魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

文字の大きさ
10 / 64
3章 狩人

#10 妹、襲来

しおりを挟む
 たった一日依頼を受けに行っただけだというのに、体がひどく疲れていた。夜、宿舎に戻り自分の部屋に入るとそのまますぐにベッドにダイブした。

 「あーやっぱ山分けだと金が足りないなぁ。……皆で行って確実に報酬を貰うか、少人数で行って死ぬという可能性もありつつ多額の報酬を貰うか……」

  ローブも脱がずにツバサは独り言をベッドの上でぼそぼそと呟いた。シャワー室からはシャワーの音が帰ってきた時から絶え間なくしている。おまけに機嫌のよさそうな鼻歌までもが聞こえる。

 「……もう、誰? 勝手に俺の部屋でシャワー浴びてる女は。バレないとか思ってんの?こんなことする奴、世の中には一人しかいないから分かるけど覗きに行っちゃ―」
 「やだ!! お兄ちゃんの変態!!」
 「何で俺の部屋にいるんだよ!」

  ツバサの唯一の妹、アスカである。ツバサと同じく青い髪で、目の色も同じである。ツバサには全く分からないのだが、これでも結構人気はあるらしく、よく学校の生徒に追いかけ回されていた。
  魔術で髪を乾かし、その艶のある青髪をポニーテールに結わえると、アスカは堂々とツバサのベッドに座る。

 「お前、水術士だろ。自分の魔術でシャワーなんて浴びることくらいできるだろ」
 「嫌よ、自分の魔術で自分の体を洗うなんて。それに冷たいし」
 「はいはい。じゃあもう帰ってくれる?」
 「私だって好きでお兄ちゃんの部屋に来てるわけじゃないの。カクカクシカジカあったの!」

  さっきも言った通り、アスカは人気者である。そのためよく部屋の鍵を盗まれることがある。それに参ったアスカは鍵ではなくロックナンバーを入力するという方法に変えたのだが、それもすぐに解読され何度も番号を変えたところ今の番号が何なのか分からなくなってしまったということだ。

 「それでね、管理人さんに話したら身内の部屋なら開けてあげるよーって言うから。シャワーだけはどうしても浴びたくて」
 「あっそ。じゃあほら友達の家でも泊まってきなよ」
 「それができたら苦労しないでしょー。察してよねーまじで」
 「えー俺の部屋に泊まるのー? 悪ぃな、このベッドシングルベッドでさぁ」
 「誰が一緒に寝るって言ったの!! 良いよ、私はソファで寝るから」
 「いや良いよ、俺がソファで寝るよ。硬いよそのソファ」
 「良いって良いって本当に。ベッドはお兄ちゃんの匂いしかしないから良いって」
 「お前まじ泊まるとこ他に無いのかよ!!」

  ふーんだ、とアスカは睨みつけるとそのまま硬いソファに寝転がった。

 「俺はもう疲れた。明日の学校はサボります」
 「お兄ちゃんとうとう引きこもりになるの?というか、学校の宿舎で暮らしてるくせにサボるとかあり?」
 「大ありだよ。本当に疲れてるんだ。迷いの森なんか行くんじゃなかった」
 「迷いの森?! え、まさか依頼?! お兄ちゃんが依頼?!」
 「何だよ。俺だってもう18なんだぞ? いつまでもこうやって妹と遊んでる暇はないんだよ」
 「一つしか差はないじゃない私達。でも凄いじゃん、チーム結成できたの? やるね」
 「だろ。オセロって言うんだ。ちょうど魔術が黒っぽいやつと、雷とか明るい人が居るから」
 「へえ……そういやアルルは元気?」
 「元気だよ。アルルもチームに入ってる。俺とアルルの他にあと二人居るよ。一人はアルルの彼氏、もう一人は学校にいる俺が目をつけた女の子ベティ」
 「アルル、彼氏さんに会えたんだ」

  しばらく沈黙が流れた後、アスカが不意に口を開いた。

 「そういえばね」
 「ん?」
 「……お父さん、死んでないって。生きてるんだって」

  ツバサはベッドに倒れたまま目を見開いた。アスカも特にソファから動かずその体勢のまま居た。

 「……生きてるってどういう事だよ。何で俺達に会いにこない」
 「会いに来れない理由があるんじゃないの。それか私達には見せられる顔が無いとか」
 「だけど俺達、母さんと兄さん姉さんが亡くなってから一度もあの人と会ってない」
 「そんなこと私だって分かってるよ。あの日を忘れるはずないもの……あのね、この間アルルのお母さん……リア女帝の所へ行ったの。その時に、女帝がお父さんに会ったって。ていうか、お城にお父さん来たって」
 「父さんがサークルの城に? 一体何の用事で……てかお前も何でアルルマザーなんかに会いに行ったんだ?」
 「アルルマザーから直々にお手紙が届いて、呼び出しされたわけよ、私は。それで特別任務を任せられたの」
 「特別任務だ?」

  するとアスカは写真を一枚投げてよこした。男女の二人がベンチに座っている。何故かキスをする寸前の写真だった。見るからにカップルだ。ブロンド髪の少女と、金髪の青年で顔はよく見えなかった。

 「その写真の女の子の見張り」
 「何でよりによってこの写真にしたんだ?」
 「知らないよ。前の見張りさんがよっぽど下手なカメラマンだったんじゃないの」
 「この女の子誰なの」
 「わかんない。でもつい最近まで地球に住んでて、"地球臭"がぷんぷんする魔術士だからすぐに分かるってさ。しかも高校にも入ったらしいんだよね。だからニアミスしてるかもって思って」
 「ブロンドの髪の女子か……何かどこにでもいそうだな」
 「まあ今は結構物騒だからねー」

  ツバサはまた写真を投げて返すと、アスカは軽々と受け取りポケットにしまった。物騒、という言葉を聞くと何故かレンのことを思い出した。

 「まだ物騒なのか? もうアサシンは居ないだろ」
 「ああ、殺し屋グループ殺しのアサシン? そんなのもう終わったよ。今巷で話題になってるのは、"狩人"って呼ばれている奴でしょう」
 「何それ?」
 「お兄ちゃんって本当、知ってそうな顔して何にも知らないのね。魔法の弓矢を使いこなす暗殺者のことよ。しかもね、殺された人は皆調べたら王家の血を引いていたとか、有名な財閥の娘だったとか、そんなのばっかなの」
 「何か恨みでもあるんじゃないの?」
 「恨み? でもね、その狩人は人間じゃないって話もあるのよ。ケンタウロスだって」
 「ケンタウロスって馬の足の人間?」
 「そう」

  ケンタウロスの他にも、別世界には魔術士の他に小人、バンパイア、魔女、地球アース人(魔力を持たない人間のこと)等も暮らしている。中でもケンタウロスは弓術が長けている種族だった。

 「……やっぱ胡散臭い話だな。そんなことよりも俺その写真に映っている男の方、どっかで見たことあるんだけど」
 「お兄ちゃんの数少ない知り合いの中に居るって言うの?!」
 「うーん……金髪……あっ」

  ルークだ。あの王宮図書館にいた無愛想な司書だ。うずうずしていた気持ちが無くなりすっきりとすると、ツバサはローブを無造作に脱いでベッドに投げそのままシャワー室へ行ってしまった。
  それを見たアスカは走って台所へ向かい、そして叫んだ。

 「お兄ちゃーーん! ケーキ食べて良いーー!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...