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第2章 夜明けなき旅路
第2話 囚われの聖女と病める娘
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――冷たい石の匂いがした。
まぶたの裏にまだ夜の闇が残っている。かすかに鼻を刺す湿った土の匂いと、遠くで燃える焚き火の音。セシリアは薄く目を開け、見知らぬ天井を見上げた。
(……ここは?)
身体を起こそうとした瞬間、手首に絡みつく縄の感触に気づき、息を呑む。両手を後ろで縛られていた。
足首も軽く拘束されている。喉の奥がひゅっと鳴った。
(まさか……攫われたの?)
森で背後から何者かに襲われ、意識を失ったところまでは覚えている。あのあと――ここに連れてこられようだ。
周囲を見回すと、狭い納屋のような場所だった。干し草の山、古びた桶、壁には農具。
だが窓には板が打ちつけられ、外は見えない。
誰かの足音が近づいてくるのを聞いて、セシリアは身を固くした。
「お、起きたみたいだな」
扉の隙間から現れたのは、髭を生やした中年の男。ごく普通の身なりだが、腰には短剣が光っている。
男はセシリアを一瞥し、口の端を吊り上げた。
「あんなところに若い女が一人、大方、王都の娘が駆け落ちの相手でも待っていたのか」
セシリアは黙っていた。どんな相手かわからない以上、否定も肯定もできない。
「ふん、まあいい。……だいぶ汚れているみたいだから、とりあえず風呂だな」
男は鼻を鳴らし、扉の外に向かって誰かを呼んだ。すると、男の声を聞きつけた女が現れ、セシリアを浴場に連れて行った。
セシリアは、女の前で全裸にさせられた。女は、何か隠しているものがないかとセシリアの全身をくまなく検査し、乱暴に身体を洗った。
汚れが落ちたセシリアの肌を見て、女が呟いた。
「あんた、きっといいところの娘ね。あたしたちとは肌のきめが違うもの」
支度を終えると、外で待っていた男に引き渡された。縄に繋がれ、外に連れ出された。
――そこは、思いのほか整った集落だった。
畑があり、家畜が鳴き、子どもたちが走り回っている。
だがその一角には、武装した男たちが集まり、火のそばで獣肉を焼いていた。
その異様な対比に、セシリアは言葉を失う。
(……盗賊の隠れ家、というより、村……?)
「こいつだ、頭領。森でうろついてた」
呼ばれて現れた男は、逞しい体つきに鋭い目をした壮年の男だった。
彼はセシリアを上から下まで見て、しばし沈黙する。
「……こりゃただの庶民じゃねえな……貴族筋か。高く売れそうだ」
セシリアは必死に否定するように首を振った。
「違います。私はただの巡礼者です……! 神の教えを――」
「巡礼者が夜中に森を一人歩くか?」
頭領は鼻で笑った。
「ま、いい。売り物になるんなら、文句はねえ」
周囲の男たちがどっと笑い、誰かが「人買いに売れば金になる」と囁く。
セシリアの胸に冷たい恐怖が走った。
(――売られる? 私が?)
「次に人買いが来るまでにまだ時間がある。それまでの間、こいつには雑用をさせるか――」
頭領はふと声の調子を変えた。
「今までろくに家事もやったことがないだろうから、うちの娘の世話でもさせるか。年も近いみたいだからな」
セシリアは目を瞬かせた。
「……娘さん、ですか?」
「ああ。ちょっと体が弱くてな。ずっと自分の部屋にこもっている」
頭領は短く顎をしゃくった。
「逃げようなんて考えるんじゃねえぞ……わかったな」
返事を待たずに、縄を解くよう命じる。
セシリアの手首に残った縄の跡が赤く腫れていた。
その痛みよりも、胸の奥を締めつける恐怖と不安が勝っていた。
(病気で外出が出来ないのね……かわいそうに……)
自分が売り飛ばされる運命にあると知りながらも、セシリアはうなずいた。
そして、案内された部屋の扉を開ける。
「誰?」
ベッドに横たわっていた金髪の少女が、上半身を起こしながら問いかけた。
年の頃は十歳ほどで、病気のためか、顔色は青白く見えた。
「お嬢さん、こいつが新しい世話係です」
案内役の男が、少女にセシリアを紹介する。
「はじめまして……」
セシリアはベッドに向かって一歩足を踏み出し、気が付いた。
(この娘、目が見えないんだわ……)
まぶたの裏にまだ夜の闇が残っている。かすかに鼻を刺す湿った土の匂いと、遠くで燃える焚き火の音。セシリアは薄く目を開け、見知らぬ天井を見上げた。
(……ここは?)
身体を起こそうとした瞬間、手首に絡みつく縄の感触に気づき、息を呑む。両手を後ろで縛られていた。
足首も軽く拘束されている。喉の奥がひゅっと鳴った。
(まさか……攫われたの?)
森で背後から何者かに襲われ、意識を失ったところまでは覚えている。あのあと――ここに連れてこられようだ。
周囲を見回すと、狭い納屋のような場所だった。干し草の山、古びた桶、壁には農具。
だが窓には板が打ちつけられ、外は見えない。
誰かの足音が近づいてくるのを聞いて、セシリアは身を固くした。
「お、起きたみたいだな」
扉の隙間から現れたのは、髭を生やした中年の男。ごく普通の身なりだが、腰には短剣が光っている。
男はセシリアを一瞥し、口の端を吊り上げた。
「あんなところに若い女が一人、大方、王都の娘が駆け落ちの相手でも待っていたのか」
セシリアは黙っていた。どんな相手かわからない以上、否定も肯定もできない。
「ふん、まあいい。……だいぶ汚れているみたいだから、とりあえず風呂だな」
男は鼻を鳴らし、扉の外に向かって誰かを呼んだ。すると、男の声を聞きつけた女が現れ、セシリアを浴場に連れて行った。
セシリアは、女の前で全裸にさせられた。女は、何か隠しているものがないかとセシリアの全身をくまなく検査し、乱暴に身体を洗った。
汚れが落ちたセシリアの肌を見て、女が呟いた。
「あんた、きっといいところの娘ね。あたしたちとは肌のきめが違うもの」
支度を終えると、外で待っていた男に引き渡された。縄に繋がれ、外に連れ出された。
――そこは、思いのほか整った集落だった。
畑があり、家畜が鳴き、子どもたちが走り回っている。
だがその一角には、武装した男たちが集まり、火のそばで獣肉を焼いていた。
その異様な対比に、セシリアは言葉を失う。
(……盗賊の隠れ家、というより、村……?)
「こいつだ、頭領。森でうろついてた」
呼ばれて現れた男は、逞しい体つきに鋭い目をした壮年の男だった。
彼はセシリアを上から下まで見て、しばし沈黙する。
「……こりゃただの庶民じゃねえな……貴族筋か。高く売れそうだ」
セシリアは必死に否定するように首を振った。
「違います。私はただの巡礼者です……! 神の教えを――」
「巡礼者が夜中に森を一人歩くか?」
頭領は鼻で笑った。
「ま、いい。売り物になるんなら、文句はねえ」
周囲の男たちがどっと笑い、誰かが「人買いに売れば金になる」と囁く。
セシリアの胸に冷たい恐怖が走った。
(――売られる? 私が?)
「次に人買いが来るまでにまだ時間がある。それまでの間、こいつには雑用をさせるか――」
頭領はふと声の調子を変えた。
「今までろくに家事もやったことがないだろうから、うちの娘の世話でもさせるか。年も近いみたいだからな」
セシリアは目を瞬かせた。
「……娘さん、ですか?」
「ああ。ちょっと体が弱くてな。ずっと自分の部屋にこもっている」
頭領は短く顎をしゃくった。
「逃げようなんて考えるんじゃねえぞ……わかったな」
返事を待たずに、縄を解くよう命じる。
セシリアの手首に残った縄の跡が赤く腫れていた。
その痛みよりも、胸の奥を締めつける恐怖と不安が勝っていた。
(病気で外出が出来ないのね……かわいそうに……)
自分が売り飛ばされる運命にあると知りながらも、セシリアはうなずいた。
そして、案内された部屋の扉を開ける。
「誰?」
ベッドに横たわっていた金髪の少女が、上半身を起こしながら問いかけた。
年の頃は十歳ほどで、病気のためか、顔色は青白く見えた。
「お嬢さん、こいつが新しい世話係です」
案内役の男が、少女にセシリアを紹介する。
「はじめまして……」
セシリアはベッドに向かって一歩足を踏み出し、気が付いた。
(この娘、目が見えないんだわ……)
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