魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

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3章 狩人

#11 標的

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  学校が終わった後にツバサは一人で図書館へ向かった。図書館は相変わらず利用者が多く、司書はひっきりなしに本を片付けては出しを繰り返していた。司書は一体どのくらいのお金が貰えるのだろう。自分で稼ぐしかない魔術士であるツバサはそんなことばかり考えてしまう。

 「あ、いた」

  ルークはいつも通り自分の仕事をこなしていた。すぐに相手はこちらに気づいた。気づくだけで彼は寄ってこなかったので、ツバサは自分から声をかけに行った。

 「働き者のルークよ」
 「今度は何だ」
 「最近良い人できただろう?」
 「良い人?」
 「しらばっくれるなよ。彼女だよ、彼女」
 「お前には関係ないことだ」

  ルークは機嫌悪そうに答えると、ツバサから視線を離して作業を始めた。するとツバサが追求するよりも前に彼女の方が現れた。写真で見た髪と同じ色の髪の少女だ。ストレートロングの女子をこんなに近くで見たのは久しぶりだった。アスカの言う通り、"地球"の匂いがぷんぷんとした。

 「ルーク、今日は本当人が多いね」
 「あ……ああ」
 「あら、その人は知り合い?」

 まあ、とルークが答えると彼女はこちらを向いて適当に自己紹介をした。

 「私はリッチェル・フェアリー。よろしくね」
 「フェアリー?」

  咄嗟に口から出た言葉にツバサは一瞬自分が何を訪ねているのかわからなくなった。フェアリーという名字はアルルと同じだ。

 「君ってアルルの親戚か何か?」
 「アルル?」

  そうリッチェルは不思議そうに首をかしげた。ツバサが口をつぐむと、彼女は一緒に来ていた友人に声をかけられそのままどこかへ行ってしまった。リッチェルが居なくなってから、ルークが口を開いた。

 「アルルというのは、この間一緒に居た少女のことか」
 「そう。お前何か知らないの?」
 「リッチェルは確かに僕の恋人だ。逆に何でお前はリッチェルのことを知っているんだ?」
 「リッチェルを見張れ、ってサークル女帝直々に頼まれた友達がいるんだよ」
 「その友達というのは一体何者だ」
 「はぁ。ごめん、嘘。俺の妹だよ」

  するとなぜかルークはなるほど、と納得したような顔を見せた。その反応がツバサにはよく理解出来なかった。

 「大丈夫? ルークの彼女、命でも狙われているんじゃないの?」
 「まあ命を狙われる理由はいくらでも考えつく」
 「何それ。でもあの子、ただのアース人じゃん」
 「アース人だろうがバケモノだろうが、全ては血のせいなんだよ」
 「血? 血って体から出る血? ルーク君もそろそろその神託みたいな喋り方やめたら?」
 「……僕がルーク・サングスターだって言ったら意味が分かるか?」
 「サングスターって……今度は俺の親戚なの? 君は」

  やれやれ、とルークは肩をすくめた。何もわかっていない、と言いたげな顔つきだ。

 「お前はもう少し自分の――」
 「あれツバサ。何してんの」

  ひょっこり顔を出したのはベティだった。ルークは何事も無かったかのように作業に戻った。

 「何やってんだベティこそ」
 「次の依頼を探しに来てたの。でもあんまり良いの無くてさ。今度はカフェとかで働く?」
 「ただのバイトじゃんそれ……」

  その時ツバサははっとして、ベティの体を思い切り突き飛ばした。さっきまで立っていた場所の近くの本棚から本が落下し、本棚ごと倒れ始めた。その本棚には何かが突き刺さっていた。

 「矢だ!!」

  矢は青い光を放ち、その光は瞬く間に刺さっていた本棚全体も青く包んだ。本がツバサとベティに向かって飛んでくる。

 「何?!」

  ベティが体を起こした時は既にツバサが魔術を発動させて黒の大きなバリアを作っていた。バリアに当たった本は勢いを失い床に落ちていく。図書館の天井付近にある窓に人影が見えた。本棚が目の前で倒れた。向こう側にいたはずのルークの姿がない。
  ふと窓にツバサが目をやった時、ルークが窓から外を覗いているところだった。ルークはすぐに影となり消えて、ツバサ達の前へ戻ってきた。

 「大丈夫か?」

  ルークは心配そうに尋ねてきた。ツバサはベティの手を掴んで立たせた。

 「図書館に襲撃者とはな。何者なんだ」
 「僕が窓から覗いた時はもう姿は見えなかった」

  そう言うと、ルークは突き刺さっていた矢を引っこ抜いた。抜けた矢は砂のようになり、ルークの手からさらさらと零れた。

 「噂の狩人ってやつだな」
 「狩人って奴が狙うのは王家の血を引いていたり……特別な人間に限るんだろ」
 「じゃあその特別な人間が居るんじゃないのか?すぐ近くに」

  ルークはベティのことを黙って見つめた。ベティはわからない、とだけ言った。その顔は嘘をついているようには見えなかった。



 「あの狩人にベティが狙われた?!」

  ベティのレストランにやって来ていたアルルは声を上げた。レンも驚いたような顔をしてツバサの言葉の続きを待った。

 「だから、俺達でベティの護衛をするんだ」

  その提案を聞いてベティは申し訳なさそうな顔を見せた。

 「なんかごめん。私のせいで大した依頼はできなさそうだし。私なしで行ってくれても全然構わないけどね、報酬は私抜きで山分けしてさ」
 「それはチームの掟に反するわね」

  アルルは首を振って笑顔で言った。

 「私達がいない間にベティに何かあったら私達の責任だもの。事が治まるまではしばらく大人しくしていましょ」
 「良かったなーベティ」

  ツバサがわざとらしく言うと、ベティは肩を縮めた。レンとツバサはそのままレストランに残っていたが、アルルだけはレストランを後にした。
  アルルはサークル帝国の女帝、母であるリアから呼び出しをされていたのだ。
  サークル帝国はレクタングル王国よりも領土は小さく、そしてのんびりとした国だった。魔術士の他に、アース人が多く住んでいた。城に入ると、アルルは五分ほど待たされた。その後、リアがつかつかと現れた。
  アルルと同じ赤い髪、マリンブルーの瞳であり、重たそうなピアスを耳につけていた。特別豪華であるとも言えないドレスを着て、リアは玉座に座った。リアはその外見の美しさから別世界の天使とも呼ばれていた。

 「変わりはなさそうね、アルル」
 「ええ、おかげさまで」
 「ツバサは元気?上手くやってる?」
 「元気よ。私達、チームを作ったの。もう依頼も何個かやったわ」

  そう、とリアは軽い返事をした。リアはいつもこんな調子である。この後すぐの彼女の言葉にアルルは驚かされることになる。

 「この間ね、カーティス……ツバサのお父様が来たのよ」
 「ツバサのお父さん……? そんな、ツバサのお父さんは昔に亡くなったんじゃ……」
 「ずっと貴方にも隠していたけれど、実はカーティスはずっと生きているの。色々な事情があってね」
 「ここの城にも来たのなら……ツバサとアスカに会わせてあげてよ。喜ぶに決まってるもの、だって亡くなったと思っている親が生きていたなんてこと――」
 「アルル、貴方も魔術士なんだから少しくらい頭を働かせたらどうなの」

  冷たく感じた声に、自然とアルルの口は塞がった。既にアルルの視界にはリアの首から下のドレスしか無かった。

 「カーティスが子供達にまで嘘をついて生きている理由。貴方だって詳しいことはわからなくても何となく状況を察することくらい出来るでしょう」
 「でも……」
 「……まあ良いわ。でも、貴方がそう悩む必要も無いわ。だってアスカがこの間来た時、彼女にカーティスの話はしたから。ツバサの耳にも入っているはずよ」

  アルルはタイミングを見計らいながら、狩人のことについて母に相談しようか迷った。そう悩んでいる間にタイミングはあっという間になくなった。

 「アルルに話していたかしら、ここの後継者の話」
 「いいえ」
 「私の後に女帝を継ぐ子はね、フェアリーの子なのよ。貴方の親戚にあたるかしら。リッチェルというの、アース人だけど」
 「アース人がここの女帝を務めるの?!」
 「そうよ。サークル帝国は人間の国だもの、アース人でも別に良いじゃない」
 「まあ、確かにそうですけど」

  特別女帝になろうとは思っていなかったが、アルルはなぜ自分は後継者に選ばれないのだろう、と不審に思っていた。元々サークル帝国の帝は世襲制では無かった。しかし、リアがフェアリー家の人間を選んだのはわざとらしく感じて仕方がない。無論、その理由を尋ねる勇気など彼女には無かった。

 「この後国王との会談があるの。もう用事は済んだし……チームメンバーとの活動に励んで。貴重な時間を割いて申し訳なかったわ」

  リアは一方的に言うと、玉座を立ち応接室からアルルを置いて出ていった。
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