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四
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四十九日の法要が過ぎても、祖父母は尚哉の家に泊まり込み遺品整理をしながら食事や掃除と忙しなく動いていた。
母の昔の服を丁寧にたたみ、アルバムを開いては作業の手を止め微笑みながらも目尻にハンカチを当てている。祖母になんと声をかけて良いのか解らない尚哉はそっと離れて、紅茶を淹れて祖母に渡す。
「ありがとう、尚くん。ねぇ、一人で色々と大変ならばあちゃん達の家に来ても良いんだよ? 部屋だって余ってるんだし」
体質のことも含めての気遣いだと理解した尚哉は首を横に振った。この家には思い出もあれば苦痛もない。幸い、とは言い難いが保険金で残りのローンも完済できる見込みだ。それも父が必死に働いて繰り上げ返済とやらをしていてくれたおかげだろうと心の中で感謝をする。
「大丈夫だよ。この家が良いんだ。俺の嫌いな臭いはないし、オンライン講義も受けられるし。ばあちゃんの家に引っ越したらネット環境から整えなくちゃいけないでしょ? またプロバイダの料金見積書と睨めっこするのはヤダなぁ。ありがとね、ばあちゃん」
「オンラインとかプロ? とかよく解らないけど、尚くんがそう言うなら。でも、困ったことがあったら絶対に連絡してね。私もたまには顔を見に来るわね」
言い切ると、祖母はアルバムを指差して思い出話を始めた。その横顔と声音が打って変わって穏やかで、尚哉は自然と一緒に写真を見ながら話に耳を傾けていた。
「……ねぇ、あのさ。か、母さん、俺のこと、なんか言ってた? その、愚痴? とか……」
無意識に拳を固めて祖母に話しかけていた。アルバムから視線を尚哉に向けた祖母は一瞬記憶を辿るような仕草を見せ、そうね、と呟いた。
「聞いてよ、お母さん! 尚哉は天才かもしれない! パッケージに純天然って書いてあっても、違うよって教えてくれるの。悪徳企業に騙されなくて済むし、あの子の身体に合うものをちゃんと選ばせてくれるの! 私、がんばって世界一掃除上手で料理上手のママにならなきゃ!」
突然母の口調を真似て、いつもより高い声で話し出した祖母を見つめると、両手で拳を握り胸に当てていた。母がふざけた時によくやる癖の一つだ。
「なんて顔してるの? 天才! 私達も悪徳企業に押し売りされたくないから、その時は助けて……でも尚くんは苦しいねぇ。あの子も言ってたとおり、代わってやれなくてごめんねぇ」
溢れ出た祖母の涙に尚哉は息を飲んだ。
「え、そんな風に思って……こんなめんどくさい体質なのに? え?」
「バカだねぇ。当たり前でしょう? 可愛い我が子がつらいなら、代わってやりたいと思うのが親心ってものよ」
面倒な奴だと自覚している尚哉は言葉を返すことができなかった。こんな身体と代わりたいだなんて、間近で見ていた母はどれほど厄介か知っていたはずだ。それなのに?
「私達は尚くんのつらさは想像するしかできないけどね、尚くんは一人じゃないんだよ」
すっと伸びてきた祖母の手が頭を撫でる。背後から更に大きな手が尚哉の肩を柔らかく掴む。
「じいちゃんも、だぞ。おい、母さん、片付けの手は止まってるし、自分一人良いとこ取りなんてひどいぞ!」
「何言ってるの、お父さん。俊司さんの方の荷物は片付いているんでしょうね? 早く彼方さんへお返ししないと。片付けが進んでないなら、ご飯ないですよ?」
「助けてくれ、尚哉。じいちゃん、飯だけは作れんのだ! だからばあちゃんをどうにか説得して皆で食べよう? 腹減っただろう?」
憐れみではない心からの慈しみが滲み出る会話に包まれて、両親の死後初めて尚哉は声を上げて泣いた。
母の昔の服を丁寧にたたみ、アルバムを開いては作業の手を止め微笑みながらも目尻にハンカチを当てている。祖母になんと声をかけて良いのか解らない尚哉はそっと離れて、紅茶を淹れて祖母に渡す。
「ありがとう、尚くん。ねぇ、一人で色々と大変ならばあちゃん達の家に来ても良いんだよ? 部屋だって余ってるんだし」
体質のことも含めての気遣いだと理解した尚哉は首を横に振った。この家には思い出もあれば苦痛もない。幸い、とは言い難いが保険金で残りのローンも完済できる見込みだ。それも父が必死に働いて繰り上げ返済とやらをしていてくれたおかげだろうと心の中で感謝をする。
「大丈夫だよ。この家が良いんだ。俺の嫌いな臭いはないし、オンライン講義も受けられるし。ばあちゃんの家に引っ越したらネット環境から整えなくちゃいけないでしょ? またプロバイダの料金見積書と睨めっこするのはヤダなぁ。ありがとね、ばあちゃん」
「オンラインとかプロ? とかよく解らないけど、尚くんがそう言うなら。でも、困ったことがあったら絶対に連絡してね。私もたまには顔を見に来るわね」
言い切ると、祖母はアルバムを指差して思い出話を始めた。その横顔と声音が打って変わって穏やかで、尚哉は自然と一緒に写真を見ながら話に耳を傾けていた。
「……ねぇ、あのさ。か、母さん、俺のこと、なんか言ってた? その、愚痴? とか……」
無意識に拳を固めて祖母に話しかけていた。アルバムから視線を尚哉に向けた祖母は一瞬記憶を辿るような仕草を見せ、そうね、と呟いた。
「聞いてよ、お母さん! 尚哉は天才かもしれない! パッケージに純天然って書いてあっても、違うよって教えてくれるの。悪徳企業に騙されなくて済むし、あの子の身体に合うものをちゃんと選ばせてくれるの! 私、がんばって世界一掃除上手で料理上手のママにならなきゃ!」
突然母の口調を真似て、いつもより高い声で話し出した祖母を見つめると、両手で拳を握り胸に当てていた。母がふざけた時によくやる癖の一つだ。
「なんて顔してるの? 天才! 私達も悪徳企業に押し売りされたくないから、その時は助けて……でも尚くんは苦しいねぇ。あの子も言ってたとおり、代わってやれなくてごめんねぇ」
溢れ出た祖母の涙に尚哉は息を飲んだ。
「え、そんな風に思って……こんなめんどくさい体質なのに? え?」
「バカだねぇ。当たり前でしょう? 可愛い我が子がつらいなら、代わってやりたいと思うのが親心ってものよ」
面倒な奴だと自覚している尚哉は言葉を返すことができなかった。こんな身体と代わりたいだなんて、間近で見ていた母はどれほど厄介か知っていたはずだ。それなのに?
「私達は尚くんのつらさは想像するしかできないけどね、尚くんは一人じゃないんだよ」
すっと伸びてきた祖母の手が頭を撫でる。背後から更に大きな手が尚哉の肩を柔らかく掴む。
「じいちゃんも、だぞ。おい、母さん、片付けの手は止まってるし、自分一人良いとこ取りなんてひどいぞ!」
「何言ってるの、お父さん。俊司さんの方の荷物は片付いているんでしょうね? 早く彼方さんへお返ししないと。片付けが進んでないなら、ご飯ないですよ?」
「助けてくれ、尚哉。じいちゃん、飯だけは作れんのだ! だからばあちゃんをどうにか説得して皆で食べよう? 腹減っただろう?」
憐れみではない心からの慈しみが滲み出る会話に包まれて、両親の死後初めて尚哉は声を上げて泣いた。
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