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6章 要塞
#36 ナターシャ
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ツバサとアスカはその日に孤児院から出ることになり、リアに連れられてサークルの城へやってきた。
「いくら城の使用人だとしてもご飯はちゃんと出るし、ふかふかのベッドも用意するわ。だから安心してね」
リアはアルルに部屋を案内するように言って、別の部屋へ行ってしまった。アルルは少し間を置いてから2人に言った。
「……これから、よろしくね。まあ、私あの人の娘だけどここの後継ぎってわけでもないし、2人と大して変わらないから。気軽に関わってよ」
「あ、ああ、うん」
「よろしくね!」
「……ツバサ、だっけ?私も全然友達居ないから、何ていうか……その、似てない?私達」
「え?俺と君が?」
「う、うん……。私、本当にさ、女帝の娘だけど、全然本当違うっていうか……だから、友達になってくれたら、嬉しい……な」
アルルは慣れない様子で恥ずかしそうにそう言うと、ツバサとアスカはうなずいた。
その日からツバサとアスカはサークル帝国の城で使用人として働いた。掃除、洗濯、朝昼夕の食事の支度、買い物、庭の手入れまでみっちりと先輩使用人やリア直々に仕込まれた。リアはたまに魔術も少し教えてくれた。アルルとは時間いっぱいたっぷりと遊んだ。色んな所へ探険に行ったり、アスカの提案で甘いスイーツを食べに行ったり、ハネハネでレースをしたり、とにかく楽しい時間を過ごした。
アルルは長期休暇が終わったらアースへ帰って、学校に行かなければならないと言った。少し寂しかったが、もう少ししたらまた長期休暇があるから、と言って地球へ帰っていった。そんな風に行ったり来たりを繰り返し、ツバサ達がやってきて2年が経った時だ。その時アルルとツバサは15歳だった。アルルが中学最後の冬休みを終えて、旅立った後のこと。
ツバサはリアが暇を持て余しているのを見て、声をかけた。
「リアおばさん、話があるんだ」
「どうしたの?あらたまって」
「俺、アルルと結婚したい」
「は?!」
いつの間にか応接室に掃除に来ていたアスカが声を上げた。そんなことはお構い無しに尚もツバサは続けた。
「結婚はまだ流石に話が早いかもしれないけど……ずっと一緒に居たいんだ。ずっと……傍に居たい。まだ、アルルには気持ち伝えていないけど……」
「……一緒に居てあげて。あの子のこと、守ってあげて」
「はい。アルルのことは絶対俺が守ります」
「アルルもツバサのことはよく信頼してるから。きっと気持ちも答えてくれるでしょう」
アスカが後ろで小さく拍手をした。リアの応援もあり、ツバサは打ち明けて良かったと安心した。
そしてアルルはハイスクールを卒業後、別世界へと帰ってきた。その後は別世界の魔術高等学校に進学することを決めていて、アルルがアースへ旅立つことはもう無い。だから、この絶好のタイミングでツバサは想いを伝えようと決めていた。しかし、アルルは帰ってきた日の夕食のテーブルであることを告白した。
「実はね、前から好きな人がいたの。しかも、別世界の魔術士なの。彼は色々な事情があって、私よりも先にこっちに帰ってきたみたいだけど。私、約束したの。再会するってこと」
ツバサは胸が締め付けられたような気分になった。夕食後、何も知らないアルルはツバサを部屋に呼んだ。アルルはアースで買ってきた土産をツバサに見せて渡した。その時、ツバサは自分から頼んだ。
「アルルの惚気、俺にも聞かせろよ」
仕方ないな、とアルルは言うと色々と話して聞かせてくれた。ツバサが知らない、会ったこともない"レン"という魔術士のことを。
「これがレンよ」
アルルはレンと撮った写真を見せてくれた。それはまた直感だった。この男は危ない。もしかしたら、ただ単純に悔しかっただけだったのかもしれない。嫉妬していただけだったのかもしれない。それでもツバサは自然と言葉を口にしていた。
「この男、絶対アルルを不幸にする」
その時アルルは何て言い返してきたのかは覚えていなかった。何でそんなこと言うの?とか、最低とか、会ったこともないのにとか、そんな辺りだろう。
「再会なんてしない方が良いよ!この人、絶対……何かある!アルルを辛い思いにさせる、きっと」
「私さ、前に言ったことあるよね。友達居ないって。アースにも居なかったの、ずっと。勿論別世界にもいなかった、ツバサとアスカに出会うまではね。レンはこんな私のこと好きだって、言ってくれたの。私の気持ち、やっぱりわからない?」
その日、ツバサはアルルを泣かした。その時ツバサが思っていたのは、ただアルルに気持ちを伝えたかったことだけ。まさかアルルにアースで恋人ができるだなんて思ってもいなかった。自分の方がずっとずっとアルルのことを知っているのに。そんなことを考えているうちに、いつの間にかツバサはアルルに馬乗りになっていた。
「アルルごめんな。俺、好きなんだアルルのこと」
アルルはツバサが一筋だけ涙を流しているのを見た。ツバサはアルルにそっとキスをした。それだけで終わらせようと思った。でも、今まで近くで嗅いだことのないアルルの匂いがして頭の中がクラクラとした。体が熱くなってきて、息も荒くなった。
その時、アルルにしっかりと名前を呼ばれた。
「ツバサ」
そこで我を取り戻した。アルルは泣きながらツバサの体を押し退けるようにして起きた。
「何でこんなことするの?どうかしてるよ……ツバサなんか、大嫌い……帰ってよ」
アルルに嫌われた。アルルに自分の気持ちなんて伝えるんじゃなかった。全部なかったことにしよう。全部全部、無かったことにするんだ。
リアとアルルに出会った日から、一度も使っていなかったある魔術を、アルルに向けて発射した。アルルは動きが一瞬固まった。そして不思議そうな顔で言った。
「……で、何話してたっけ?あれ、ツバサ?何で泣いてるの?」
「アルルに、会えたの久しぶりだったから、何か感動して涙が」
「何それ。魔術高校、ツバサも行くんでしょ?きっと楽しいよ!だって私達、もう1人じゃないもの!」
アルルの部屋から出たあと、ツバサは廊下で力なくくずおれた。止まらずに流れ続ける涙を恨んだ。
「ごめん、ごめんね……本当にごめん……」
遠いような近い昔の夢を見た気がした。ツバサは知らないベッドの中で目を覚ました。あの日以来、アルルへの感情を消すために、ツバサは遊び回るようになったのだった。少し懐かしく感じた。同時に自分はアホだったなとも思った。
「あ……アルルを……探しに行かないと……」
ふと横を向いて仰天した。同じベッドにそのアルル本人が眠っていたのだ。自分がローブを着たままなことに気づき、ツバサは胸をなでおろした。
「痛っ……」
不意に後頭部がズキズキと痛み、ツバサは頭を押さえた。さっき殴られた時の痛みだろう。顔を上げた時に、部屋の隅に大きな絵がかけられていることに気付いた。惹き付けられるかのように、ツバサはベッドから降りてその絵の近くに歩いていった。
「……何の絵だ、これ……」
小さな少女の絵。背中には白く美しく輝く翼が生えていた。白いワンピースをまとった少女は両手を広げてまっすぐと立っていた。その目は閉じられ、艶やかな白い髪が風になびいているようだった。その絵の中には希望しか存在しないようだった。簡単に消えてしまいそうな真っ白の肌。ただの絵の表面にツバサは手を伸ばしておそるおそる触れた。
絵の左下にサインのようなものが書かれていた。
「……ナターシャ……?」
ツバサは描かれている顔にもっと近づいた。美しい。その言葉しか見つからない。そう、まるで。
「……天使」
一瞬自分がどんな状況にいるのかツバサは忘れてしまっていた。この絵ではなく、この絵の中にいる天使のような少女に会いたくなった。その目を開けて欲しくなった。もう既にこの世には居ない少女なのか。ここの世界ではなく違う世界に居るのだろうか。それともどこかにこのように閉じ込められているのか。
「ナターシャ」
もう一度名前を口にする。その時アルルが目覚めてベッドから体を起こしたところだった。アルルはすぐにツバサが絵の前に突っ立って、ずっとそれを見つめていることに気付いた。アルルはツバサに近づいて様子をうかがった。横からアルルが見つめていることにすらツバサは気づかない。
「ツバサ」
「ん」
「何の絵を見てるの?」
「ナターシャ」
アルルはツバサの腕を掴んでこちらを向かせた。そしてその目をじっと見つめて尋ねた。
「私が誰かわかる?」
「……アルルでしょ、何言ってんの」
「……ツバサがどこかへ行っちゃうような気がした。どっか遠くに」
アルルは絵の左下に書かれている名前を読んだ。汚い筆記体だったが、アルルには何故かちゃんと読めた。見慣れた単語だったからだろう。
そこに書かれていたのは、"ナターシャ・フェアリー"という名前だった。
「いくら城の使用人だとしてもご飯はちゃんと出るし、ふかふかのベッドも用意するわ。だから安心してね」
リアはアルルに部屋を案内するように言って、別の部屋へ行ってしまった。アルルは少し間を置いてから2人に言った。
「……これから、よろしくね。まあ、私あの人の娘だけどここの後継ぎってわけでもないし、2人と大して変わらないから。気軽に関わってよ」
「あ、ああ、うん」
「よろしくね!」
「……ツバサ、だっけ?私も全然友達居ないから、何ていうか……その、似てない?私達」
「え?俺と君が?」
「う、うん……。私、本当にさ、女帝の娘だけど、全然本当違うっていうか……だから、友達になってくれたら、嬉しい……な」
アルルは慣れない様子で恥ずかしそうにそう言うと、ツバサとアスカはうなずいた。
その日からツバサとアスカはサークル帝国の城で使用人として働いた。掃除、洗濯、朝昼夕の食事の支度、買い物、庭の手入れまでみっちりと先輩使用人やリア直々に仕込まれた。リアはたまに魔術も少し教えてくれた。アルルとは時間いっぱいたっぷりと遊んだ。色んな所へ探険に行ったり、アスカの提案で甘いスイーツを食べに行ったり、ハネハネでレースをしたり、とにかく楽しい時間を過ごした。
アルルは長期休暇が終わったらアースへ帰って、学校に行かなければならないと言った。少し寂しかったが、もう少ししたらまた長期休暇があるから、と言って地球へ帰っていった。そんな風に行ったり来たりを繰り返し、ツバサ達がやってきて2年が経った時だ。その時アルルとツバサは15歳だった。アルルが中学最後の冬休みを終えて、旅立った後のこと。
ツバサはリアが暇を持て余しているのを見て、声をかけた。
「リアおばさん、話があるんだ」
「どうしたの?あらたまって」
「俺、アルルと結婚したい」
「は?!」
いつの間にか応接室に掃除に来ていたアスカが声を上げた。そんなことはお構い無しに尚もツバサは続けた。
「結婚はまだ流石に話が早いかもしれないけど……ずっと一緒に居たいんだ。ずっと……傍に居たい。まだ、アルルには気持ち伝えていないけど……」
「……一緒に居てあげて。あの子のこと、守ってあげて」
「はい。アルルのことは絶対俺が守ります」
「アルルもツバサのことはよく信頼してるから。きっと気持ちも答えてくれるでしょう」
アスカが後ろで小さく拍手をした。リアの応援もあり、ツバサは打ち明けて良かったと安心した。
そしてアルルはハイスクールを卒業後、別世界へと帰ってきた。その後は別世界の魔術高等学校に進学することを決めていて、アルルがアースへ旅立つことはもう無い。だから、この絶好のタイミングでツバサは想いを伝えようと決めていた。しかし、アルルは帰ってきた日の夕食のテーブルであることを告白した。
「実はね、前から好きな人がいたの。しかも、別世界の魔術士なの。彼は色々な事情があって、私よりも先にこっちに帰ってきたみたいだけど。私、約束したの。再会するってこと」
ツバサは胸が締め付けられたような気分になった。夕食後、何も知らないアルルはツバサを部屋に呼んだ。アルルはアースで買ってきた土産をツバサに見せて渡した。その時、ツバサは自分から頼んだ。
「アルルの惚気、俺にも聞かせろよ」
仕方ないな、とアルルは言うと色々と話して聞かせてくれた。ツバサが知らない、会ったこともない"レン"という魔術士のことを。
「これがレンよ」
アルルはレンと撮った写真を見せてくれた。それはまた直感だった。この男は危ない。もしかしたら、ただ単純に悔しかっただけだったのかもしれない。嫉妬していただけだったのかもしれない。それでもツバサは自然と言葉を口にしていた。
「この男、絶対アルルを不幸にする」
その時アルルは何て言い返してきたのかは覚えていなかった。何でそんなこと言うの?とか、最低とか、会ったこともないのにとか、そんな辺りだろう。
「再会なんてしない方が良いよ!この人、絶対……何かある!アルルを辛い思いにさせる、きっと」
「私さ、前に言ったことあるよね。友達居ないって。アースにも居なかったの、ずっと。勿論別世界にもいなかった、ツバサとアスカに出会うまではね。レンはこんな私のこと好きだって、言ってくれたの。私の気持ち、やっぱりわからない?」
その日、ツバサはアルルを泣かした。その時ツバサが思っていたのは、ただアルルに気持ちを伝えたかったことだけ。まさかアルルにアースで恋人ができるだなんて思ってもいなかった。自分の方がずっとずっとアルルのことを知っているのに。そんなことを考えているうちに、いつの間にかツバサはアルルに馬乗りになっていた。
「アルルごめんな。俺、好きなんだアルルのこと」
アルルはツバサが一筋だけ涙を流しているのを見た。ツバサはアルルにそっとキスをした。それだけで終わらせようと思った。でも、今まで近くで嗅いだことのないアルルの匂いがして頭の中がクラクラとした。体が熱くなってきて、息も荒くなった。
その時、アルルにしっかりと名前を呼ばれた。
「ツバサ」
そこで我を取り戻した。アルルは泣きながらツバサの体を押し退けるようにして起きた。
「何でこんなことするの?どうかしてるよ……ツバサなんか、大嫌い……帰ってよ」
アルルに嫌われた。アルルに自分の気持ちなんて伝えるんじゃなかった。全部なかったことにしよう。全部全部、無かったことにするんだ。
リアとアルルに出会った日から、一度も使っていなかったある魔術を、アルルに向けて発射した。アルルは動きが一瞬固まった。そして不思議そうな顔で言った。
「……で、何話してたっけ?あれ、ツバサ?何で泣いてるの?」
「アルルに、会えたの久しぶりだったから、何か感動して涙が」
「何それ。魔術高校、ツバサも行くんでしょ?きっと楽しいよ!だって私達、もう1人じゃないもの!」
アルルの部屋から出たあと、ツバサは廊下で力なくくずおれた。止まらずに流れ続ける涙を恨んだ。
「ごめん、ごめんね……本当にごめん……」
遠いような近い昔の夢を見た気がした。ツバサは知らないベッドの中で目を覚ました。あの日以来、アルルへの感情を消すために、ツバサは遊び回るようになったのだった。少し懐かしく感じた。同時に自分はアホだったなとも思った。
「あ……アルルを……探しに行かないと……」
ふと横を向いて仰天した。同じベッドにそのアルル本人が眠っていたのだ。自分がローブを着たままなことに気づき、ツバサは胸をなでおろした。
「痛っ……」
不意に後頭部がズキズキと痛み、ツバサは頭を押さえた。さっき殴られた時の痛みだろう。顔を上げた時に、部屋の隅に大きな絵がかけられていることに気付いた。惹き付けられるかのように、ツバサはベッドから降りてその絵の近くに歩いていった。
「……何の絵だ、これ……」
小さな少女の絵。背中には白く美しく輝く翼が生えていた。白いワンピースをまとった少女は両手を広げてまっすぐと立っていた。その目は閉じられ、艶やかな白い髪が風になびいているようだった。その絵の中には希望しか存在しないようだった。簡単に消えてしまいそうな真っ白の肌。ただの絵の表面にツバサは手を伸ばしておそるおそる触れた。
絵の左下にサインのようなものが書かれていた。
「……ナターシャ……?」
ツバサは描かれている顔にもっと近づいた。美しい。その言葉しか見つからない。そう、まるで。
「……天使」
一瞬自分がどんな状況にいるのかツバサは忘れてしまっていた。この絵ではなく、この絵の中にいる天使のような少女に会いたくなった。その目を開けて欲しくなった。もう既にこの世には居ない少女なのか。ここの世界ではなく違う世界に居るのだろうか。それともどこかにこのように閉じ込められているのか。
「ナターシャ」
もう一度名前を口にする。その時アルルが目覚めてベッドから体を起こしたところだった。アルルはすぐにツバサが絵の前に突っ立って、ずっとそれを見つめていることに気付いた。アルルはツバサに近づいて様子をうかがった。横からアルルが見つめていることにすらツバサは気づかない。
「ツバサ」
「ん」
「何の絵を見てるの?」
「ナターシャ」
アルルはツバサの腕を掴んでこちらを向かせた。そしてその目をじっと見つめて尋ねた。
「私が誰かわかる?」
「……アルルでしょ、何言ってんの」
「……ツバサがどこかへ行っちゃうような気がした。どっか遠くに」
アルルは絵の左下に書かれている名前を読んだ。汚い筆記体だったが、アルルには何故かちゃんと読めた。見慣れた単語だったからだろう。
そこに書かれていたのは、"ナターシャ・フェアリー"という名前だった。
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