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〈十八〉大晦日の同窓会

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 毎日、慌ただしく過ごしていると、月日はあっという間に過ぎ大晦日がやってきた。いよいよ中学校の同窓会だった。SNSでつながっている人もいるが、実際に会うのは中学校を卒業して以来という人がほとんどだ。

「小林さん、こんにちは」

「あっ、ポー君こんにちは。久しぶり! 何度か、テレビでポー君のこと見たよ。がんばってるね」

「中学時代は女子とほとんど話をすることができなかったから、こうやって小林さんと話すのは初めてだね」

「そうね。話をしたことなかったね。本当はポー君といろいろ話したかったのよ。そそっかしくて、おっちょこちょいなところに、癒されていたの」

 小林さんは、前歯をにゅっとのぞかせて笑った。

「えっ、そんな風に思ってもらえていたの。勇気を出して小林さんに話しかければ良かった」

「これからいっぱい話そうよ。ねぇ、連絡先交換しよ……あれ、なんか焦げ臭くないかな」

「あっ! しまった!」

 ぼくは、新しい味の粒あんを試作しながら同窓会の光景を妄想していた。ADHDの不注意を改善する藥を飲まないと、やはり目の前のことと違うことが頭に思い浮かび、どんどん連想をしてしまう。

 粒あんを試作しながら妄想をすべきではなかった。ぼくは粒あんを焦がしてしまった。

「ふーっ……」

 ぼくは鍋の火を止めて、ため息をつき時計を見た。

「あっ、もうこんな時間、ホテルに行かなきゃ!」

 ぼくは焦げた粒あんをそのままにして、病院を退院した父親に店番を頼み外へ飛び出た。ぼくは走って同窓会が開かれる地元のホテルへ向かった。

 父親は今のところお酒をやめているが、あまり期待はしないようにしている。期待していてまた飲み始めたら、ぼくたち家族が受ける精神的なダメージがかなりのものになるからだ。

「ポー君もう始まるよ、急いで!」

 会場の入口で、そわそわしながらぼくが到着するのを待っていた平田君がせかした。

「ごめーん!」

 ぼくは、平田君に謝りながら会場に入った。会場の同級生から、ぼくが入るとどっと笑いが起こった。

「ハハハハハハ! ポー君、何でそんな格好しているの」

「えっ……、わっ!」

 必死で走ってきたから言われるまで気がつかなかったが、ぼくは白い調理着に衛生キャップ姿で来てしまった。足には白い長靴を履いている。

 発達障害の人は切羽詰まったときに、もの凄い集中力を発揮することがある。専門的な用語でこの状態のことを「過集中カシュウチュウ」というそうだ。この状態のときは、話しかけられてもザワザワという雑音にしか聞こえないくらいに目の前のことに集中する。ぼくがホテルまで必死で走ってきたときは、まさに「過集中カシュウチュウ」状態だった。

「今日、ギリギリまで工場で仕事をしていて慌てて出てきたから着替えるの忘れちゃった」

 笑い声は一層、大きくなった。笑っている同級生の中に小林さんもいた! 

 同級生はグラスに飲み物を注ぎ、立ち上がった。

「皆さん、今日はお待たせして申し訳ありませんでした。ご無沙汰しています、鈴木です。今は、柚子の被り物をかぶって、赤橋のゆべ氏という名前のゆるキャラをやっています。それでは、皆さんグラスを持って下さい。今日は、飲むべし! 酔うべし! 楽しむべし! カンパーイ!」

「カンパーイ!」

 乾杯の後、会場内は大きな拍手に包まれた。

 乾杯が終わり、ぼくは空いている席を探した。なんと、小林さんの席の隣が空いていたので、そこに座ることにした。

「こんにちは、小林さん」

「あっ、ポー君こんにちは。久しぶり! 何度か、テレビでポー君のこと見たよ。がんばってるね」

「中学時代は女子とほとんど話をすることができなかったから、こうやって小林さんと話すのは初めてだね」

「そうね。話をしたことなかったね。あ、そうそう! 私、結婚して苗字が変わったの。今、渡辺って苗字なんだ」

「へっ!? 渡辺……!」

 思わず変な声が出てしまった。うっかりしていたが、ぼくたちはもう30歳を過ぎている。結婚していてもおかしくない年齢だ。なんで小林さんが結婚をしているかもしれないと考えなかったのだろう……。あまりにもショックで、その後の同窓会の記憶はほとんどない……。
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