の容姿で安定するのはちょっと違和感をもたれてしまう可能性が高い。まあ10年くらいならまだ大丈夫かもしれないけど、それで戻れなかった場合まで考えた方がいいかもしれない。
「そうねえ。そう考えると同じところにずっと住むというのは厳しいかなあ?知り合った人と別れるというのはいやだけど・・・。」
「年齢のことですが、若返りの薬を手に入れたとことにするというのがいいと思います。10年位だったらなんとかなると思いますし、場合によっては薬を飲んだと言えばまだなんとかごまかせるんじゃないかなと。」
かなり希少だが若返りの薬もあると言うことを聞いたことがあるので、冒険者だとそれを手に入れたということもできる。やはり普通にどこかで働くよりは冒険者として生きていく方がいいかなあ?冒険者をやりながらスキルを手に入れて、それを元にお金を稼ぐという手もあるかもしれないしね。
「・・・ジュンイチ、一緒に冒険者としてやっていく気はない?」
いろいろと考えていると、ジェニファーさんからそう言われる。
「いいんですか?自分も冒険者が一番いいかなと考えていたところですよ。一緒にやってくれるならいろいろと情報交換も出来るのでかなり助かります。
冒険者だったらいろいろと拠点を変えていきやすいですし、若返りの薬を見つけるというのも可能性としてはあり得ますからね。」
「そうなのよね。身体の成長のこともあるし、拠点を変えていくことを考えると普通の職業だと厳しそうなのよね。そう考えると冒険者が一番融通が利きそうだわ。」
「自分も同じ事を考えてましたよ。まあ冒険者としてどのくらい稼げるかはまだはっきり分かりませんが、そこは今度試してみる感じかな?だめそうだったらある程度稼げるようになるまではどこかで働くしか無いとは思いますけどね。
ただ・・・冒険者になると言うことは基本的にずっと一緒に行動することになるけど、大丈夫ですか?」
会ってそんなに経っていないのに一緒に行動することがベースの冒険者でいいのか気になってしまう。
「パーティーを組むって事はそういうことでしょ?もちろんずっと一緒に冒険者をやっていくかはまだ分からないけど、同じ地球からやって来たもの同士の方が隠すこともも少なくていいと思うわ。」
「そうですね。」
「それじゃあ、パーティーを組む方向で考えましょ。あ、あと、変な丁寧語はやめてよね。」
「わかり、ああ、わかった。よろしくお願いするよ。」
「あと、私のことは”ジェン”と呼んでくれたらいいから。あとジュンイチのこともちょっと言いにくいから”イチ”と呼んでもいいかしら?」
「呼びやすいならそれでもかまわないよ。」
あまり女子を呼び捨てにするのには慣れないけど、そう呼べと言われたらそうするしかないな。アメリカでも普通のことなんだろうしね。
「ありがとう、イチ。」
とりあえず今度の休みに狩りをして冒険者としてやっていけるか確認だな。
「元の世界には私の大切な人がいるのよ。こんな形でもう会えなくなるなんて絶対にいやだわ。絶対に・・・。」
ジェニファーさんは小さな声で自分に言い聞かせるようにつぶやいている。大切な人って恋人かな?これだけかわいいんだから、そりゃ恋人くらいいるよなあ。うん、別に残念とか思ってないよ。異世界小説のような展開は無理なことはわかってるよ。
ジェニファーさんは仕事に戻るようなので、自分は狩りに行ったんだけど、さすがに時間も短かったこともあり、今日の収入は340ドールだった。まあ半日くらいとしたらまだいい方なのかな。
宿に戻ってからシャワーを浴びて夕食をとる。夕食は焼き魚の定食だ。部屋に戻ってから早々に眠りについた。
ちなみに神様からもらった祝福について調べてみると、秘匿スキルのところにあった。アミナの祝福となっており、効果は知識吸収上昇となっていた。言ってみれば学識に関するスキル成長速度アップかな?これはかなりありがたい。
他にクラスのところに神の祝福というものがついていた。こちらの効果は物理耐性上昇と魔法耐性上昇となっている。防御力が向上したと言うことなんだろうか?
クラスに神の祝福と書かれているのはちょっと気になるけど、まあ普段はそんなに見せることもないので大丈夫と信じたい。神様が結構身近なので他にも持っている人はいるだろう。
~魔獣紹介~
鬼蜘蛛:
並階位中位の魔獣。森や林に生息する蜘蛛の形をした魔獣。大きなものは大人の頭くらいの大きさで、巣を張るわけではなく、木の上で獲物が通るのを待ち、頭上から襲いかかる。隠密スキルを持っているせいか、索敵に引っかかりにくく、見つけるのが難しいため、木の下を通る場合は注意が必要。
麻痺毒を注入する牙を持っており、大蜘蛛よりも毒性が強く、大人でも全身がしびれて動きにくくなる。見つけた際にはできるだけ退治しておくことが推奨される。麻痺した獲物は糸で縛ってから食べられるため、生きたままという恐怖と痛みを味わうこととなる。
見た目よりは素早いが、足を切ってしまえばとどめを刺すのは楽な作業となる。1本ずつでも足を切り落としていくようにするとよい。
素材としての買い取り対象はお尻にある糸を作り出す袋で、この中にある液体から特殊な繊維を作ることができる。この繊維で作られた衣類は高級品として取り扱われている。体には若干の毒が含まれているため食用にはできない。
大蟷螂:
並階位下位の魔獣。林や草原に生息している300ヤルドの大きさの蟷螂の形をした昆虫型の魔獣。昆虫型に多く見られるように集団で行動するため、1匹見つけると少なくとも30匹はいると考えた方が良い。100匹を超える集団でいることも確認されている。
両手の鎌で攻撃してくるが、威力は低いため、手足が切断されることはないが、かなりの切り傷を負うことになる。集団での攻撃となるため、無傷で討伐できることは少ない。鎌部分以外の装甲は堅くないため、頭を切り落とすのが有効であり、防御は無視してひたすら倒していくことが多い。
素材としての買い取り対象はない。食用ではないが、一部地域では食べられている。
20
あなたにおすすめの小説
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』
アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた
【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。
カクヨム版の
分割投稿となりますので
一話が長かったり短かったりしています。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様
あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。
死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。
「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」
だが、その世界はダークファンタジーばりばり。
人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。
こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。
あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。
ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。
死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ!
タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。
様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。
世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。
地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。
駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ
壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。
幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。
「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」
泣きじゃくる彼女に、彼は言った。
「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」
「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」
そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。
※2019年10月、完結しました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる