偽りの聖女に断罪された本物の聖女、神と騎士に愛される

林 真帆

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プロローグ

第5話 揺らぎ始める信頼

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 アルベルトが待つ部屋の前に立つと、セシリアは深く息をついた。
 
 レオンハルトがそっと隣に立つ。騎士として当然の行動だが、今のセシリアにはそれが少しの安心感を与えていた。

 
 扉の向こう、皇太子アルベルトは淡々と書類仕事をしているように見えたが、明らかにいつものアルベルトとは異なる冷たい空気が漂う。


「……お呼びですか、陛下」
 
 
 セシリアは静かに頭を下げる。

 
 アルベルトが顔を上げると、蒼の瞳が鋭く光った。


「セシリア、君の従姉妹のリディアについて聞きたいことがある」

 
 その言葉に、セシリアの胸がざわつき始めた。リディアの“奇跡”――子どもを癒したあの光景が脳裏をよぎる。


「はい、何でしょうか」
 
 
 声を震わせないように努めながら答える。

 

 アルベルトは机に手を置き、低い声で続ける。


「王都の祝福の最中、リディア・アルディナが――」
 
 
 言葉はそこで途切れ、アルベルトの表情にわずかな迷いが走る。



「……君以上の奇跡を見せたそうだな」

 
 セシリアはその瞬間、息を飲む。


「はい……そのように見えました」
 

 アルベルトの蒼い瞳がじっとセシリアを見据える。
 
 
 その視線は責めるようでありながら、同時に何かを確かめるようでもあった。



「その後もリディアが起こした奇跡についての報告が、続々と私の元に入って来ている。リディアは、しおれた花々に触れ、瞬く間に再び咲き誇らせたと聞く。さらに、倒れていた老人を立ち上がらせたとも」


「えっ……?」


 それは初耳であった。


(子どもの傷だけでなく……花や、老人まで……? あのリディアが? あり得ない……!)


 アルベルトは机に肘をつき、蒼の瞳でセシリアを射抜くように見据えた。


「リディアが起こした数々の奇跡によって、民の間で“セシリアを超える聖女”として囁かれている。――どういうことだ、セシリア」

 
 その声には怒りではなく、戸惑いと確かめたいという思いが混ざっていた。

 
  
 セシリアの胸に冷たいものが広がる。


(一体、どういうことなの? リディアにそんな力があるなんて、聞いたことがない。もし、本当にリディアに私以上の力があるならば、叔母様が……)


 リディアの母親のルシアは庶民の出であり、それが彼女のコンプレックスであった。王族の出であるセシリアの母親を目の敵にし、何かにつけて張り合おうとする。もし、リディアがセシリアよりも優れているのなら、ルシアがそのことを黙っているはずがない。


 セシリアは胸の奥がざわめくのを抑えきれず、拳を膝の上で固く握った。
 

「……殿下。リディアがそのような奇跡を起こせると、私も知りませんでした」

 
 絞り出すように言うと、アルベルトは低く息を吐き、わずかに視線を伏せた。


「そうか。セシリア……リディアが分家の娘でありながら、例外的に本家の君よりも大きな力を持っている可能性は考えられないのか?」


「リディアが……?」

 その言葉に、セシリアの血の気が引いた。

 聖人または聖女は一代に一人。それも本家の血筋を引く者しかなれないのが伝統だ。神に選ばれる存在は唯一無二――それがこの国の常識である。
 
 
 だが、もしリディアの方が本当の聖女だったら……。


(そんなことになれば、私は! お父様とお母様は……!)

 
 恐怖が胸を締め付ける。セシリアの、本家の存在意義そのものが揺らいでしまう。

 

 アルベルトは机から立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。背を向けたその肩には、抑えきれない重圧がにじんでいる。


「……リディアの力が本物なのか、それともただの偶然なのか。どちらにせよ、王都は今、不穏なざわめきに包まれつつある。セシリア、私は君を信じたい。だが――」

 
 そこで言葉を切り、振り返った蒼の瞳が鋭く光る。


「万が一、リディアの方が真の聖女ならば……」

 
 その問いかけは、皇太子としてではなく、一人の青年としての迷いと恐れに満ちていた。
 
 セシリアは答えられない。ただ、胸の奥に広がる冷たい闇に、息を詰まらせるしかなかった。
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