神がこちらを向いた時

宗治 芳征

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第二章

2-6

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 賢吾は内心舌打ちをしていたが、楓は考えているような仕草をしてからにっこりとする。
「私もそこは悩みました。ですが、タダより怖いものはないと私は思っています。カウンセラーの指名や、ユーザーとカウンセラーの施療マッチングを無料でやるのと、有料でやるには大きな差があります。それは、対価という責任です。対価を払うことでユーザーはよりシビアになり、カウンセラー側のユーザーも有料でセッティングされた責任を感じます。そして、その場を提供する我々は更に重い責任がのしかかる。アプリのクオリティアップは必然的となり、より一層変化することに励んでいく」
 そう、楓は強い意思を持って説明していた。
「大体の意図、内容は伝わりました。要するにB to Bでいく。先程Flameのネームバリューと仰いましたが、Flameとの連動ありきということで間違いないですか?」
「ユーザー間で納得し合えたら、連動できるような仕様にしたいと思います」
 橘からの質問にも、楓は淀みなく返答した。
 橘は手を口に当て少し間を置いた後、石橋へと視線を変えた。
「石橋さん。FlameにはSNS機能があり、個人情報を掲載しているユーザーも多いです。Flameと繋がることで、守屋さんのアプリで知り得た情報が漏れる危険性、そしてそれが犯罪や性犯罪に繋がる恐れもありますよね?」
 橘からの圧に石橋は一瞬難しい顔をしたが、表情には余裕があると賢吾は思った。
「それはあり得ますね。しかも内面に関することですから、尚更危険性は増します。ですが、そもそもFlame自体が出会い目的ではない、ユーザー同士のトラブルは自己責任と規約しています。というか、ウチに限らずSNSでは情報を公開しようが非公開にしようが、その手の弱みに付け込む輩は必ず出てきますよ。楓ちゃんのアプリは、個人情報の登録ができないことが前提、そこでまずは釘を刺しています。相互納得した上でFlameに移動し揉めたのであれば、それはアプリどうこうというよりユーザー同士の問題なので、こちらとしては対応いたしかねますね。普通に警察案件です」
 石橋がはっきり述べると、橘は気に入らなそうに口を閉じた。その姿を見て、
「こっちも内部課金があるけど、CSは嫌なんでしょ?」
 と山岡が石橋に追撃した。
「良くはないです。でも、単価が安くクレームへ発展しにくいことが一つ、そして指名と予約が内部課金のタイミングなので、同時刻で連続課金ができないことが二つ目、この仕様がCS的にはでかいんです。ガチャゲーだと、フェスやタイムセールを開催した時には秒単位で連続課金が当たり前、同時刻に課金処理が走るので、どれがエラーなのか裏付けを取ることが難しいんです。その点、これはそういう心配がない。山岡さんと辰巳さんなら、これくらいのロジックをエラーかエラーじゃないかを判別させるのは簡単でしょう?」
 挑発的、かつ褒めるような言い方に、山岡と辰巳はたじろいだ。
 そして暫し沈黙が訪れ、妙な雰囲気が漂う。
 最中、渡辺は自分のノートパソコンを操作し、我関せずの素振りであったが、
「私、これ面白いと思います。流行りますよ」
 パソコンを閉じ唐突に言った。
「渡辺さん。君ね……」
 橘は渡辺を見て戸惑いの表情であった。簡単に橘の苦心を無下にする、天然ゆるふわ系は恐ろしいと賢吾は感じた。
「渡辺さんの方は売れると確信できた。こっちは、売れるかどうかはわからない。でも、もし革命が起きるのがどちらかといえば……」
 考え込み呟く寺島に、
「こっちかもね。とはいえ、見えているツーペアにベットするか、見えていない五枚のカードにベットするかって感じだけど」
 松井が代わって楓の案を推しつつも、懸念を口にした。
「そう聞くと結構リスキーっすね?」
 栗山が半笑いで言う。しかし片倉からの無言の圧力に、やばっと焦ったような表情へと変えていった。
「リスクを避けて革命は起きない。輝成君がいたから麻痺していたのかもしれないけれど、ソリッドを立ち上げ、Flameをリリースした時もそうだったでしょ? 今ウチは成功して安定している。だから、皆及び腰になっているんだよ」
 松井が堂々と言った。
 その言葉は図星だったのかもしれない。全員が口を閉じた。
 その後、しばらく間が空き、んっと喉を鳴らし静寂を破ったのは橘だった。
「松井さん、それは違います。革命を起こしたソリッドの新アプリだからこそ、外してはいけないのです。ブランドに傷がつきます。目に見える利を取るのは当たり前でしょう」
 理路整然とした返し、確かにそうだと賢吾も思った。
 だが……。
「何かでも、さるかに合戦みたいですね。先におにぎりを食べるみたいな。柿になったらもっといっぱい食べられますよ」
 渡辺がにこにことしながら、両手をチョキにして動かしていた。
 かにの真似か?
 と賢吾は呆気にとられていた。
 そして、橘のダメージは賢吾以上に見え、渡辺や自分の派閥のために意見しているのに、無邪気に振る舞う子供に頭を悩ます親のようであった。
 空気を読まない渡辺のお陰で、逆に雰囲気が良化した。
「カウンセラーの確保は大丈夫?」
 玲子が話題を変更し、楓へ質問した。
「お金がないと開業できませんし、今は企業カウンセラーの枠も少ないんです。だから、結構くすぶっている人が多いんですよ。大々的に宣伝をすれば集まると思います」
 楓はしっかりと頷いてから答えた。
「仮にこれが流行ったとして、Flameと同レベルの負荷がくるってことだよね? 特にやばいのはウチ……と石橋さんのとこか?」
 辰巳は言い終えた後、石橋へ目配せをした。
「そうですね。CSとQA以外にも、リアルタイムでのパトロールが必要になる。ウチの人員補充はマストです。これはケイちゃんと後で相談します。あとは刑事事件に発展することも考慮して、ログのバックアップも必須ですね。それからプロジェクトチームやウチがやりやすいように、山岡さんのとこで内部ツールを早めに作って欲しいです」
 石橋はスラスラと情報をまとめて話した。
「うん……」
 山岡は渋い顔で返事をした。
「うへぇ。もしやるなら、ウチもサーバー増強と人員の確保をしたい。デカ、よろしくね」
 辰巳もげんなりした表情であり、最後に片倉へ懇願していた。
 片倉はうんうんと頷いてから、
「質疑は以上でよろしいですか?」
 と、最終確認をした。
 十秒経過しても質問がなかったので、片倉は楓に席へ戻るよう合図をした。
「では、いつものように投票へ移りますか?」
 片付けを終えた楓が着席し、橘が口を開いた。
 企画を通す際には、このメンバーで多数決をすることが決まりとなっていた。
 輝成がいた頃は、皆の意見を聞いた上で輝成が決めていたが、輝成亡き後はこの方法に自然となった。
 一見民主主義らしくていいが、逆にこれが派閥を作る流れを加速させた要因でもあった。
「いや、それはもうやめましょう」
 だから、賢吾はこれを否とした。
「……は?」
 橘は露骨に嫌な態度をし、
「社長?」
 聞き返す片倉も険しい顔であった。
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